第30話 紅茶

「……というわけで、水栓の水は自由に使ってくれ。こっちのゴミ箱はゴミを放り込んだら一瞬で消えるから注意して欲しい」

「わかった。ありがとう。とても助かるよ」


 お付きの護衛や野次馬さんたちは、突然出現した水栓とゴミ箱に驚き、歓声をあげていた。一方、マルーブルクは飄々としたまま腕を組みにこやかに俺へ礼を述べる。

 内心は驚いているんだろお。このこのお。なんて思っていたら、彼は思わぬ行動に出る。

 

 腰の剣を鞘ごと外して、ゴミ箱へ放り込んでしまったのだ。

 

『おいちいいいい。こんないい物を』


 今回は事前にゴミ箱が音を出すことを通知していたけど、それでもみんなギョッとして口をパクパクさせた。

 これにはマルーブルクでさえ、あっけにとられた様子だ。

 

「若、剣を捨てるなど」

「あれは予備の予備だ。試しに何か入れてみないと分からないじゃない?」


 やんちゃな主人を諫めるフレデリックだったが、当の本人はカラカラと笑うばかりでまるで聞いちゃいねえ。

 ん? タブレットに何か表示されている。

 

『一万二千ゴルダを入手しました』


 お?

 ゴミ箱へ値段のつくアイテムを捨てた場合は、自動で買い取ってくれるのか。

 

「貴方様を護る大事な物なんですよ!」

「大丈夫さ。ボクにはキミとクラウスがいるじゃあないか。だから本当はボクに剣なんて必要ないんだよ」


 これにはさすがのフレデリックも黙ってしまう。

 そうだよな。「自分は剣を持たず、君たちを完全に信頼している」なんて面と向かって言われたら……グッときちゃうよね。

 その証拠に、無精ひげでだらけた感じのするクラウスでさえ、目を見開いて固まってしまっているじゃないか。

 

 しかし、マルーブルクは俺だけに見えるようにちょろっと舌を出す。

 こ、こいつめ。

 なんて思っていると、彼はつかつかと俺の耳元で背伸びして囁く。

 

「言いくるめる言葉ってのは本当だけど、これは本心なんだよ」

「そ、そうか……」


 信頼しているのは本当らしい。でも、信頼していることを利用するのに悪気がないってのは性質たちが悪い……。

 このいたずら王子め。

 

 じとーっと見ていたら、彼はクスリと笑い、いたずらっ子のような顔になる。

 

「タイタニアは戦争で天涯孤独の身なんだよ。キミさえよければいつでも」

「その先は言わなくていいから」


 今度は俺をからかいに来やがったな。


「冗談はこれくらいにして、そろそろ真面目に行こうか」

「……君がいうのかよ……」

「くすくす。まあ、いいじゃない。そこのテーブルで会談をしようか」

「分かった」


 先日リュティエらも招いたいつもの芝生の上にあるテーブルセットへ向かう。

 

 ◇◇◇


「最初から弁明で申し訳ないけど、いいかな?」


 膝をテーブルについて頬杖をついた状態でマルーブルクは開口一番そんなことをのたまった。

 

「うん?」

「あの変な巨大鳥のことはボクらは誰も知らなかったんだ」

「君たちの態度を見ていたらすぐ分かるよ。知らないってことも、あの時すぐに説明してくれたじゃないか」

「うん。それでもアレを呼び寄せてしまったのはボクらの非だからね。キミがいなかったら、リュティエたちと戦っている途中にアレが来て……」


 うわあ……想像させないでくれよ。

 グバアアア光線で地面が切り裂かれ、飛竜と共に周辺も全部爆発炎上するよな……。

 こうなると戦争どころじゃない。辺りは死屍累々、大地は変形し……凄惨過ぎる。

 

「あれは不慮の事故。それでいいから」

「ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ」


 マルーブルクは姿勢を正し、ペコリと頭を下げた。

 顔をあげた彼はすぐに言葉を続ける。

 

「再度確認になるけど、アレと会話していたキミの言葉から伺うに、飛竜は何かアレの癪に障るんだよね?」

「そうみたいだ。グバアは『古龍グウェインの眷属』は滅するとか何とか」

「龍って……竜人のことかなあ。ボクらの飛竜は竜人と何ら関わりはないよ」

「他のところから仕入れている?」

「仕入れというか、卵から育てている。つがいも飼育していてね。馬みたいなものだよ」

「へー。一応、グバアにはひょっとしたら古龍とは何ら関わりないかもしれないって言ったんだけどな……」

「その時、アレは何と?」

「関係ない。約定に従い眷属は全て滅するってさ。全く……」


 古龍グウェインとやらに関係あろうが、あるまいがグバアは容赦なくグバアアアアしてくる。

 とばっちりもいいところだけど……グバアの奴は効く耳もってなかったからなあ……。

 人間に事情を聞いて、また話をするって言ってからあの時別れたけど、そのうちここに来るんだよな?

 その時に少しは奴の事情を聞くことができればいいけど。


「今後、飛竜は草原へ連れて来ないことを約束する。このことは本国も了承済みだよ」

「分かった。でも、野生の迷い飛竜なんかが来てしまうこともありえるんだろうか?」

「飛竜を見かけたら枠の中へ全員急ぎ退避と周知済みだよ。といっても、飛竜は希少な生物だから……そうそう野良飛竜なんていないとは思うけどね」

「ふむふむ。君たちが飼育している飛竜も数が少ないのかな?」

「その通りだよ。公国が保持している飛竜は三十に満たないよ」


 クリスタルパレス公国領では飛竜の家畜化に成功している。他の国はどうか分からないけど、少なくとも彼らの国では家畜飛竜は貴重な存在だ。

 ましてや野良となると更に……ってところか。


「じゃあ、前置きはこのくらいにして本題に入ろうか」

「ちょっと待って。お茶くらい出すよ」


 マルーブルクと護衛の二人に断りを入れて、一旦家の中へ戻りお湯を沸かす。

 何がいいかなあ……紅茶なら飲めるかな?

 マグカップへティーパックを突っ込んでお湯を注ぎ……色がついたらティーパックを取り除く。

 お盆にマグカップと砂糖を入れた空き缶を乗せて、マルーブルクたちの元へと移動する。

 

「口に合うか分からないけど、熱いから気を付けてな」

「ありがとう」

「我々にもですか?」

「うん、マルーブルク。この二人にも座ってもらっていいかな?」

「うん。二人とも遠慮せずに座って座って。ここでは身分なんて無しでいいからさ」


 戸惑う二人の肩へ手を乗せたマルーブルクは、彼らを無理やり座らせた。

 

「これは……砂糖? キミの魔法で作ったの?」

「うん」

「……キミの作る紅茶や砂糖は外に出さない方がいい」

「分かった」


 いつになくマルーブルクの目が真剣だったから、ここは素直に彼の言葉に従うことにしよう。

 今後、初めて会う人が来た時にも飲み物には気を付けないとな……。

 

 紅茶に口をつけた三人はそれぞれ感嘆した声をあげる。

 

「これはいいね。ボクはそのまま飲んだ方がおいしいと思うかな」

「気に入ってくれてよかったよ。また飲みたかったら言ってくれ」

「また紅茶を頂きにくるよ」


 再度紅茶を口につけ目を細めるマルーブルク。

 彼はゆっくりとマグカップを机に置き、両肘をテーブルの上に乗せ手を組む。

 

「それじゃあ、改めて本題に入ろうか」

「うん」

「まず昨日ボクが提案した内容は本国にねじ込んだ。だから、この場はキミが全て取り仕切って大丈夫だ」

「んー。そのことだけど、代官か誰か来るのかな?」

「来ないよ」

「そっか……」


 いきなり仕切れと言われてもどうやったらいいのかまるで分らない。

 恨めしい目でマルーブルクを見ると、何やらニコニコと天使のような微笑みを浮かべているじゃないか。

 これは……何かあるな。

 

「ボクがそのまま公国側の代表になる」

「……最初からそう言ってくれよ……」


 マルーブルクに相談できるなら、俺にとって最も望ましい。


「じゃあ、領主さま、どのように取り仕切りますか?」


 冗談めかしてマルーブルクはにこやかに微笑んだ。

 

「んー。農業やら工事、材料やら必要な分を揃えるだけの税は必要だよな」

「キミが私腹を肥やす分もね」

「俺は……要らないとは言わないけど、月に一回か二回、要らなくなった物を引き取れればいいかな」

「欲がないんだね」

「そもそも、俺はこの家で隠棲できればいいんだよ」

「ふうん」


 何が面白いのかマルーブルクは声を出して笑う。

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