最強ハウジングアプリで快適異世界生活

うみ

第1話 異世界に来たが戦場だった

 槍を構え一列に並んだ兵士たちとその脇を固める騎兵集団。彼らは今か今かと突撃の号砲を固唾を飲んで待ち構えているようだった。

 一方反対側の小高い丘の上には、モンスターの集団が威勢よく声をあげている。

 彼らの中央にはゴブリンの集団が並んでいて、左側をポニーほどの大きさがある豚に乗った豚顔をしたオーク兵が固め、右側は狼に乗る犬顔のコボルト兵が控えていた。

 両軍ともに弓兵は無く、戦いが始まると直接ぶつかり合う肉弾戦になることが予想される。

 

 そして、両軍の中央にぽつんと立つ藁ぶき屋根のみずほらしい小屋……。戦場の真っただ中にある小屋は異彩を放つなんてものじゃない。

 兵と兵がせめぎあえば、このようなヤワな小屋など一たまりもないだろう。

 

 ここまでで予想がつくと思うが、俺がいるのはその小屋の中なのだ。

 どうしてこうなった……何もない平原だと思っていたのに、まさか人とモンスターの軍が衝突する戦場だったなんて!

 

 小屋の中であぐらをかき頭を抱えていると、モニターに映る両軍はいよいよ突撃を開始したようだった。

 耳をつんざくような怒声がここまで聞こえてくる。

 

 俺はつい先ほどまで平凡ながらもささやかな生活を送る普通の社畜だったはず。

 それがどうして――

 話はたった六時間前に遡る。

 

 ◇◇◇

 

 金曜日は定時退社デーなどと定められているけど、納期がギリギリだった俺が定時で帰ることなどできようはずもなく……なんとか仕事をやっつける頃には、夜の二十二時を過ぎたところだった。


「やっと終わった! 帰るか」


 殊更大きな声で一人事を呟き、座ったまま大きく伸びをする。

 もちろん、これほどあからさまに声を張り上げたのはオフィスに残っているのが俺一人だからだ。

 パソコンの電源を落とし、帰路につく。

 

 申し遅れたが、俺は藤島良辰ふじしまよしたつ。二十六歳の独身社畜をしている。変わった趣味もなく、暇な時はスマホでソシャゲをやるくらいの寂しい日々を送っていた。

 今の生活に不満を持っているのかというと……それほどでもないかなあと思う。仕事をして普通に食っていけるのならいいかなってね。

 いずれ可愛い彼女でもできればより良いんだが、結婚すると大変になると聞くし……。いや、結婚の心配をするなら先に彼女ができてから言えって? その通りだな。うん。

 

 電車を乗り継ぎ、アパートの階段を登ると自宅にたどり着く。

 そのまま上着を脱ぎすて、冷蔵庫を開ける。


「うあ。ビールがもう無いじゃないか!」


 冷蔵庫の扉を開けたまましばらくどうするか考え込むが、結局近くのコンビニまで出かけることに決めた。

 動きやすいジャージに着替え、サンダルを引っかけると再び外へ。

 

 アパートの階段を降りている途中で急に立ち眩みがして――。

 

 ◇◇◇

 

「ん、んん……」


 気が付くと地面に倒れ伏していた。

 頬にベタリと土がつき、雑草が鼻をくすぐりくしゃみが出そうになる。

 確か階段を降りている途中で意識が遠くなってしまって……しかし、幸いにも転げ落ちたにしては体に痛みはないな。

 体の様子を確かめながら立ち上がり、首を振る。

 

 ん?

 

「何だ……この大草原……」


 見渡す限りの緑、緑……足首くらいまでの高さがある草が視界に入る。

 ところどころに低木があるけど、そんなことは些細な問題だ。

 一番の問題。それは――。

 

「どこだここ?」


 こんな風景見たことが無いぞ。夢であったらはやく目覚めて欲しい……。

 その場で足をあげて踏みしめると、柔らかい地面が沈み込み「案外柔らかいんだな」とか呑気なことが思い浮かんでしまう。

 

「は、ははは……あー、明日の仕事は有給かな……」


 キラキラ光る太陽が薄っすらと差し込み、柔らかに目を刺激する。

 しかし、乾いた笑い声しか出てこない。

 だってそうだろう。目が覚めたら見渡す限り緑の大草原にいましたとか、現実に起きたら驚愕や恐怖も全て麻痺してしまう。

 

 こういった状況……記憶にないわけではない。

 ああ、もちろん物語の中だけの話だけどな。たしか見知らぬ異世界に突如転移した主人公はこう叫ぶんだ。

 

「ステータスオープン!」 


 言った後に思わず左右を見渡して誰もいないことを確認してしまった。これ、誰かに聞かれたら恥ずかし過ぎて二日ほど悶える自信があるぞ!

 思わず頭へ手を持ってこようとした時に違和感を覚える。

 というのは、俺の右手に何かが乗っていたからだ。

 

 何だろうこれ、横長の長方形で俺の両手を合わせたくらいの大きさがある薄い板……これってタブレット?

 しかし、画面は真っ暗で何も映っていない。

 突如始まった不可思議現象にほんの少しだけ警戒したが、このタブレットが今の状況を打破するものなのだろうと根拠こそなかったが確信する。

 

 タブレットならどこかに電源があるはずだけど……俺は右手でタブレットを持ったまま、左手でどこかに電源スイッチが無いか探ろうとしたんだが……

 手をかざしただけでタブレットが起動し画面が明るくなった!

 

 もはやいちいち「何で何で?」と驚いていても仕方ないと思った俺は、何事も無かったかのようにタブレットを覗き込む。

 画面には真っ青のブルースクリーンに一つだけアプリが入っているようだった。


 ええっと……『ハウジングアプリ』って書いてるな。

 操作方法はまるで分らないけど、普通のタブレットと同じような感覚でダブルタッチしてみるとアプリが起動する。

 

『何も映っていません』


 真っ暗な画面に一言そんなメッセージだけが書かれていた。

 どこかにヘルプが書いてあるのかなと一度アプリを終了させようと思ったが、「カメラマーク」が右隅の方に描かれているのに気が付く。

 お、これにタッチすればいいのかなあ。

 

 タッチするとカメラモードに切り替わったみたいで、俺の手のひらが画面に映し出される。

 タブレットをひっくり返すと、カメラのレンズが裏側についていることが確認できた。

 

 とりあえず何か映してみるか……。

 俺は前方へタブレットのカメラを向け、画面に目をやる。 

 

『チュートリアルをはじめます。まずは土地を購入しましょう』


 手で画面をタッチすると透過する薄い緑色をした升目が浮かびあがる。

 そのまま指を引いていくと、升目が広がって緑に覆われる部分が増えた。

 なるほど。これはシミュレーションゲームとかによくあるスクエア四角って呼ばれるマスのようなものか。

 

 改めて画面をよく見て見ると、外は真っ暗闇なのに画面の中は昼間のように明るい状態で風景を映し出している。

 右上にはコマンドと記載されたアイコンが出ているな。

 

 とりあえず、適当に緑のマスを広げてっと……タッチする。

 

『二千五百ゴルダになります。購入しますか? はい/いいえ 

 ※現在の所持金は五千ゴルダです。土地を売却するとゴルダが七割返金されます』


 選んだ範囲は五マスかける五マスの正方形。一マスはおよそ一メートルほどか。

 家を建てるアプリらしいから、これ以上狭くなるのは辛いところ。五マスの正方形だと二十五㎡で、およそ七.五六坪、畳に換算すると十六畳なのだから。

 

「これ以上狭くはできない。買ってみるか」


 「はい」をタッチすると、画面の中で選んだ箇所が音も無く一瞬で更地に変わる。

 更地は五十センチほど地面から盛り上がっており、周囲をレンガの枠が覆っていた。

 なるほど、これが俺の住む土地ってわけか。小さいが自分の家が建つところだと思うと感慨深い。

 

『敷地内へ床材を置いてみましょう』


 ふむふむ。

 コマンドの中にある「カスタマイズ」って項目がピコピコ点滅している。

 選ぶと、自分の土地が画面に映し出された。

 

「続いては……『床材』を選択。おお、いろいろあるんだな」


 石壁からフローリング材までいろんな材質が選べるようだ。変わったところでは水とか砂地とかまである。

 んー。とりあえず芝生にしておくか。

 

 芝生を選び、更地にタッチすると画面の中の更地が芝生に変わっていく。変わるのは一マス単位だな。この辺はゲーム的でとても分かりやすい。

 「決定」を押すと、またしても現実世界の更地が音も立てず一瞬で芝生に変わった。

 ありがたいことに床材を変更することにゴルダは必要ない様子。これなら気分次第で何度でも変えることができるな。


『家を建てましょう。最初はカスタマイズハウスではなくクラッシックハウスで試してみよう。

 ※家を取り壊すとゴルダが七割返金されます』


 ふむ。戻すことは可能。とりあえず一旦試してみるとするか。

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