第176話 ポテチの誓い

 タブレットがアルミケースや半導体などなどで出来ている、と先入観があった。

 そうだよな。異世界に来たとはいえ俺は地球の日本出身。

 日本と絶たれた孤立感から、タブレットっていう文明の利器を眺めて懐かしさと俺はまだ日本と繋がっているんだ、って安心感を覚えていさえいた。

 しかし、そいつは違う。

 何度も言うが、ここは異世界であり日本ではない。

 アルミケースも半導体も存在しないんだ。


 分かっていただろ、俺?

 見て見ぬ振り、不思議な品物だと無意識に思考を放り投げていたんだ。

 ひまわり号はガソリン無しで動く。

 水栓は水をどこからも引いてきていないのに、蛇口を捻れば水が出る。

 極めつけは食べ物だ。


 自分でみんなに説明していたじゃないか。

 全部、「魔力を編んで出来ている」んだって。


 タブレットも例外じゃあない。

 こいつも魔力で出来ているんだ。


 誰にも見えないとか、そもそも有り得ないだろ?

 ん?


「どうした? お得意の長考か?」


 カラスが俺の頭の上で囀る。

 どこか楽しげな期待を込めた声色だった。


「そういや、君はこれが見えるんだったな?」


 右手で掴んだタブレットを上下に揺らす。


「少し違う。記憶力は大丈夫か? 『見える』んじゃあなく『在る』のが分かるだけだ」

「似たようなもんだろ……」


 言葉のニュアンスが少し違うだけじゃないかと軽く考えていたが、カラスにとってはそうじゃないらしい。


「全然違う。見えないから分かるんだよ」

「何のことかてんで分からん」

「お前、自分の身体を使ってまで構築した永続魔術なのにまるで理解が無いんだな。グバアもそうだが、無意識やら産まれながらってのは俺からしたら酷い話だわ。ほんと」

「だから、何のことなんだよ?」

「お前、今まではその手のひらにある存在について考えを放棄していたよな。……ってことは何かあったな?」

「そ、その通りだ。何とかしたくてな」

「話してみろ」

「え、あ」

「心配すんな。秘密にしといてやるよ。ポテトチップス十二……いや十五袋だ」


 迷うフリをするカラスにくすりと声が漏れた。

 タブレットが元に戻ったら、十五袋だろうが二十袋だろうが出してやるさ。

 カラスだって袋の数が何の意味を成さないことを理解している。

 わざわざポテトチップスを求めて来るのは、世話好きのカラスの照れ隠しだよな?


「痛っ!」

「ぼーっとしてんじゃあねえ。どうすんだ?」

「乗った。ポテトチップス十五袋な」

「ん? 二十だろ?」

「おう。二十袋で、頼む」

「分かった。順を追って最初から説明しろ。異世界から来た『大魔術師』藤島良辰」

「俺はただの人間、藤島良辰だよ。君と同じな」

「っち、真似しやがって。とっとと喋れ」


 く、くうう。

 思いっきり突っつきやがって。

 俺の頭は食べ物じゃないってんだよ。

 ともかく……こと魔力や魔術のことにむいては、カラス以上の知識量、技術を持つ者を俺は知らない。


 カラスが話を聞いてくれるってんだ。俺としては願ったり叶ったりだよ。

 もしこいつがタブレットの秘密を漏らしても、別に構わないしな……いや、そんなことないか。

 超生物達に知られると、要らぬトラブルに巻き込まれてそうだ。


 しかし、秘密漏洩など心配無用だ。

 そもそもカラスが秘密を漏らすことは無い。

 こいつは俺を安心させるためだけに、わざわざポテトチップスで秘密保持契約を持ちかけてきたんだからさ。


「カラス。最初に言っておく」

「なんだ? 改まって、気味がわりぃ」

「『ポテチの誓い』、ポテチは後からになるけど、ありがとうな」

「っったく」

「痛いって」

「早く喋れってんだろ?」

「分かった。分かった」


 素直に感謝を伝えたのに、なんてえ奴だ。

 いかん。これ以上もたもたしていたら、また突っつかれる。


「俺の手にはこれくらいの大きさの薄い板が出て来るんだ」


 手を広げ、タブレットの大きさを示した。

 カラスは黙って首を振り、横柄に続きを促す。

 

「俺の言葉で『タブレット』って呼んでるんだけど、タブレットを通じてポテトチップスなどをそこの箱――宝箱から出す仕組みになっている」

「ふむ。お前にとって『タブレット』が力ある言葉の代わりってわけだな。そいつを通じ、魔力で巣やら道を編む」

「そんな感じだ。話が早くて助かる。で、俺の魔力残量はタブレットに『ゴルダ』って数値で表示されている」

「保有魔力を数値化するのか。おもしれえな」

「ここまでは大丈夫か……って聞くまでもないか」

「おう。んで、どっかで欠損が生じたんだろ? それを俺に相談したいと」

「察しが良すぎて怖いわ」

「クアア!」

「だから、突っつくな!」


 カラスの突っ込みはいちいち痛い。その鋭い嘴は地味どころか、マジで痛いんだからな。

 もし外で突っつかれたら、血が出ていると思うほどに……。

 

「ざっくりと言うとだな。ゴルダはあるんだが、物が出せなくなってしまったんだ」

「ほう。おもしろい事象だ。そのタブレットってやつはお前の術式に何か『制限』をかけているんだな」

「そんな感じ。どうにかして元に戻せないだろうかって悩んでてさ」

「んー。えっとな」

「うん?」


 頷きを返したら、カラスが押し黙ったまま返事をしない。

 妙な沈黙が流れ、たまらず奴に問い返そうとした時、カラスがパカンと嘴を開く。

 

「無理だ。戻すことはできない。そうなってしまったんだろ?」

「……マジか……」


 カラスのことだから、さっきの沈黙の間にあらゆることに考えを巡らせていたのだろう。

 その結果の不可能との返答だ……。

 この先、タブレット無しできりぬけなきゃならんのか。

 

「一度できてしまった物を元に戻せない。だが、拡張することならできる」

「え?」

「お前が魔術を構築する『タブレット』ってのがどうやって魔術を構築するかは分からねえ」

「うん」

「だがな、拡張する手段ならいくつかある」

「その『拡張』ってやつをやれば、再びタブレットが使えるようになるのか?」

「そいつはお前次第だ。タブレットの在りようを拡張し、再び使えるようにするには何をどう拡張したらいいのかお前が想像し、創造しなきゃなんねえ」

「そいつは大丈夫だ。どこをどう拡張すれば再び使えるようになるのかは分かる」


 タブレットのログ容量が枯渇しているのなら、ログを消すか容量そのものを大きくするかのどちらかだ。

 できれば、ログを消す機能が欲しい。

 

「どうやったら拡張できるのか、手段を教えてくれないか?」

「どれがいい? 多大なリスクを伴うものか、最小のリスクで済ませるか」

「そら、最小のリスクがいいに決まってるだろ?」

「そうかそうか。お前は自分が良ければいいってんだな。魔術の探求者としては正しいのかもな」

「いや、そんなわけじゃあ……」

「そうだな。お前のタブレットに使われている魔力からしたらほんのスプーン一杯にしかならんが、人間にして二千くらい儀式で吸い取ればいけるんじゃね?」

「絶対ダメだ。他人を犠牲にする案は無しだ」


 何言ってんだ、このクソカラスめ。

 

「冗談に決まってんだろ。全く」

「……分かったよ。リスクの高い案しかないってんだろ?」

「そうでもないが、お前は極端だな。多少の犠牲を他人に払いつつ、お前のリスクも軽減するってことは考えねえのか?」

「我がままなのかもしれないけど、俺は誰にも犠牲になって欲しくない」

「犠牲って言い方が悪かったか? 協力してもらえばいいって話だよ」

「思いついた案をざっと聞かせてくれるか?」

「めんどくせえが、仕方ねえ。選ぶってこともお前にとっては大切なことだ。選ぶってことは覚悟を伴うからな」


 遊んだり、からかったりしてくるが、時折カラスはこういうドキリとすることを言うから油断できない。

 うん、のほほんとしている自覚はある。

 気を引き締め、選ばないとな。

 カラスの案が全部受け入れられない場合は、諦めるのも覚悟だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る