第38話 殺劇①
既に内部の避難は殆ど完了しており、最も戦いが多く行われているのは武道館付近だった。
過激派と対峙するのは、元々その場にいて被害者でもある武人、そして、駆け付けた警察の武装隊だ。
予想以上に速い武装隊の到着により、半ば過激派は武道館内部に立て篭もる様に応戦しているが、満足に人質すら確保していない状況ならば過激派の分が悪いのは明らかだろう。
しかし、過激派は徹底抗戦する必要もない。最低限、己たちの主張を示したことで、彼等の目的はほとんど達成されたものだ。
後は、各々、好き勝手に暴れた後で退却するのみ。しかし、そんなことを襲われた側の武人も駆け付けた武装隊も許すわけにもいかず、過激派たちとの戦いは益々苛烈さを増していた。
よって、武道館内部でのこの戦いを、外にいる殆どの者が知らない。
過激派と主犯格である武の達人、《
対峙する二人の少女、
四つの刃、三人の武人が織り成す死合いは、他のどれよりも凄まじく、並の武人では傍観することすら許されぬ領域だった。
──白い刀を握り、天花が駆ける。
疾走した天花が、白刃で空気を両断しながら東元歳に襲い掛かった。
初撃に比べて速い。フェイントの必要もない、強靭無比な一刀。
まともに防ぎにいけば、達人である東元歳ですら危うかった。
ゆえに東元歳はまともに防ぎにいかず、打ち合おうともしない。
己の刀を相手の刀の側面に当て、自分の体も移動させながら、斬撃との距離を離し、回避する。
簡単なことではない。相手の攻撃を見切らなければできない芸当だ。
そして、天花の次なる攻撃を行う前に、東元歳が刃を薙ぎ掃う。
「────」
それを、天花は無言で受け止める。
仮に天花の剣が力任せの技であれば、いなされた時点で次なる対応は遅れる。
全ての動きは計算された技を緻密に再現する為のもの。己の刃が避けられ、動きを止められても、再び流れるように攻撃を繰出すことができる。
しかし、防御から流れるように打ち込んだ一閃を、東元歳は解っていたように又もや凌ぎ、返し刃で天花を襲う。
流れは一緒だ。天花がまた防いで、流れるように再度、剣を振るう。東元歳も先程と同様、予測していた如く彼女の剣をいなして、自分の刃を振るう。
生鐘はその戦いを離れた位置で凝視している。自分は向かわない。下手な加勢は天花の邪魔になるからだ。不用意に飛び込めば、自分が天花に斬られかねない。
連携をするならば、先程とは違ったものが必要だ。一人に対して二人が戦う場合、同士討ちを避ける為、細心の注意がいる。
二人の攻防が十合ばかり続いたところで、天花の方が一旦東元歳から距離を取る為後退した。対する東元歳は追撃をせず、にやりと笑う。
仮に追撃したら横から生鐘が襲いかかって来た。
それを解っての判断か。あるいは余裕か。
自分の剣が届いてないことに対し、天花は無言だったが、瞳の鋭さが増す。
「彼女の剣を、難なく捌きますか」
そんな二人のやり取りを見ていた生鐘が、少しばかり驚き気味でそう言った。
天花の剣は尋常でないほど速い。例え解っていた所で、対処は困難だ。
生鐘の場合は、持ち前の直感で、天花が攻撃する前に反応して対応策を構築するが、東元歳の場合は直感でなく、天花の動きをしっかりと見てから対処していた。
流石、伊達に達人と称されるわけでない。
生鐘の警戒の目が強まると、彼女の驚きに応えるように東元歳が楽しげに語る。
「白い少女の剣、とても凄まじいな。単純な剣戟だけならわしより上だ。
弦木タケルが自身の剣を託したのも、多少は頷ける。だが──」
東元歳はやや侮蔑の目で天花を見た。
「──ちと綺麗過ぎるな。理想的な動作。違う流派ならば一つの型だけで奥義と言われるかもしれない技を、その少女は常時繰り出している。恐ろしいよの」
認めつつも、東元歳は次の言葉を言った。
「だが、その分、読みやすい。言ってしまえば、剣技の模範解答だからの」
天花の剣は最適の動きばかりで、最適の場所ばかりを狙っている。
ある程度経験則が養われていれば、雑が一切存在しない純粋な剣は、透き通った水の中身を見る様に簡単なのだ。
それでも、天花ができる動きが何万通りもあれば話は違っただろう。実際、同じ剣を扱うタケルならば、実と虚を合わせて、達人であっても簡単に見切らせない。
それができないからこそ、天花はまだ『達人』ではないのだ。
「まだまだ修行不足じゃ。観察すれば、次に何が来るか簡単に解る。未だ至れるお主の剣では、闇雲に振り回しても同じだぞ」
「修行不足は解ってる。けど、──」
そんな東元歳の言葉に、天花は素直に返した。
自分が未熟なことは、誰よりも彼女自身が知っている。
だが、それがどうした。
足りないのならば、別の何かで補うまで。補うものすらないのならば、今あるもので最大限に尽くすのみ。未熟故に、勝負を辞めることは絶対ではない。
「──必ず貴方に届かせてみせる。もう二度と、貴方が誰も傷つけられないように」
「ならば、見せてみい。届かせてみい! それができるのであればな!!」
初めて東元歳から動いた。しかし、同時に今度は天花と生鐘も共に動く。
東元歳を左右から狙う挟撃。
天花の剣が白い輝きと共に振るわれ、タイミングを合わした生鐘の双刃が、風を纏って襲い掛かる。二人の連携は、並の武人ならば一瞬で身体が細切れになるだろう、脅威で素晴らしき共演。
だが、彼女たちの敵は《剣鬼》と呼ばれるほどの達人、探琶東元歳。
彼は天花の壮絶な刃と、生鐘の見事な剣を、彼は同時に対応した。
金属音が騒々しく鳴り響く。刀と刀の接触が、百花繚乱の火花を散らし続ける。
四つの刃が入り乱れた。
三者は誰も己の敵に傷を負わせていない。剣舞の渦中である東元歳が無事なのも恐ろしいが、二人かがりとはいえ、達人相手に髪一つも斬られていない彼女たちも流石だろう。
このまま持久戦になれば、分があるのは生鐘と天花だった。
彼女たちはまだ若い。対する東元歳は、達人とはいえ年老いた老人だ。
しかも、服役中に体力はかなり落ちている。このまま拮抗に持ち込めば、確実に彼女たちに勝機が訪れるのも時間の問題だ。
だが、そんな選択肢は彼女たちに存在しなかった。
理由の一つは、ここ以外にも戦いは繰り広げられているからである。
全体の戦力差を把握しきっていない彼女たちは、過激派たちに立ち向かう人間の応戦しに行きたかった。
だが、その言い分は僅かな気持ちしかない。
今の彼女たちに一番宿っている感情は、燃え盛る憤怒だった。
それが愚行であったとしても。冷静さを失うなど未熟だと罵られても、彼女たちは抑えきれない。
この男は、彼女たちの大切な人の、大切なものをたくさん奪った。
この男は、彼女たちの大切な人を、散々自分達の目の前で貶めた。
この男は、彼女たちの大切な人を、いっぱい傷つけておきながら、まだ別の誰かを傷つけようとしている。
許せるはずがない。我慢できるはずがない。
簡単に抑えきれる感情ならば、些細なことで一喜一憂などしない。
重くても、炎のように燃えていても、時に闇より暗いものが心に広がっても。
これは、そんな『恋』なのだから。
だから、絶対に、この場でこの男を倒す。
この男を自分たちが倒したところで、彼女たちの愛しき人は喜ぶとは思わない。
止めろと言うかもしれない。怒るかもしれない。でも、彼女たちは止めない。
大好きな男の子を傷つけた人。それだけでも、彼女たちには十分過ぎた。
同じ気持ちの抱いた少女たちは、その時、真の意味で心を通わせる。
天花の動きが僅かに鈍る。
それを見た東元歳が好機と見たか、天花に刃を振り落としたが、彼女を狙うと解っていた生鐘がその刃を二刀で止めた。
天花の動きが再び動き出す。彼女が行ったのは力の溜め。
今までとは比べられない渾身の一撃が天花から放たれた。流石に東元歳もその脅威に焦ったのか、生鐘を弾き飛ばした後で、完全に防御の姿勢をとった。
途端、轟音と共に東元歳の体は空中に吹き飛んだ。
東元歳は老人とはいえ巨体の部類だ。それを技があったとはいえ少女の細腕で宙に吹き飛ばすとは達人である東元歳でも驚愕であった。
だが、彼の驚愕は続く。
東元歳が空中で浮かんでいる間に、天花は技の構えを行っていた。
両手に持った刀の刀身が、相手に見えないほど大きく腰を捻って、両足は踏ん張るように広げる。
その技の名を東元歳は知らない。その技の名を、態勢を直した生鐘は知っている。
その技の名を叫びながら、天花は剣を振るった。
「
音速と超えた剣速が、遠く離れた鋼をも切り裂く、驚異的な斬撃を飛ばした。
空中で東元歳が飛翔する斬撃に目を見開き、常識外れの刃に激突する。
放たれた斬撃は、東元歳をそのまま上に持ち上げて、丸いガラス張りの天井を突き破り、空高く連れて行ってしまった。
その後で、先に動いたのは生鐘だった。
生鐘は破られた天井を見つめたまま、軽い身のこなしで一跳びずつ階層を駆け上がり、そのまま破られた天井から、見晴らしの良い広い屋上へと躍り出る。
「かかか、愉快! 愉快! 斬撃を飛ばすとは摩訶不思議! いったいどんな鍛錬をすればできるのやら!」
生鐘が屋上に辿りつくと、そこには痛快に笑う東元歳がいた。
服はボロボロだったが、五体満足で彼は屋上に立っている。
生鐘はそのことに驚きはしない。
当たりはしたものの、東元歳は空中で飛翔してくる斬撃を見事に防御する光景を彼女は目撃したからだ。だからこそ、生鐘は向こうが追撃して来る前に、相手が見える場所まで移動したのである。
「うぬ? お主だけか?」
「…………」
笑っていた東元歳だったが、目の前に入るのが生鐘だけだと知ると、眉を寄せながら笑いを止めた。
天花は、まだ屋上に出てきていない。
一人で東元歳と対峙する生鐘は、微笑みながら黙っていた。
そんな彼女を奇妙に感じながらも、東元歳は湧き上がる衝動に従う。
「いや、だが待てんな……」
あのような剣を見せられて東元歳の高まった興奮は収まらなかった。
正に、超人の剣。斬撃を飛ばすなど、魔剣と称されても不思議ではない技だ。
悔しくも自分にはできぬ芸当だが、それゆえに、東元歳は触発された。
原因を生みだした本人がいないまま、彼は戦闘を続行させる。
「それに、あんな技を出されたら、今度はこっちが秘剣を放ちたくなる」
彼も全力を披露したくなった。己が年月を重ねて生みだした剣。それが如何なるものか若輩共に見せたくなったのだ。
「あの少女は後でくれてやろう。まず先に、お主が喰らっておけ」
そのまま東元歳は刀を持った左腕を水平にし、もう片方の腕は刃の反対側、峰の位置に掌手を添えるような構えをする。
武装隊の達人すら屠った探琶東元歳の奥義。
己が最大の技を繰り出す為、全身の筋肉を研ぎ澄ませて、闘気を高める。
重々しい威圧が東元歳を中心に広がった。
しかし、そんな覇気を間近で受けている生鐘は涼しい笑顔のまま刀を構えた。
余裕の笑みか。
それとも喜の感情で内面を隠しているのか。
どちらにせよ、東元歳のやることは変わらなかった。
彼の高めた闘気が限界に到達する。身体が最も効率的な運用できる状態になる。
「受けよ、これがわしの奥義だ!」
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