第23話 彼の強引


 昼休み。明らかに様子が可笑しい二人に対して、タケルは作戦を実行した。


「天花、一緒に来い」

「ほえ?」


 天花は弁当が入った袋を机の上に出したまま、タケルに声をかけられて呆然とする。


「生鐘、お前も着いてこい」

「……かしこまりました」


 すでに自分の側までやって来た生鐘が首肯するのをタケルは確認した。

 よって、その瞬間、てっきり二人きりになれると思った天花が残念そうに項垂れたところを、タケルは見ていない。目撃していた生鐘はご愁傷を祈った。


「よし、二人共行くぞ」


 そのまま相手の返事を待たず、タケルは何かが入った袋を手に廊下に向かった。

 残された二人は一瞬顔を見合わせてから、一人は優雅に、もう一人は慌ててお弁当袋を持ちながらタケルの後を追った。

 ずがずがと前を進むタケルを、天花と生鐘の二人は少し気まずそうに追う。

 タケルが妙に苛立っていることは、二人から見ても解った。だが、睡眠不足の頭では、その理由が思い到れず、二人はそのまま黙って着いていく事しかできなかった。

 階段を一階まで下り、そのまま廊下を進んだ先にあったある部屋に通じる扉をタケルは開く。


「先生、来ました。って、いないのか」


 それは開ける寸前に、部屋の中に誰もいないことを気配で解っていたことだが、タケルは机の上に置いてあったメモを見て、思わずため息を溢す。


「ここは……」

「保健室ですね」


 連れて来られた二人は、タケルの後に部屋に入って周りを見渡す。

 清潔な空気がながれ、硝子扉の棚には様々な薬品の医療関係の本。反対側にはカーテンが備え付けてあるベッドが二つ。生鐘の言葉どおり、ここはこの学園の保健室だった。

 タケルは「勝手に使いなさい」と書いてあるメモを懐に閉まると、未だ事態を理解してない二人に振り返った。


「おい。二人共」

『は、はい』

「これ飲んで、寝ろ」


 刹那、静寂が流れる。

 そして、その場の温度が一気に上昇した。


『………。 ? ………!? ◎*※☆ッッッッッッッッ!!!!』


 しばらく処理落ちの様に固まった二人の顔が、炎が燃え上がるように赤くなる。


「わわ!? た、タケルくん!? ね、寝るってどういう! 待って、心の準備が」

「ふぇ!! い、いきなり何を! しかも園原さんと一緒! 下着も普通ですし」


 狼狽は二人共同じだが、生鐘のほうが普段と差で明らかに酷かった。

 そんな二人を前にして、顔が熱くなったタケルが叫ぶ。


「なぁに、二人共揃って見当違い考えてんだ。俺は寝不足のお前らにここで仮眠をしろって言ってんだよ!!」

『あ……』


 頬を染めて睨んでるタケルを見て、ようやく自分達の考えが間違っていたことに気づいた二人。睡眠不足で少々頭が可笑しかったのだろう。彼女たちの名誉の為にそうしておく。

 天花はそのまま恥ずかしそうに俯いて、生鐘は感激したように眼を輝かせた。


「ああ、タケルさまが気遣ってくれるなんて、滅相もありません!!」

「御託はいいから、これ飲んで寝ろ。ほら、天花も。ここまで来て遠慮はなしな」

「う、うん」


 何時の間に買って来たのか、タケルは袋に入った飲料スポーツゼリーを取り出して、二人に手渡す。仮眠の時間を少しでも伸ばす為、最低限の食事を準備していたのだ。


「あの、これ、いつ買って来てくれたの?」

「お前らがぼーとした隙に。授業の合間の休み時間、購買で」

「そんな、僕達の為に態々そんな御足労まで! 一生大事にします!!」

「いや、飲めよ。なにか? 腹を鳴らして、主に醜態を曝す気か?」

「……解りました。では、よく味わって、少しずつ飲みます」

「いや、すぐ飲め。んで、寝ろ。あと、先生がいないから俺ここに残るけど、それは大目に見てくれ」


 この学園はセレブが通うだけあって警備力は高いが、万が一があるかもしれない。

 その為、罪悪感を抱きつつもタケルが無防備に眠る少女たちを見守ることにした。

 もっとも、それに関して全く彼女たちは気にしてない。ノープログレム。むしろ、ラッキーで嬉しいのだ。


「ううん、全然いいよ。あの、タケルくん」

「なんだ?」


 ぶっきらぼうに訊くタケルを見つめながら、天花は微笑みながら言った。


「ありがとう、気遣ってくれて」

「どういたしまして」

「あとこれ。お礼じゃないけど、私のお弁当食べてくれるかな?」


 そうやって天花は自分が持ってきた弁当は、タケルに差し出した。


「……良いのか?」

「いいよ。それに、私にはタケルくんが買ってきてくれたゼリーがあるから……」

「そっか……。そんじゃあ、ありがたく貰うよ。お前らもそろそろマジで飲んでから休め」


 タケルは天花から弁当が入った袋を受け取ってから、時間を気にするように時計を見る。

 これ以上話し込んでいたら、せっかく仮眠する時間がなくなってしまう。

 それでは本末転倒だ。


「うん」

「はい」


 それを理解していた二人は、この時間を名残惜しみながらも、貰ったゼリーの蓋を開けて、口の中に入れる。

 グレープフルーツのような甘酸っぱさが口に広がり、冷たいゼリーが喉を潤した。


「それじゃあ、おやすみなさい」

「タケルさま、失礼します」

「おう、とっと寝ろ」


 そうやって天花と生鐘はそれぞれベッドに向かい、布団に潜る。

 すぐに眠りに入ったのは生鐘だった。彼女もまた、天花の激しい手合わせの後で無理をしていたのだろう。

 天花はまだ寝なかった。

 少しだけ、布団に包まれて眠気がこみ上げてくるが、どうしても見たいものがあったのだ。布団をかぶりながら顔を傾けて、視線の先で椅子に座るタケルを覗き見る。

 タケルは天花から受け取ったお弁当を丁寧に広げると、思わず顔を綻ばせた。

 そのまま備え付けの箸を使って、玉子焼きを口に運ぶと、更に顔を緩ませる。

 美味しそうに食べるタケルの姿を見た天花は、嬉しそうな微笑みを布団で隠し、ゆっくりと目を閉じた。


 †


 昼休みが終わると、三人は揃って教室に戻った。

 その後の授業は三人とも普通に受けて、そのまま放課後は帰宅することになった。


「それじゃあ、真っ直ぐに帰れよ」

「うん。タケルくん、今日は本当にありがと」


 別れ道。天花は今回の件に対して、改めて礼を言った。


「俺は少し無理する友達のために、仮眠場所を確保しただけだ。俺こそ弁当ありがとうな。美味かったぞ」

「半分はお母さんが作ったんだけどね」


 こんなことなら全部自分が作っておけばよかったと、天花は少し後悔した。

 今度、できることなら自分だけで作ったお弁当を食べてもらいたいと天花が想いつつ、彼女は別れの言葉をかわそうとする。


「それじゃあ、ばいばい。生鐘ちゃんも」

「ええ。お気をつけて、園原さん」

「ちゃん?」


 二人のやり取りに妙なモノを聞いたタケルは、思わず違和感を声に出す。

 それで天花は自分の失敗に気づいて、慌てかけたが、その前に生鐘が口を挟んできた。


「すみません、御報告が遅れました。申し訳ございません、タケルさま。

 園原さんには、僕が女性だと知られました」

「え? そうなのか?」


 タケルが生鐘の方を見てから天花を見ると、彼女は少し戸惑いながらこくりと頷いた。


「ええと、色々あって、そうなんだよ。ごめんね、タケルくん」

「いや、俺に謝れても困るんだけど」

「ちゃんとお仕事だって理解しれてるから。心配しなくても、周りに人の目がある時は、ちゃんと輝橋君って言うし、他の人には教えないよ!」

「まぁ、別に天花の口が軽いとは思ってもいないけど、ふ~ん」


 タケルが天花と生鐘を交互に見た後で、何とも言えない顔を浮かべる。


「タケルさま?」

「いや、別に何でもねぇよ。っと、止めて悪かった。んじゃあな、天花」

「うん」


 そうやって三人はまだ夕暮れも来てない青い空の下で別れる。

 天花は別れた後、しばらく歩いてから、後ろを振り返った。

 視線の先にはタケルと生鐘が歩きながら喋っている。


「では、タケルさま。女性と知られた処罰はいかなものをになされますか?」

「処罰ってなんだよ。ていうか、何だ、その期待の眼差しは!?」


 わいわいと楽しげに騒ぐ二人の後ろ姿を、寂しそうに見つめながらも、天花は口元で笑みを作った。

 そして、じっとタケルと見た後で、天花は口を動かす。

 

 本当は声に出して叫びたい気持ちを、誰にも聞かれることなく、彼女は呟いた。


 いつかは、ちゃんと伝えられるように。そう願いながら自分も帰路につく。

 きっと今夜は、良い夢が見られるだろう。

 天花はそう思いながら、青い空の下を一人で歩いた。


 †


「失礼します」


 ノックの後、毅然とした声で、男は部屋の中に入る

 薄暗い部屋の中には、唯一明かりが灯る大きなデスクに広げた書類を、座り心地の良さそうな椅子を背にして眺めている弦木ジンがいた。

 場所は弦木本家屋敷、当主である弦木ジン専用書斎だ。

 ジンは家で行える仕事は、本来の仕事場であるオフィスではなく、この屋敷内で作業をする。それは可能な限り彼が家族の時間を共有したいからである。色々と多忙で常識外れの彼だが、極力家族を大事にしている。少なくとも本人はそのつもりだ。

 彼は書類に目を通したままで来訪者に視線を変えない。誰なのかも問わない。

 そんなものは部屋に入って来る前の声で解っており、更に言うなら近づいた気配で把握していた。

 入って来た男も、その当たりは重々承知していた。

 だが、礼義とばかりに彼は名乗り、要件を伝える。


響谷ひびや宗司そうじ。至急ジン様に御報告したいことがありましたので、参りました」

「ふむ」


 彼の言葉にジンは短く相槌を打つ。

 響谷宗司。

 黒髪に眼鏡の男性。二十代前半頃の若い顔立ちだが、実際年齢は不明。黒の燕服を纏った彼は弦木ジンの片腕と呼べる存在。

 一見して執事のような格好をしている通り、彼はジンの身の周りのことは勿論、弦木家に従う者の管理までしており、ジンが目の届かない場所で弦木家の為に様々な働きをしている。


「ご報告をお伝えしてもよろしいですか?」

「かまわん、許す」

「では、単刀直入に言いますと、探琶さがは東元歳とうげんさいが脱獄しました」

「そうか」


 何でもないようにジンは聞き流した。

 宗司もその事に一切顔色を変えず、報告の続きをしようとする。

 だが、事情を知る別の人間がこの光景を見れば、彼等の正気を疑うだろう。

 探琶東元歳は知る人が知る、過激派の武人で犯罪者。

 何より、探琶東元歳という男は、弦木家にとって浅からぬ因縁を持った存在なのだ。

 客観的な観点から見れば、当主であるジンにとっても見過ごせない相手のはずなのだが、彼はまったく顔色を変えず、仕事の片手間に宗司からの報告に耳を傾けている。


「脱獄後、探琶氏は計十四人を殺害した後、殺人武術推奨過激派と合流。そこへやってきた警察武装隊も撃退。以後は目ぼしい活動はしておらず、現在は影に潜んでおります」


 警察でも極秘の情報だ。

 事が起きてそう時間は経っていない。それをこの速さで独自に調べ上げたことで、宗司の手腕が理解できるだろう。


「なるほど。貴君はこの後、彼の老人がどういう行動を取ると思う?」


 そこでようやく視線を書類から外したジンが、興味深げに宗司へ問いかけた。

 訊ねられた宗司は予め答えを準備していたかのようにすぐ答える。


「おそらくは過激派と合流した事により、テロ行為を実施するでしょうね」

「私もそう思うな」

「如何なさいます?」


 宗司の問い掛けに、ジンは当然の如く答える。


「何もせぬよ。罪人の処罰は国が行う。精々、我々の近辺警備を見直すくらいだ」


 ジンがその気になれば過激派諸共、東元歳を淘汰することは可能だろう。

 だが、彼の言葉通り、犯罪者の対処は国の仕事だ。

 仮に己の手で一振り掃えば、簡単に炎を消せれたとしても、その役目を担う者がいるのならば、放置したとこで罪にはならない。

 例えそれが冷酷無情と罵られようが、誰も裁ける者はいない少なくともこの場には。


「では、そのように。念の為、タケル様とユキ様の外出は控えるように伝えますか?」

「いらぬ。二人共、テロが行う場所には特別な用でない限り近づきはしない」


 過激派がテロを行うとすれば、それは武術に関する場所。

 ジン達の妹であるユキは武術そのものにそれほど関心が無く、タケルに関して可能な限りは避けている。二人が赴いた場所で過激派がテロを起こす可能性はかなり低い。


「ならば、タケル様とユキ様の御二人がたには、心労をかけぬ為にこちら側からは何も伝えません。護衛者ガーディアンにも知らせぬ方向でいきますので、ご了承を」

「ああ、それで構わんよ」


 タケルの護衛者ガーディアンである生鐘は勿論のこと、ユキの護衛者ガーディアンである人間も彼女に対して強い信頼と忠誠を誓っていた。

 彼等は何も言わずとも、主の脅威は命がけで対処する。仮に伝えれば、その事を主の耳に入れてしまう可能性もあるので、被雇用者を管理もする立場でもある宗司は、そのように対処することにした。


「それにしても、彼の老人は何処を攻め入るつもりなのだろうな……」


 ジンは愉快なものを期待するように、口の端を釣り上げる。

 テロ行為の場所を娯楽気分で予測するなど、不謹慎はとっくに通り越した歪さを感じさせるが彼の従者である宗司は態度を変えぬまま、平然と自身の予測を伝えた。


「今週末に県内で高校の新人戦があります。間違いなく、そこを狙うかと」


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