第218話 タンテイ

「ヨッシー。タンテイ・タワーはプラネタリウムと同じ入場者制限をかけるでいいのかい?」

「最初はそのようにしようかな。慣れてきたら自由に使ってもらうつもりだよ」

「うん。ボクも賛成。リュティエ、他のみんなはどうかな?」


 マルーブルクが優雅に紅茶を口につけ、周囲に目を向ける。

 リュティエをはじめ、他のみんなも同意するように頷きを返した。

 

「エレベーターの案内をする者はどうしますかな? 獣人と公国で交互に人を出しますか?」


 リュティエが積み残していた人員の問題を提議する。


「うん。そうしよう。一つ提案があるんだ。公国の者がエレベーターを案内する時、見学者は獣人としたいんだけど」


 マルーブルクは即座に返答し、自分の意見を述べた。

 この二人、本当に話が早い。


「それは良い案ですな。是非、そうしましょう。ふじちま殿はいかがですかな?」

「うん。それでいこう。もういざこざがあった話も聞かないし。もっとお互い仲良くなって欲しいから」


 リュティエの質問に応じ、これで話は終わりとばかりにコーヒーを飲む。

 ちょっと冷めてて暖め直したいかな、このコーヒー。

 

 それじゃあ次の話題に移ろうかと口を開きかけた時、タイタニアが眉間に皺を寄せて俺に尋ねてくる。

 

「ねえ、フジィ。タンテイって何?」

「……」


 完全にスルーしてきたのに、このままスルーし続けてやろうとしていたのにい。

 純粋なタイタニアには通用しなかった。

 こら、そこ。

 クラウスとマルーブルク! 笑っているんじゃねえよ。

 

「タイタニア。タンテイというのは聖者様の時代において偉大なる探求者を意味する言葉だそうです。聖者様ご自身も一度タンテイと名乗っておられました」


 今回の名付けの原因であるフレイが真面目な顔でタイタニアに向け説明している。


「そうなんだ。確かフジィと初めて会った時、タンテイって言っていたかも?」

「聖者様はカラス殿にご謙遜され、自らタンテイと呼ばれることを憚られたのです。ですので、全てを見渡すこの天にも届く塔に『タンテイ』の名を」

「そうだったんだ。ありがとう。フレイさん」


 うんうんと無邪気に頷くタイタニアに脱力してしまった。

 フレイにタンテイと呼ばせないために適当に説明したことが全て裏目に出たんだよ。

 タンテイ・タワーという呼称を最初に言いだしたのはあの小憎らしい金髪の少年だ。もちろん、分かっててやっている。

 あと、そろそろ笑うのをやめてもらえないだろうか。

 じとーっとマルーブルクとクラウスを見たら、大うけしたようでクラウスが「もうやめてくれ兄ちゃん。腹が」とか言ってる。

 

「それじゃあ、タワーの話はこれで。次に公国領と魔族の調整をどうするかの議論へ」


 もういい。自分から議題を移してやるんだ。

 どうだ。これで乗って来るだろう?

 俺の予想通りマルーブルクは急に表情を変え、少年らしさが消えた。

 お仕事モードの彼は凛として威厳を感じる。この辺り、さすが公爵のご子息だよな。

 持っているオーラが違うというか、何というか。

 

「もう充分笑ったからね。公国の公都はクリスタルパレスという名前なんだけど、まあ名前はどうでもいいよ」

「マルーブルクやタイタニアから名前は聞いているよ。湖のほとりにある美しい都だとか」

「多少目立つけど、一番迅速かつスムーズにこちらの話を聞かせる案を考えたよ」

「お、おおおお。さすマル」

「そのさす何とかってのは何だい?」

「さすがマルーブルクの略だよ」

「……まあ、好きにするといいよ」


 あ、マルーブルクのこの表情は気に入ってないな。

 今後使うのをやめておこう。

 

「ごめんごめん。話の腰を折って。続けてくれ」

「キミにはまず姉様のところに行ってもらいたい」

「うん。公国領にいくんだから、もちろん行くよ」

「ボクも行く。馬鹿息子たちにもちょっと頑張ってもらえるように動くよ。キミには――」


 マルーブルクが恐るべき案を提案してきた。

 ハウジングアプリを使えば簡単に実行できるけど、いいのか?

 そんなことをしたら、クリスタルパレス公国が大混乱に陥りやしないだろうか。

 表情が固まる俺に向け、マルーブルクが大仰に肩を竦め皮肉たっぷりに返す。


「大丈夫だよ。既にクリスタルパレス公国は死に体だからね」

「いや、それでも、共和国だか帝国だかもいるんだよな?」

「うん、その二国はクリスタルパレス公国より大きな国だけど、心配しなくていいよ」

「そうなの?」

「いいかい。彼らは対魔族協力戦線を敷いていたんだよ。だけど、今はどうだい?」

「確か帝国は内紛で、共和国は動きを見せないとかなんとか」

「うん。魔族という強大な敵がいながらも自国内で足の引っ張り合いさ。そんな国がクリスタルパレス公国に何かしてくるわけもない」


 マルーブルクの言わんとしていることは理解できる。

 国が魔族によって滅亡の危機にあるというのに、利権やらを巡って内紛を繰り返す。

 一致団結すれば、魔族に対抗できるのにも関わらず。

 協力戦線は崩壊。ことクリスタルパレス公国においては、一気に趨勢が魔族に傾いた。

 

「詰んでるな……」

「今だから言おう。ヨッシーやここにいるみんなにはボクの心の内を知っておいてもらいたい」


 マルーブルクは目を落とした後、顔をあげ真っ直ぐに俺を見つめて来る。

 迷いのない強い視線だ。

 

「聞かせて欲しい」

「ボクはね。自分で言うと傲慢に聞こえると思うのだけど『情勢が既に見えていた』んだよ。だから、サマルカンドに来る前から既に公国はもう終わっていると確信していたんだよ」

「それでもここに来たんだよな」

「うん、サマルカンドへの遠征がうまくいこうが行くまいがどっちでもよかった。ボクの率いる兵は少ないけど、それでも魔族やゴブリンの戦線に送った方が幾分かマシさ」

「それを言わなかったのか?」

「言わないよ。権力争いをする兄たちに呆れていた。ここに来て尚、成功の確率が非常に薄いサマルカンド遠征なんて決議した国の中枢部にこれが滅亡する国なんだなと思っていたよ」

「そうか……」

「だけど、ボクはキミに出会って変わった。いや、変わろうと思ったんだ。キミの理念は尊い。ボクも最期の瞬間まで誇り高くありたい。結果は失敗でもいい。だけど、想いは崇高でありたいと思ったんだ」

「マルーブルク……」

「つまらない話だったね」

「いや、そんなことないさ。聞かせてくれてありがとう」


 俺の理念なんて、無敵のハウジングアプリがあるからこそなんだよ。

 絶対無敵の壁を持たないマルーブルクのその想いこそ、尊いものだと俺は思う。

 

「マルーブルクの案はどうかな? みんな?」

 

 俺の問いかけに全員が迷わず即頷く。

 今回の計画はかなり大規模なものだ。クリスタルパレス公国の命運を左右するほどの。

 それでもみんなはついてきてくれると言う。

 これこそが異世界で俺が築いた宝物に他ならないんだ。

 

「ヨッシー。キミに問おう。この作戦はキミの在り方に抵触する。それでもキミは進むのかい? やめたとしても誰も咎めないし、むしろ安堵するだろう。だから、自分の意見を他の者がどう思うかなんてことで変えないで欲しい」


 マルーブルク……。

 リュティエ、ワギャン、タイタニア、クラウス、フレデリック、そしてフレイ。

 ここにはいないフェリックス、アイシャ、マルーブルク……。いろんな人に会った。いろんな人の想いを聞いてきた。

 誰もが笑顔で暮らしていける場所にしたい。そう願った。

 サマルカンドは安泰だ。このまま安穏と過ごして行く体制は整っている。

 だけど、だけど。

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