第24話 高校武術新人戦


 某県開催、第27回倉木くらき高校武術新人戦。

 ほとんどの高校の新学期が始まった頃の早々に開催するこの大会は、それなりに認知度が高く、重要視されていた。

 理由は大きく分けて二つ。

 まず、どの高校がどんな新人を獲得したか知る為。それゆえ、敵情視察で県外からの来訪者は多いが、当然ながら温存のために有力な新人を参加させない高校も多い。

 だが、それとは別に入学早々良い成績を手にしたい高校もいる。

 また、自分達が手にした若き武人が実戦でどの程度まで働く事ができるか知りたいこともあり、急な時期でありながら大会参加者の数は多い。中には敵情視察も兼ねて、己自身が参加する県外からの参加者までいるほどだ。

 大会参加エントリーは前日まで受け付けていた。その為、毎年関係者は開催日まで徹夜続きなのが常である。

 そして、大会同日、四月第二土曜日。空の色は晴天に見舞われた。大会を行うのは屋内だが、来訪者からすればありがたい。

 会場の場所は収容人数二千人の武道館。名を倉木私立武道館。武術以外でも多目的ホールとして利用されることもあるその場所は、多くの歓声や物音が響く為、会場の周りには駐車場以外は道路と平地ばかり。一応、館内に売店は存在するが、そう言った場所で売られている品々は通常より物価が高いので、用意周到の人間は予め昼食などを自前で準備している。

 園原そのはら天花あまかも又、自分で作った弁当を愛刀と共に引っ提げて、その会場に来ていた。

 大会に参加するのではない。武術部に所属する女子クラスメートの付き添いで来訪しているのだ。大会参加者からすれば幸いの一言だろう。その辺りの武人では、全中三連覇をした天花に勝つのは無理だ。彼女に勝つには達人級か、輝橋生鐘のように何かしらの技術に特化した者でなければ困難である。


「いやぁ、園原さんってやっぱり見ている人多いね」


 試合が行われる一階を囲むように作られた二階の観客席に座って、感心したように隣に座る天花に言ったのは安田やすだ良子りょうこである。


「まぁ、私って髪白いしから目立つんだよね」

「いや、それだけじゃないよ、きっと」

 

 天花はアルビノ少女。髪と肌は白く、目も赤い。珍しいのは確かだろう。

 だが、注目する要因はその上で彼女自身の容姿が優れているのもある。

 その目立つ風貌で天花の姿を雑誌やインタビューで目に焼きつけ、武術を深く知らぬとも覚えている人間は少なくない。

 天花を知る人間が彼女を見れば、何処の学校に所属しているのか考え、知らぬ者はその美貌に見惚れる。

 前者の場合、天花が着ている服装が私服のため、誰かに教えて貰わないかぎり解るはずもなく、後者の場合はそれだけに止めるしかできない。

 仮令、邪な気持ちで誘いにかけても、彼女はとある一人の少年しか眼中になく、力ずくなど無謀に等しい。


「そういえば、私たちの学校から結局誰か参加したの?」


 色んな意味で会場の注目を集めていた天花は、周りの視線など何て事でもないように隣に座っていた良子に訊ねる。


「結局部活からは誰も参加しなかったかな。けど、個人で参加したことは一人いるよ」

「へぇ。その子って強いの?」

「いや、実は今まで武術を習った事もない素人の男の子だって。成り行きで参加させられたみたいだよ」

「ああ、それはなんだか可哀想だね……」


 参加しなかった自分が言うのも何だが、見知らぬ少年に天花は同情を隠せなかった。


「参加者ゼロの方が学校としては恥をかくんだけど、なんだか生贄みたいで嫌だよね」

「けど、こういった大会は自主的に参加する人の方が良いよ。別に参加しないことが悪いことでもないしね」


 戦わない人間を臆病風と揶揄する人間はいるだろうが、天花はそう思わない。

 何でもかんでも戦いに赴くのは一種の狂人であるし、無理に戦いを行う必要は無いのだ。

 有事の際の為、武器の所持すら認められているが、この国は何時も如何なる時も命の為に戦わなければならぬ程、危険ではない平和な国なのだから。


「その子が何で参加したのか知らないけど、結局本人が決めて挑む戦いだったら、自分達と同じ学校だし、応援してあげてもいいじゃないかな」

「そうだね。その時はちゃんとしないとね。もしかしたらビギナーズラックで良いとこまで行くかも知れないし」

「そうかもしれないね」


 戦いを運だけで勝つことはできない。だが、天花は否定しなかった。

 相手の油断や、その時のコンディションで勝敗が決まる場合もある。勿論、小手先の事では覆せない実力差は存在しており、その為にも武人は日々の鍛錬を行うのだ。


「応援もだけど、安田さんはちゃんと他の人達の試合も見ないといけないよ」

「勿論。その為に園原さんに付き添って貰ったんだし。解説お願いします」


 良子は武術部のマネージャだ。

 しかし、これまで武術に関してあまり勉強していなかった為、先輩に己の経験や敵情視察の為この大会を見学するように命じられたのだ。

 だが、たった一人で武術の大会に行くのに尻込みした良子は、同じクラスにいる天花に同行を頼んだのである。

 経験者である天花なら、自分では理解できないこともアドバイスしてくれる。あとは同じクラスなので仲良くなりたいという思惑もあった。

 天花としても別に他人の試合にそこまで興味はなかったが、良子と同様同じクラスの人間と親睦を深めたいと考えており、進み方は違っても武術の道を学ぶ人間を応援したい気持ちもあった。


「解説は良いけど、できるだけ自分の目であれはどうなのか考えてみてね」

「頑張ります!」

「その意気だよ。ところで何で安田さんは武術部のマネージャになったの? 今まで武術はやってもなかったのでしょ?」

「やってはなかったけど、見てはいたんだよ。で、武術をしている人って何だがカッコいいから、応援したいなって。だからマネージャになったんだ。って、なんだか不謹慎かな?」

「別に私はそんなこと思わないよ。そっか、武術してる人はかっこいいか……」


 天花がそう言って思い描くのは、当然の如くタケルだった。

 体の関係であまり戦う姿は見せないが、刀を構えるタケルの姿は誰よりも凛々しいと天花の眼には映っていた(乙女フィルター有)。

 しかし、そのタケルは今この場にいないことを思い出して、少し複雑な気持ちになる。

 タケルはあまり武術の試合を見ようとしない。

 見ると、普通に武術ができる人間を羨んでしまうからだ、とタケル本人が言っていた。

 だから、天花は一緒に試合を見に行こうとは誘わなかった。

 けれども、今頃は何してるのだろうか? 

 家に居るのか? 何処にいようとも、あの女の子と一緒なのだろうか?


「園原さん? お~い、園原さん?」

「!」


 声をかけられて、もやもやした天花は我に返る。


「ごめん。ちょっとぼ~としてた。なにかな?」

「いや、何でもないけど。なんかいきなり顔が緩んだと思ったら、むずかしい顔したからついね」

「あはは……」


 説明する訳にもいかず天花は苦笑いを浮かべるしかできない。

 そんな彼女を見た良子はくすりと微笑む。


「園原さんて思った以上に、なんだか可愛いね」

「え? いきなりどうしたの?」


 言われた天花は、驚いて顔を少し赤らめた。

 正直、可愛いと褒められる言葉は訊き慣れている。しかし、その大半が彼女の上面だけ見た賛辞なので、そう言った類はまったく嬉しくない。

 彼女が素直に喜ぶのは、仲の良い友人や家族が言ってくれた時だ。タケルに言われた時は通常の何倍増しで歓喜に震えている。

 そして、警戒もしてなく、付き合いも浅い人間にそう言われると、少し気恥ずかしい気持ちになる。


「最初はびっくりするくらい綺麗だし、武術者として強い事も知ってたから話しかけづらかったんだよね」


 天花の容姿は白髪の赤眼、アルビノ。それだけでも周りとは違って、浮世離れしている。

 加えて、その容姿が優れており、本人自身が有名になるくらい強い武術者であるなら、普通の人間はおいそれとは近づきにくのだった。


「でも、実際話してみたら可愛い事もあって、なんだか楽しいなって」

「そうなのかな?」


 自分では解らないので、曖昧な顔を浮かべる天花に対し、良子はうんうんと頷く。


「少なくとも私はそう感じたよ。今日だって態々付き合ってくれたし、園原さんって優しいよね」

「いや、私はただ、同じクラスの子と仲良くなりたいって思っただけだし」

「園原さんも!? 実は私もなんだ!」


 照れ臭そうに言った天花の言葉に、良子は見て解るほど喜びを表現した。


「最初は大会の参加で話しかけたけど、その前から仲良くなりたいって思ってたんだ。前から雑誌で知ってたし、入学式の件で勇敢な人なんだなって思ったし、だから今日一緒にいれて嬉しいよ!」

「なんだか照れるなぁ……」


 体がくすぐったくなってきた天花は微笑む。それを見た良子は益々好奇心が湧き、もう一歩踏み出すのを試みた。


「ねぇねぇ、園原さん。できたら、天花ちゃんって呼んでいい?」

「いいよ。じゃあ、私も良子ちゃんって呼んでいいかな?」

「勿論だよ、天花ちゃん! あっ、そろそろ試合始まるから解説お願いね」

「それだったら、良子ちゃんは実況をお願いね」

「え!? 私そんなことしたことないよぉ……」


 予想外の言葉に良子は戸惑う。

 どうやって実況したら悩む良子を天花は楽しげに眺めながら、試合が始まるのを待つのであった。

 

 この時の彼女たち、会場にいる全ての人間は、これから自分達に訪れる災難をまだ知らない。


 

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