第41話 ヒーローはヒロインのピンチに登場するもの



「で、結局、タケル様は何処らに向かいたいんすか?」


 屋敷からタケルを連れ出した護衛者ガーディアンの男は、白銀のバイクを駆りながら後ろのにいるタケルに問いかける。


「過激派のテロが倉木私立武道館で起こっている。そこに行きたい。頼めるか?」

「また、物騒な展開すね。けど、お嬢様にも頼まれたので、全速で向かいますよ!」


 気軽に返事をした後、彼はそのままフルスロットルでバイクを走らせた

 彼が乗るバイクは、一般的に市販されている物ではない。法外速度で街中を突き進み、警察の目が確実につけられただろうが、事後処理は弦木家の力で何とかする算段だ。

 タケルを後ろに乗せた白銀のバイクがしばらく進むと、道路の先に警察のバリケードを目撃した。

 この先にはテロが行われているので、道を封鎖するのは道理だろう。


「そこのバイク、止まりなさい!」


 しかし、彼は警察からの制止の呼びかけを無視した。


「なっ!」


 絶句する警察たちの眼前に白銀のバイクが急速接近する。

 そのまま塀にバイクが衝突する、と思った矢先、搭乗者は無理やり機体を持ち上げて、ジャンプして、バリケードを越えてしまった。

 時には僅かな隙間や人を脇に潜りこんで、白銀のバイクはバリケードの突破に成功する。


「これも、弦木の方で何とかしてくれますよね?」

「俺からもお願いしとくよ」


 後ろの方で警察の恫喝を置き去りにしながら、白銀のバイクは武道館付近まで辿りついた。

 遠くの場所で周りには武道館から難を逃れたと思わしき人だかりがあり、武道館の方では、鋼の衝突が多く響き渡っている。


「で、タケル様はこれから何処に? 友人でもいられるんすか?」

「ああ、そうだ」

「一緒に探しますか?」

「いや、もう見つけた」


 そうやってタケルは、視線を武道館の上、屋根の方に目線を向けた。

 慣れ親しんだ気配が二つ。近くにもう一つ知っている気配も察知した。


「何か武器はあるか?」

「一応、刀が一本用意してるっす」


 そう言いながら、男はバイクの側面を触ると、そこから飛び出す用に鞘に納められた刀を取り出し、そのままタケルに手渡す。


「けど、急ぎで用意したもんなんで、タケル様の腕に耐えられるかは保証できないすね。せいぜい、全力は一太刀が限界すよ」

「一太刀できれば十分だ。ありがとう」


 そうやってタケルはバイクから降りると、目線を武道館の上に向けたまま、自分をここまで連れてきた男に礼を言う。


「ここからは俺だけで向かう。お前は好きにしてくれ」

「んじゃあ、俺はあちらさんの加勢してきますよ。大丈夫と思いますけど気をつけて」

「愚問だ」


 そのままタケルは、全力で駆けた。

 全力の彼を視認できる人間はそういない。

 彼の全力の動きは音速に相当する。

 タケルは忍者の如く、武道館の壁を蹴り上げて、上を目指し、僅かな時間で目的の場所に辿りついたのだ。


 そして、ヒーローはヒロインのピンチに間に合う。


 最初に気づいた少女たちは、夢でも見ているような呆然とした瞳でタケルを眺めた。

 輝橋かがやばし生鐘うがねは信じられない様に言葉を失い、園原そのはら天花あまかは今にも泣きそうに顔を歪ませる。

 それを見て、タケルは内心安堵しながら胸を痛ませる。

 まったく、都合が良い場面。誰かの舞台劇に踊らせられる気分だった。

 それでも、タケルは構わなかった。

 自分が例え道化を演じることになっても、彼女たちが守れぬなら、役目を真っ当しよう。


「かかかかか! 貴様、弦木タケルだな!? 歳を経ても一目で解ったぞ! しかも、神風の如く現われるとは想像以上に成長したようだ!」


 そんな彼等の胸中を無視した叫びが、屋上に響き渡る。

 遅れてタケルの存在に気づいた探琶東元歳が、哄笑しながらタケルを眺めた。

 タケルにとっても仇敵である男。

 そんな男を、彼は冷たい瞳で見据えた。


「五月蠅いんだよ、老害が。お前のことなんざ、こっちとらさっきまで忘れてたんだ」

「なに?」


 東元歳の笑い声が止まる。それ見たタケルが、彼を鼻で嗤った。


「だってそうだろ? てめぇみたいな面白くない男のことなんざ、誰でも記憶になくす」

「貴様ッ!!」


 怒りの形相を浮かべる東元歳に対し、タケルは何処までも気だるそうな態度を取った。


「言っとくが俺はお前と話をする気も、ましてや戦う気もねぇ。んな、つまんねぇことに使う時間なんてないんだよ」


 東元歳の怒りが頂点に達した。

 今にも斬りかかりそうな殺気を浴びながら、タケルは内心ほくそ笑む。

 本当は怪我をしている彼女たちに対して、何しているのだと東元歳に文句を言いたかったが、自分が彼女たちに意識を向けてことで、東元歳の興味を注ぐことのを防ぐために、あえて触れなかった。

 それにタケルの言葉も偽りではない。

 目の前の男と今更語ることもないし、時間もないは本当だった。

 正直、タケルの体は限界だった。

 威勢を張っているが、先程のジンとのやり取りで、体力は底に尽きかけていたのだ。

 ゆえに、タケルは憮然とした笑みを浮かべ、手招きをする。


「もう幕引きなんだよ、脇役。俺が一太刀で退場させてやるから、とっときやがれ」


 刹那、東元歳が動いた。

 剣の構えは両腕上段。己の奥義は放たない。

 初見で破られない自信はまだ彼の中に残っていたが、タケルは一度この技を見ている。

 ならば、単純な最速の剣で斬り伏せるのみ。


「侮ったな、弦木タケル! 今のわしの体は鋼をも超える強度! 幾らお前が鉄も斬り裂こうとも、わしには届かない!」

 

 一見、捨て身の一撃。

 だが、己の体を信じた東元歳にとって、これは新たな必殺になった剣だった。

 どんな剣でも届かない。そして、自分の剣は届かせる。

 タケルは東元歳が興奮して語った言葉を、確り聞いていた。彼の表皮が通常と異なることも理解していた。


「んなの、関係ないんだよ」


 だが、彼のすることは変わらない。

 自分の剣で、相手を断ち切るのみ。

 タケルは腰を大きく捻って、そのまま疾走した。


 二人の剣士の距離の間が零になる。


 剣を先に振り落としたのは東元歳。それとほぼ同じタイミングでタケルの剣が動いた。

 抜刀。

 そして────技は完成する。


 武天一刀流 烈空れっくう!!!


「────────!?」

 

 東元歳の刃が空を斬り、体は大きな傷跡を刻んで、上空へと吹き飛んだ。

 タケルが放った強靭な剣戟は、鋼よりも強度がある表皮を突き破って、東元歳の体に損傷を与える。

 あまりにも威力が高すぎたため、ユキの護衛が準備した刀は、タケルの技に耐え切れないまま砕け散り、刀身の破片は星屑の様に宙に舞った。

 武天一刀流、烈空。

 居合い、回転力に加え、自身の推進力、更に相手が攻撃した時に放つことで目標の推進力も合わさり、音速を何十倍に超えた強烈な斬撃を生み出す技。

 更には相手が攻撃した直後に技を放つようにするので、防御回避不可能な剣となる。

 絶対迎撃抜刀術。それが、烈空である。


「言っただろ、一太刀で退場させると。これで終幕フィナーレだ」


 空中で完全に気絶した東元歳は、そのまま屋上から地上へと落下した。

 仮に生きていたとしても、これでは死んだふりなどはできないだろう。

 刀身を半ば失った刀を鞘に納めると、タケルは改めて二人の少女を見た。

 彼が視線を向けると、天花と生鐘は涙目のまま、微笑みを浮かびかけた、


 途端、限界が来たタケルが、崩れる様にその場で倒れた。


『タケルさま(くん)っ!?』


 目の前に倒れたタケルを見た二人は同時に叫んで、すぐさま彼に駆け寄った。

 倒れたタケルを彼女たちがよく見ると、ボロボロだったことに気づき、揃って顔を青ざめて、泣きながらタケルの名を呼びかけ続ける。

 涙を流しながら、自分の名前を呼ぶ彼女たちに対し、タケルは消えかけた意識で申し訳なく思った。

 というか、ボロボロだけどコレ、全部の兄の仕業だからな。

 疲れて倒れたのも兄のせいだ。

 でも、彼女たちが泣いているのは自分のせいだろう。

 最後までカッコつかない姿を惨めに思いながらも、彼女たちが無事なので安堵も抱く。

 そんな彼女たちに訊いてみたくなった。


 なぁ、こんな締まらない男の、何処がいいんだ?


 タケルのその疑問は、意識と共に消え去っていた。


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