第219話 俺は人間だ

「俺にしかできないのなら、俺がやる。知らない人たちのことに関わらないと思っていた。だけど、やりたいんだ。みんな、力を貸して欲しい」

「覚悟を決めたようだね。ボクは喜んでキミについて行くよ。嫌だと言われてもついていくから」


 マルーブルクと握手を交わす。

 彼との誓いをきっかけにして、まずはリュティエが立ち上がり太い丸太のような手を伸ばしてきた。

 

「リュティエ。クリスタルパレス公国のことになるけど」

「関係ありません。人間、竜人、魔族。どの種族であっても私の想いはふじちま殿と同じくします」


 リュティエの大きなモフモフした手を両手で握り、頷き合う。

 彼との握手が終わると、今度はワギャンが続く。

 

「ふじちま。いけるところまで行こう。サマルカンドと同じだ」

「うん。共に進もう」


 ワギャンと「おう」ハイタッチを交わす。

 主人と意見を共にするフレデリックとクラウスも俺の元へ足を運びそれぞれと握手を交わす。

 

「藤島様。サマルカンドのことはお任せください」

「ありがとう。フレデリックさん」


 マルーブルクが不在の間はフレデリックがサマルカンドのことを全体管理してくれる。

 俺たちは一人じゃない。お互いに補い合うことができるんだ。

 

「俺個人としちゃあついていきたいけど、マルーブルク様の判断待ちだ。一緒になった時はよろしくな。兄ちゃん」

「もちろんだ。頼りにしてるよ」


 飄々とした態度で物おじせず仕事をこなすクラウスは、危機にこそ欲しい人材といえよう。

 彼の軽い口調を聞いていると、なんだか全部簡単なことのように思えてくる。

 

「フレイはどこまでも聖者様について行きます。あなた様の思い描く世界を見せてください」

「魔族のこと。教えてくれてありがとうな」

「魔族の国へガーゴイルを移動させております」

「仕事が早いな。頼もうと思っていたんだよ。フレイには魔族の様子を逐次探って欲しい」

「全て御心のままに」


 片膝をつき、頭を垂れるフレイ。

 ん? タイタニアだけは俺の元にやってこようとしない。

 一体どうしたんだろう。

 彼女の故国クリスタルパレス公国に何か思うところがあるのだろうか?

 

「タイタニア」

「あ、フジィ……」


 彼女の名を呼ぶとハッとしたように顔をあげ、ぶんぶんと首を左右に振る。

 やっぱり何か思いつめていることがあるんだな。

 

「家族のことか、何か思うところがあるのかな?」


 みんなの前で聞いていいのか迷ったけど、他に聞かれたくないようだったら後で彼女の自室で聞けばいいか。

 いや、俺に語ってもいいと彼女が思ってくれるかは別問題だけどな。

 最近忘れがちだけど、俺と彼女は「何でも言い合おう」って約束をしているし、聞くだけ聞く分にはいいよな?

 もちろん、彼女から無理やり聞き出すつもりなんて毛頭ない。


「ううん。家族や妹のことは関係ないよ。わたし、マルーブルク様やフレイさんみたいに何かできるわけじゃないから」

「タイタニアはどう思っているんだ?」

「わたしはフジィの決意はとても素敵だなって思ったよ。だから、フジィのため、自分のためにも何かしたいと思ったわ」

「そっか」


 タイタニアは嫌がっているとかそういうわけじゃあなかった。

 彼女は自分に引け目を感じていたのだろう。

 でもそれは違うぞ、タイタニア。

 

「俺は君がついてきてくれると心強い。何かできるできないとかじゃあなくて、想いこそ大事なんだと俺は思う」

「でも、わたし、弓を射るくらいしかできないよ」


 ポンとタイタニアの頭に手を置き、彼女の頭を撫でる。

 不意に俺に撫でられた彼女はピクリと肩を揺らしたものの、すぐに気持ちよさそうに目を細めた。

 

「いいんだよ。誰しもが大きな事ができるなんて、力を持っているなんて思っていない。だけど、それでいいんだ。小さな力が集まって大きな力になるんだから」

「うん……」

「住民一人一人の力なんてたかが知れている。だけど、みんなの想いが一つになることでどれほど大きな力になることか。大事なのは『想い』なんだよ」

「ありがとう。フジィ。わたしも一緒に行きたい」

「おう!」


 膝を曲げ彼女の頭を同じ高さになって、微笑みかける。

 もう一度くしゃっと頭を撫でてから、膝を伸ばす。

 タイタニアは花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、俺の手を両手で握りしめた。


「さすが第一候補……」


 フレイが何か呟いていたが聞こえない、聞こえていないからな俺は。

 

「兄ちゃん、そこでナデナデだけじゃあ……」


 クラウスも何かふざけたことを呟いているが、知らん、知らんぞ。

 

「別に一人じゃなくたっていいんだよ。公爵だって妃が三人いたしね」


 マルーブルクは誰に向かって喋っているんだろう。

 リュティエ、フレデリックの大人組みを見習えよ。こういうときは静かに見守るもんだ。

 ワギャンだって親指をグッと突き出してこっちに笑顔を向けているけど、あの三人とは意味合いが異なる。

 彼のガッツポーズになら素直に応じたい。

 

「よおおし、じゃあ、出立の準備をしよう。マルーブルク」

「何だい? 法的な整備なら必要ないさ。サマルカンドには明確な法はない。それにキミは法に縛られない存在だからね」

「突っ込まねえぞ……俺は明日にでも出発できるけど、マルーブルクはどうだ? 準備とか必要なんじゃ」

「ううん。そうだね。明日の昼くらいでいいかい? 誰を残して誰を連れて行くか決めるから」

「分かった。リュティエは?」


 今度は虎頭の偉丈夫へ声をかける。

 

「我々もメンバー選出をいたします。マルーブルク殿と同じ明日の昼までに準備を整えます故」

「了解。それじゃあ、明日の昼に東門の前で集合ってことで」


 全員が頷いたことを確認し、本日の会議はこれにて閉会となった。

 

 ◇◇◇

 

 その日の晩――。

 タイタニアとフレイは二階で既に休んでいる。

 彼女らは同じ部屋で寝ているんだ。もちろんベッドはもう一つ準備したさ。

 急な物入りでも即座に準備できるハウジングアプリさんは今更ながらとってもチートでとっても便利だよな。

 

 そんなわけで、ワギャンと二人ソファーに腰かけ、優雅な夜の時間を楽しんでいるってわけだ。

 といっても飲み物はいつもの缶ビールだけどさ。


「ほいー」

「ありがとう」


 宝箱から缶ビールを投げる。

 ワギャンがなんなく缶ビールをキャッチした。

 これで三缶目かな?

 アルコールに余り強くない俺はいい感じに体がぽかぽかしてきている。

 

「ふじちまは人間だったか?」


 ぷしゅーとプルタブを開け、ワギャンがぶしつけにそんなことをのたまった。


「突然どうしたんだよ。ワギャン。俺はこの時代の人間じゃあないけど、確かにこの身は人間そのものだ」

「そうか。お前も他の人間と同じように結婚し、家庭を持っていくのか?」

「うーん。それはどうだろう」


 正直、まだ結婚とかその後のことなんか想像がつかない。

 検証をする気もなかったけど、俺って普通に歳を重ねることができるんだろうか?

 そのままこの年齢で固定なんてされてしまうと、物凄い嫌なんだが……。

 そういや、カラスが俺の体って何か混じってるとか言ってたよな。

 い、いやいや。俺は普通の人間だ。日本出身のな。

 

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