第35話 許せない敵



「な、なんで? あの人、だいぶ前に警察に捕まったはずじゃあ……」

「詳しい経緯は解りかねますが、恐らく刑の執行が今まで先伸ばされおり、此度脱獄した、というところでしょうか」


 動揺する園原そのはら天花あまかに対し、生鐘は自分の推測を告げる。もっとも、彼女も動揺していないわけでもない。むしろ、本人を見たことがある為、生鐘の方が動悸も激しかった。


「いかにも。偶然隙がつけての。それで昔のよしみである者たちと合流し、今回の戦いの場に足を運んだのだ」


 自分も過激派だと認めながら、東元歳は改めて彼女たちを興味深そうに見る。


「という御主たちは、弦木タケルの縁者か?」

『…………』


 大切な人の名前を言われて、彼女たちの怒りが高まりながら、何も答えない。

 既にタケルの名前を自分達が出してしまったことによって、ある程度の関係は察しているだろうが、だからと言って、何でも正直に言うつもりにもなれなかった。

 自分達の大事な人間の、夢と家族を奪った相手。その事実だけでも、彼女たちの憤りには十分だった。

 そんな、刺さるような眼光を浴びながら、東元歳は顔色を変えず、顎髭を撫でながら、視線を変えた。


「《陽光》」


 不意に、東元歳がそう呟く。

 彼の目は、天花が握る白い刀に注がれていた。


「その刀覚えておるぞ。何しろ、この《鬼時雨おにしぐれ》と打ち合い、わしに大きな傷をつけた刀であるからな。かかか、あの時は死ぬかと思ったぞ」

 

 東元歳は一度大きく笑った後で、天花に訊ねる。


「それを御主が持っているということは、弦木タケルは得物を変えたのか? それほどの名刀が他にあるとは思えんが。うむ、もしかして、お主が無理やり奪ったか?」

「違う! 《陽光》は、タケルくんが私に託してくれたの!!」


 天花の鬼気迫る叫びに、東元歳は一切動揺することなく、平然と頷く。


「ふむ。どういう経緯かは知らぬが、あの男が自分の刀を自ら渡したとなると、予想以上に期待しても良いかもしれんな。それで、あの者はいま何処にいる?」

 

 東元歳の問い掛けに、二人が小さく反応した。


「一通り、この辺りを見て回ったが、少なくともこの場にはいないの」

「それは、貴方には関係ないことです」


 東元歳の言葉に、生鐘が冷たく言い放つ。

 其れに対し、東元歳は愉快そうに嗤った。


「関係なくはないさ。何しろ、あの男は童にしてわしと引き分けた傑物。数年を得て、どれだけ強くなったから気になってしかたない」


 その後、タケルがどうなったか知らぬ老人は、自分勝手な妄想で期待を高めていた。


「最近牢から抜け出し、牢の中では外の話も聞かんので知らぬが、さぞ多くの戦いをあの男は経験したのだろうな」


 身勝手な言葉に、生鐘と天花の憤りの蓄積が増す。

 彼女たちはタケルが武術を好きな事を知っている。

 好きなことを満足にできないのを知っている。

 家族が大好きなことも知っていた。

 生鐘はタケルが今は亡き母に懐く姿を知っている。

 天花は時折懐かしそうに話すタケルを知っている。

 好きなこと、好きな人たち。

 それを語るタケルの顔は、いつも彼女たちには眩しかった。


 だが、いつも眩しいのに、いつも陰りがある。

 

 タケルは自分達の一番大切な人だ。

 幸せにしたいし、幸せになってほしい人だ。

 その大切な人から、多くを奪った元凶が、またもや好き勝手な事を吐き捨てる。


「あれは生まれながらにして鬼だ。戦いを求めて止まない羅刹。命を削りあったわしはよう解る。戦いでしか己を見出せない化物が、どのように成長したか見物だ」


 我慢の限界は、二人同時だった。

 先に手を出したのは生鐘であった。

 彼女は足場を蹴り出して、左の刀で東元歳の右脇を狙う。

 東元歳はその剣戟を難なく打ち掃うと、今度は右の刀で無防備な首を狙ったが、東元歳は刀をすぐに戻し受け止める。

 そこに打ちは割れた左の刀が、鬩ぎ合う刀たちを掻い潜って心臓突き刺そうとしたが、東元歳は右の刀を受け止めたまま、腕の器用に捻って、左の刀の刺突も防いだ。

 襲い掛かった生鐘を、東元歳は刀を防いだまま、彼女に興味深い笑みを向けた。


「名乗りも上げず、斬りかかるか」

「不作法で申し訳ございません」


 にっこりと生鐘も笑う。だが、それは身が凍りそうになる極寒の冷笑だった。


「ただ、これ以上貴方の口でタケルさまを語ってほしくなかったので、つい」

「ほう。その口ぶり、弦木タケルの従者か」

「ええ、そうです。主に代わって、貴方を斬らせていただきますね」

「やれるか、お主に」

「僕だけでは、むずかしいですが……」


 刹那、空気が断たれた。


「生憎と、一人ではないので」


 鬩ぎ合っていた生鐘が突然東元歳から飛び下がると、そこに上段から振り落とされた天花の白刃が迫る。

 反応が遅れた東元歳だったが、天花の白刃に自分の刀を軽く撃つことで剣戟を僅かに減速させ、その間に横に飛び退いた。恐るべき対応である。

 一瞬止まった白刃が動きだし、床を大きく切り裂く。だが、当然相手を斬れなければ意味が無い。天花は刀を次の構えに直し、東元歳を無言で睨みつけた。


「一対二か」

「卑怯と言いますか?」


 東元歳の呟きに、生鐘が微笑んで訊ねる。

 東元歳は首を横に振るいながら、笑った。


「いや。一騎討ちなど誰も言っていない。実力に格差がある相手に複数で挑まない人間の方が愚かであろう」


 東元歳が刀を構える。

 当然、隙などない。達人の域まで至った剣がそこにはあった。

 東元歳の充満された殺気が、生鐘と天花の肌に触れる。針にでも刺されているようだが、彼女たちはどちらも怖じ気つきはしなかった。

 そんな二人の様子を気に入ったのか、益々、東元歳は狂喜の笑みを綻ばせる。


「よかろう、来い。元からわしはそのつもりだ。色々この辺りの戦いを見て回ったが、お主らが一番腕の立つ武人だ。なにより──」


 口の端が裂けているのではないかと疑うほど、顔に三日月を描き、彼は言った。


「二人共弦木タケルとは浅からぬ関係のようじゃ。お主らの亡骸を弦木タケルが見れば、あの時のように気迫が満ちた顔が見れるかも知れない」


 そして、またも聞き捨てならない言葉を、老人は彼女たちの前で吐いた。


「血を流す母親を目の当たりにしたあの時の顔は、とても素晴らしかったぞ」

『!』


 再び彼女たちの逆鱗が、無遠慮に触れられた。

 同時に二人の少女は決意する。

 この男だけは、絶対に許さない! と。


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