第151話リュティエと竜人

「荒地はここ以上に地震が大きく、多発しているようです」

「荒地の方が山から近いのだっけ?」

「そうですな……山脈を踏破した者が獣人にはいませぬので」


 リュティエは「不確かながら」と前置きした上で大雑把な位置関係を教えてくれた。

 サマルカンドの南には山脈がある。大草原に山脈から川が流れてきていることは俺も知っている。

 だけど、山脈は大山脈と呼ばれるだけあって領域がとても広いんだ。

 広さとしてはグバア大草原を凌ぐかもしれないとリュティエは言う。

 一方、こちらもザックリとだけどサマルカンドから西へ進むと荒地がある。

 大草原とは大きな川で隔てられており、雨季には大草原から荒地に行くことが困難になるそうだ。

 困難と言ってもリュティエ達の行動範囲に限られ、南北どちらかから迂回すれば容易に渡河することができるかもしれないとのこと。


「てことは、位置的に大草原と荒地は南で大山脈に繋がってるってことか」

「踏破したわけではありませぬので、全域が大山脈に繋がるかどうかは不明です。広大な上に地形やモンスターを原因とし、未踏の地も多いのです」

「公国でも未踏の地は多々あると聞くものなあ」


 獣人達はたったの三千人しかいないんだ。

 サマルカンド目線で考えたとしよう。

 北海道なんて目じゃないほど広大だと思われる大草原だけでも広すぎるのに、わざわざ大山脈だ荒地だまで足を踏み入れることなんてないよなあ。

 大災害が起きてどうしてもとか、探検したいんだってのがない限り。


 そしてこの地は猛獣より強力なモンスターって存在もいるのだ。おいそれと未踏の地に踏み込めないよな。


「ザックリとだけど把握した。俺たちが使っている大草原とか大山脈って呼称は地理的に広大過ぎるってわけだな。局地的に発生している地震を捉えるに適していないよな」

「然り。さすが大魔術師メイガス殿。これだけの情報でそこまで理解が及ぶとは。感服致しましたぞ!」


 鹿の首なんて一撃の元に仕留めることが出来そうな牙を見せ、感涙しそうな様子のリュティエ。


「え、えっと。じゃあ狭い範囲で考えよう。サマルカンド周辺と比べて竜人の集落? では地震の揺れが激しいのかな?」

「いかにも。我らと竜人は袂を別ちました故、個人的には恨みこそあれ義理などないのですが……」


 リュティエは苦々しい顔をしてグルルと喉の奥から唸り声を出す。

 まあ、そうだろうな。

 自分達の土地を追われたのだ。竜人達も生きる為に仕方なかったとは言え腹に据えかねるものがあって当然だよな。

 ここで獣人達より強いという竜人へ死闘を挑まず新天地を目指したリュティエらの慧眼に賞賛を送りたい。

 人ってなかなかそこまで達観できないものだよ。玉砕覚悟で挑んだって不思議じゃあない。


「故郷を懐かしんで荒地まで行っている獣人がいるってことでいいのかな。それほど荒地に愛着のある獣人達からしたら腹わたが煮えくり返るほど竜人を恨んでそうだけど……」

「実際は複雑ですぞ。憎けれど彼らの強さを尊ぶ者もいれば、家族ぐるみの付き合いをしていた者……」

「そうか。変なことを聞いちゃったな」

「いえ。単刀直入に言いますぞ。竜人達の集落は芳しくない状態です」


 リュティエの話の流れからしてそうじゃないかと思ったけど、やはりそうか。


「どんな感じなんだ?」

「獣人達も竜人の集落に入ったわけではありませぬ。集落付近までさえ行っておりませんからな」

「そうか」

「ですが、竜人の言によると火の玉が降り注ぎ、家屋が燃える被害が出ているとのことでした」

「火砕流か……」


 荒地は活火山に近いのか?

 だったら噴煙をあげた火山から、火山灰やらも降り注いでいるはず。

 サマルカンドと随分状況が違うんだなあ。


「御安心を。山脈から荒地へ進出してきたように竜人達が大草原に侵攻してくることはありませぬ」


 考え込む俺に対し、外敵の心配をしていると思ったのか、リュティエは竜人達と戦争になる可能性が無いことを告げる。


「竜人は大草原を恐れているのだっけ?」

「今なら何故彼らがグバア大草原を忌避しているか分かりますぞ。あの神鳥がいるからでしょうな」

「そういうことか」


 竜人達はグバアの殲滅対象って可能性が高いのか。

 グバアにとって竜人達が小さき者なのかグウェインの眷属扱いなのかは微妙なところだけど。

 眷属扱いとすれば……竜人達が大草原に足を踏み入れた途端、爆散する。


「懸念点を述べましたが、サマルカンドは安泰で間違いありませぬ。何しろここは聖者ふじちま殿がいるのですからな!」

「あ、う、うん」


 あ、あかん。リュティエが誉め殺しモードに入ってしまった。

 喘ぐようにニコニコと俺の隣に座るタイタニアへ目を向ける。


「リュティエさんの言う通りだよ!」

「お、おう……」


 タイタニアが話題を変えてくれることを期待したけど、逆に乗っかられてしまった。

 二人ともとてもいい笑顔だから、面と向かって何も言えん……。


「フジィ、竜人達を助けないの?」


 穴があったらしばらく入っておきた……ん?


「竜人達を?」

「うん!」


 竜人達を俺達がわざわざ荒地にまで赴いて、彼らの困り事を解決する?

 んー、どうだろうか。

 獣人達は竜人に思うところがあるし、俺自身が歓迎されるとも限らない。

 フェスの時は彼らが助けを求めて来たから、グラーフの街まで遠征に行った。

 だけど、今回は異なる。

 

「ふじちま殿。まずは謝罪させて下さい。申し訳ない!」


 悩んでいたら、突然リュティエが立ち上がり深々と頭を下げた。


「謝られるようなことをリュティエはしていないじゃないか……どうしたんだ?」

「いえ、しております。私はふじちま殿に竜人達の窮状を伝えました」

「情報をもらえることはありがたいけど」

「聖者であり、慈悲深きふじちま殿は竜人達のことを聞くと、きっと我らと竜人達を鑑み悩まれるに違いない」

「そうでもないさ。俺は俺のできる範囲でしか動かない。仲良くしている人たちの気分を害すことは本意じゃないさ」

「そう言われると思っておりましたぞ」


 んー。どうも歯切れが悪い。

 一体、どうしたんだ? リュティエは。

 彼は武人然とした無骨な人となりをしている。だけど、決して浅慮ではなく、獣人達のリーダーに相応しい思慮深さも持っているんだ。

 

 そんな彼がわざわざ回りくどい言い回しをしている。

 何か理由があるに違いない。

 

 こんな時、マルーブルクならリュティエの意図をすぐに察知できるんだろうけど、生憎俺はそこまで人の機微に敏感じゃあないんだ。


「ん?」

「どうしたの?」

「あ、いや。さっきからじーっと口を開いたり閉じたりしているなあって」

「み、見てた?」

「たまたまだけど……」

「そ、そうなんだ。えへへ」


 照れたように頭の髪飾りに手をやるタイタニア。

 あ、そういうことか。

 ようやくリュティエが何を言わんとしているのか分かったよ。

 彼の回りくどさは俺に対する気遣いや優しさから来ているんだな。

 

「リュティエ。大丈夫だよ。俺に過剰な心配はしてくれなくても。思ったことを言ってくれても」

「いえ、そのようなことは」


 リュティエは戸惑ったよう肩を揺らし、目が泳ぐ。

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