第146話 スイカといえば浴衣だろ?
亀を自転車の荷台へ突っ込んだが、微妙に入らない。
こいつの重さはなかなかのもんだから、抱えながら自転車を運転するのがちょっと厳しいんだよな。
なので、グラグラさせながらも荷台に乗せた亀を片手で支え自宅へ戻る。
途中よたよたしてしまったのはご愛敬。
よっこらっしょっとテラスに亀を二匹並べて、どうしたもんかとワギャンと顔を見合わせた。
こんな時の相談相手と言えば、遊び心のクラウスか真料理人フレデリックのどちらかだろう。
しかし、彼らを呼ぶにはまだ早い。
亀が美味しかったら、どちらかを呼べばいい。
まずは実食せねばな。
「二人でやるか?」
ワギャンが亀に目を落とし問いかける。
「おう、食べれたもんじゃない可能性もあるよな」
誰かを呼び出して徒労に終わるのもあれだし……お、彼らは。
その時ちょうど仲の良さそうな三人組が俺の目に留まる。
そう、居酒屋トリオことクラウスの部下たちだ。
「旦那、何も変わりなくっすか?」
「うん」
「あいあいさー。ご無事いただきましたー」
「わざわざ様子を見に来てくれたのか?」
「へい。実は二度目っす! 一度目は旦那が不在でやした」
「北側に出現した亀の様子を見に行っていたんだよ」
「そうでやしたか! クラウスの旦那が一応見てこいって言うもんでして」
俺のことを心配して見に来てくれたのか。
てことは彼らも異常気象をちゃんと観測していたってわけだ。まあ、当然と言えば当然だよな。早い遅いの違いはあれ、歩哨を立てているんだから。
そういや、獣人側の物見に誰もいなかったような……事態を察知して既に彼らは戻っていたかもしれない。
何故かって? 彼らは人間より遥かに遠くまで見渡すことができる。俺が双眼鏡で見るような距離でも裸眼で見えちゃうほどだからさ。
「旦那に限って心配はねえって」
「クラウスの旦那なんて、世界が終わってもあいつは無事だとかいってやしたね」
「それなのに見に行かせる、クラウスの旦那」
聞いてもいないのに三人の声がテンポ良く続く。
彼ら同士で会話しているだけかもしれないけど、バッチリ聞こえてるからな。
「ふじちま」
ワギャンに服の袖を引かれる。
「ん?」
「彼らにも食べてもらおう。それで試食は済む」
「そうだな。せっかくだし!」
三人を誘うと「喜んでー」とノリノリだった。
◇◇◇
亀の甲羅は硬いと思ったんだけど、あれはスイカそのものと誤解するくらい表皮の硬さも中の肉もスイカそっくりだった。
ワギャンの抱えてきた方が黄色。俺が持ってきたのは赤色の肉だ。
頭の部分は固く、頭蓋骨があり……この先はお食事中に見たくないものだったので割愛。
ともかく、丸い胴体はスイカだと考えて問題ない。
「兄ちゃん、まずは物見の外まで運ぶぜ」
「分かった。一旦外に出そう」
「あいつらに台車を持って来させてるから」
楽しそうに腕まくりしながら、亀を二匹も抱え上げるクラウス。
すげえな。おい。
彼はリュティエと違って体の線が細い。だけど、筋力はあるんだよなあ。
これが農作業で鍛え上げた筋肉か。
ワナワナと戦慄していたら、呆れたようにワギャンから声をかけられる。
「そこで立ち止まると(僕が)進めなくなる」
「あ、ごめん」
階段の途中で立ち止まっていたから、後ろから来たワギャンの道を塞いでしまっていた。
亀はスイカだ。つまり、おいしい。
クラウスの部下達へ物見に亀が大量に転がっていることを伝えたら、すぐにクラウスを呼びに行った。
そんなわけで、クラウスと物見で落ち合い亀を運んでいるってわけなのだよ。
亀を運んでいるうちに、フレデリックと彼の部下、更にはマルーブルクまでやって来て……後半俺はマルーブルクと様子を眺めているだけで亀の運び出しが終わってしまった。
動きがよろしくないので戦力外通知を受けたわけではない。決してそんなわけではないのだ。
途中、何度か階段で座って休んでいたのがいけなかったのか? 普通、上り下りを繰り返したら疲れて息があがるだろう。
彼らの体力がおかしいんだ。人間、適度に休みを入れなきゃ逆に効率が悪くなるんだぞ。
「兄ちゃんの家にあるテラスまで運べばいいか?」
「いや、公園にしよう」
「あいよ」
ヒラヒラと手を振ったクラウスが台車の元へ向かう。
フレデリックと彼の部下もクラウスに続く。
「終わったようだね」
「そうだな」
ガラガラと音をたてながら遠ざかっていく二台の台車をマルーブルクと共に眺める。
ノンビリとた俺たちと異なり、ワギャンはもう動き出そうとしていた。
「僕はリュティエ達を呼んでくる」
「ありがとう。ずっと動いてもらっているのに」
「気にするな。まるで疲れていない」
ワギャン。そんな気丈に振舞わなくても……ちょっとは休んでからでいいんだぞ。
しかし、走り去っていく彼の足取りに淀みがまるでない。本当に疲れていないんだろうか……まさかそんな。
◇◇◇
その日の夕方――。
亀達を公園の噴水に浮かべて、呼べた人全員に着替えてもらうことにしたんだ。
着替える場所は我が家の二階にして、もちろん男女別れてにした。
というのはだな、スイカに夏の夜となりゃちょっとした遊びをしたくなったからなんだよね。
みんな快く着替えを了承してくれたけど、ちゃんと着ることができるかまで考慮してなかった。
『パネエッス!』
「うめえ」
服を着ないハトとカラスはキッチン脇でポテトチップスに狂乱している。
うーん。様子を見に行った方がいいかなあ。
と思ったところで、二階から誰かが降りて来た。
この声はクラウスか。
「よお、兄ちゃん、はええな」
彼は濃い藍色の浴衣を着崩して片手を服の中に突っ込み体をボリボリかいている。
もう一方の手は扇を広げてパタパタだるそうに仰いでいた。
どんだけだらし無いんだよと思ったが、彼だと不思議にこれがいいんだと思えてくるから困ったもんだ。
だらしなく開いた胸元からは、引き締まった胸筋が見える。細いけどやっぱ鍛えてるんだなあ。
「主人より先に来るなんてな」
何か言ってやろうと悔し紛れにクラウスへ向け口を尖らせたら、呆れたように肩をすくめられた。
「兄ちゃんがマルーブルク様と俺を別室にしたんだろうに。気を遣わず着替えろって」
「わ、分かっていたさ。そんなことは。冗談じゃないかもう」
「っと」
会話の途中で急に佇まいを正したクラウスはシャキッと敬礼を行う。
もちろん彼の視線の先にはサラサラの金髪を持つ天使の顔をした悪魔っ子ことマルーブルクがご不満そうに腰に両手を当てていた。
「うん。可愛い」
「全く……これ男物じゃないよね?」
「気のせいだ気のせい。あれだよ、マルーブルクのサイズにピッタリなのがそれしか」
「ふうん。髪飾りとかはいらなかったんじゃない?」
マルーブルクは胡乱な目で、金糸のような髪の毛を挟むかんざし風の髪飾りを右手で触れる。
正直、下手な少女より彼の方が愛らしい。
白地に淡いラベンダーカラーとスカイブルーで花柄をあしらった浴衣は彼の白磁のような肌とバッチリマッチしている。
なんのかんの文句を言いながらもふんわりとした素材の帯も、腰の後ろ側で蝶の形を作るように締められていた。
化粧っ気がないのがアレだけど、年齢的にすっぴんのがよいだろ。
「キミの好みはやはり姉様みたいな人だったってわけだね」
「ち、違うって!」
黙っていたら変な突っ込みを受けてしまった。
確かにマルーブルクの浴衣は少女用だ。
だけど、やましい気持ちではなく……いや、そんなことは無いな……。
ほら、バランスだよバランス。せっかく華やかな浴衣なのに、地味な男物ばかりじゃあつまらないじゃないか。
マルーブルクなら中身はともかく見た目は問題ないと思ったから……予想以上に似合い過ぎているけど。
「フジィ……これ……」
残された最後の一人であるタイタニアが困った顔で降りて来た。
いくら不器用でもこれはないだろ……彼女は兵士として一人前なんだよな? かなり不安になってきたぞ……。
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