第192話 宴会だー

 ――ピンポーン。

「ほおい」

「やあ、ヨッシー」


 姿を現したのは、ふわふわの金髪の少年――マルーブルクだった。

 中性的な顔立ちで黙っていると天使のようだが、口を開くと……以下自粛。


「お、おお。来てくれたのか」

「うん、直接話をした方が早いと思ったからね。リュティエも来るんじゃないかな」

「お、おお。丁度よかった。みんなでバーベキューをしようってね」

 

 すぐに再度チャイムが鳴り、マルーブルクの言った通りリュティエも顔を出したのだった。


 ◇◇◇


 炭に火を。

 皿の準備……よし。

 肉と野菜は……よし。


 なんてチェックをしていたら、既にマッスルブが肉を焼き始めていた。

 さすがマッスルブ。食べ物の時は神速だな。


 なら俺は……ビールでも飲むとしよう。

 リュティエとワギャンに缶ビールを放ると、彼らは片手でうまくキャッチする。

 さすがの反射神経だ。自慢じゃあないが、俺なら落とす。

 ははは。


「感謝致す」


 リュティエが軽く頭を下げる。やはり、大柄な彼だと缶ビールが窮屈に見えるな。

 それでも彼は指先の爪を使って器用にプルタブを引っ張る。最初は缶ごとぷしゅーとなっていたが、すっかり慣れてくれたんだな。

 しかし、やはり彼には缶ビールは小さすぎるようで、一息に全部飲み干してしまった。


「ふじちま殿。魔法が使えるようになったのですな」

「うん。ありがとう」


 ワギャンかアイシャのどちらかから聞いたのだろう。ハウジングアプリが復活したことをみんなに報告することも、目的の一つだ。

 もう一つは――。


「どうしたんだい?」


 椅子に腰掛け優雅にオレンジジュースを口に運ぶ金髪のお子様に目をやる。


「魔法のことはもう聞いていると思う。ありがとう」

「そんなことかい。わざわざ言う必要もないよ」

「お、おう」

「ボクらも祭りのようで楽しかったんだよ。不謹慎だけど、キミに感謝している」

「そ、そうか。うん」


 マルーブルクの言葉の裏に隠れた意味が分かり、頰が熱くなる。

 意味?

 それはだな。俺が喜んでくれることが嬉しいってやつだよ……い、言わせんな。恥ずかしい。


「それで、ボクに用があるんだろう? 何かな」

「あれ、マルーブルクに頼み事があるって言ったっけ?」


 はて? 

 不思議そうに首を捻る俺とは対照的に、マルーブルクが呆れたように肩を竦める。


「キミの顔を見れば分かるさ」

「そんなに顔に出てるかな」

「分かりやす過ぎるほとにね。それで、どうしたんだい?」

「フェリックスのところへ行きたい。一緒についてきてくれないか?」

「構わないよ。でも、姉様はこの上なく喜ぶだろうけど、グラーフは離れられないよ」


 誰もが愛らしくて抱きしめたくなるような微笑みを浮かべ、了承するマルーブルク。

 即答してくれたことは嬉しいけど、後半……あ、そう言う事ね。

 本当に彼はおどけるのが好きだなあ。

 全くもう、これは彼なりの照れ隠しなのかな? お、おっといかんいかんぞ。

 調子に乗って微笑ましい態度なんて返した日には、えらいことになる。


「待て待て。そう言う意味じゃあない。フェリックスが困っているみたいだから、公国から何か言われたんじゃないかって」

「冗談だよ。そうだね。喜んでついていくさ。キミといると面白いモノが見られるだろうしさ」

「ありがとう。あ、肉が焼けたみたいだぞ」


 マッスルブが雄叫びをあげているから、きっともう肉がこんがりと焼けているに違いない。

 うほお。豪快な肉だな。

 骨つきのまんまであるだけじゃあなく、大きさがやべえ。一キロは優に超える肉塊だ……。

 じゅうじゅうしていて美味しそうだけど。


 マルーブルクにも同じような肉塊を渡すと、彼は躊躇なくそのままガブリと噛り付いた。

 意外過ぎる行動に呆気にとられてしまう俺であった。


「不思議かい? ボクがこうして食べるのが」

「ちょっと驚いただけだよ」


 ナプキンで口元をぬぐいつつ、マルーブルクは肉塊を皿の上に置く。


「ふうん。マルーブルクはやっぱり優しい子なんだな」


 ついつい、彼の口調を真似して言い切ったところで、しまったと口を塞いだ。

 しかし、もう遅い。

 や、やべえ。

 ダラダラと冷や汗がとめどなく流れて来る。

 

「キミに比べたら、大海とコップ一杯ほど違うよ」


 あれ?

 意外にもしおらしく返してくるじゃあないか。

 何か変な物でも食べたのかな?

 なんて失礼なことを心中考えつつも、彼に言葉を返す。


「一緒だよ。マルーブルク。人を思いやることに上下なんてない」


 我ながら臭いセリフを……。言ったはいいが、頬が熱くなってきた。

 

「ボクは……」

「ん?」

「そうだね。そうだとも。キミは決して気が付かない」

「ま、まあ。人が何を考えているのか、よく間違うけど……」

「ほんとにキミは。だけど、それでこそキミだ。ボクの夢、理想はキミと共に在る」


 マルーブルクもついつい言ってしまったって感じでハッとなり、俺から目を逸らす。

 

「た、食べようか」

「そうだね。せっかくマッスルブが焼いてくれたんだもの。食べなきゃね」

「おう」

「クスクス」


 顔を見合わせたところで、口元をベッタベタにしたタイタニアの姿が。


「拭いてあげないのかい?」

「また汚れる」

「確かにそうだね」

「あははは」

「どうしたの? フジィ」


 マルーブルクと腹を抱えて笑っていたら、タイタニアが口を挟んでくる。

 彼女は俺の横に座り、不思議そうにこてんと首をかしげた。

 どこをどうやったらそうなるのか分からないけど、サラサラの髪の毛まで汚れているぞ。

 

「タイタニア。お風呂でしっかり洗った方がいいよ」

「うん?」

「服もちゃんと洗濯しろよ」

「うん!」

 

 襟元がもう……。

 つい父親みたいになってしまった……。

 

「ヨッシーが洗ってあげればいいんじゃない? タイタニアじゃあ、ちゃんと洗えないかもしれないよ」

「いや、ほら、タイタニアも一人でちゃんと洗えるようにならなきゃいかんだろ」


 よおし、俺。マルーブルクの突っ込みに華麗な返し技を見せてやったぜ。

 賢い俺は成長しているのだ。


「ふうん」

「何だよ」

「何でもないよ。クスクス」


 こ、こいつうう。

 あ、そうだ。風呂と言えば、いい事を思いついた。

 

「アイシャー!」

「みゅ?」


 バーベキューコンロの前でトウモロコシをひっくり返していたアイシャに呼び掛ける。

 彼女はそのままトウモロコシを手に持ち、俺の右斜め前に腰を掛けた。俺の対面に座っているのがマルーブルクだ。


「せっかく来てくれたんだ。お風呂にも入って行かないか?」

「お風呂……? 行水のこと?」

「うん、暖かいお湯を張った桶みたいな浴場だよ」

「楽しそうみゅ!」

「タイタニア。アイシャと一緒に入ってくれるか? (風呂の)使い方も教えてあげて欲しい」

「うん!」


 タイタニアは目を輝かせて顎の下辺りで両手をギュッと握る。

 アイシャもタイタニアも同性で楽しい時を過ごして欲しい。我ながらナイスアイデアだよ。うん。

 

「ふじちま君も入るよね?」

「あ、いや。俺は」

「フジィも! 楽しそう」

「だから、俺は」

「あははは。どうせなら一緒に入りなよ」


 どうしてこうなる……。

 

「ほら、お風呂は二人くらいがちょうどいいんだよ。そんなに広くないからな」


 なんて呟きながらワザとらしく立ち上がると、「ビールを取って来る」と言い残し、そそくさ宝箱の方へ移動する俺であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る