第66話 お泊り

「こんなもんかな」


 手をパンパンと打ち合わせ、完成した屋根のある憩いの場(ハトの住処を兼ねる)を眺める。

 

 なんということでしょうー! ただの草むらが素敵な憩いの場に生まれ変わりました。

 シンプルながらも頑丈な白の柱に同じ色の平らな屋根。こげ茶色の木のぬくもりを感じさせる背もたれの無いベンチは、三人座ってもまだ余裕があるゆったりとしたサイズ。

 同じ形をしたベンチが横に二列、対面に一脚並んでいる。その隣にはビア樽を半分に切った餌箱と、はてなブロックのような上面が空いたゴミ箱が設置されていた。


 試しに……。

 追加で二百ミリリットルの瓶に入った牛乳を注文して、自宅の宝箱から持ってくる。

 腰に手を当てる正しいスタイルで、ごきゅごきゅと一息に牛乳を飲み干した。


 空瓶をゴミ箱さんにぽーんと。


『おいちいいいい』


 よし、問題ない。

 このゴミ箱さんはハトの食べ残しや汚物を放り込むことがお仕事だ。いずれ公園が憩いの場として解放された時には、普通のゴミも投入されることになるだろう。


「うふふふ」


 不気味な声が出てしまった。

 我ながら自分の仕事に満足していると、台車で木材を運ぶワギャンとマッスルブの姿が目に入る。


「フジチマー!」


 マッスルブが台車の後ろを押す手をとめて、「ぶひぶひ」とこちらに手を振る。

 ワギャンも彼と同じように台車の手すりを持つ手を離し、右手をちょいと上にあげた。


「また何か作ったぶー?」


 興味津々といった様子で目を輝かせるマッスルブ。


「うん、ハトが大きくなってさ。ここを奴の住処にしようかと。公園の休憩所も兼ねてね」

ハト食材はどれくらいの大きさになったぶー?」


 そっちかよ!

 マッスルブは公園の施設より、ハトのことが気になる様子だった。


「こーんなサイズになったぞ」


 両手を広げ、ハトの大きさを示す。


「食べがいがありそうぶー」

「食べないから!」

「あ、そうそう。今日はジルバとぶーも集会所に行くぶー。ひらがな? を学びに」

「おー、大歓迎だよ。待ってる」

「じゃあ、これをワギャンの土地に置いてくるぶー」

「じゃあな、ふじちま」


 マッスルブの言葉にワギャンが続く。彼は再び手を上げてから台車の手すりを掴んだ。


「おうー! じゃあまたなー」


 二人を見送ったけど、何か言うことを忘れていたような……そのうち思い出すだろ。

 

 ◇◇◇

 

「ふじちまー」

「おー。いま行く」


 二階からワギャンの声が聞こえる。


「先に二階へ行こうか」

「うん!」


 荷物を降ろしていたタイタニアを誘って、二階へ向かう。

 

 んっと、突然何が起こったんだ思うかもしれないが、現在は夕食後で時刻は夜の八時半だ。

 結論から言うと、俺はワギャンとタイタニアの二人と最大三日間共にすごすことになった。

 女の子と一つ屋根の下だから、何かこうむふふんなイベントが起こるかもと思うかもしれない。しかし、そこは大丈夫。ワギャンもいるからね。

 それに、彼女は俺のことを悩み事を打ち明けることができる頼れるお兄さん……いや父親のように思っているはず。なので、問題ない。

 うんうん。

 

 二人とすごすことになったのは、もちろん俺がモフモフしたいとか(ワギャンの)風呂を覗きたいとかよこしまな欲望の元に成立したわけじゃあない。

 

 話は今日行われた会議まで遡る――。

 

 いつものメンバーにマッスルブとジルバまで加わったからか、賑やかに会議が進み、マッスルブがおやつをたらふく食べて……ひらがなのお勉強タイムになった。

 その時ふと、床に寝っ転がりながらひらがな絵本のボタンを押していたマッスルブが呟く。

 

「タイタニアとワギャンはお互いの言葉を勉強していると聞いたぶー」

「そうだな」


 マッスルブへワギャンがうんうんと頷きを返す。

 

「言葉の勉強ならお互いが向き合わないといけないんじゃないかぶー?」

「そうだな」


 二人のやり取りをマルーブルクたちも耳をそばだてて聞いていたので、すぐに彼らの言葉を復唱した。

 すると、マルーブルクが指をパチリと鳴らし人差し指を立て口を開く。

 

「昼間はお互いに任務もあるだろうし、なかなか時間も合わせることが難しいだろうね」

「だろうなあ」


 マルーブルクに同意する俺。


「公国と獣人はまだ微妙な関係性だし、おいそれとお互いに境界線を越えていくわけにもいかないからね」

「となると、公園で待ち合わせになるよな」

「うん、それだと会うまでの時間ももったいないし、人の目も気になるだろう?」

「うんうん」


 そこで言葉を切ったマルーブルクは、少しだけ逡巡した後、続ける。


「キミへの負担になっちゃうんだけど、ヨッシーの家に二人をお泊りさせてみてはどうかな?」

「お、それはいい案だ。まだ二人とも家が完成していないしな」

「いいの!?」


 話を聞いていたタイタニアがぴょんと跳ねながら両手を叩く。

 マルーブルクのアイデアを獣人側に伝えると、彼らも即答で了承の意を示したのだった。

 

 ――と、まあそんなことがあって二人と一緒に住むことになったんだ。

 期間はとりあえず様子見なんで、ダメそうなら一日で撤退してもいいことになっている。

 

 二階は俺の使っている部屋を含めて三部屋あるから、それぞれ別々の部屋ですごすことができるようになっているんだ。

 もし部屋数が足りなくても、ハウジングアプリで部屋を増設するのは一瞬なんだけどね。みんなのゴミ捨てによって、既に充分なゴルダは蓄えられているからゴルダの心配もない。

 

 先に部屋を見て来ると言ったワギャンだったけど、俺を呼ぶってことは何かあったのかな?

 

 二階に登ると、テラスに続くガラス張りの窓兼扉の前でワギャンが手招きしている。

 

「どうした?」

「この扉、どうやって開くんだ?」

「あ、ああ。ここを捻って、上にあげる」

「上がらないな」

「あ、ごめん。横にある小さなボタンみたいなのを下にスライドさせたらロックが外れるんだ」

「お、うまくいった」


 窓を開けたワギャンが、テラスへ出た。

 俺たちも彼に続く。

 

 外へ出ると、今日は新月のようで空には月が見当たらなかった。その分、星のまたたきがいつも以上にハッキリと見えて、満天の星空とはまさにこのことかと少し感動する。

 そういや、星を見ようと望遠鏡を注文するだけして、そのまま自室に放置していたな……。

 

 何てくだらないことを考えていると、ワギャンの声が聞こえた。

 

「タイタニア、あれは『星』だ」

「星ね。ワギャンの言葉で『ほおし』?」

「『ほし』か。僕の言葉だと『星』だ」

「ほし」

「そう」

「うんうん!」


 ハイタッチを行う二人。

 なるほど。ワギャンの目的はここで星を見ることだったんだな。ついでに言葉も覚えることができる。

 こんかいのお泊りは、言語習得の「合宿」みたいなものだ。二人とも積極的に学んでくれるのはとても嬉しい。

 俺も協力できる限り、協力したいぜ。

 

 ……と、その前に。

 

「部屋は俺が階段から見て上側を使っているから、ワギャンは真ん中でタイタニアは下の部屋を使ってくれ」

「助かる」

「ありがとう!」


 部屋を指さしながら説明する。


「食事も食べたし、お勉強の前に風呂へ順番に入るか。使い方は説明するよ。ついでに洗濯も」


 着替えとか持ってきてるのかな?

 二人ともいつも同じ服を着ていたような……厳しい世界だから着替えまで準備することはできないのかもしれない。

 なら、俺の家にいる間だけでも……服を準備したいな。喜んでくれたらいいんだけど……。

 

 なんて思いつつ、彼らに着替えのことを聞いたら、ワギャンに思わぬ指摘を受けた。

 

「ふじちまもいつも同じ服じゃあないか」


 そ、そうだった! いや、着替えはある。

 全く同じ見た目のジャージが二着もな! しかし、他人から見ればいつも同じ服であることは確かだ……。

 

 

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