第175話 待ち人ならぬ待ちカラス
「何だよ、もう」
俺の頭の中に直接語りかけることができるのは、三本の足を持つカラス以外いない。
迷惑そうに声を返したら、
『特に用はねえ』
と応じやがった。
こ、こいつはああ。
「何か事件が起きているのか? それともポテトチップスが無くなったとかだけじゃあないだろうな」
『何が起こっているのか、なんぞ興味はない。金髪の人間がお前の指示通りに動いていたくらいだな』
「マルーブルクが?」
『人間やゴブリンのやることなんて俺に分かるわけねえだろうが』
「じゃあ、何でわざわざ連絡をしたんだ?」
『お前の頭は空っぽか? さっき「特に用はねえ」って言っただろ!』
「全く、素直じゃないんだから」
『何か言ったか?』
「いや、何も」
『クアアアア!』
音声じゃないのに耳がきーんとした気がした。
あのクソカラスめえ。
「どうしたの? フジィ?」
ハンドルを握りながら、一人首を振っていたところに後ろからタイタニアの心配するような声が耳に届く。
「あ、いや。マルーブルクがゴブリン達の農場運営を上手く支えてくれているのかも……って報告かなあって」
「カラスさんから?」
「そそ。タイタニアにもカラスから何か伝言があったの?」
「ううん。私には何もないよ。カラスさんの声が頭の中に聞こえるんだよね?」
「うん。カラスはああ見えて思慮深い奴なんだけど……たまに意味深なことだけを言って、よく分からないことがあるのが厄介だ」
「フジィが好きだから、楽しくて遊んでいるんじゃないかな」
「あ、うん……」
タイタニアの意見は案外、的を射てるのかもしれない。
わざわざカラスが「ゴブリン」というキーワードを出してきたんだ。何か思ってもみないトラブルが発生しているのかも?
「リュティエ。なるべく寄り道せずに帰ろう!」
「了解です!」
大きな声で後ろを走るリュティエに声をかけると、彼も俺以上の大声で了承してくれた。
幸い、もう帰路についている。
行きと違って、帰りは道を作る必要もないし、ひまわり号もあるからな。
数倍の速度でサマルカンドまで戻ることができる。
◇◇◇
一抹の不安を感じながらも、サマルカンドの自宅まで無事帰り着いた。
もっと早くトランシーバーという発想に至っていれば、と道中後悔したこともあったけど、結局事態は変わらないことに気が付く。
何故かというと、至って単純な問題で「距離」だよ。
どこまで離れると通信不能になるか分からないが、サマルカンドからフェリックスが領主を務める「グラーフ」までだとまず電波が届かないだろう。
通信衛星でも使えれば、どこにいたって通信できるけどさ……。
リュティエとシロクマさんと一旦別れた俺は、タイタニアとワギャンと共に久しぶりの自宅でくつろいでいる。
さっき拡声器を使ってマルーブルクをお呼び出ししておいたから、そのうち彼か彼の部下がここへ来てくれるだろう。
「フジィ、紅茶がもうないから、コーヒーでもいいかな?」
キッチンで紅茶の入った缶をさかさまにしたタイタニアが「ないよー」とばかりに首を横に傾けた。
「うん。紅茶を補充しておくよ」
「うん!」
頷きを返したタイタニアは、慣れた仕草でコーヒーメーカーを動かし始める。
彼女は本当によく気が利くと思う。
久しぶりに自宅に帰ったことだし、せっかくだからインスタントコーヒーじゃあなくて手間がかかるが薫り高いコーヒーをってわけだ。
「ふじちま。クッキーもそろそろ無くなるな」
「ありがとう」
こちらも慣れたもので、お茶の時間といえばお茶菓子とワギャンが率先して動いてくれている。
そんじゃま、忘れないうちに注文をしておくか。
カウチに腰かけたまま、タブレットを出し画面をタッチしていく。
紅茶とクッキーを……ついでにポテトチップスも注文っと。
『ログの容量に空きがありません。注文をキャンセルします』
「え?」
初めて見るメッセージに変な声が出た。
ログ……ログか。
確かに、これまで注文した履歴やゴルダを得た、減った情報は全てメッセージとして記録されている。
このタブレットが俺の知るタブレットと同じならば、記録媒体――ハードディスクの容量が一杯になればこれ以上記録はできなくなることは理解できるんだ。
しかし、このタブレットは地球にあるタブレットとはまるで別物なことは確か。
いろんなとんでもチート機能はともかくとして、ログが記録できなくなった程度で注文が差し押さえされるなんて地球産のタブレットでは有り得ない。
単にログが保存されないだけで終わる。
「どうした?」
俺の声をちゃんと聞いていたワギャンが心配して声をかけてくれた。
「あ、いや。魔力が……ちょっと待ってくれ」
「最近、魔力を使い過ぎていたんじゃないか? 休息をとった方がいい」
ポンと肩を叩かれ、片目をつぶるワギャン。
そうだな。念のため、魔力……ゴルダもチェックしておくか。
うん。見るまでも無かった。
あれだけ派手に使ったはずのゴルダは、ほとんど目減りしていない。
やはり、ログの容量を何とかしなきゃなんないのか。
「ごめん、ちょっと休んでくるよ」
「わたしにできることがあったら言ってね! ご飯なら心配しないで!」
「食材もある。風呂は僕が入れる。洗濯も干す。ゆっくり休め」
ありがたい二人の言葉に礼を言ってから、タイタニアが淹れてくれたコーヒーを持って一人自室に籠る。
このままリビングでうんうんと唸っていたら二人を不安にさせてしまうものな。
文机の前で椅子に腰かけ、コーヒーを口に含みつつタブレットを出す。
「んー。ハウジングアプリ以外はタップすることができないんだよなあ……」
ハードディスクのどこかにハウジングアプリがインストールされていて、ハウジングアプリのフォルダがあったりしたら簡単にログを削除できるんだが……。
うんともすんともできねえ。
検索機能を使おうにも検索窓は無いし、そもそも文字入力が不可能。
一時凌ぎとして、不要なデータ断片を消す「デフラグ」機能でも使えればと思ったけど、無理だ。どうにもこうにもできん。
具体的にはどうすれば、容量問題を解決できるのか分かるんだけど、手段が無い。
例えば、ログフォルダを閲覧し削除できるよう機能を追加――タブレットのアップデートとか、ハードディスクの容量を拡張するとか、もどうやればいいのか全く見当が付かないんだよ。
「こいつは困った……」
幸いハウジングアプリが使えなくなったからといって、すぐにサマルカンドの街が機能しなくなることはない。
だけど、食糧はともかく新たな問題が発生し対処を行わなければならない場合、何にもできなくなるんだ。
はあああ。どうしたもんかなあ。
『パネエッス!』
大きく息を吐いた時、二階のバルコニーからいつもの呑気なハトの囀りが聞こえてくる。
こんな時だからこそ、ハトのマイペースさに少し救われた気がした。
あのクソカラス。俺のことを何のかんので心配してくれているから、お礼の意味も込めて……ポテトチップスをあげようと思ったけど、今は無理だ。すまんな。
――コツコツ。
ん?
誰かが窓を叩いている?
顔をあげると、三本足のカラスが嘴で激しく窓ガラスを突っついていた。
「早く開けろ」ってことだよな。
窓を開けると、すぐさまカラスが室内に潜り込んできた。
「どうしたんだ? しけたつらして。いつもの間抜け顔の方がまだマシだぜ」
「まあ、いろいろあってな」
ワザとらしく大げさに肩を竦めると、気に障ったのかカラスが俺の頭を突っつく。
痛いって。
こいつこれでも、俺の頭の中に直接話しかけてきたり、みんなの言葉の壁を取り払う魔法を唱えたり……とただのカラスにしか見えないが、大魔術師なんだよな。
ん?
待てよ。
俺の考え方が、根本から間違っていたんじゃないのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます