第30話 脱出


 園原そのはら天花あまかの活躍により、多くの過激派を退き付けた事で避難は進んでいた。

 だが、快調ではない。難航もしてないが、一歩も油断できない状況であった。

 整列していた移動ではない。我先にと安全な場所へ逃げ出そうとする人波。息を切らしながら、脚が縺れそうになりながら、前へと進む。

 そんな人間へと、過激派の猛威が容赦なく襲う。

 天花が引き付けてくれた過激派の数は、全体から見れば三割。残り七割は今も会場の到るところで武術者と交戦し、戦えない者たちを襲っている。


「きゃしゃあああああああ!!」


 戦いの興奮か、あるいは薬物でも嗜んでいるのか、奇声を上げた過激派の男が刀を突き出し、逃げ惑う人々へ襲い掛かる。


「むぅん!」


 そこへ、葛馬くずま一彦かずひこの豪胆な声と共に振り抜かれた槍の柄が、奇声を上げた過激派の男を横薙ぎで吹き飛ばした。


「あびゃあ!」


 男は奇声の次は呻きを上げ、違う人間を襲っていた別の過激派にぶつかり、両者共その場で失神する。

 一彦が振り抜いた態勢から、槍を退き戻そうした矢先、別の過激派がサーベルを掲げて接近していた。

 一彦は退き戻した槍で応戦しようとする。

 が、いつの間にか十文字槍の矛先を別の過激派が両手に持った鉤爪で抑え込んでいた。

 サーベルを持った過激派がにやりと笑い、同時に一彦も笑った。

 過激派のサーベルが振るわれる直前、槍を手放した一彦の剛腕が相手の顔面にめり込む。鼻血を吹き出して倒れる男を余所に、今度は先程まで槍を抑えていた男が、両手に持った鉤爪で一彦の両脇串刺しせんと迫って来た。

 ガン! と、一彦は自ら手放し、床に落ちていた十文字槍の柄を蹴り上げる。

 空中へと跳ね上がった槍の穂先が鉤爪の男の体を貫いた。動きの止まった男に対して、一彦は槍を再び握り、その場で振り回しながら、新たに自分に向かってきた過激派の迎撃と同時に、穂先に引っ掻かていた男の肉体を投げ捨てる。

 しばらく自分の周囲に過激派の存在が居ない事を確認すると、一彦は近くにいた安田やすだ良子りょうこに目を向けた。


「悪いな。俺といると逃げるが遅い」

「あっ! いえ、先輩といる方が安全ですし」


 やや呆けていた良子が、謝罪は不要ばかりに首をぶんぶんと振るう。


「むしろ、周りにいる人達を何も言わず助ける先輩はカッコイイです!」

「むっ、そうか」


 少々照れ臭いものを感じながら、一彦は視線を前後に動かした。


「どうやら我々が最後尾だな。外に迎えば、武装隊も駆け付けているので一先ず安心だ」

「武装隊、警察が……」


 その情報を聞いて、良子の顔が安心したように緩む。

 だが、しばらく経つと、何やら不思議そうな顔をして一彦に訊ねた。


「武装隊の方々は、ここまで来ないのですか?」

「会場周辺や、入口近くに最も過激派の連中がある。避難誘導もあるので、ここまで武装隊が乗り込むのは、しばらく先だろうな」

「そんな……」


 愕然とした良子は、不安げな眼差しを自分が来た道に向けた。


「安田は園原の友人だろ?」


 心配そうな顔をする良子に、一彦は眉間を寄せながら問いかける。


「あ、はい」

「ならば、信頼したらどうだ。友人ならば、彼女の強さは解るだろう」


 一彦の言葉を聞いて、良子は顔が少し暗いものへと変わる。


「いえ。天花ちゃんとは、今日友達になったばかりで。有名になるくらい強いことは知ってましたけど、実際、あんな大人数を一人で相手にするなんて、本当は無茶じゃないですか?」

「なるほど、安田の不安は理解した」


 噂と実際目にするとでは認識に差があるのは確かだ。

 一彦も直接、天花の真なる実力を見た訳でもない。しかし、彼女がとてつもない実力者であるのは把握していた。


「だが、園原が君の想像もつかない実力者なのは確かだぞ。少なくとも、あのような過激派の連中が十人で挑んだ所で、彼女には敵わない」

「本当ですか!」


 それを聞いた良子はやや安心した様に笑顔を浮かべる。

 一彦は、嘘はついていない。

 修行の為、格上の相手とも何度も対峙した彼の観察眼は、力量を図るのに優れている。

 一彦の目からして、天花の実力は本物だろう。

 だが、按ずるなとは断言できなかった。

 そこまで言えるほど、天花は至っていないと、一彦に見えたのだ。

 実力は本当に認めている。会場全体を震撼させ剣戟。あれだけでも、超絶した域に達している。

 だが、どうしても一彦の目には未熟な部分が見え隠れているような気がしてならなかった。それが何であるかは一彦にはまだ解らないが、それがある限り、幾ら超人の剣を仕えても、園原天花は達人とは呼べない。

 しかし、それを正直に良子に伝えて不安を煽る真似もできない。

 一彦は天花に良子を託された。

 ならば、まずは彼女を安全な場所まで送り届けるのが彼の義務である。


「それよりも、ここで立ち止まっていても何もならない。今はここからの脱出に専念しろ」

「あっ……、はい」


 返事をしたものの、良子の脚は一向に動く気配が無い。


「安田……」


 少し責めるような目で一彦が良子を見ると、彼女は僅かに息を止める程怯えたが、それでも声に出して自分の考えを伝えた。


「あの、先輩は戻って、天花ちゃんを助けて貰えませんか?」


 その良子が放った予想外の言葉に、一彦は内心驚いた。


「先輩なら、強いし。それに、ここまで着たら、私一人でも大丈夫だと思いますし……」

「…………」


 一彦は値踏みでもするように良子を見る。

 身体が振るえている。本当は、一人になるのは心細いのだろう。

 しかし、今日成ったばかりの友人の身を按ずる精神を、一彦は評価する。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「無理だ。何度も言うが、俺は彼女にお前を任された。それを成し遂げるまでは、他のことはしない」

「そう、ですか……我儘言って、すみません」

「気にするな。友人を想ってのことだろう」


 良子を安全な場所に送り届けても、一彦が天花の助勢に向かうことは難しい。

 過激派が多くいるのは恐らく入口付近。

 武装隊が迎撃しているだろうが、テロを起こす様な武術者を簡単に殲滅することはできないだろう。万が一、武装隊の隊列に穴が空けば、助かった避難者に危害が及ぶ。

 一彦が良子を送り届けた後で何処かに助太刀するならば、場所から考えても間違いなく武装隊側だ。

 この事を知れば、良子は一彦を罵るかもしれない。

 だが、既に一彦にはその覚悟がある。罵詈讒謗を浴びようが受け入れるつもりだ。

 けれども、どうにかしたい気持ちは一彦にあった。

 多くの人間の為に、犠牲となった少女。

 尊い犠牲だったと、涙を流すくらいならば、血を流してでも駆け付けたい気持ちもある。


「……、行くぞ。真に友を想うならば、まずは友の願いを聞き受けろ」

「はい……」


 どの道、天花の助勢を迎えようにも、ここから抜け出す必要がある。

 それに、これだけの騒ぎならば、武装隊の中でも実力者が出向いているだろう。そんな人間ならば、事情を伝えれば助太刀に向かってくれるかもしれない。

 あくまで可能性なので、期待するまで到らないが、とにかくも、一彦はいい加減ここから移動することにした。

 そんな矢先だ。


「ぬっ──!」

「せ、先輩?」


 一彦が歩き出そうとした途端、いきなりその場で槍を構えたので、良子も立ち止まる。

 誰かが来る。殺気はないが、敵か味方かは解らない。

 しかし、直接目にしてないので完全に推し量れないが、今まで相手してきた過激派の連中とは比べものない力を一彦は感じた。

 しばらくもしない内に、一彦たちの目の前へ、一つの人影が現われる。


「お前は──!?」


 次の瞬間、一彦の目に見知った男の姿が映り、彼は驚きの声を上げた。


 

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