第21話 乙女たちは戦う②&不穏は傍に

 

 其れの名は──武天一刀むてんいっとう流 烈風れっぷう

 

 園原そのはら天花あまかが放った全力の一撃は、真に超絶に至った剣であった。


 輝橋かがやばし生鐘うがねは、自分に刃が向かって来るのを見た。

 天花が駆け出して斬りかかって来たのではない。彼女は先程の場所から一歩も動いてないのだ。

 だが、天花の刀の刀身が伸びたとも違う。生鐘の錯覚だった訳でもない。

 確実に生鐘に脅威が飛び込んでくる。常人には信じられぬ方法で刃が迫る。

 別の者がその話を耳にすれば、必ず馬鹿するだろう。有り得ないと。

 仮にその光景を目撃しても、何か仕掛けがあると思うだろう。

 そして、真にその正体を見破った者でさて、目にしても疑ってしまう。


 まさしく、これは超人の域を踏み出した剣。

 天花は──斬撃を飛ばしたのだ。

 

 そんなことは本来あり得ない。

 幾ら高速で物体を動かしても、最初に天花自身が見せたように、近くのものを吹き飛ばす衝撃波を生みだす事が限界だ。

 真空刃など仮想の存在。物体を両断するような現象を人の身で行えるはずがない。

 其の不可能を可能した剣。タケルが生み出し、天花が学んだ武天一刀流が吼える。


 武天一刀流 烈風!!!


 緻密な動きを一瞬で行い、揺るぎない剣閃を振るう。音速を超えた刀身で薙いだ空気は、周囲の空気とは違う運動が起こり、物体を切り裂く斬撃現象を引き起こすのだ。

 鋼すら簡単に切り裂く射出された斬撃に《不殺外装》など最早関係ない。

 人体に直撃すれば文字通り両断させる、手合わせで使うような技ではないのだ。

 武人に向けて烈風を放っても、大怪我では終わらない程の剣技。

 それでも、この烈風を天花が放ったのは、これが今の自分ができる精一杯の剣であり、刃を向けた相手を信頼しているからだった。


「──────」


 生鐘は直感に従っていた。

 回避して向かうにはもう遅い。刀を十字に構え、向かって刃に備える。

 ガギイイイン! 二本の刀が金属の絶叫を木霊す。

 余波で周囲の空気が吹き飛ばされる。土埃が捲き上げられて四散した。生鐘の手が雷でも受けたかのように痺れる。両足が大きく下がる。

 経験は無いが、対戦車も撃ち落とす重火器の威力はこのようなモノではないだろうか。

 これが人の身、ましてや年若い少女が放ったなど信じられない。神秘が多く広まった時代ならば、正しく魔剣と称されただろう逸脱したわざだ。


 だが、その魔剣を、防いだ生鐘も常軌を逸している。


 生鐘の二本の刀が、一級品でなければこの時点で折れていただろう。彼女に備わった転生の危険察知がなければ反応すらできなかった。

 しかし、防げた。何とか堪えられる威力だった。


「─────ッ!!」


 生鐘は堪えるに留まるのではなく、押し向かって来る刃を擂り潰すが如く、二本の刀を振るい、見えぬ刃をかき消した。

 瞬時、掲げた双剣を片方は下段、もう片方は中段に構えて前を見据える。


 生鐘の視線の先には、彼女に向かって踏み出しかけた天花がいた。


 天花は自分の烈風が防がれる確信があった。

 何故なら生鐘を信頼していた。彼女の防御性能を天花は先程まで何度も体感していた。故に当たれば大怪我ではすまない剣技を、平然と生鐘に放ったのである。

 天花の狙いは、烈風を放ってから二連目の斬撃。

 烈風を放った後では天花は別の技を続けて繰り出せないので、単なる剣戟だが、烈風を防いだ後であれば十分に通用する追撃だと考えたからだ。


 だが、踏み出そうとした天花は、一瞬思索すると、諦めたように態勢を変える。


 このまま踏み込んだ所で、自分の刃はまたも届かない。無理に剣を振るった所で、先刻の状況の焼き回しになるだけだ。

 生鐘は天花の想定以上に烈風を速く防ぎ、反応した。その時点で天花の目論見は潰えたのである。

 勝負はこれで終わりだ。天花が臨戦態勢を解き、それを見た生鐘も気を緩めた。


「これは、私の負けだよね」


 天花は口惜しそうに顔を曇らし、刀を鞘に納めながらそう言った。

 自分の全力が届かなかった。ならば、この勝負は相手の勝ちだと、天花は意気消沈する。


「いえ、それは違うでしょう」


 しかし、その発言を自身も刀を納めた生鐘が否定する。

 彼女は投げたコインを回収して懐に戻してから、改めて天花を見据えた。


「僕は貴女の剣を止めることはできましたが、自分の剣を貴女に当ててすらいない」


 天花の全力の一撃を、生鐘は全力の防御で抑えた。

 だが、その後で何もできなければ勝敗の優劣は存在しない。

 天花の剣は生鐘に届かなかったが、生鐘の剣も天花に届かなかったのだから。


「よって、この勝負は引き分けですよ」

「引き分け?」

「そうです。何より、これ以上は時間が許してくれない」


 白黒つけたい気持ちを生鐘は持っていた。このまま続けていたい。

 しかし、空が先程よりも明るくなっている。仕切り直しのする暇はない。


「う、う~ん。……そうだね。これ以上はもう無理だね」


 天花が納得いかなそうに唸りながらも、その結果を受け入れる。

 やはり、しこりが残っているのか、天花は浮かない顔のままだ。

 それを共感した生鐘は、自分もそう願う様に、天花に次の提案をする。


「機会があるならば、この続きはまた別の機会に致しましょう」

「別の……。うん、そうだね。その時は今度こそ私が勝つよ!」

「それはこちらの台詞です」


 互いに笑いながら宣戦布告を言い渡した。

 これでお開き、でも良い流れではあるが、彼女たちには解決しなければならない問題があった。


「それで、勝負の報酬。互いに聞きたいことはどうします?」

「…………」


 生鐘の問い掛けに、天花は静かに押し黙る。

 勝負の発端。ある少年を間にして、互いが互いを見極める為に生じた摩擦。

 それを自分が訊きたい事を相手に訊いて解消しようと思っていたのだが、生鐘と天花は互いに剣と共に言葉を交わしたことで、両者共、相手を大きく理解した。

 もはや、語る必要はないかもしれない。

 しかし、この際、言葉にして明確にしたいという気持ちもあった。


「じゃあ、互いに一つずつ質問するのはどうかな?」


 天花の言葉に、生鐘はすぐ頷いた。


「解りました。では、この機会を作ってくれた園原さんからどうぞ」

「いいの?」

「構いません。順番など、些細なものですので」

「なら、お言葉に甘えて……」



 天花はそう言うと、深呼吸をして改めて生鐘を見つめてみる。

 人形のように綺麗に整った顔。さっきまで剣を振っていて、疲弊もしているだろうに美しさは一切損なわれていない。

 剣も強かった。あまり本心を見せないが、根は善きものだとも感じた。

 そんな『彼女』を前にして、天花ははっきりとした声で訊ねる。


「貴女が、ずっとタケルくんと文通してた女の子?」

「はい」


 特に驚きの表情を見せず、生鐘はあっさり答える。

 タケルと長い付き合いならば、自分のことを遠回しに聞いていても可笑しくはない。

 生鐘が男装しても、その言動で彼女が文通の相手だと思い描いたところで、まったく不思議ではないだろう。


「では、次は僕の質問ですね」


 生鐘は目も前に立つ天花を、可憐な少女だと思っている。

 白い髪や赤い瞳で周りとは別種である印象を与えるが、ころころと変わる表情や素直に自分の気持ちを見せる姿は、とても解りやすく、愛らしい。

 何よりも、タケルの前で見せる彼女の顔はどんな時よりも可愛らしかった。

 それでも、解り切った問いを、生鐘は質問した。


「貴女も、タケルさまを異性としてお慕いしているのですか?」


 その問いかけに、天花はまた特に驚きの表情を見せない。

 生鐘が女とはっきりと解った時点で、彼女の気持ちも理解していた。

 だから、天花も自分の気持ちを認める。


「うん……」


 天花は笑顔で答える。

 朝日が昇る。

 二人の少女が夜明けに照らされる。

 ここでようやく二人は、同じ人間を巡る、明確な好敵手ライバルになった。


 †



 とある某所にある、人が多く居る都心から離れた荒れた草原。

 そこに在る大きな石を背に、老人、探琶さがは東元歳とうげんさいは閉じられていた。


「ここに居られましたか、探琶殿」


 そんな東元歳の前に数人の男たちがやって来た。

 何れも帯刀など武装しており、見るからに只者ではないと解る面子である。

 突然現われた物騒な男たちに対して、東元歳は特に動揺する事もなく、静かに閉じた瞳を開いて、周りの者達を見渡した。


「ふむ、ようやく迎えが着たか……」

「遅くなって申し訳ございません」


 東元歳の言葉に最初に声をかけた男が、頭を下げて謝罪する。


「よい。元はわしが牢に入ったのが原因よ」

「長い間、御苦労さまでした。それで、この後は──」


「そこまでだ、探琶東元歳一同」


 新たな声と共に、東元歳以外の男たちが顔色を変えて、武器をそれぞれ構えながら視線を後方に向ける。

 そこに居たのは最初に居た男たちと同様、それぞれが武装した集団。

 ただ、彼等と異なるのは新たに現われた集団は同じ制服を纏っていた。


「警察の武装隊ぶそうたい


 一人が呻くように呟く。

 武装隊。町や市民を日頃守る通常の警察と違い、文字通り武装して事件を対処する部隊。

 普通の警察も警棒や拳銃、中には各々が得意とする武器を携帯しているが、この武装隊はより武器の扱いが洗練されている。

 彼等の主な役目は、一般市民の日常生活を脅かす者を、武力を持って駆逐すること。

 この様に人目が着かぬ場所にて、民草に害を与える存在を処分することも彼等の仕事だ。


「探琶東元歳、やはり過激派たちと合流したか……」


 過激派かげきは。これは略しており、本来は殺人武術推奨過激派と名称されている。

 世界は武術が深く浸透している。

 本来、武術とは戦う技術。戦いの場のみで披露する技であった。

 しかし、現在の世では武術で多くの見世物を行っていた。誰もが気軽に、武を嗜み、己の武を誰かと競う。

 時にはそれで名誉や富を得る事もあり、それが世界で武術が広がる要因の一つでもある。

 だが、それを許せない者達がいた。

 それが殺人武術推奨過激派と呼ばれる者たちである。

 本来、武術とは命のやり取りを行う物。剣であるならば斬るか斬られるかの世界。当然の如く、彼等の武器には非殺傷する《不殺外装》など取りつけていない、

 其れが今の世では、生半端な物へと成り下がったことを憤怒した。


 惰弱な武術は制裁する。


 それが殺人武術推奨過激派、略称、過激派の言葉だった。

 彼等が行ったのは実力行使。人を殺さない殺人術の武術者を殺め、時には見世物の武術大会にテロまで行った。何も罪を犯してない人間が多く死んだ。

 これが本来の武術の形であると。多くの血が流れ、命を落とす事が戦いこそが真の武術であるの過激派は世に知らしめようとした。

 だが、そんなものは世間が許さなかった。仮に真の大儀があったとこで、彼等が行ったのは一方的な暴力、虐殺に他ならない。

 粛清はすぐに始まった。

 過激派を推奨する流派の残らず検挙し、殺人に及んだ実行犯は法で裁かれた。一時期、恐怖の代名詞とまで言われた武術過激派は、調べなければ解らない程の小さな存在にまで落す事になる。

 しかし、存在することもまた事実。極少数になろうとも、彼等は影ながら活動した。

 そして、数年前、表舞台までその存在を新たに知らしめたのが、この場で一番歳を経ている男、探琶東元歳なのである。

 《剣鬼けんき》の異名を持つほどの剣の達人、探琶東元歳。彼は数年前、数々の名門武術流派をたった一人で襲撃した。

 被害人数は不明。

 理由は東元歳が襲撃したと思わしき案件があまりにも多すぎた為だった。

 故に、全ての事件を立証するため、逮捕されても刑の執行は今まで先延ばしにされていたが、判決が決まった際に彼は脱獄した。

 すぐに彼は武術者を殺めた。

 不幸中の幸いな事に、脱獄した東元歳が殺めた武術者は警察側でも問題視していた相手だった。しかし、このまま見過ごす訳にも当然いかない。


「民衆や善良な武人ではなく、日陰者の武人を殺めていた訳は、人目につかないように仲間と合流させる為だったか。老人ながら頭はまだ少し回るようだ」


 認めるというよりも、忌みするように警備隊の人間が東元歳に言葉を吐き捨てる。


「だが、これ以上の狼藉は見過ごせん。総員、武装!!」


 一番前にいた男の掛け声と共に、隊員たちが一斉に武器を構える。


「なめるなッ!!」


 吼えながら先に動いたのは過激派側だった。

 数名がバラバラに別々の相手に向かうのではなく、同時に一人の人間を襲撃する。

 目標は戦闘に立ち、掛け声を行った男。

 彼が武装隊の主格であると判断した過激派の武人たちは、一番にこの男を殺めることにした。

 行動としては悪くはない。

 主格の無力化に成功すれば、指揮系統に乱れが生じ、士気も低下する。

 複数で対処することで成功率も上げる。攻撃の速度もよかった。彼等は命のやり取りを重んじた武人であるだけ、その殺気を纏った刃は死を誘うのに特化していた。

 彼等は目の前の男が、次の瞬間には四散する光景を思い描く。刀一本だけでは、自分達の攻撃は対処しきれないはずだ。


「遅い!」


 だが、相手が悪かった。

 武装隊の主格と思わしき男は、縦方向、左右、後ろに回り込んできた四つの刃を手に持った刀で全て打ち掃い、再度、刃の銀光を駆け廻らせる。

 いずれも狙いは喉。急所を一刀で切り裂かれた過激派の男たちは、鮮血を吹き出しながら驚愕を死に顔にして倒れた。


「ほぅ……」


 仲間が倒された事に少なからず動揺を隠せない過激派たちの中で、東元歳は感心したように武装隊の男を見る。


「お主、できるな。達人級と見た」

「己を評価するのは慣れないのだがな。達人には達人、という訳だ」


 達人。それは一種の到達点。

 ある分野にて、技術を突き進めて極致に至った者にだけが許される称号。武の世界に置いては、一部の人間しか足を許されない領域である。


「素晴らしい見切りだの。そこの者たちの剣を全て読み切っていた」

「悪党の賛辞など吐き気がする。大人しく正義の名の下に斬られろ」

「かかか! その意気もまた良し! 久々に日和の下へ出てきても、相手は半端者ばかりであったから退屈しておったのだ。のう、誰かわしの刀を持ってきておるか?」


 東元歳がそう訊ねると、彼の脇から鞘に納められた大太刀を持った男が現われる。

 東元歳はその男から大太刀を受け取ると、鞘をその場で抜き捨て、天を刺す様に掲げる。


「むぅ、まさしくわしの愛刀|鬼時雨《おにしぐれ》。なじむ、なじむ。どれ」


 そう言いながら、東元歳は前に踏み出した。


「お前らは少し下がっておれ。この男とは一対一で斬り合いたい」

「ふん」


 東元歳の言葉を武装隊が男で嗤った。

 過激派の人間は今にも斬りかかりそうな視線を向けるが、男は何処吹く風とばかり受け流し、自分も一歩前に出て東元歳と対峙する。


「老害が大きく出たものだ。だが、せめてもの情けでお前の願いを叶えてやろう」

「藤岡さん、良いのですか?」


 藤岡ふじおかと呼ばれた男は、東元歳を見据えたまま首肯する。


「かまわん。老いぼれとはいえ達人は達人。その為に私がいるのだ」


 そう言いながら藤岡は刀を構えた。

 時間をかけるつもりはない。一刀で勝負を決める。

 ゆえに藤岡は最高の動きが出せる、最良の態勢をした。いつでも最大の力を発揮できる準備を整える。

 まるで視覚化されているかのような、大きな闘気が藤岡から解き放たれた。

 過激派たちは揃いも揃って冷や汗を浮かべ、仲間である筈の他の武装隊ですら落ちつきを隠せない。

 その闘気を間近で受けていた東元歳は、愉快そうに顔を綻ばせた。


「若い癖にせっかちのようだが、肌を刺す様な気が心地よい。なら、わしも全力を出そう」


 言いながら東元歳は、自身も技の構えをとる。

 それを見た瞬間、藤岡は奇妙に感じた。

 東元歳の構えは刀を持った左腕だけで袈裟切りでもするように構えて、もう片方の腕は刃の反対側、峰の位置に掌手を添える様な形だった。

 当然、両腕で振った方が刀の速度、威力は高い。もしも片手で行うならば、何かしらの技術が隠されているはずだ。

 だが、仮に何かしら秘策があったとしても読み切る自信が藤岡にはあった。

 自分は《心眼》の異名を持つほど見切り長けている。達人まで至った頃には、実戦でかすり傷すら負った事が無い。仮に光の速度で刀が振るわれようとも、その一歩前で全体の動きから刀の剣を読み切り、完膚なきまでに斬り伏せてみせる。

 

 動いたのは、ほぼ同時だった。

 

 剣戟は藤岡が先、遅れて東元歳の剣が振るわれるが、藤岡はその軌道と完全に読み切っていた。

 片腕で振るったにしては想定以上の剣速。

 だが、その刃が届く前に、己の刃が相手に届く。


 鋼の衝突は無く、肉が切り裂かれる音が風と共に聴こえた。


「がはっ!!」


 胸を大きく切り裂かれて、己の得物を手放す。

 血が洪水の様に流れ、このまま放置すれば数秒で命の炎は消えるだろう。

 斬られた相手は口から血反吐を吐きだして、信じられない顔で己を斬った相手を睨む。


「馬鹿な、途中で剣が加速した、だと!?」


 意識が朦朧とする中、致命傷を受けた藤岡の霞む視界に不敵に笑う東元歳の顔が映る。


「冥土の土産じゃ。闘入斬倒撃とうにゅうざんとうげき。それがわしの、奥義の名じゃよ」


 東元歳はそのまま瀕死の藤岡を一閃し、止めをさした。


「そ、そんな!? 《心眼》の藤岡さんが負けるなんて!?」


 武装隊の面子は全員が動揺し、対する過激派は余裕と共に愉悦の笑みを浮かべる。


 その後は一方的だった。


 隊長であった藤岡の弔いの為に、武装隊の全員は闘いに挑んだ。冷静に考えるならば、一人でもこの場から逃げ出して状況を本部に伝えるべきだった。しかし、誰一人としてそれを行えなかったのは、自分達の主格を失ったことで混乱していたからだ。

 そんな動揺に塗れた刃は相手を斬る事はできない。

 結果として最初に斬り伏せられた者たちを除けば、過激派の人間はほぼ無傷で、武装隊の隊員たちを全員始末することに成功した。

 各々が武器にこびりついた血を掃っていてから、最初以外戦闘に参加しなかった東元歳を皆が見つめる。


「東元歳様、この後はどうしますか?」


 彼等の目的は半ばお遊戯になった武術界に震動を与える事。

 その為に達人の中でも上の実力を持ち、数年前一人で武の恐怖を世に浸透させた《剣鬼》探琶東元歳の力を欲したのだ。


「むぅ、そうだのぅ……」


 羨望のような眼差しに囲まれながら、東元歳はしばし考える。

 特に考えが思いつかなくても、過激派の人間たちは様々な計画を練っていた。

 だが、これから自分達に力を与えてくれる存在の意向にはできるだけ従いたい。

 そんな狂喜の期待に応えるが如く、東元歳は多くの皺を寄せて、愉快な笑みを浮かべた。


「ならば、そろそろ祭りでも行おう」


 日陰者を斬るには足らない。

 数年前、自分がしたように様々な流派を襲撃してもまだ足りない。

 世界に武術が血を生みだし、死しか与えないと教えてやるには、もっと派手にしたほうがいいだろう。

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