第11話 懐かしの食べ物

「ふう」


 タイタニアが立ち去り二十分ほど過ぎたところでようやく俺は体の力を抜く。

 ワギャンとタイタニアの二人とも治療は成功し、帰って行った。そのまま放置していたら死んでいただろう二人を救えたことは、俺にとってもよかったと思う。

 二人を救えたって満足感や達成感はともかく、実用的な面からもいろいろ学ぶことがあった。

 治療キットについていたポーションや、タイタニアに抑えつけられてもまるで痛みを感じなかったことなど得るものは多い。半面、戦場にいる人たちの殺伐とした態度と物言いには辟易したことも事実だ。

 彼らは違う。毎日生きるか死ぬかの中で暮らしている。

 下手な優しさや気遣いは逆に彼らを警戒させ不信感を持たれることもあるってことへ注意しなきゃな。

 

「難しいことはあるけど、俺は自分の土地の中にいりゃまず安全ってことも分かった」


 しばらくはコボルトたちから頂いたゴルダがあるから食うに困らない。退屈が敵かもしれないけど、まだまだやらなきゃならないことがあるからそこも問題ないだろう。

 家の中に入る前に、人間の遺品を芝生の上に動かそうかな。

 念のため、枠ギリギリに座り込み遺品へ手を伸ばす。

 

 幸い全て手の届く範囲にあったので、芝生の上へ移動させることができた。コボルトの遺品もそうだけど、このままここに置いておくと邪魔だよな……俺にとっては使えるモノといえば袋くらいだし。

 

「あ、でもナイフなら使えるかもしれないな」


 革鞘に収まったサバイバルナイフぽい見た目のナイフを手に取りそのまま自宅へ向かう。

 

 ◇◇◇

 

 蛍光灯を点灯させ、床にあぐらをかきナイフを膝の上に乗せる。


「どんなもんか見てみよう」


 鞘からナイフを引き抜くと……ダメだこら。

 刃はボロボロに欠けていて、血のりもそのまんまじゃないか。錆も浮いている。

 ちょっと、何を斬ったのか怖すぎて使えないなあこれ……。

 

 床にそのまま置いておくのも気持ち的によろしくない。かと言って物を入れる箱はないし……いずれ小物を入れて置くボックスは欲しい注文したいところだ。

 

「あ、ここに入れておくか」


 そうだ。宝箱(小)があったじゃないか。

 注文する時にナイフを外に出しておけば問題ないだろ。

 

 宝箱の蓋を開け、中にナイフを放り込むとタブレットにメッセージが浮かぶ。

 

『品物

 錆びついたナイフ 二十ゴルダ

 売りますか? はい/いいえ

 ※買取は五割の価格となります』

 

 うお。ゴルダに変換できるのか!

 これはいい。

 

 売るぞ。

 錆びついたナイフを売るとゴルダの表示金額が増えた。

 一方、宝箱の中に置いていたナイフは忽然と姿を消す。

 

 取引は一瞬で済むのか。ゴルダも即入金だし、仕事がはやくてよいな。

 

 ついつい顔が綻んだところで、腹がぐうううっと悲鳴をあげる。

 そういや昼食抜きでずっと作業をしていたんだった。

 

 食パンの残りを頬張り水で流し込む。

 美味しくない……せめてトーストできれば少しは……。


「あああああ。これだけじゃあ、足りねえ」


 食べ終わった後、素っ気なさ過ぎる食事に対し叫び声をあげる。

 い、いいよな。

 今日は結構ゴルダが増えたしさ。

 

 タブレットをタッチして食品の注文リストを眺め……。


「え、こんなものまであるの? ここに来てこれを食べるってのも……まあいいか、これならすぐに食べることができるし」


『注文リスト

 食品カテゴリー

 カップラーメン しょうゆ 五ゴルダ

 カップラーメン 味噌 五ゴルダ

 カップラーメン(大盛) しょうゆ 七ゴルダ

 ……』

 

 割高だけど、鍋でお湯を沸かせばすぐだ。袋麺と異なり食器もいらねえ。

 「カップラーメン(大盛)担々麺:七ゴルダ」と「割りばし:一ゴルダ」を注文する。

 

 さっそく鍋でお湯を沸かし、カップラーメンに湯を注ぎ……しばし待つ。

 

「うひょー。うまそうだああ!」


 たかがカップラーメン。決してご馳走ではない。

 しかし、日本と変わらぬその味にこの上なくホッとするのだ。たった一日だけど異郷の地にいたら、故郷の味が恋しくなるってね。


 ラーメンは喉が渇く。だがそれがいい。

 水をがぶがぶ飲み、ご馳走様と手を合わしたあとシンクでカップを洗い流しそれをひっくり返して乾かしておくことにした。

 

 腹が膨れたところで、外に出てワギャンとタイタニアのところで使っていた毛布とタオルを回収する。

 タオルとバスタオルは濡れたままだったから、タオルをもう一つ注文(一ゴルダ消費)して浴室へ。

 泥だらけだった体を洗い流し、湯舟にお湯を溜めて浸かる……。

 

「あああああ。これがあるから生きていけるううう」


 ついつい変な声が出てしまったが、誰も聞いていないし問題ない。

 

 ◇◇◇

 

 ――二日後。

 西からは人の集団。中央には整列した長槍の集団が並び、左右は少数だが騎馬が控えている。

 双眼鏡で確認してみると、今回は前回に比べて規模が大きい。

 装備も錆びた剣などではなく、手入れが行き届き軍隊としての体裁は整っているようだ。

 しかし、この集団……人間だけではない。俺のファンタジー知識から察するにエルフとドワーフもいる。この世界は所謂、本の中によく出てくる異世界に近いのだろうか。


 一方、東にはモンスターの集団。こちらも前回より規模が大きい。

 左翼にコボルト騎兵(騎乗しているのは大型狼だが)、右翼にオーク騎兵(こちらも乗っているのは豚)。中央前列にコボルトとオークの弓兵が立ち並び、奥には身長三メートルほどの巨体を誇るオーガの集団。

 彼らは人の軍団ほどの装備は持っていなかったが、身体能力は人より勝ると思う。特にオーガの体格は驚異だ。

 騎兵は馬に比べて小柄だとはいえ、数が人の騎兵より多い。


 これなんてデジャブ……。


「俺の家の前でやんのはやめてくれえー!」


 後からここに来たのは俺だろうけど、いつ刺されるかわからないところで引っ越しなんて怖くてできねえ。

 俺の推測だけど、先日のは偵察兵同士がたまたまかち合ったら遭遇戦だったんじゃなかろうか。

 今回のは偵察の報告を受けた本隊……であってほしい。

 欲しいって思ったのは、両軍は先兵に過ぎず威力偵察の一環で一戦交えて相手の力を見よう――なんて段階かもしれないと考えたからだ。


 ちくしょう。昨日は平和で猛獣の姿も見なかったのに。

 いそいそと朝から遺品を換金して、何を注文するかなあ……なんてノンビリと注文リストを眺めていたんだ。

 朝は食パンにジャム。昼は野菜ジュースとコーンフレークに牛乳。夜はカップ焼きそばと昼の野菜ジュースの残り……と一応食事も楽しむ。

 明日は「芝生を改装してネギでも育てるかー」なんてニヤニヤしていた。

 そうそう、一つだけ家具を追加した。

 それはトラッシュボックス……ゴミ箱だ。

 これはカスタマイズモードで何処にでも好きな位置に設置できる。でもサイズが結構大きくて、横向きに真っ二つにしたドラム缶ほどもある。見た目は酒樽みたいな感じ。

 試しに、カップ麺の空になった容器を突っ込んでみたら「おいちいい」とか可愛らしい声で言いながら、一瞬で中身が空っぽになった。

 トイレといい、このゴミ箱といい……一体どこに消えているのか考え始めるととっても怖いけど……便利なものだと思えば大丈夫だ。問題ない。

 

 部屋の隅っこで体育座りをして、昨日のことを思い出す現実逃避をしている間にも状況は進み外から物凄い怒号が響き渡った……。

 見たくないけど、モニターをつけるかな。

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