第29話 天の花


 園原天花は中学時代、全国優勝を三回連続果たした実力者といっても、所詮は学生。

 この事態を任せしまうには過度な期待かと揶揄かもしれないが、一彦は天花と太刀筋で自分を倒したタケルの同門か何かだと感づいた。

 タケルの剣は、超人の域に達していた剣だ。

 彼女もあの剣を使えるならば、我欲で力を振るい、愉悦する輩に後れは取らないだろう。

 ならば、自分は彼女の憂いを無くす為に、頼まれたことを全うしよう。


「解った。任せておけ」


 一彦の言葉を聞いて、天花は自分の身に寄せていた良子から離れる。


「ありがとうございます」


 天花は一彦に礼を言った瞬間、そのまま二階から飛び降りて、吹き抜けになっている一階の試合場に着地した。


「あ、天花ちゃん!?」

「待て! 離れるな!」


 突然飛び出した天花に驚き、思わず前のりになる良子を一彦は抑える。


「でもっ!」

「俺は彼女から君を任された。ゆえに文句をあろうが無理やりでも守らせてもらうぞ」

「う……あ、天花ちゃん」


 心配するように良子は視線だけ向けると、既に天花は数ある戦いを掻い潜って、一階の中央まで移動していた。

 天花は会場の真ん中に辿りつくと、改めて周りを見渡す。

 

 今でも泣いている人、怯えている人、怖がっている人がいっぱいいる。

 だから、なんとかしないと!

 

 自分に向かって来る人間が現われる前に、天花は刀を逆手に握って、刀身を床に向かって、勢い良く突き立てた。

 

 刹那────轟音と震動が天花を中心に広がった。

 

 ある者は突如、落雷でもあったのかと錯覚した。

 ある者は地震でも発生したのかと感じた。

 突然の震動と大きな音に、多くの者は驚いて中央の天花に視線を向ける。

 天花の近くにいた者の中には、その強力な振動だけで膝まずいた人間もいた。


 武天一刀流 烈震れっしん

 

 自分の足場に向かって、刀を打ち付けることにより、震動と音を周囲に広げる威嚇技。

 近くの者が転んだように、技の中心に近ければ怯ませることも可能な無力化技でもある。

 会場の視線が一同にして自分に集まって来ることを感じながら、天花は叫んだ。


「私は武天一刀流、園原天花! 過激派の人! 有名になりたいなら私と勝負しなさい!」


 園原天花、彼女の名前を知っている者はその場に多い。

 白髪の外見に、先程の芸当から本人だと解った人間もいた。

 園原天花。三年前、突如として武術の世界に現われ、誰も知らぬ武天一刀流という名の流派を扱い、全国の中学生の武術者が集まる大会にて、全中三連覇を果たす。

 《白阿修羅》という異名を持った彼女の存在は、ここを襲う過激派にも知れ渡っていた。

 過激派で天花を知る者は、ほとんどが気にくわない小娘だと認識していた。

 彼らかの価値観では、廃れたとはいえ名門の武術を簡単に倒し、一部ではその容姿で偶像のように持て囃されている彼女を、過激派は現代の武術界で切り捨てなければならない標的だと断定している。

 自分に多くの殺気と怒気が向けられているのを感じながら、彼女はもう一押した。

 本当はこのような事を、彼女自身がするのは好んでいない。

 ほんのり湧き上がる羞恥心の隅に追いやり、天花はとある少年を思い描きならが、半ば自分を勇気づける様に、その真似をする。

 天花は彼女らしからぬ、挑発するような嗤いをにやりと浮かべ、手招きをした。


「それとも、おじさんたちは、こんな女の子にすら勝つ自信もない、腰ぬけばかりなの?」


 ビキリ、と空気に亀裂が生じた。

 あからさまな侮辱に過激派たちの多くが、自分と対峙していた相手や襲いかけた相手を押しのけて、続きと天花を囲むようにして圧し寄せてくる。

 過激派以外の、被害者側である人間たちは、何故彼女は相手を怒らせるようなことに疑問を持った。

 そこに一彦の計らいで、今の内に確保した退路へと向かうようにと、過激派の目を盗みながら徐々に周りに浸透していた。

 ある者は気づいた。彼女は囮になったのだと。

 だが、次にある者が諭す。だからと言って、手助けできる余裕は無い。

 天花の下に集まった過激派の数は百を下らなかった。

 今更、助太刀で渦中に飛び込める実力者はこの場に殆どいない。それが出来る者たちも、彼女が引きつけそこなかった過激派や、会場の外にいるかもしれない過激派の仲間を相手するために、今は退き下がるしかなかった。

 彼女が望んで行った事とはいえ、その意図を差した人間の胸が痛む。

 せめて、戦えぬ者を避難させたら、我先に助太刀に向かおうと、多くの武人が考えた。

 

 例え、それが困難であっても。

 

 そして、天花の策略に填まった過激派たちも、この状況を理解していた。

 しかし、だからと言って、誰一人抜け出す者はいない。

 他にも仲間が存在することを彼等は知っており、何よりその場に集まった者たちは、自分達を馬鹿にした小娘に制裁を与えてやらなければ、気が済まなかったのだ。

 一人ずつという行儀の良い闘いは行わない。自分が招いたことなので相手も上等だろう。

 女だからとて加減はしない。むしろ、女であったことを後悔するだろう。

 一斉に襲い掛かって、嬲り、犯し、そして、殺す。

 先手は過激派の一人だった。

 

 まずは小手調べ。あるいは先手必勝。

 

 天花が前を睨みながら、刀を構えると、彼女の背後を襲いかかるように、斧を持った男が飛び出した。

 だが、天花はまるで背中に目でもあったかの様に反応する。

 一閃。天花は自分に向かってきた斧の刃すら切断した。鋼すら容易に断ち切る様子に、多くの者が絶句する。そのまま天花は問答無用で襲ってきた男を斬り倒した。斬られた男は信じられないモノを見つめる様に瞳を大きく開き、絶命した。

 容赦のない一撃。これが日和舞台だけの武術者ならば、恐れ慄いただろうが、過激派の集団は、仮にも命のやり取りを推奨する者達。仲間一人倒された所で動揺しない。

 しかし、無反応という訳でもなかった。


「《白阿修羅》の流派、武天一刀流だったか。小娘が扱うにしては、真っ当な殺人剣らしい」


 過激派の誰かが言ったその言葉に、表情を消していた天花がぴくりと反応する。


「褒め言葉だ。最近の世の中は、何かと殺傷に文句をつける。その癖、自分達も平気で命を奪う癖にな。故に、平然と剣を持って命を狩れるお前を僅かに見直してやる」

「別に、人を斬るのは平気じゃない」


 感情を消したような声で、天花は言った。


「それに武天一刀流は、殺人剣じゃなくて活人剣だよ」


 その言葉を聞いて、多くの過激派が鼻で嗤った。


「何を言うか。平然と人を斬ったお前の剣は、紛れもなく人を殺す剣よ」


 侮蔑する言葉を耳にしながらも、天花は憤りを見せず、静かに語る。


「違う。誰かを平気で傷つける人を確実に斬り、その人が襲ったかもしれない人達を救って『活かす』、活人剣。私の師匠の教えの一つだよ」

「柳生宗矩の兵法家伝書にも記されている、綺麗事か」


 武術界の偉人が残した言葉を、男は鼻で嗤った。


「うん、綺麗事かもしれない」


 しかし、それに対して天花は反論しない。

 だが、続けて言葉は重ねる。


「けど私の師匠も言っていた。だけど、綺麗な事だから、守りたい」


 守るということは、誰かを傷つけることだと、天花はタケルに教えられた。

 そして、傷つけることは絶対に許されないこと罵る人もいる。

 それを行うのが武術だ。

 武力とは、他を圧するもの。

 誰かを傷けることしかできない武術は、悪行の道具かもしれない。

 タケルはそう言いながら、別の言葉も一緒に天花へ教えてくれた。

 

 でも、傷ついたからこそ、守られたものもある。

 

 その言葉を、天花はよく理解できた。

 天花は武術を学んだから、虐めがなくなった。

 けど、その前に、タケルが武術を学んでいたから、天花を救ってくれた。

 武術は一つの方法に過ぎない。殺すこともできるし、生かすこともできる。

 認識は人それぞれだろう。価値観は所詮千差万別だ。

 悪いと思う人間も居れば、良いと思う人間も居る。

 嫌いな人間も居れば、好きな人間も居る。


 だから、天花は武術を好きでいることを選んだ。


 武術を通して得た物は彼女にとって多く、それを使って守れるものは、何でも守りたいと願った。

 今日、ここにやって来た人達の殆どが、武術が好きだっただろう。

 気持ちに個々の差はあれ、好きでなければ大会に参加しない。

 好きでなければ応援に来ない。好きでなければ見に来ない。

 故に、自分達との価値観が食い違うだけで、一方的に他者で傷つける目の前の相手を、天花は許せそうになかった。


「私は、平気な顔して他人を襲う、貴方達を斬る。それが誰かにとって都合の良い綺麗事でも、私にとっては守りたい綺麗事だから」

「ならば、その御高説。我等五百年以上の歴史を持つ数多の流派の前に、たった一本の剣で守ってみせよ!!」

 

 もはや言葉は不要。主義が合わぬならば対立するのが常である。

 様子見はしない。先程の太刀筋だけで過激派の人間達は、噂以上の武術者だと認識した。

 自分一人では到底敵わない。しかし、多勢に無勢。全員が全力で挑めば、勝機はある。

 だが、それでもまだ彼等は天花を侮っていた。

 少年と少女が生み出した剣は、当然ながら彼等のような歴史は無い。

 しかし、それだけだ。

 誇りも、技の完成度も、そこに込められた矜持も、劣ることはない。

 

 さぁ、喝目するがいい。そして、真に理解するがいい歴史の体現者たちよ。

 少年が抱いた夢の残滓は、その少年から伝えられた少女の剣は。

 幾ら年月を重ねただけでは、けして届きはしない領域であることを。

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