第19話 刀を通して
一晩経って、何とか私、
改めて
途端、赤くした顔を両手で覆った。
無自覚のまま、私は恥ずかしい事を色々やらかしていた。
事あるごとに周りに弦木くんの話題を出してたし、弦木くんとちょっとした事があっただけでも勝手に記念日を増やしている。
バレンタインの時なんかは、毎回誰から見ても手作り本命チョコをにこやかに渡してた。
初めて弦木くんに渡した時、今ならその時見せた動揺ぶりは納得できる。
あの時の私は、オーバーだとからかった。
けど、あんな、デコレーションに凝った気合入りまくりの大きなハートチョコなんて渡されたら、うん、普通に驚くよね。翌年からは普通に平然と貰ってくれたけど。それが良かった事かは別にして。
それ以外にも、思い返したら切りがないくらい恥ずかしい事をいっぱいしてる。
これから、どうしよう。弦木くんに会ったら普通にできるかな?
そもそも、これから弦木くんとどうしたいの、私?
改めて考えてみると、自然と自分の欲求が浮かんで来る。
クラスが同じになりたいと思ってたのは、前々からもっと一緒にいたいと思ってたんだ。それこそ剣の修業は修行でいいのだけど、それ以外でもっと二人きりで遊びに行ったり。
あれ? そもそも、私、弦木くんとだけで遊んだ事、ない?
二人だけで遠出をしたことはあるけど、あれは全部剣の修行。
修行以外で誰かを交えてなら行動したこともある。主に学校行事で。
うん。普通に、二人だけで一緒に遊んだことはない。
無自覚だったから良かったけど、その事実はかなり悲しい。昨日ショックだったことの一つに、文通してる子が弦木くんと昔は毎日遊んでいたのを羨ましかったんだ。
「そもそも、遊んだことが一度もないなんて、友達として────友達?」
声に出して言ってみると、嫌な汗が出た。
弦木くんと私の関係を一言で言うなら、師弟。師匠と弟子だ。
それは一件、ただ友達よりも凄そうだけど、学校に置きかえれば、先生と生徒。
ただの先生と生徒の関係と、ただの友達同士の関係なら、ただの友達同士の方が今、私が弦木くんに対して望む親密度は上になるだろう。
「つまり、私って弟子だけど、弦木くんと友達すらなかった?」
ガ─────ン。
まるで雷でも落ちてきたような気分だ。
やだ。それはやだ。
あれだけ一緒にいて、仲のいい友達の範囲まで入ってないのは悲し過ぎる。
とにかく、そこまでは行こう。一緒に、友達同士遊びに行く感覚で、何かしないと。
それこそ、一緒に何処かで買いに行くだけでも。
たぶん嫌われていないし、それくらいは付き合ってくれるよね。
「よし! 今日、弦木くんに会ったら、何処か遊びに誘おう!」
†
結論、できませんでした。
自覚しても、自分では思った以上に普通に弦木くんと今まで通り接することができた。
だけど、遊びに行く事に関しては別だった。
今までそんなこと言った事もないのに、いきなりそんな事を言う勇気は持てず、冷静に考えればデートに誘うと一緒だった。
そこまで考えて、結局恥ずかしくて言えなかった。
こんなことなら無自覚の内に色んな所へ遊びに行けよ、私!!
「天花ちゃん、どうしたの? なんか白いよ」
そうやって私が学校の教室で机の上に伏せていると、小学校から友達だった女の子が心配そうに声をかける。
「白いのはいつも通りだよ。ちょっと、疲れてるだけだから、平気」
「疲れてる? 学年が上がって武術の稽古も大変になったの?」
「ううん、そんなことかな?」
私は曖昧に答える。自分でもこれはどうやって相談したらいいのやらという段階なのでおいそれと他の人には言えない。
まだ弦木くんに剣を教えて貰ってることは内緒なので、思わず口を滑らせてしまったら大変だ。
思えば友達に弦木くんのことを話すときは、『武術の先生が』とつけて話してるので、急に武術の先生のことをそういう風に思ったらと言ったら、在らぬ誤解を生みかねない。
誤魔化すのは申し訳ないと思うけど、曖昧な返事をする私に向けて、友達は心配そうな顔を浮かべてくれた。
「そっか。なら、天花ちゃんは余裕ないよね」
「余裕? なんのこと?」
「中等部女子武術大会、って知ってる?」
聞いた事はあった。
文字通り、中学の女の子達が武術で競い合う大会。
何度か試合をした人達に自分は出るのかと訊ねられた。
聞かれるたびに私は参加する予定はなかったので、全員に解らないと答えている。
そもそも私は、自衛と為に剣を学んだのが始まりだ。
その内、剣その物に興味は出てきたけど、大会などで良い成績を出したいという欲求までない。精々、上手く技を繰り出したら弦木くんに褒めてもらいたい、ぐらいだろう。
「急にどうしたの?」
「うん。知り合いの運動部の先輩が天花ちゃんは出ないのかって。その大会って、部活に所属してなくても、個人で参加できるらしいから、天花ちゃんが参加して良い成績を出したら面白いだろうな、ってそれだけだよ」
「ふ~ん」
「まぁ、天花ちゃんは、強いけど今まで大会とか出てないし、稽古が忙しいなら、参加はやっぱりしないよね」
「うん、そうだね。あまり大会とかには興味ないから、私は────」
そこまで言って私はあることを思いついた。
「やっぱり、私、その大会に参加する」
†
簡単な話、私がその大会で良い成績を出し、その御褒美と称して弦木くんに何処かへ連れて行ってとお願いするつもりだ。
他流試合は何度もして、勝ち越してるし、実戦経験もあるからそこそこ自信はある。
だけど、井戸の中の蛙という言葉ある。私の知らない同い年の強い子だっているだろうし、運が悪ければ初戦敗退すらあるのだ。
そして、運には自信がない。だから、もう一つ作戦を思いついていた。
「ねぇ、弦木くん。学校同士が集まってする武術大会は知ってるよね?」
今日の修行終わりの登場で、私は弦木くんにそんな事を訊ねた。
武の世界に詳しい弦木くんが知らない筈がない。
弦木くんがそういう大会に出てないのも知ってるし、興味がないのかもしれない。
でも、何とかして出て貰う事ができたら、弦木くんはそのまま優勝する(断言)。
だって、弦木くんはテレビで映るような有名な武術者の人が出来ないようなことをいっぱいできるし、すっごく強いことは私が知っている。
体力は無いけど、弦木くんが長期戦なんてきっと起きない。第一、弦木くんが負ける姿なんて想像できない。
そして、優勝したらその御褒美で私がデートしてあげるのだ。
デートしたいのは私の方なのに、上から目線で言うのは変な気は勿論するけど、ちょっとした提案で上手くいけばと良いなと軽い気持ちだった。
「知ってるが、どうしたんだ?」
「いや、弦木くんってそういう大会に出ないけど、興味ないのかなって。弦木くんが出たらきっと優勝するんだろうな」
ちょっと想像してみる。平然と優勝トロフィーを掲げる弦木くん。
周りに女の子たちがキャーキャー言っている。
そこまで考えてみたら少し面白くない光景だった。
でも、優勝台に立つ弦木くんはそれでも見てみたい。私の師匠はやっぱり凄いだなって感じてみたい。
私がそうやって妄想に深く潜り込んでると、弦木くんが乾いた笑みを浮かべた。
「興味あるが、参加はできないな」
「うん、どうして?」
何気ない言葉だった。
けど、その言葉を聞いて、弦木くんの顔色は一変する。
「・・・・・・・・・・・・」
「つ、弦木くん?」
静かに黙る弦木くんに、私は戸惑った。
質問の答えを促そうかと迷っていると、弦木くんは何処か諦めたように息を吐いた。
「いい機会だから、教えておくか」
「えっと、なにを?」
「俺の体な、園原が思ってる以上に脆いんだ」
「え────」
最初、意味が解らなかった。
でも、徐々に自分の過ちに私は気づく。
「剣の師匠という手前、体力なしは見せても、実は戦えるだとか威勢を張ってたが、大会とかに出るような試合は無理だ」
私は、弦木くんの踏入ってはいけない場所に足をつけてしまったのだ。
空気が急に冷たくなる。
明かりが点いているのに、道場が暗くなった気がした。
これ以上訊いてはいけない。私は話を止めようとした。
「体力なし、というよりも、俺は長時間激しい運動に耐えられないのが正解だな」
だけど、私が止める前に、弦木くんは自虐的な笑みを浮かべながら、自分が抱えた問題を話す。
「戦った後で、かなりの時間を開けなきゃ、再戦はできない。修行で一日に少しか園原と手合わせできないのはそれが理由な」
「つる──」
「体力なしなら、体力足せば良いだけなのにな。俺の体、昔大怪我したせいで、どうも不良品になっちまった」
なんて、辛そうに笑うのか。
もう言い。もう言わなくていいから、それ以上、自分の傷をさらけ出さないでほしい。
「全力で戦えるのは、今なら精々一分半、それぐらいが限度だ。いつも園原は笑って秒殺だと褒めてくれるけど、そうしないと俺が死ぬから、見栄を張る為全力を尽くしてるだけなんだぜ」
「弦木くん──」
今まで、私が体力がないことを言った度に、弦木くんはどう思っていただろう。
馬鹿にしたことはなかった。
体力はないけど、凄いと褒めていた。
無邪気に、無責任に。
実は今まで、直接馬鹿にする以上に、弦木くんの心を傷つけていたかもしれないのに!
「俺のタケルていう名には健康の『健』で『タケル』てのもあるのに、このザマは失笑だろ。だからな、俺は大会には出られない。一日だけならともかく、日に何度も試合するのは俺の体が耐えられない」
そして、零れ落ちるように、本音を漏らす。
「本当は出たいんだけど、な」
「弦木くんっ!!」
私は叫んだ。
けど、弦木くんは止まらなかった。
まるで、今まで溜めていた物を吐きだす様に、今度は悲しげな笑みで浮かべた。
「昔は、プロの、大衆を湧かすような、観客を前にして戦う武術者。あるいは苦しい戦場を終わらせるような英雄に憧れていた」
それは、初めて聞く、弦木くんの夢だった。
「でも、今の俺にはそんな力も、夢を追いかけることもできなくなった」
そして、失われてしまった、夢でもあった。
体力がなくても、戦うことはできる。
けど、プロと呼ばれるような人は、時には何度も試合を繰り返す。
戦場に出る武人も、時には日数単位で戦わないといけない。
どれも、体力がなければ務まらないことだ。
例え、並いる武人よりも強い技量があっても、僅かな時間しか戦えないなら、彼等のようなプロにはなれない。
武の力だけで、生きることは不可能なのだ。
「そんな時だよ、園原に出逢ったのは……」
「え?」
いきなり、私のことが出てきて困惑する。
そんな私の混乱を余所に、弦木くんは私を真っ直ぐ見つめてきた。
「俺はどうしても夢を諦め切れなかった。せめて、残滓だけでも、この手に残したかった。そんな時、虐めで苦しんでいる園原を俺は利用したんだ」
「利用」
思いもしなかった言葉を、私は繰り返す。
「ああ、利用だ。弱い園原を剣で鍛えると言いながら、俺は、自己に負担が極力掛からない武術の研究を、お前を通して行っていたんだ。呆れるだろ?」
胸に、焼けるような痛みを感じた。
自分が知らなかった事。
それは、とても悲しくなることだった。
「俺は自身の、しかも、ただの自己満足でしか終わらない、そんな事の為だけに、泣いてる女の子を利用したんだ」
私の知らない、弦木くんを、今日も知った。
今までのように、温かくて優しいものじゃなく、暗く凍えてしまいそうなもの。
それは、何処までも冷たい、男の子の顔だった。
「なんで、急に、そんなこと……言ったの?」
震える声で訊ねると、弦木くんは何とも言えない顔で首を手で擦った。
「言っただろ? いい機会だから教えておくって。いつかは言わないと、て思ってたし」
「そう、なんだ」
「それでどうする?」
そう言いながら、弦木くんは渇いた笑みを浮かべていた。
「これでも、まだ一緒にいるか。全部、水に流して」
「無理だよ……」
私はそう言って項垂れた。
訊いてしまったら、綺麗に消すことなんてできない。
なかったことになんてできるはずない。
きっと、今までのような二人ではいられない。
自分の些細な思いから、始まったこの現状を後悔し、そうやって俯いたままの私を見た弦木くんは、視線を逸らす様には明後日の方向を向く。
「だろうな。んじゃあ、長い付き合いだったけど、これで御終い──」
「ごめんっ!」
「!?」
私は、力の限り叫んだ。
必死の思いで謝る
「ごめん、なさい! 私、知らないとはいえ、無神経にも訊いてしまって!」
「ちょっと、なんで急に謝ってんだよ!?」
驚いている弦木くんに、私は両手を強く握りしめながら言う。
「だって、私が、考えもなしに訊いちゃいけない話題を訊いたから、弦木くんが嫌な思いしたっ!」
「園原はただ訊いただけだろ……」
本当に何でも無さそうに、弦木くんは言った。
「事情を知らなかった。話さなかった俺が悪い」
けど、それが余計に、私の胸を締め付ける。
そんなことはない。悪いのは私の方だ。
「それでも、私は訊いてしまった。少し考えていれば解ることなのに。知らない私は、いつも浮かれてて、弦木くんのことなんて、なに一つも考えてなかった!」
自分の気持ちばかりを優先して、相手のことをちっとも考えてない自分に嫌気がさす。
何が一緒にいただ。何がもっと一緒にいたいだ。
長い時間を共に過ごしながら、何一つ、私は目の前の人のことを考えていなかった。
「私、最悪だよね。なのに、今も弦木くんは、私を気遣ってくれて・・・・・・」
「……何が最悪だよ。言っとくが、俺がお前を利用したのは本当だぞ」
「……うん」
私は、静かに頷く。
多分、嘘ではないと思う。まったくショックじゃなかったと言ったら嘘になる。
「でも、本当に利用していたんなら、それはそれで良かった」
「何、だと?」
予想外の言葉だったのか、弦木くんは驚いたように私を見つめてきた。
「だって、利用されたってことは、私は弦木くんの役に立てたてことでしょう? 自分では何もしてないけど、私が知らない所で何か力になれてたなら、それは嬉しい」
「・・・・・・、なんでだよ? 実験動物みたいに、無理難題とか吹っ掛けられてたとか、思わないのかよ?」
「思わない!」
戸惑っている弦木くんに向かって、私ははっきりと断言する。
「剣の修行は大変だったけど、苦しくなかった。辛くはなかった。それ以外でも、弦木くんと過ごす時間はどれも楽しかった。弦木くんは私にいっぱい色んなものをくれた」
弦木くんが私にくれたもの、教わったのは、剣や学校の勉強のことだけじゃない。
気付けなかった、見知らぬ出来事。
何かに、真剣に打ち込むことの、尊さ。
自分を卑下にしても、相手を気遣う不器用な優しさ。
そして、胸の中に宿った、切なくて、苦しくて、けれど温かな、大切な感情。
「それで、私が弦木くんに少しでも何かできていたなら、本当に良かったと思う」
「園原・・・・・・」
「だから、嫌わないでほしい。私は、まだまだ、弦木くんと一緒にいたい」
これが、一番の本音だった。
どれだけ言葉を取り繕っても、これが隠しきれない、私の本心。
「何も気付けなかった無神経な私だけど。少ししか役に立てない私だけど。それでもまだちょっとでも一緒にいてもいいて思ってくれるなら、いさせて。何でも、するから」
やっと自分の気持ちに気づいたのに、このまま会うことがなくなるのは嫌だった。
拒絶されるのが怖くて、泣きそうな顔を隠す様に頭を下げる。
少しの間、静かな時間が流れた。
しばらく黙っていた弦木くんが、自分の頭を乱暴に掻く。
「何もしなくていい」
「!?」
一瞬で、血の気が引いた。
全身の力が抜けて、崩れ倒れそうになったけど、視線を上げれば弦木くんは私を労わるように笑っていた。
「何もしなくても、俺は既に色んなことを園原にして貰っている」
「それは、武術のこと?」
「それ以外もだ。お前と共にいて手にしたものは、今の俺にとってどれも大切だ」
そう言いながら、弦木くんはそっと手を差し出す。
「仲直りの握手、しよう」
「え?」
「お互いに気に病んでいるし、これでお互いに許そう。自分のことも、相手のことも」
「……私は弦木くんを怒っていないよ?」
「それは俺もだよ」
じっと私は差し伸べられた手を見つめると、恐る恐る、それの握りしめる。
小さい頃に握ったその手は、前よりも大きくて、それで変わらない温もりを感じた。
「これで仲直り?」
私がそう訊ねてみると、弦木くんは可笑しそうに苦笑した。
「喧嘩した覚えがないがな」
「はは、そうだね」
確かに、これは喧嘩とは違う。
知らないことを知って、挫けそうになったけど、前よりも一歩、近づけた様な気がする。
「よかっ、たぁ……」
「おい、園原!?」
驚いた弦木くんが私の名前を叫ぶ。
私が急にお尻を床に落としらからだ。
「ごめん。何でもないよ。ただ、弦木くんに幻滅されないか不安だったから、気が抜けて」
「幻滅なんてするか」
そう言いながら弦木くんもその場でしゃがみ込んで、私に目線を合わせた。
「あっ」
小さな声が出た。
弦木くんが私の頭の上に、自分の手の平を乗せたからだ。
そのまま弦木くんは、私の頭を優しく撫でる。
「お前は俺の弟子だし、友達だ。そう簡単に幻滅なんてするかよ」
「弦木、くん……」
そうか。弦木くんは私を友達と思ってくれていたんだ。
言われてみて、もっと先を求めてしまった内心を厳禁だと思いながらも、今はその言葉に満足する。
しばらく弦木くんが私の頭を撫でると、その手がゆっくりと離れた。
それを名残惜しそうに思いながらも、惚けた気持ちを切り替えるように私は弦木くんに言わないといけないことを思い出す。
「あの、弦木くん……」
「なんだ?」
「私ね、中等部女子武術大会にね、参加したの。取り消しは、多分できないかも」
弦木くんが武術の大会とかに出場したくてもできないのに、私がそんなことをするのはとても悪い気がした。
「そっか……」
でも、それを聞いた弦木くんは、それだけ言って何も反応を出さない。
「怒らないの?」
覗きこむ様にして見上げると、弦木くん可笑しそうに微笑を浮かべる。
「なんで怒るんだよ。まぁ、俺が出れないのに羨ましいなって気持ちは正直あるが」
「…………」
「出るからには勝てよ。師匠の夢を弟子が叶えろとは言わんが、戦うなら勝て。それが勝負に挑む者が、絶対に持たなきゃならない気概だ」
「うん…………」
「しかし、なんで急に? お前、そんなには興味なかっただろ?」
問われて、その原因が何であったか思い返す、物凄く恥ずかしくなった。
多分、顔も赤くなっている。だって顔が熱いし、弦木くんも不思議そうに私を見ていた。
けど、言わない訳にもいかないので、正直白状する。
「…………、弦木くんに褒めて貰いたかった。御褒美で一緒に遊んで欲しかった」
「は?」
弦木くんは口をぽかーんと開く。
更に恥ずかしくなった私は、少しでも顔を隠す様に項垂れた。
「だって、弦木くんと一緒に今まで一度も、遊んだことなかったから……」
「え? ──ああ、言われてみれば、ないな、うん。二人っきりて言えば修行だったな」
「それはそれでもいいけど、けど、一度くらいは弦木くんと遊んでみたかったの」
「一度も言わず、言えば何回でも遊んでやる」
「!? 弦木くん、本当ッ!」
「お、おう!」
ガバッ! と見上げた私を見て、弦木くんは戸惑い気味に頷く。
やった! 弦木くんと遊べる!
これが二人っきりでなら、世間で言うところのデートだ。
浮かれた。さっき浮かれて失敗してしまったというのに、また浮かれてしまう。
でも、仕方ない。嬉しいものは嬉しいのだ。
そして、浮かれた私は、前から気になっていた事も勢いに乗ってお願いしてみた。
「じゃあ、私のこと『天花』って呼んでくれる?」
「え? どうした、いきなり?」
突然の要求に、弦木くんが見ても解るくらい戸惑っている。
でも、これは自分の気持ちに自覚する前から思っていたことだ。
親しい人は皆、私を名前で呼んでくれる。
だから、弦木くんにも名前で呼んでほしかったのだ。
「駄目ぇ?」
やり過ぎたかと思いつつも、これを気に呼んでほしかったので、上目遣いで訊ねてみる。
すると何故か弦木くんは。顔を赤くしてあっちを向いてしまった。
また浮かれた勢いで失敗したのだろうか? と、私が落ち込みかける前に、弦木くんがぼそりと言った。
「べ、別に構わない、名前呼びくらい」
「そう!?」
よかった。呼んでもらえるみたいだ。
ならばと、更にお願いしてみる。
「じゃあ、私も今度から『タケルくん』って呼んでもいい?」
「勝手にしたらいい」
「うん、タケルくん! えへへ……」
なんだか気持ちがふわふわしてきた。顔がにやけるのを抑えられない。
そんな私を見たタケルくんは、何故か不満そうな顔を浮かべる。
「っ…………。あっ、今、思いついたんだけど、遊びに行くのはとりあえず大会終わるまで無しな」
「えへへ、え?」
浮かれていた気持ちが、急に落ちてきた。
「万が一、大会の結果が悪かっても遊ぶのは無し。そこからは地獄の猛訓練の毎日だ」
「え? え? ええええええええ!! なんで、急にそんな意地悪言うの!?」
「意地悪じゃありません。理不尽に打ち勝つ。これも修行の一つです」
「理不尽ッて言ったぁぁぁ!」
せっかく幸せな気分だったのに、そんなものは何処かで飛んでしまった。
いや、これも浮かれて調子に乗った報いかもしれない。でも、今回は何故悪いのか解らないので、私はそのまま不貞腐れた。
「あ、そうだ。言い忘れたことが一つ」
「また意地悪?」
私が拗ねた態度で訊ねると、タケルくんは「違う違う」と首を横に振るう。
「大会、名無しの流派を名乗るつもりか? 名前、考えてあっから、それを名乗っとけ」
「流派? タケルくんが教えてくれてる剣の名前?」
「そうだ。俺の、俺達の流派の名は武天一刀流」
「むてんいっとうりゅう?」
「字は武人の武に、天空の天、一の刀で武天一刀流だ」
どんな字をするのか思い当たらない私のことを察して、タケルくんがすぐに教えてくれた。
「あれ、それって──」
教えられて、まさかと思った。
けど、次にタケルくんの言葉を聞いて、私の予感は的中する。
「ああ、これは天花が居てくれたから生まれた剣だからな。俺の名の意味の一つ、『武』と、天花の『天』を合わせて一本の刀。俺たちの剣。だから武天一刀流だよ」
†
結局のところ、その後に過ごした中学三年間の中で私がタケルくんと二人きりで本当に遊んだ回数は、片手で足りるくらいだった。
だからって剣の修行以外何もなかった訳でもなく、大会を含めて様々なことを経験した。
その間、時折、タケルくんは文通の子の話をしてくれた。
私の前で他の女の子の話をするのは正直どうかとは思うけど、それは前よりも親しくなった証拠だと思う。
何より、楽しそうにする話すタケルくんの横顔は見ていて気分が良くなるので、私自身も笑っていた。
私自身の気持ちに対しては保留中。
まったくアプローチをしてなかった訳じゃないけど、ちゃんと伝えるには色々足りない。
仮に伝えて、今の関係が壊れてしまったら、剣の修行もなくなってしまうかもしれない。
今、この時間がなくなるのは嫌だった。
だから、私は、武天一刀流を免許皆伝まで、告白するつもりはなかった。
でも、世界は私の都合なんて待ってくれない。
タケルくんは素敵な人だから、きっと近づく女の子は私が知らないだけで多いと思う。
そして──、タケルくんを追いかける為に、必死の思いで合格した高校の入学式。
私は綺麗な人に出逢った。
その人は私と一緒に、女の子達へ悪さしていた人達を退治してくれた。
タケルくんが呼んだ時、その人もタケルくんを見て、本当に嬉しそうな声を出していた。
タケルくんの
タケルくんに護衛の人が居た事は知ってたけど、こんなに近くで護衛をする人は初めてだった。
ずっと前から親しかった友人だと、タケルくんは紹介した。その人と直接話もした。
その人は私の知らないタケルくんの話をしてくれた。
新しいタケルくんの一面を知って嬉しくなった半面、何処か悔しくあったので、私も負けぬと自分の知るタケルくんを話した。
結局、その時はタケルくん置いてけぼりで、二人してタケルくんのことで盛り上がってしまった。反発するように話してたのに、いつの間にか時間を忘れてしまうくらい楽しかった。
きっと、誰かとあそこまでタケルくんのことで話したことがなかったからだと思う。仲良い友達は、私がタケルくんの話をすると、何故か呆れたように聞き流すから新鮮だった。
それで、深い内容はしなかったのだけど、私は確かに解ったことが一つあった。
きっと、この人は、ずっとタケルくんに逢いたかった。
タケルくんも、この人と逢いたかった。
切なくなった。苦しくなった。
喫茶店で話した後で、二人寄り添う様に歩く後ろ姿に、私は嫉妬した。
けど──、自分が同じ立場なら、抱きつきたいぐらい嬉しいことだ。
誰にも邪魔なんてされたくない。きっと、あの人は同じ気持ちだろう。
だから、思わず、次の日は遠慮した。
けど、やっぱりタケルくんと二人でいるのが気になって、せめて一緒にお昼ご飯と思ったけど、無理だった。
タケルくんに食べて欲しかったおかずは、他の人に食べて貰った。
タケルくんは、あの人と一緒にいる方が良いのかな?
そうやって私が落ち込んでると、タケルくんが私にジュースをくれた。
お昼御飯の誘いを断ったお詫びだって、タケルくんは言った。
たった、ジュース一本。
それだけなのに、私はさっきまでの落ち込みが嘘だった様に気分が舞い上がった。
そこで、もう一つ、気づけた。
この状況を一番気にしてるのは、タケルくんだ。
タケルくんからすれば、自分の友達二人がギクシャクしてるのは嫌だろう。私も同じ事になった事があるので、解る。
だから、できるだけ私達両方に気遣ってくれる。
でも、これでは駄目だ。
別にタケルくんは本当に悪くない。
原因は自分たちの気持ちなのに、タケルくんまで嫌な気持ちをさせたくない。
でも、私自身がこんな不満を抱えたままでは何もできない。
だから、考えた。
まずは、私とあの人の気持ちをはっきりさせよう。それで、少しでも前に進もう。
はっきりさせるには、きっかけが必要だ。なら、そのきっかけを作ろう。
きっかけは、どうしようかと考えて、我ながら物騒なことを思いついた。
タケルくんと出逢ってもいない頃の私なら考えもつかないことだ。
私は可笑しく思いながらも、その方法で互いにはっきりさせようと思い到る。
だって、私はそれを通して、タケルくんを知ったから。
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