第9話 我が土地は安全
「これを……集めたのか……」
ワギャンは縋りつくように遺品へ体を寄せ、それらを抱えむように顔を伏せた。
すぐに唸り声が響き渡り、彼の背が震え出す。
まずかったか……。死者から勝手に俺が剥ぎ取りをしてしまったし……もしかしたら貨幣が消えていることに怒っているかも?
で、でもあれは不可抗力なんだ。
「ふじちま……」
腹の底に響くような低い声でワギャンがゆらりと顔を上げた。
「ご、ごめんなさい! 悪気はなかったんだ。消えるなんて知らなく……え?」
「ありがとう……ありがとう」
ワギャンの目からぽろぽろと涙が流れ、彼は天を仰ぎ見るように遠吠えする。
「ワギャン?」
「すまないな。戦友の遺品を見て取り乱してしまった。儚く散って行った勇敢な戦士たちは、朽ちるのみなのだ」
「そうなのか……」
「僕らだって、戦死した者の遺体を回収しに来ないわけじゃあない。でも、それは早くても数日経ってからなんだ。そうなるとたいていの場合、全て食い散らかされている」
やっぱり、亡骸をあさる猛獣がいるんじゃねかよ!
よ、よかった。全て埋葬しておいて……。
「持って帰れそうなら、持って行って欲しいんだ」
「全部は必要ない」
ワギャンはポーチや袋を漁り、中から牙を組み合わせた腕輪を取り出した。
幸い全員分の腕輪はあったようで、彼は合計五つの腕輪を腰のポーチに仕舞い込む。
「それは?」
「これはアミュレットだ。僕も身に着けている」
ワギャンは左腕を俺へ見えるようにかざす。
確かに彼の言うように、先ほど見たものと同じような腕輪をつけている。
「それって、身に着けるものだよな? 俺は遺体から腕輪を外してはいない」
「そうだろうとも。これはな。彼らの思い人から預かった腕輪なのだ。無事帰ってこれますようにとの願いを込めて、思い人が身に着ける腕輪を預かるのだよ」
「なるほど。『思い』が祈りとなり、
「その通りだ。これを届ける」
「なら、彼らが身に着けていた腕輪も掘り起こした方が……」
「いや、それはダメだ。僕らが身に着けている腕輪は、僕らが天に登るために必要なものなのさ。志半ばで勇敢にも散って行った者は、この腕輪に守られ
ゾンビって……ゾンビが出るのかよ。
嫌な情報を聞いてしまった。いや、まじないの一種かもしれないけど、この世界だと本当にゾンビが出てきそうで怖い。
「思い人からの腕輪だったから、腕にはめるに小さいとか大きいとかで袋にしまっていたのかな?」
「例え身に着けることができるとしても、腕輪を二つ付けることは縁起が悪いと言われている」
「そういうものか」
「そういうものだ」
うううん。ゾンビの話も宗教的なまじないの一種であることを祈る。
「残りの遺品はどうすればいい?」
「好きに使ってくれ。もしこの遺品がささやかながらも、彼らを弔ってくれたお前への礼になればいいのだが……」
「ありがとう」
「あと一つ、聞きたいことがある」
「何だろう?」
「墓の位置を教えてもらえるか?」
「元からそのつもりだよ」
俺は遠方に薄っすらと見える潅木を指さす。
「見えるか? あの木が」
「お、おお。あれは、ブオーンの剣ではないか。剣を墓標にしてくれたのだな。戦士らしい墓だ」
すげえ。どんな視力をしてんだよ。
「ふじちま。怪我の治療、そして我が戦友の弔い、感謝する」
ワギャンは立ち上がり、俺へ軽く頭を下げた。
「君の無事を祈るよ。達者で」
「ここまでしてもらって、死ぬことはないさ。ではな」
「うん。気を付けて!」
お互いに手を振りあう。
ワギャンは踵を返し、墓のある潅木の方へ歩き出す。
◇◇◇
ワギャンの姿が見えなくなっても、俺は潅木の方向を見つめたままぼーっと立ち尽くす。
「
一人呟くも、うまく表現できない。
どういっていいのか俺の語彙力じゃあ表現できないけど、ああいう生き様ってのも憧憬を覚える。
ああなりたいとは思わないけどさ……。日本でぬくぬくと過ごしていた俺には無理だ。
日が落ちてしまう前に、熱中症の女の子の様子を見に行くか。
体は冷やした。塩水も飲ませた。たぶん、良くなっていると思うんだけど……。
窓から中を覗き込むと、彼女はまだ目覚めていないようだった。
もう一度、水を飲ませておこうかな。
小屋に入り、彼女の首の下へ腕を通し口を開かせようと頬へ指を当てた時――。
彼女の大きな目がパチリと開く。
「お」
目覚めたことで安堵する俺であったが、自分の考えが甘すぎたことを後悔することに。
彼女は俺の手を払いのけると、一息に立ち上がり俺の背中にお尻を乗せて来る。
俺はあっという間に腕を頭の後ろに回された「後ろ手」を取られた状態になり、うつ伏せの体勢へ崩され彼女にマウントを取られてしまう。
目を覚ました彼女は……いや、たぶん既に起きていた。俺が隙を見せる機会を伺っていたのだろう。
油断しきっていた。ワギャンのことで俺は彼らも俺と同じように話せば言葉が伝わる人たちだとホッとしていたところがある。
彼女が起きていて俺を害する可能性も考慮すべきだったんだ。
「どさくさに紛れて、犯そうたってそうはいかないんだから!」
「ま、待って」
「事ここに及んで言い訳をするなんて、男らしくない人ね!」
ぐぐぐっと後ろ手を取られた右腕を上にあげようとする彼女。
そうなると俺の関節が悲鳴をあげ……あれ、俺の腕は軋みをあげながら上にあがっていかない。彼女は力を込めているようだけど、まるで俺の腕には伝わってこないぞ。
はて?
「な、なんて力なの!」
驚いた声をあげる彼女は更に力を込めるように腰を捻るけど、さっきと同じで俺の腕には全く圧力が加わってこない。
そんなに力がないのか? 彼女。
でもなあ、俺はマウントをあっさりと取られたわけだし。
痛みを全く感じないことから、さっきまでの切迫した気持ちが途端に呑気なものと変わってしまった。
そういやチューとリアルさんは最後に――
――あなたはあなたの土地の中にいれば、絶対者です。安全その他全て保障されています。
とメッセージが表示されていたな。
この状況から鑑みるに、俺は自分の土地の中にいれば怪我しないんじゃないのか?
例え敵対的な誰かを家の中にいれて、俺を害そうとしても「安全という設定」が俺を護る。
過信してはいけないけど、この場は切り抜けることができそうだ。
「よっこいせっと」
背中に乗る彼女ごと起き上がろうとすると、たいした力も込めていないのにあっさりと立ち上がることができた。
彼女は俺の腕を掴んだまま一瞬宙ぶらりんになるが、すぐに地面に尻餅をつく。
「俺は君を害そうと思ってこんなところへ運び込んだわけではない」
「あ、あなた、そんな細いのに……わたしごと持ち上げるなんて……」
物凄い剣幕で睨まれたけど、俺は安全。余裕を持って彼女を見下ろす。
いっそのことお返しに服を全てむいてやろうかなんて思ったけど、ギャーギャー煩そうなのでやめておくか。
「この小屋と外を見たか? 君の足と額に乗せられたタオルも。そこのバケツも。そこから俺が君に何をしたのか想像がつくと思うんだ」
「え?」
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