第36話 障害
「
聞き返す
「覚えておらぬか? 私達の両親を手をかけた人間だぞ」
そう言ったジン本人も、特に気にした様子がない。
薄情かも思わるかもしれないが、今更なのでその事には誰も触れず、二人は話を続けた。
「名前は忘れてたよ。だが、そんな奴がいた事は覚えている」
「成程。貴君ならば、そのような認識でも不思議ではない」
納得して笑みを浮かべるジンを、タケルは苛立ちを増した目で睨んだ。
「あの爺さん。まだ死刑になってなかったのかよ」
「あの老人は色々としていたからな。詳細調べる為、刑期を先伸ばしていたのだ」
「で、あっさり脱獄されたわけか。使えないな、警察連中」
七年前の一件も思い出しながら、タケルは不満を吐き捨てる。
警察の彼等が前もって過激派たちを取り締まることができれば、自分たちは両親を失う事もなかった。
ジンもそれは理解していながらも、平然とした微笑みを浮かべたまま、怒りで顔染める弟を窘めようとする。
「彼等全てが無能というわけではない。逆に全てが有能というわけでもないが、その役目だからと言って、何もかも職務を全うできるのは不可能に近い。それは国の上に立つ王にも、世界の上に立つ神にも言える事であろう」
「んなこと解ってんだよ。でも、所詮は結果が全てだ」
「然り。だからこそ、その結果を受け入れる。不出来だけを指摘したところで、何も解決にはならん」
「ああ、そうですね。何もかも兄さんの言うとおりですよ」
このまま話したところで何もならないと思ったタケルは、苛立ち気にそう言い捨てて、ジンに背を向けた。
「出かけるのか? 外は危ういぞ。もしかすれば、過激派の人間がお前を狙うかもしれん」
出て行こうとするタケルに向かって、ジンは微笑みながら言った。
そんな言葉を聞いたタケルは振り向いて、再びジンを睨んだ。
「今日ばかりは兄さんの過保護ぶりはいらねぇんだよ。俺は自分のやりたいことをする」
「解った」
反対されると思ったタケルだったが、あっさりと認めるジンを見て、一瞬毒気が抜かれてしまった。
「兄である私の方針は、愛する兄第を自由にさせること。好きにするがいい」
「……そうかよ」
今度こそ背を向けて出て行こうとしたタケルだったが、ジンの言葉には続きがあった。
「だが──」
一瞬の内、椅子に座っていた筈のジンが、いつの間にかタケルの背後に立っている。
「保護者として見す見す家族を危険な場所に行かしたくない。だから、私も好きにする」
タケルが背後のジンの存在に気づいた時は、自分の頭が掴まれていた後だった。
──視界が急落下する。
タケルを掴んだジンは、そのまま床に目掛けて彼の頭を叩きつけた。
轟音。
部屋全体が震動し、タケルの体が顔から床にめり込む。
だが、事態はそれだけに止まらなかった。
タケルの顔を叩きつけた床を中心に亀裂が生まれる。破壊の痕跡は一瞬で蜘蛛の巣が張り巡らせられるように部屋全体へと広がった。
次の瞬間、その部屋は床から崩落した。
バガァァァァァァン! 爆裂音と共に、その場にあった家具が全て自由落下する。
ジンは、人の頭を床に打ち付けただけだ。
しかし、それだけで、ジンの腕力は一撃で部屋を崩壊させたのである。
もはや、武術など関係ない、単なる腕力だけで行ったことは、恐怖すら超越した何かだ。
だが、破壊は一つの部屋だけに終わらない。
右手でタケルの頭を下に突きつけながら、ジンは次々と下にある部屋まで破壊していく。
二人の落下は、一階まで止まった。
周りは粉塵を捲き上げながら、ガラガラと周囲に壊れた家具や瓦礫が積み上がってくる。
同じ部屋にいた
一階まで落ちてきてしばらくすると、頭を押さえられたままのタケルが、ギリギリと顔を動かす。
腕力だけで屋敷に多大な損傷を与えたジンも人間離れしているが、それに耐え切ったタケルも又、人間離れた逸材である。
「てめぇ……」
「ほう、意識を奪うつもりだったのだが。常人なら木っ端微塵になった一撃を受けて、まだ正気を保っていられたことは褒めてやろう」
有言実行。ジンは掴んだ手で、そのままタケルの頭を優しく、丁寧に撫でた。
優しく撫でられるとは思ってもいなかったタケルは、一瞬戸惑うも、拘束がなくなったことに気づき、撫でる手を払ってから、ジンの足元から抜け出し、彼から距離を取る。
タケルは身構えながら、相変わらず笑みを絶やしてないジンを睨んだ。
「弟に向けて殺人行為をした次は、子供扱いかよ。ほんと身勝手だな、アンタは!」
「生ある者は常にある種の身勝手さが必要だ。でなければ、誰かの傀儡に成り下がる。
真に己が渇望を満たしたければ、時には他者を淘汰し、欲したモノへと手を伸ばすのだ」
「偉そうなことを! 今日こそはその踏ん反り返った顔を泣かせる!」
タケルがそう叫ぶと、ジンは面白そうに顔を綻ばした。
「ほう、それは面白い。久しぶりの手合わせか」
そうやってジンが意気揚々に訊ねるが、突き放す様な声でタケルは彼に言った。
「違うね。一方的にぼこって、俺は出て行く。ガチで勝負をするなら別の時にでもするさ」
本当は今すぐ屋敷を飛び出したいが、それを目の前のジンは許してくれないだろう。
十分な隙をついてからではないと不可能だ。
しかし、そもそもこの男に隙などできるのか?
だが、どんなに困難であろうが、不可能であろうとも、そんなことはタケルが重々承知している。
その上の行動だ。
タケルが諦めず、目の前の相手に挑むことは、何も今から始まったことではない。
無論、単純に挑むだけならともかく、彼から遁れることは容易などない。
拳を固め、臨戦態勢を作るタケルだったが、ジンは残念そうな瞳を彼に向けていた。
「つれないな。僅かな時間とはいえ、貴君と全力でも戦いたかったのだが……」
口惜しそうにするジンに、タケルが吐き捨てる。
「アンタとの全力なんざ、気軽にできるか。するなら、他の面子の居る前でして、アンタに恥をかかせてやる」
「……その言葉、私に勝利した姿を誰かに見せたいと視たが、どちらかと約束したのか?」
「……なんのことだよ。仮にしていても教えねぇ」
「家族で隠し事とは、悲しいな」
「その台詞、そっくりそのまま返してえ!」
あからさまな気落ちしたジンに、タケルは全力でつっこむ。
「隠し事はせんぞ。言わないだけだ」
それに対してジンの反応は堂々としたものだ。
「その減らず口が、気に入らないのがわかんねぇのか!?」
「解っているとも。この私に対して、普通に不平不満をぶつけてくる。やはり、気心が知れた家族は良いものだ」
「浸ってんなら、俺は無視すんぞ」
最早ただの口論になったことでタケルのやる気が僅かに下がったが、彼の緊張はすぐに最初よりも高まることになる。
「そうはいかんとも」
それは、嵐の前の静けさに似た現象なのだろうか。
一瞬、世界が静寂に満ちた。
「手合わせではないが、これは俗に言う兄弟喧嘩。私にとっては数少ない家族との戯れ」
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