第70話 シロクマさん

 アイシャは南国のビキニにボレロみたいな服装をしている。

 身長は俺の肩下くらいだからさ、ほら、挨拶をして前かがみになるだろ?

 もう言わなくても分かるよな? 彼女は大きくはない。でもタイタニアと違ってあるのだ。


 ……だああ。ダメだダメだ。余計な煩悩にかき乱されている場合じゃねえ。見慣れて……はいないがビーチに行けば普通にある光景だろう?

 そう自分に言い聞かせるように呼吸を整えた。


「ふじちま?」

「あ、すまんすまん。アイシャが残りの家畜を紹介してくれるんだよな?」

「そうだ。アイシャ。頼む」


 ワギャンの言葉を受け、アイシャが家畜を呼ぼうと手を振った時、彼女の胸の谷間が膨らみ中から何か出て来る。

 お、落ちなくてよかった。胸を覆う布が。

 もし彼女の胸を覆う布がズレてたりしたら気まずいってもんじゃないって。


 ん? 出てきた小動物はスルスルと彼女の胸元から鎖骨に登り、肩でお座りする。

 ヒクヒクと鼻先を揺らす仕草がとても愛らしい。


「リスかな?」

「そうみゅ。リスのナッツだよ」


 アイシャが人差し指でナッツの顎下を撫でると、彼? は気持ちよさそうに目を細めた。

 すぐにナッツを撫でるのをやめたアイシャは、くるりと後ろを向き左手をぶんぶん振る。続いて、右手の人差し指と中指を口の中に入れて大きく息を吸い込んだ。


 ――ピュー!

 口笛の音が鳴り響き、遠くからゆっくりと家畜たちがこちらにやってくる。

 近くなってきたら、どんな動物か分かったけど何種類かいるな。

 クーシーが数匹に黒い毛皮と白い毛皮のクマが一頭ずつ、あとは……二本角が生えたサイの顔にカバの体躯を持つ奇妙な動物がいる。

 ほうほう。クーシーには色々な毛色があるんたなあ。そ、そんなことより一番気になるのはつぶらな瞳で俺を見上げる白い毛並みのクマだ。


「これってシロクマ?」


 白い毛並みのクマを指差すとアイシャは指先をこめかみの辺りに立てて、「んー」と吐息を漏らす。


「うん。シロクマみゅ」

「なんか、少し間が空いてなかった?」

「気のせいみゅ……」


 含んだ言い方がとても気になるんだけど……シロクマを見つめていたら些細は疑問は吹き飛ぶ。

 な、撫でさせてもらってもいいのかな?

 俺の様子を見て取ったアイシャがシロクマのお尻をポンと叩く。すると、シロクマが俺のところまでのっしのっしと歩いてくるではないか。

 

 シロクマは俺の脛へスリスリと顔をすりつけてくる。

 ぐ、ぐうう。な、なんて愛い奴なんだああああ。

 その場でしゃがみ込み、シロクマの顔を覆うように体を伸ばし、首元をわしゃわしゃと撫でまわす。

 フサフサした白い毛皮は思った以上に分厚くて、上等でふかふかの絨毯を撫でているようだった。


「ふじちま?」 

「ふじちまくん?」


 ハッ! 完全にトリップしてしまっていたぞ。

 俺の名を呼ぶ二人の声でようやく俺は正気に戻った。

 それにしても、アイシャまでふじちま呼びなのか。リュティエといい獣人タイプの種族はみんなふじちまと呼ぶのかなあ。

 オークはちゃんと俺の名前を呼べるのに。

 そういえば、けだものであるグバアやハトはちゃんと俺の名前を呼ぶんだよなあ。公国でもマルーブルクは分かっていてやっているとして……フレデリックのみが正確に俺の名を呼ぶ。

 何か法則があるのかな? それとも単にハウジングアプリの自動翻訳が俺の感性と合わさって「ふじちま」と聞こえるんだろうか?

 

「おーい、ふじちま」

「ごめんごめん」


 トリップの次は考え事でまたしても二人を放置してしまった。

 

「この子はクーシー達みゅ」


 アイシャは近くにいた濃い緑色の毛並みをしたクーシーの顎を撫でる。

 

「クーシーはワギャンに見せてもらったんだ。いろんな毛並みの色があるんだな」

「そうみゅ。こっちのゴツイのはアルシノみゅ」


 二本角が生えたサイの頭をしたカバを指さすアイシャ。


「そのカバ……じゃないアルシノは草食なの?」

「そうみゅ。成長が早く、家畜化したアルシノは大人しくて飼育しやすいみゅ」

「おお!」

「でも、たくさん草を食べるからお腹をすかせないように注意が必要みゅ」

「なるほどな」


 地球で例えたら牛に近い生物と思っておけばいいか。

 見せてもらった家畜を整理すると、羊にヤギとアルシノになる。

 羊からは毛糸と肉が取れて、ヤギは肉と乳、アルシノからは革と肉か。

 

「あとはニワトリがいるんだけど、ニワトリは各家の傍でそれぞれが飼育しているみゅ」

「ニワトリなら小さいスペースでも飼育できるってことかな」

「そうみゅ。卵も採れるし、肉にもなるから重宝するみゅ」


 思った以上に家畜の種類が充実しているみたいだな。

 どれだけの数がいるのか分からないけど、順調に畜産が進んでいったら食うに困らなくなっていけそうだ。

 敵は過酷な自然だろうな……スカイイーターみたいな災害が来たらクーシーやパイアはともかく羊やヤギだと食害されるだろう。

 公国側の農業はどんな感じかまだ把握していないけど、こっちも自然災害対策はしておいた方がいいよな。

 

「牧場は最初から枠の外に作る予定かな?」

「そうだな。作り直すのにも手間がかかるし、広大な草原が外に広がっているんだ。使わない手はない」

「うんうん」

「いざという時は、お前の用意してくれた牧草もあるから。草が不足した場合でもなんとかなる」


 あ、そうか。

 牧草用の無限芝生のエリアも拡大しておいた方がいいか。でもあれは、無限とはいえ俺が手動で床材を設置しなおす必要がある。

 付きっきりってわけにはいかないからワギャンの認識通り、緊急用だな。

 

「すぐにとはいかないんだけど、外にも牧場用に枠を作ろうかと思っているんだ」

「それは助かる」

「スカイイーターみたいなのが来たら、一たまりもないしさ」

「ありがとう! ふじちまくん!」

「うわっぷ」


 アイシャが俺の胸に飛び込んできた。

 のはいいが、勢いをつけすぎていたからよろけて倒れそうになってしまう。

 

 しかし、不意にノンビリした空気が一転する。

 それは、ワギャンの一言からだった。

 

「この匂いはタイタニアか。ふちちま。何かあったのかもしれない」

「ん? どういうことだ?」

「僕の目では確認できないけど、ちょうど獣人と公国の境界線のところにタイタニアがいるはずだ」

「境界線というと、俺の家へ続くT字路のところかな」

「そうだ」

「行ってみよう」

「僕も行く」

「アイシャ、マッスルブ、ありがとう! また今度!」


 二人に手を振り、自転車にまたがる。

 タイタニアが用もないのに、T字路まで来るなんてことはありえない。

 外から中を護るための枠こと我が土地の道は、プライベート設定だ。入ることができるのは、集会場に集まっている人たちのみ。

 実のところ、彼らは獣人側だろうが公国側だろうがどちらでも入ることができる。

 みんなにはそのことを伝えているけど、彼らは境界線を越えることを自粛していた。

 なので、タイタニアが来ることができる限界点はT字路までなんだ。

 

 自転車を全力で漕ぐとすぐにタイタニアがいるT字路まで到着する。

 

「フジィ! ワギャン! 大変なの!」

「何があったんだ?」

 

 タイタニアの様子がただ事ではない。

 一体何が?

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