第22話 彼女たちの強がり
手合わせの後、
いつ、タケルのことにそんな感情を懐いたのか等など。
本人が訊けば、この前の会話とは比べものにもならないような気恥かしい内容を、二人は何処か楽しそうにして話し合う。
二人は俗に言う
でも、だからと言って不仲にならければならない理由は存在しないだろう。
お互い、同じ相手に惹かれた。
ならば共感し、理解し得ることはなんら不思議でもない。
そして、そろそろ別れる道に着く間際、生鐘はあることを訊ねる。
「──それで、タケルさまに思いは伝えないのですか?」
「今は、そのつもりはないかな。駄目だったら私がこれまでのようにできそうにないし、せめて武天一刀流が免許皆伝できるまではしないつもりだったの。先は長いけど……」
「なるほど。では、それが速くできるように励まないといけませんね」
「そうだね。……その間にタケルくんをとっちゃうとか言わないんだね」
天花が静かな声でそう訊ねると、生鐘は何処か寂しそうな笑みを浮かべる。
「僕から想いを伝えることは恐らくないでしょう」
「なんで?」
「僕はタケルさまの護衛です。誰よりも側にいて守ることを望んだ。タケルさまが誰と一緒に居ても、その幸せを守ると誓った。それが僕自身の幸せです」
そう言いつつも、生鐘は寂しげな笑みを消さない。
確かに自分は幸せな状態だ。自分が夢見て、望んだ立場にいられる。
しかし、不満や不安がないわけでもないのだ。
「そして、仮に伝えて、思いが遂げられなかったら、護衛の任を辞めなければならない」
「え?」
声を上げる天花を見て、生鐘は自虐的な感情を見せた。
「だって、そうでしょう? その気が無い異性が側にいると知れば、これほど煩わしい事はありません。例え迷惑と思わなくても、タケルさまの重しになる。それが怖いのです」
そんなことはないと否定したかったが、天花はできなかった。
自分も同じだ。今の関係が壊れるのが怖いから、関係を先延ばししている。
だから、せめてこの気持ちが叶わなくても、思い人の、タケルの一番弟子と誇れるまでは自分から言うつもりはなかった。
もしも、一番弟子と誇れるようになれば、涙が止まらなくなる結果になったとしても、それから先は大事なモノを抱えて生きていける。そう信じていた。
でも、生鐘の場合は、逃げ道が存在しない。
タケルが生鐘以外の誰かと結ばれることになれば、ずっと彼女はそれを見なければならないのだ。
自分では耐えられないと天花は解らない。そんな辛い道を、生鐘は幸せだと言い切った。
本当に彼女はタケルが大切なのだと伝わってくる。
実際、男に混じってタケルを守ることを彼女はしているのだ。それだけでも彼女の覚悟は本物だと解るだろう。
それでも、天花は退き下がりたくなかった。
自分はタケルの為に何もしてないが、何でもしたいあげたいと気持ちはある。
目の前に大きな好敵手がいたと解っても、簡単に逃げ出すような安い思いではないのだから。
気づけば複雑な視線で天花が生鐘を見ていると、気づいた彼女は楽しげにくすりと笑う。
「まぁ、思いは伝えなくても、より親密になる努力は怠りませんが」
「!?」
生鐘の言葉に、天花の顔が強張る。
「一つ屋根の下で、学校でも一緒なのです。機会は幾らでもありましょう」
それは天花も解っていたことだが、改めて競うべ生鐘から言われると、彼女は焦りを感じずにはいられなかった。
「わ、私だって、これまで以上に頑張るんだから!」
何とか苦し紛れでも言葉を天花は発した。
しかし、その発言に対し、生鐘は不思議そうな顔を浮かべる。
「僕がいない間、成果を上げられなかったのにですか?」
「うっ!」
確かに生鐘の言葉通り、天花はこれまで様々な行動をしてたものの、タケルとの関係は進展していない。
それでも、乙女としてここは引き下がるわけにはいかなかった。
「今までは種を撒いてたの! そろそろお花が咲く頃なの!」
「随分遅い収穫ですね……」
「その分いっぱい成果を上げれるからいいの!」
「そうだと、よろしいですね」
「何でそんな余裕そうに笑うの!?」
地団太を踏みそうな程、悔しそうな顔をする天花を生鐘は楽しそうに見つめる。
本当に素直な子だと思った。自分と違って女の子らしい可愛らしい少女。
だが、負けるつもりはない。生鐘にだって欲はある。
その競い合う相手。天花であったことは、生鐘にとって喜ばしいかった。
仮に相手が下賤な存在だったら、容赦なく貶める事も厭わない。きっと暗い感情が募っていただろう。
だが、このような少女相手にはそのような感情は抱かない。
文句なしの好敵手。戦う相手として申し分ない。
しかし、幾ら自分たちが競い合ったところで────。
「もっとも、僕達が争ったところで、決めるのはタケルさまですが」
「……、うん」
生鐘の言葉を聞き、天花は消沈する。
「タケルくんて……そういう人、いるのかな?」
気を沈めながら呟く天花を見て、生鐘は少し黙ってから、自分の考えを言った。
「……僕は園原さんがそうかもしれないと、思ってました。あくまで可能性ですので本気にしないでくださないね」
「一言多いよ! ……まぁ、私も生鐘ちゃんがそうなのかなとか思ってたけど……」
「左様ですかッ!!」
「普通に嬉しそうにしないでよ! これもあくまで可能性なんだからね!」
「はい、存じております」
「……。なんか、タケルくんと同じって言ったけど、それ以上に意地悪だ……」
天花の言葉通り、それを聞いた生鐘は爽やかな笑み、見る者によれは意地の悪さが解る黒い微笑みを浮かべた。
「タケルさまのアレは僕に対抗する為に根付いたモノですので、当然と言えば当然ですね」
「生鐘ちゃんのせい!?」
「タケルさまの恥じらう御姿が昔から可愛らしく、いけないと解っていながらついつい悪戯をしてしまうことがしばしば。それが面白くなかったタケルさまがやり返す様になったのが根付いたでしょうね」
「たしかに照れるタケルくんは可愛い──じゃなくて! 悪いと思うならやめなよッ!」
「つまり、タケルさまはすでに僕色に染められている訳になるのですね」
「人の話聞いてる!?」
「ああ、主を自分色に染めるとは、なんて背徳的で甘美な響きなのでしょう!」
「変な事言わないでよ! あ、あと、仮にタケルくんが生鐘ちゃん色に染まってても、今度は私がタケルくんを、そ、染めるんだから!」
「はい。恥ずかしくても、最後まで良く言えました」
「だから、何で一々上から目線なの!?」
ぱちぱちと手を叩く生鐘を見て、天花が叫ぶ。
そうこうしてる内に、それぞれ別に進む別れ道に辿りついた。
「それじゃあ僕はこれで。急いで戻れば、タケルさまの寝起き姿が見られますので」
「最後の最後で自慢!?」
「冗談です。許可なく部屋に入る権限は持ち合せていませんよ」
そうやって、生鐘は弦木家に通じる道を歩みながら、天花に最後のセリ具を言い残す。
「では、必ず僕はタケルさまと今日も一緒に登校するので、園原さんもしっかりと準備し、学校でお会いしましょう」
「うん。って、最後のはやっぱり自慢だよね!?」
大声で叫ぶ天花を置いてけぼりに、さっさと生鐘は帰路についた。
悠然と歩く後ろ姿を見送って、天花は大きく溜息をしてから、笑みを浮かべる。
確かに、生鐘は意地悪な所はあるが、優しい所もあると天花は評価していた。
先程も自分が気落ちしていたのをくみ取って、話題を変えてくれた。
もっとも、その後は散々自分をいじってくれたので、感謝はまったくしないが。
またも天花は、大きく溜息をしてから自分も速く家に帰ろうと足を進めた。
†
「おはよう」
タケルに声をかけられて、天花は再度覚醒した。
「あれ、タケルくん? どうしてここに?」
「どうして、ってなぁ。ここ学校だろ。いるのは当たり前だろが」
言われて、天花は学校の教室で自分の席に座っていることに気づく。
どうやら、寝不足で寝ぼけていたようだ。
即座戦闘になれば、この状態でも天花は即座に対応できるが、平常時で寝不足では思考が怠っている。
そもそも、どうやって学校へ来たのかすら、今一つはっきりしていない。
天花は家に戻った後、家族に悟られないように学校に支度を整えて、母と共に自分と父親の弁当を作り、朝食を取った後で、中学からこの高校に来た友達と学校に来たことは覚えているが、詳細な内容は一切覚えていなかった。
そんな虚ろな思考回路がタケルの一声で覚醒するなど、我ながら恥ずかしいと天花は思いながらも、取り繕う様に笑みを向ける。
「ごめん。ちょっと寝ぼけてみたい。おはよう、タケルくん!」
元気よく挨拶できたと天花は思っていたが、そんな彼女の様子をタケルは心配そうに見つめていた。
「寝ぼけて、って。天花、昨日は寝てないのか?」
「え?」
一発で言い当てたことに天花は驚きを隠せない。
驚きのあまり口が開いたままで、何も言ってこない天花を見て、少しタケルは呆れ気味になりながら語りかける。
「普段しないような濃い化粧をしている。なんだ、夜更かしか?」
「う、うん。ちょっとね」
天花は支度を整える時、僅かに目元にくまができていた為、あまりしない化粧を今日はして寝不足顔を誤魔化していた。
そのお陰か朝食を共にした両親や、一緒に登校した友人は何も言ってこなかったので、彼女の中は隠し通せていると思ったことがタケルに言い当てられる。
正直、情けない姿を見せられて恥ずかしいが、それ以上に天花は嬉しかった。
ああ、ちゃんと私のことを見ててくれてるんだ。
「少し、夜更かししちゃったんだ」
嬉しいので笑みは隠せず、代わりに言葉だけでも誤魔化そうとする。
嘘は言っていない。ただ、その内容を流石に言う訳にはいかないので悪いとは思うつつもそのままやり過ごしたかった。
そんな天花を見て、タケルは「揃いも揃って」と小さくぼやいてから彼女を睨む。
少し怒っているようだが、それは無理をしている天花が悪いので当然だと彼女は受け入れた。むしろ、その厳しさも天花にはとても有難いのである。
この怒りは、自分のことを考えてくれる証拠だからだ。
「無理はするなよ。人間は必要だから睡眠を取るんだからな」
「うん、気をつけるよ。とりあえず、今日は何とか乗り切るね」
「だから、それが無理なんだって。きついなら保健室で寝ろ」
タケルの気遣いに益々天花は嬉しさが込み上げてくるが、その提案をそのまま受け入れる訳にもいかなかった。
「いや、学校も始まって間もないのに、いきなり保健室にお世話になるのは恥ずかしいよ」
「それはそうだけどな……」
「大丈夫。武術を学んでから体は丈夫になったし、一日くらい平気」
「だから──」
「園原さん、おはよう!」
タケルが更に何かを言う前に、クラスメート女子が天花に話しかけた。
「おはよう、
「ねぇねぇ、園原さん。ちょっと、いいかな?」
「えっと──」
そのまま話を広げようとするクラスメート、名を安田
タケルは目線でかまわないと相図すると、天花は口の動きで「ごめんね」と言ってから、相手に悟られないように視線を戻す。
「いいよ。何かな?」
「単刀直入に言うと、部活は興味ないけど、武術の大会は別とかある? 実は今週末に新人戦があって参加者を探してるんだ」
その話はタケルは知っている内容だったが、隣にいる天花には初耳のことだった。
「随分、急だね。安田さんは参加しないの? 確か武術部系に入ったんだよね」
「私はマネージャだから。で、周りの人達は尻込みしてしまって、参加者は未だ何処の部活からも出てない。新人の度胸試しもあるから、参加者ゼロだと周りの学校に馬鹿にされるの」
そう言った後で、安田は顔が更に天花に近づけ、本題を切り出す。
「で、で、参加しない? 全中三連覇したなら園原さんならきっと圧勝だよ」
「う~ん。悪いけど出ないかな。今年はそういう大会には出ないって決めてるの」
「ああ、周りの人間が相手にならないという強者の悩みですか?」
「そうじゃないけど、ごめんね」
「そっか~。だったら、見学だけも一緒にいかない? 《
「今後、その仇名で呼んでくれなかったら考えてもいいよ」
「その笑顔がすでに怖いのですが~!!」
隣で和気あいあいと会話が繰り広げられている。
タケルはそれを聞き流しながら、無理がし過ぎる友人を如何様にするか考えていた。
■あとがき■
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