第17話 弟子ができた②


 わたし、園原そのはら天花が弦木つるぎタケルくんと会ってから、すぐ次の日。

 学校終わってから、昨日約束した場所まで急いでやって来ると、そこにはもう弦木くんが先に居て待っててくれた。

 弦木くんは私と同じ学校に転校したみたい。

 けど、そんな転校生といきなり親しくしていたら周りから余計にからかわれるから最初の内は学校では別行動だと言われた。

 残念に思ったけど、わたしは弦木くんの言うとおりする。

 これから色々と教えてもらうんだから、言うことはちゃんと聞かないと。


「ごめん。待たせちゃった?」

「別に。さっき来たところだ。んじゃあ、案内するからついて来てくれ」

「うん!」


 わたしは言うとおり、弦木くんの後ろ姿に続く。

 これから弦木くんが案内してくれる場所は、これからわたしに剣を教えてくれる場所。

 近くの河原だろうか? それとも公園?

 わたしが色々と想像していると、いつの間にか弦木くんが立ち止っていて、わたしも慌てて止まる。

 着いた場所は牢屋のような鉄格子で囲まれた木が生い茂る場所。

 来る途中で坂道も上ったから、何処かの山の麓かな?

 わたしがそうやって考えている間に弦木くんは周りを見渡すと、扉らしき場所を見つけて、近づいて何やらガチャガチャすると、弦木くんの前にあった扉が開いてしまった。


「え? か、勝手に入ったら怒られない?」


 こういう場所は余所様が管理してるから勝手に入って遊んだら駄目だって、大人の人から言われている。

 わたしが怖い大人の人が怒って走って来ないかビクビクしてると、弦木くんは不思議そうに首を傾げる。


「なんでだ? ここは俺の家のだぞ?」

「え?」

「だから、俺の家が管理してる私有地の一つ。証拠にちゃんと鍵で扉を開けただろ?」

「……弦木くんって、お金持ちなの?」


 そういえば、昨日、弦木くんが貸してあげた電話で何処かにかけた後、すぐに車がわたしの家の前に到着した。

 その車から出てきた大人の人が弦木くんした態度は、まるで偉いお客様にでも会ってるような丁寧なものだったことを思い出す。


「俺がお金持ちというわけじゃない。だけど、大人に頼めるものは頼む。それが子供の特権だろ? まぁ、警備が駆けつけたりしないから安心しろ」

「う、うん」

「あっ、でも足元は気をつけろよ? 管理してるとは言っても、長年整備はしてないから道なんてあってないようなもんだからな」

「うん、わかった」

「よし、いくぞ」


 そうやって、弦木くんは扉から鉄格子の内側に入り、わたしも中に入る。弦木くんは扉を閉めて、しっかりと鍵をかけてから、山に上って行きわたしはそれについていった。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「弦木くん、大丈夫?」


 前を歩く弦木くんが辛そうにしていたので声をかけてみるけど、首をぶんぶんと横に振るうだけで立ち止まらない。


「平気だ。つうか、これぐらいの山道でへばるのはまずいな。これじゃあ、車無しじゃあ遠出もできない」

「歩いてお出かけできないのは、嫌だね」

「まったく、その通りだ。歩き慣れた道なら多少楽になるだろが──っと、ついたぞ」


 そうやって到着した場所は、奥に時代劇でも出てきそうな古い和風の建物。

 その建物の他は草ばかり生えたばかりで、周りには何もなかった。

 思った以上に広い場所に驚く。

 私が通う小学校のグランドくらいはあるんじゃないかな? 広場の奥にある建物も体育館の半分ぐらいはありそうだ。


「ここは昔、自然に囲まれた場所で武術を教えたいって人が道場を拓いた場所なんだけど、何が悪かったのかは知らないが結局その道場は潰れてしまって、そのまま長年放置された所なんだ。真ん中にあるのがその道場な」

「じゃあ、あそこで剣を教えてくれるの?」


 わたしが説明を聞いた後で訊ねると、弦木くんは首を横に振るう。


「違う。いや、間違ってはいないんだが、まだ電気とか通ってないし、使うには掃除もしないといけない。長年放置されたから、一日や二日じゃあ無理だな」


 確かにずっとお掃除されていないなら埃っぽくて汚いと思う。

 わたしもできることなら綺麗な場所で練習したいし、ちょっとずつお掃除を頑張ろう。


「道場の掃除が終わるまでは、入口に荷物だけを置いて、外で稽古するぞ」

「それじゃあ、今日はお掃除からする?」

「いや、掃除道具ないし、今日はこのまま稽古。と呼べる段階でもないけど、とりあえず外で剣の為にやるべきことをする」

「うん、じゃあ、とりあえず荷物を置こっか」


 そうやって、わたし達は草がぼうぼうに生えている広場を歩く。

 道場の入り口に荷物を置くと、改めてわたし達は広場の真ん中辺りまでやってきた。


「それじゃあ、まず最初に準備運動、の前にその前髪をどうにしかいけないな」

「え?」


 弦木くんの予想外の言葉に、思わず声を上げた。


「瞳を隠したいのは解るけど、別にここには俺しかいない訳だしな。そもそも、そんな風に髪で隠していたら眼が悪くなるから、今後は隠すの禁止だ」

「え? 学校でも?」


 不安そうに訊ねるわたしに、弦木くんは確りと頷く。


「勿論だ。嫌なのは解るが、そういった嫌な目から避ける為に必要なことだから我慢しろ」

「うぅ……」


 そう言われても、ずっと隠してきたものを見せろというのは色々と怖い気持ちが一杯だ。


「良いか? 目はかなり大事なんだぞ? KVAやDVA動体視力は勿論のこと深視力、瞬間視、時にはコントラスト感度、全部必要だ」

「…………。……………………」

「なに言ってるか解らないって顔してるな」

「ご、ごめんなさい。勉強苦手で」


 知らない言葉がずらずらと出てきたことに、わたしの頭がパンクしそうになった。

 けど、そのお陰で目を隠さない不安は消えた。もしかして、わざと?


「苦手な勉強も少しは克服してもらうからな。体だけ使う武術なんて三流以下だ」


 でも、勉強はするみたい。


「が、頑張ります」


 どうやら体以外にも、頭も鍛えないといけないようだ。

 でも、わざわざこんな場所まで用意してくれたんだし、今更無理なんて言えない。

 ううん、絶対に言いたくない。苦手でも、口にしたように頑張ろう。


「とりあえず勉強のことは一先ず置いといて、今は目だ。それともどうしても嫌か?」

「ううん。ちゃんと見えるようにするよ」


 これで目のことでもからかわれてしまうけど、元からそういうのはあったんだ。

 それに、昨日みたいに切られることも嫌だし、武術のこともあるから、弦木くんの言うとおり、これからは隠すのをやめておこう。

 わたしは両手で髪をかきわけて、視界を広げる。

 本当は鏡とか見たいけど、もう稽古は始まってるから我がままは言えない。


 そうやって開けた視界から、改めて弦木くんを見る。

 

 弦木くんの顔をはっきり見てみるのはこれが初めてかもしれないけど、なんというか、他の男の子とはやっぱり見た目から違った。

 背はわたしなんかよりはもう高いし、顔立ちもきりっとしてて大人っぽい。でも目は淡く、透き通るようだ。やっぱり、前にお母さんに見せてもらった琥珀という石に似ている。

 髪もさらさらしてそうで、もしかしたらわたしの髪よりも綺麗じゃないかな? ちょっと触ってみたい。

 

「うさぎ」

「?」


 そうやってじっとわたしが見ていると、弦木くんはいきなりそんなことを言った。

 うさぎ? もしかして、何処かに居たのかな?


「うさぎいたの? 何処?」

「いや、違う! ……そうじゃないんだよ」


 わたしが周りをキョロキョロすると弦木くんが急いで違うって言った。

 改めてわたしは弦木くんを見ると、なんでか顔をこっちから逸らしている。

 心なしか、顔が赤いのは気のせいかな?


「いや、ただ」

「ただ?」

「ぅ……お前が、うさぎみたいだ、って思っただけだ」

「ああ……」

 

 それで納得した。

 確かに、うさぎは体が白くて目が赤い子もいる。

 髪は白いし、赤い目を見て、わたしをうさぎに似てるって思っても仕方ないかも。


「そっか、うさぎかぁ……」


 そう言いながら、思わず頬を緩める。


「なに、にやけてんだよ。悪かったな、安直な感想で」

「別に馬鹿になんかしてないよ。ただ、うさぎに似てるって言われて嬉しかっただけ」


 だって、うさぎは可愛い。わたしも好きだ。

 弦木くんはそんなつもりはないだろうけど、可愛いものに例えられるのは嬉しい。何よりおばけとかよりも全然いい。


「えへへ……弦木くんって、漫画みたいなかっこいい台詞言うよね」

「なっ!?」

「昨日だって、お姫様とか言ったし、わたしの髪とかも真っ白な雪原みたいだって──」

「あああああ、もう!! 無駄口はそこまで! ほら、準備ができたら、そのまま学校の準備体操開始っ!! 途中追加で指示もするから、それも一緒にするように!」

「は~い」

「返事は短く、はっきりと!!」

「はいッ!」


 顔を真っ赤にする弦木くんにわたしは笑いながら返事をする。

 どうやら、わたしの師匠は恥ずかしがり屋さんのようだ。


 †


 それから、わたし達は学校帰りに毎日会って、剣の修行をした。

 最初は基礎的な運動だったけど、徐々に剣の稽古もするようになる。


「文句ないんだな」

「? なにが?」

「いや、始まってからずっと基礎体力と座学ばかり。肝心の剣の修業はしてないのに」

「だって、弦木くんが最初は肉体作りだって言ったじゃない。弦木くんに何か言えるほど、わたしは頭が良くないもん。わたしはただ弦木くんを信じて頑張るだけだよ」

「そうか……。悪いがもうしばらくは同じこと続くから」

「うん!」

「でも……季節が変る頃には、木刀だけど、剣を振るうことになると思う」

「本当!? うわぁ、楽しみだなぁ!」


 何だかお母さんに包丁を使った料理を教えてもらったことも思い出す。

 包丁は危ないものだけど、新しいことを覚えることで楽しかった。


「そうか……。俺の期待に応えられるよう、今は体を鍛える事だ」

「はい、師匠!」


 †


 わたしでは解らない、変わった事もした。


「どうしてもこの地面で寝なきゃ駄目? というかこれ武術と関係あるの?」

「ある。地面に這う虫に慣れたり、肌で周りの環境を感じとったり、色々」


「これって武術なのかな。 !? ぎゃああああ! い、いま背中に何か入った!?」

「そんなことで怖じ気つくな。ほら、俺も隣で一緒に寝てやるから我慢しろ」

「う、うん」


 †


 それを初めて見た時は、自分の目を疑った。


「……、いま、木刀が当たってないのに、まきが割れたよ。弦木くん、どうしたの?」


 弦木くんは刀を振った瞬間、離れた位置にあるまきが、綺麗にぱかりと割れた。

 テレビでも見たことない光景にわたしが驚いてると、少し汗をかいた弦木くんが当たり前のような顔で言った。


「お前もその内、できるようになる」

「信じられないけど……、弦木くんの言葉だから信じるね」

「それは結局、どっちなんだ……?」


 †

 

 道場を使えるように時間をかけてお掃除もした。


「はぁ……、やっとこれで道場が使えるようになったね」

「だな。まぁ、これからも掃除は当然必要だけど」

「そこら辺は大丈夫。これも修行の内だし、家事は得意ですから」

「勉強は苦手なままだけどな」


 意地悪な言葉にむくれてしまう。


「……それは今、言う事なの? 弦木くんて時々、意地悪だよね」

「俺が優しい時でもあったか?」

「ん? だいたいは?」


 意地悪なこと言うけど、それは本当に嫌な気持ちにはならない。

 剣を教える時はお母さんがわたしに料理を教えてくれる時みたいに真面目だし、間違ったら厳しく注意される。

 それで、危ないときとかは優しく言ってくれたり、色々気遣ってくれる。

 うん、弦木くんはやっぱり優しい。


「……我ながら結構厳し目に教えているつもりだが、結構タフだよな、園原って」

「修行とこれとは別だよ」


 †


 修行以外のことでも色んなお喋りもした。


「弦木くんの手の平って、見た目綺麗だけど、硬そうだね」

「綺麗かは置いといて、ガキの頃から血まめ潰してでも剣を握ってたら硬くもなる」

「へぇ……。ねぇ、触ってもいい?」

「あん? 別にいいけど」

「では、失礼して。おお、本当に硬い」


 ぷにぷにと触る。

 見た目はほっそりとして綺麗なんだけど、触ったらゴツゴツとして何だか逞しい。

 男らしいカッコいい手ってこんなことを言うのかな?


「…………」

「ほぅ……。あぁ……。へぇ……。はぁ……。うん……。硬い硬い♪」

「園原さん、そろそろ放して下さい」


 †


 褒められた時は嬉しかった。


「今のはいい動きだ」

「そう? 良かったぁ…」

「反復練習以外にもイメージトレーニングは確りしてるようだな」

「うん。実はわたしでやってるの考えていたら上手くいかなかったから、最近は弦木くんの手本を思いだしてたの。で、ずっと弦木くんのことを考えてたら上達したんだよ」


 弦木くんを思い浮かべるのは簡単だ。だっていつも見てるから。

 剣を握る弦木くんは背筋とか、空気とか色々ピンとしてて、凄い。

 あと、真っ直ぐとした瞳を見ていると、なんだかドキドキする。


「…………」

「あれ? どうしたの、顔を赤くして?」


 わたしがそう考えてると、何故か弦木くんの顔が赤いことに気づいた。


「な、なんでもねぇよ!!」

「?」


 †


 少し経つと、一日に一度、弦木くんと手合わせすることになった。

 けど、まだ一度も勝てない。


「はぁはぁ、今日も、一本も取れなかった……」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、はぁ! くぁ、俺に、勝とうなんざ、ま、まだ百年速い!」


 負けたのはわたしの筈なのに、弦木くんのほうが今にも倒れそうなくらい疲れている。

 弦木くんは凄いだけど、相変わらず体力だけは何故かない。不思議だ。


「わたしより疲れてるのに理不尽だよ。というか、百年ってどれだけ長生きなの?」

「はぁん? 三百歳のおじいさんにあったことあるけど?」

「ははは、それは冗談だよね?」

「…………」

「冗談だよね!?」


 †


 弦木くんの紹介で違う人と試合することもなった。

 でも、最初の頃は全然勝てなかった。

 今日のお願いした試合も、負けてしまった。


「ごめん」

「何がだ?」

「あんなに教えてくれるのに、準備してくれてるのに、全然試合に勝てなくて……」


 ちゃんとした道場で習っていないわたし達が、色んな人たちと試合ができるのは弦木くんがお家の人や知り合いに一杯お願いしているからだ。

 弦木くんはお金持ちだけど、何でも我儘を叶えれるわけじゃない。

 ううん、本当はできるかもしれないけど、やりたくないかもしれない。前に自分の家はお金持ちだけど、それだから偉くないって言ってたし。

 だから、今までも試合も無理してるのかもしれない。

 そうしてやらせて貰っている試合を、わたしは負けてばかりで、本当に申し訳なかった。


「命のやり取りじゃないなら、今の内にいっぱい負けとけ。その方が学ぶ事が多い」

「うん……」


 落ち込んでるわたしに弦木くんがそう言った。

 気が滅入っているわたしは、小さい声でしか返事ができない。

 そんなわたしに、弦木くんは明るく笑いかけてくれる。


「心配すんな。確実にお前は速い速度で強くなってる。いつか勝てるようになるさ」

「それは、弦木くんにも?」

「生憎と俺も絶賛急速成長中なんだ。お前が追いつくのは二百年先かな」

「もう、前より増えたよ……うふふ」


 落ち込んでいた気持ちは、いつの間にか消えていた。

 本当に弦木くんといると、元気になれる。


 †


 長い、長い時間が過ぎた。

 色んな事があって、思い出は数え切れないのに、あっと言う間に時間が流れた気がする。

 そんなある日、弦木くんがにあの事を訊ねてきた。


「──そういえば、あれからどうなった?」

「? なんのこと?」

「虐め」

「ああ……、そんなこともあったね。懐かしいなぁ……」


 言われて思い出した私を見て、弦木くんは呆れたような顔を浮かべる。


「おい。お前が剣を学んだ切っ掛けだろ」

「冗談だよぅ。まぁ、半分はだけど。本当に懐かしいと思うくらいなんだよね。

 言われて、そう言えばいつの間にかなくなったなぁ、って思い出すくらい」


 嘘じゃない。

 虐めなんかあったんだ、て思えるくらい、私は色々学んできた。教えてもらった。

 正直、嫌な記憶は残っている。

 けど、それよりもたくさんキラキラした思い出がいっぱいあった。

 それは、本当は虐めよりも痛いこと、大変なことなことかもしれないけど、嫌な辛さじゃなかったから、頑張れた。夢中になれた。

 いつの間にか、虐めなんか気にしなくなったくらい、私は強くなれた。


「なくなってんならいいけど、な」

「多分、前にあった例の一件。あれから完全に無くなったんだと思う」


 私も何時頃から完全に無くなったんだろうと思い返してみると、ある一件のことを思い出した。

 それを聞いた弦木くんは、また呆れ顔を浮かべる。


「事件な。お前が箒片手で小学校に入りこんだ武術有段者の変質者を退治したことだろ?」

「事件て言うと私が悪いみたいだから、一件って言ったのに……」


 私が不貞腐れていると、弦木くんは何故だか誇ったようにその事を語り出す。


「悪いもんか。体育の時間に忍びこんた変質者をお前が容赦なくギッタンギッタンに問答無用で倒したことは離れたクラスの俺んとこまで来る我が校の英雄談だぞ」

「だ、だって、あの人、友達の服に、へ、変なことしてたし、気持ち悪くて……」

「ああ、悪い。思い出したくない事を訊いちゃったな……」


 謝る弦木くんを見て、すぐに私は首を横に振るう。


「ううん、別にいいよ。この話は、弦木くんがまだ心配してくれていたから始まったことだしね」

「……べ、別に心配とかそういうのじゃなくてだな。師匠として、弟子がまだ不当な扱いを受けてるか気にかけただけだ」

「それを心配した、って世間では言うと思うんだけど?」


 私が首を傾げながら聞いてみると、弦木くんは押し黙る。

 次に口をへにし、じと目で私を見てきた。


「……お前も、中々言う様になったな」

「これも修行の賜物です。ありがとうございます」

「そうですか、どういたしまして……」


 気だるげな弦木くんが何だか面白くて、でも声に出すと嫌がるから我慢してると、私はある事も思い出した。


「あっ、いじめと言えば、大きな区切りはあの件で虐めてた男の子達が完全にわたしを怖がったからだけど、その前から少なくなってきてたんだよね。いま思うと何でかな?」


 私が剣をやっていたこと事態は、弦木くんに教えてもらっていること以外隠してもいないが、友達以外に教えてもいない。

 そもそも、知っていたところであの子たちなら、遠巻きにちょっかいをかけると思ってたんだけど、そんなこともなかった。せいぜい、遠くからの悪口くらいしかしてない。

 

「大方、お前が見知らぬ内に小さな武勇伝を築き上げていたんじゃねぇの?」


 私が疑問に思っていると、弦木くんはどうでもいいように憶測を語る。


「それだと、まるでわたしが剣で皆を黙らせたみたいで嫌だなぁ……。もし何かあっても、最初は穏便に話し合いからしてるよ?」

「そこは師匠として信用してるんで。別に武勇伝は剣だけで築かれた訳じゃないだろ」


 言いながら、弦木くんはにやりと笑う。

 その笑い方はくすぐったい。私を褒めてくれる時にする顔だ。


「お前は剣の修行で精神も学校の連中とは比べものにもならないほど鍛えた。その辺りが周りに買われたんだろ」

「そう、なのかな? もっと前から減った気もするけど」

「…………、もう過ぎたことはいいだろ。そろそろ休憩終わりにするぞ」


 そう言いながら弦木くんは立ち上がり、私も一緒に立つ。


「あっ、弦木くん。話しついでに、少しだけいいかな?」

「ああん、なんだぁ?」

「本当に、ありがとうね」


 弦木くんの顔を見て、微笑みながらお礼を言った。


「な、なんだ、改まって…………」


 すると、なんだか照れたように弦木くんの頬が赤くなっている。

 普通の時なら、からかうこともするけど、今はしない。

 確りとお礼を言いたいから。


「弦木くんのおかげで、私、強くなれたよ」

「…………それは、お前の努力があってだろ」

「弦木くんがいたからでも、あるよ!」


 そうだ。弦木くんがいたから、私は強くなれた。

 この気持ちは、感謝しきれないくらい、とても大きい。

 きっと、弦木くんに出逢っていない私は、それは今の私と別人だ。


「あと、虐めはなくなっても、まだまだ剣の修行は続けたいの」


 虐めは確かになくなった。

 でも、剣はまだまだ続けたい。


「習っていく内に剣のこと自体が気にったし、弦木くんにはこれからもいっぱい教えてもらうことになるけど、いいかな?」


 少し、胸が苦しくなる。

 拒絶されないとは思うけど、返事が僅かな時間、私は不安だった。


「…………。まぁ、お前が泣いて逃げたくなるまで、仕方ないから付き合いますよ」


 だから、そう言ってくれた時、私は本当に嬉しかった。

 私は自分でも解るくらい、満面の笑みで頷く。


「うん! 来年から二人とも中学生だけど、その後もずっとお願いね、弦木くん!」

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