第39話 殺劇②
探琶剣術 奥義
生鐘の反応は速かった。
東元歳が刀を振るう前に、剣の軌跡がどのように描かれるのか解っているのか、東元歳が狙っていた個所を防御したのだ。
生鐘の直感は東元歳も、天花の剣戟同様ずば抜けていると理解している。
先程まで散々剣を交えたのだ。自分の剣を悉く予測する動き。まさに天性の素質か何かだろう。
既に東元歳の剣は振るわれた。今日一番の剣速。
だが、生鐘はそれにすら反応してみせた。
このまま振り落としても、東元歳の刃は届かない。
その現状を知って、なおも東元歳は嗤っていた。
同時に、添えていた右手を使い、振り抜いている刀の峰に向かって掌手を撃ち込む。
瞬間、東元歳の剣速が加速した。剣の軌道も全く変わった。
これぞ東元歳の秘剣。奥義、闘入斬倒撃である。
初速から急激に速度と軌道が変動し、見切りの意味も、防御の意味も奪い去る必殺剣。
爆発したように振り落とされる刃は、次の瞬間には敵の肉を切り裂く。
だが、生鐘はそれでも笑みを消していない。
ガキン! 金属同士がぶつかり合う音が、その場に木霊した。
「なん……だと!?」
東元歳から余裕の笑みが、初めて消える。
彼は信じられないものを見る様に、自分の刀を絡みつくように受け止めている二本の刃に目を向けた。
生鐘は、突然の変化された剣戟すらも、見事対応してみせたのだ。
「我が秘剣を、我が奥義を、初見で見破っただと!?」
「初見じゃないですよ」
今まで一度も破られた事のない技が防がれた事に、東元歳は驚嘆する。
そんな彼に向かって、生鐘は微笑んだまま答えた。
「攻撃の途中で打撃を与え、剣速と軌道と変える。凄い剣ですね。あの日、見てなければ僕も危なかった」
そう、生鐘は見たことがある。
あの日、弦木家の屋敷が過激派に襲われた悲しい記憶を残していた。
自分の大切な人を傷つけた技を、彼女は鮮明に覚えている。
東元歳の方は、生鐘があの場にいて、しかも今の今まで自身の剣を詳細に記憶していたなどとは検討もつかなかったので、苦渋に顔を染めながら、忌々しく舌打ちする。
「しかし、止めたところで、なにも──」
東元歳の言葉が途中で止まった。
己の必殺が破られた衝撃で、いつの間にかやって来た人間の存在に気づいてなかった。
そして、解った瞬間には、既に彼女は生鐘のすぐ傍に立っていた。
天花が、腰を低く落として、切っ先を東元歳に向ける。
悪寒が走った。
先程の飛ぶ斬撃と同等の技が来ると睨んだ東元歳は、すぐに己の刀に纏わりつく剣を振り払おうとした。
「なっ!?」
だが、その行為は叶わなかった。彼が幾ら力任せに刀を振るおうとしても、彼の刀は生鐘の二本の刀によってがっちりと固定されてように、ピクリとも動かなかった。
「な、なぜだ。動け! なぜ、動かん!」
「もう逃しません。大人しく彼女の剣を受けなさい」
焦燥する東元歳に生鐘は微笑んで宣告をする。
武器無力化技
二本の刀で挟み込むようにして、相手の武器を封じる技法。
場合によっては、そのまま相手の武器を破壊することも可能だ。ただ受け止めるだけなら、一対一の戦闘ではあまり意味のない技。
だが、敵を食い止めるなら十分効果を発揮できる技である。
そして、天花が射抜くような視線と共に、刃を解き放つ。
武天一刀流
体全体をばねして放たれた超速突きは、音を置き去りにして東元歳の体を穿いた。
「────」
声もなかった。
白眼になった東元歳は口から血反吐を吐き出し、生鐘の刃からも解放されて、そのまま数メートル先まで吹き飛び、青い空を仰ぎながら、そのまま倒れた。
数十秒ほど彼女たちは倒れたままの東元歳を見て、ピクリとも動かないことも確認するとようやく気を緩めた。
疲労を示す様に、天花が大きな息を吐き出し、生鐘も笑みを消して息をつく。
彼女たちが最後に見せた連携。
別に示し合せた訳ではなかったが。互いを信頼し、流れるまま事を進めてみれば、今の結果を生みだしたのである。
戦闘で火照った彼女たちの体を冷ます様に、冷たい風が屋上に吹く。
「やったね……」
「そうですね……」
自然と生鐘と天花は互いを見て、そのまま笑み浮かべた。
──先に動いたのは生鐘だった。
突如彼女は笑みを消し、鬼気迫る顔で天花の前に出る。
刹那。いつの間にか起き上がった東元歳が、二人諸共切り裂く如く剣を振るっていた。
遅れて天花も反応する。だが、一瞬気が緩んだので態勢が追いつかない。
そんな彼女を庇うように生鐘は二本の刀で東元歳の刃を受け止めようとするが、想像以上の膂力、更には一瞬前まで気が緩んでいたこともあり、脚の踏ん張りも効かず、そのまま後ろに居る天花ごと、後方に吹き飛ばされた。
「きゃっ!」
「うぅっ!」
二人は悲鳴を上げて、そのまま屋上に転がった。
問答無用で東元歳が迫る。狙いは自分を突き刺した天花。覆いかぶさるように天花の上に立ち、切っ先を振り落とす。
「!?」
天花は急いて身体を逸らしたが、間に合わず右腕を貫かれた。
「つぅううううう!」
天花が声を凝らして叫ぶのを耐えるが、貫かれた腕からじんわりと赤い血が滲み出た。
東元歳は右腕を刺した刀を抜くと、今度は確実にとどめを刺すべく天花の首を狙う。
「!」
だが、その前に置き上がった生鐘が左手に持った刀を投擲した。
東元歳は身体を逸らしただけで、飛来した刃を回避するが、傾いた東元歳の体に、生鐘が跳躍で助走をつけた蹴りを御見舞いする。
二三歩、東元歳の体が後退する。しかし、そのまま東元歳は自分に蹴りを放った生鐘のギロリと睨み、丸太のような腕で彼女の脇腹を殴打した。
体中の空気が生鐘の口から吐き出され、そのまま吹き飛ぶが、隙は作ることはできた。
生鐘が注意を退きつけてる間に、天花は東元歳から離れて立ち上がり、そのまま直す生鐘と一緒に距離をとった。
「死んだふりとは、随分と古典的ですね」
顔色を悪くしながら、生鐘が強がりの笑みを浮かべた。
「それに引っかかるお主らが、まだまだ修行不足だという事だ」
憮然と言い放つ東元歳。
二人はボロボロだった。転がったときに服や肌が汚れて、痛む傷が身体を蝕む。
東元歳を睨みながら、天花は左腕だけで刀を掲げた。右腕はだれ下がっている。
動かない訳ではないが、貫かれたことで戦いでは機能しない。これでは武天一刀流の技のほとんどを使う事はできないだろう。
損傷は生鐘も過酷だった。先程の打撃。骨は何本か折れているかもしれない。更には不意打ちをまともに食らったことで両腕の痺れもとれず、自分の刀の一本は遠くにある。彼女は二刀流なので、これでは本来の技も発揮できなかった。
「確実に貫いた。なんで、立てるの?」
右腕の痛みに耐えながら、天花は自分の疑問を投げかける。
彼女の烈破の威力は通常の突きとは桁が違う。
分厚い鉄版すら簡単に貫くことができる刺突を人間がまともに受けて無事でいることが不思議だった。
「先程の突き。確かに普通なら死ぬどころか、大きな風穴すら開いてただろう」
そう言いながら、東元歳はボロボロになっていた上着を取り払った。
『!』
それを見て、二人は同時に驚愕する。
本来、肌色であるはずの肉体は、何かの金属のように光沢を持っていた。
天花が烈破を放った個所から赤い液体が出ているので、血は流れているだろうが、致命傷には見えない。精々、天花が与えたダメージは数センチ食い込んだ程度か。
そんな、まるでサイボーグのような東元歳の体に、二人は言葉を失った。
「
愛しき人の名を言われたことで、絶句していた二人が反応した。
「わしもあ奴に致命傷を与えたが、わしも致命傷を与えられた。そして、お上はわしが起こした事件全てを明らかにしたかったのか、延命措置をわしに施した」
そう言いながら、東元歳は正に鋼のような肌を撫でた。
「それがこれだ。その辺りの知識は浅いので詳しくは解らんが、特殊な金属でわしの体を縫合し、一命を取り留める。更には体全体に覆う事で、牢内での自殺を防せいだ」
「特殊な金属?」
「不殺外装」
東元歳が言った聞きなれた言葉に少女たちは奇妙なモノを感じた。
「人体の殺傷を防ぐ不殺外装。それに使用される特殊な金属を鎧として運用したわけだ」
「そんなものが」
驚くように呟いた生鐘だったが、理屈は通っているので疑いはしない。
人体を傷つけぬようにする金属なら、逆に人体を守っても不思議ではないからだ。
「ここ数年、随分と生き恥を曝すことに憤っていたが、晴れて外に出てみれば煩わしいこの体も戦衣装に身を包んでいるようで心地いいの」
科学もより進歩していた技術の一つだ。進歩した医学、科学を使えば、人間の表皮を金属にすり替えることも可能である。
時代の波に乗っている武術の使い手である天花と生鐘であるが、同じように時代に追走する科学技術に関してはそこまで深く知識もなかった為、二人にとって驚愕の事実である。
言葉を失う二人に、にたりと笑った東元歳は訊ねた。
「それで、どんな死体を弦木タケルに曝したい?」
死ななかったとはいえ、先程の一撃は東元歳の自尊心を大いに傷つけた。
その前に自分の必殺剣が無力化されたことも拍車がかかり、笑みを浮かべながらも怒りは頂点に達していた。
もはや、ただでは殺さない。徹底に貶めて、その全てを汚す。
「この体では誰もわしを殺せない。そもそも、お主らはもはやまともに戦えない。これからは一方的な惨劇じゃよ。大人しく蹂躙されろ」
そう言いながら、東元歳はじりじりと彼女たちに迫る。
絶体絶命。彼女たちは肌でそれを理解しながらも、凛然とその場から動かない。
怖い。身体が震える。痛い。身体がじくじくする。
泣き叫んで、愛しき人の胸に飛び込みたい。
それでも、彼女たちは刀を構えて、戦意を失わなかった。
「生鐘ちゃん。私が──」
「頑張りましょう。倒すことはできなくても、諦めなければ二人で助かる。諦めたら助かりません。だから、諦めないでください」
天花が何かを言いかける前に、生鐘が力強い声で言った。
驚いて天花が彼女を見ると、生鐘は笑っている。
危険な状況なのは生鐘も理解しているのに、それでも笑っていた。
そんな笑みを見たから、負けぬと天花も笑みを浮かべた。
そうだ。どんなに困難でも、立ち止っていては、そこで何もかも終わってしまう。
あの男の子は、傷ついた体でも、諦めなかった。だから再び剣を握れたのだ。
だがら、自分達も頑張らないと。自分が好きな人に、少しでも胸を張れるように。
自分達は剣を、まだ握れる。
あの人の大切なものを、守るための剣を。
あの人から教えてもらった、気高き剣を。
最後なっても絶対に捨てることしない。あの人が見惚れてくれるような、精一杯の笑顔を浮かべて、前を向き立ち向かうのだ。
所詮は、強がりに過ぎない。
それでも逃げず、自分達たちを辱めようとする男を、彼女はたちは真っ直ぐ見つめていた。
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