第15話 真剣修羅場

 

 二一二四年──五月 日本、とある山奥の町。


 あれから季節が巡った。

 タケルさまと過ごした倉木市を離れた場所で、僕、輝橋かがやばし生鐘うがねは勉学と武術の修行の日々を過ごしている。

 この頃から、自分の一人称が『私』から『僕』にと変化している。

 僕が訪れた場所は閉鎖的な町であり、遊ぶ場所など殆どなく、武芸を磨く一種の修行の地として存在していた。

 武が繁栄する時代、豊かな場所から遠ざかるような形でこのような場所がそれなりにあり、僕以外にも有名な武家出身の人間が一時的に滞在することも珍しくない。

 僕は異性に交じって鍛錬していた。

 彼等は最初の頃は僕の事を好ましく思わず、嫌がらせをすることも多かったが、男の子の様に振る舞い続けたことで彼等との蟠りも無くなった。

 同姓との関係も良好になった。

 タケルさまが以前僕にしてくれた様に、優しく、丁寧に接していれば、大抵の女性は心を許してくれた。

 なんて滑稽なのだろう。

 今思えば、強い自分でいようとする手前、タケルさまの真似をすることで少しでも自分を慰めていたと気づいた時には、その装いで他者の関係は良好になった。

 臆病でタケルさま以外の他人を遠ざけていた頃の自分からは想像もできない。

 だが、所詮は借り物の姿だ。それでは真の友情は築けない。

 何れ軋轢を生みだし、目に見える場所で陰口を叩かれることもあると思ったが、どうやら自分はやれば器用にこなせるようで、人間関係はそのまま自然の付き合いとして落ち着く。ある一定の距離を保つような形でだ。

 器用と言えば、勉学も武術もそうだ。

 勉学に関しては前からそれなりの成果を出していたが、武術に関してもいつの間にか天才的などと持て囃されていた。

 輝橋も優れた武の血筋だ。自分にもその才能が根付いていたと思えば納得できる。

 賞賛や賛辞をよく受けた。

 僕は謙遜気味にして受け取る。驕ることなどできる筈もなかった。

 少なくとも、今の自分では弦木つるぎの家の人間には絶対に勝てない。それはこの先も変わらないことだ。

 一人はその比べる事が馬鹿らしい程の圧倒さから。

 もう一人も、語るまでもないだろう。


「輝橋くんは何でもできるね」

「ありがとうございます。でも、僕にだって出来ないことがありますよ」

 

 ある日、とある女の子がそう言った。

 男装はしてないが、男の様に装っていたので、自分のことを『輝橋くん』、あるいは『生鐘くん』と呼ぶ女性は多い。


「ええ、なんだか想像できないなぁ。例えば何ができないの?」

「お恥ずかしいのでそれは言えませんね」


 最終的にその質問をかわしたが、本当に自分にだって出来ないことは多い。

 

 その最たるものが、今ではタケルさまとのやり取りだろう。


 あの日から、タケルさまとは一度も御逢いしていない。

 逢いたくない訳ではない。だが、それ以上に、どう接したらいいかは解らない。

 何より、武術を学ぶ自分を、タケルさまがどう想っているのか知るのが、怖かった。

 でも、そんな自分の弱い思いとは関係なしに、己は輝橋の人間だ。

 輝橋家は弦木家に仕える存在。

 年始などの顔合わせは当然の義務だが、自分は修行中の身であるため、辞退することも多い。仮に参加しても、遠方で当主であるジン様と会うのみで、本家に訪れてタケルさまと御逢いすることは避けていた。

 だが、そのような不敬を近しい身内は察していたため、せめて会わぬのならば連絡の一つでもするべきだと、父から諭された。

 当然だとは思うが、どうしても勇気が出せない。

 何度か電話をしようと思ったが、どう話せばいいか分からないので、結局することはなかった。


 だが、ある時、他人から手紙を貰って、これは良い案だと思った。


 面にして伝えられない言葉なら、文にして伝えよう。

 ある種、臆病な行為だが、誰しもが相手を見て伝えられないことだってあると、自分に対して言い訳をする。

 早速、手紙を書こうと思ったが、肝心な内容でも悩んだ。

 今更ながら、何を話せばいい。何を伝えればいい。

 まさか自分の思いを全て吐露するわけにはいかない。それは重しなるし、迷惑だろう。

 だが近況報告も、迂闊にはできない。武術に関することは禁句だ。

 しかし、言いたい事は山ほどあった。

 忘れたことなど一度もない。感じた事、経験した事を語りたい。そして、貴方が今どの様に過ごしているのか、聞きたい事も数え切れなかった。

 結局、悪戦苦闘しながら、完成させた手紙は当たり障りもない粗末な内容だった。色々と言葉を重ねながらも、結局は空っぽな中身はまるで今の自分を表しているようだ。

 少しでも体裁を取り繕うと、何度か書き直しても、結果は同じ物ができるばかり。最終的はそろそろ連絡しろと再度父から諭されて、不出来な手紙を送ることになってしまった。

 

 タケルさまからの返事はすぐきた。僕と同じく手紙だった。

 速い。

 まるで読んだ直後に返事の手紙を書いてくれたかのようで、嬉しく思う反面、同時に怖くもなった。

 この手紙にはどんな内容が書かれているのだろう?

 あんな手紙を受け取ってタケルさまはどう感じたのだろう?

 だが──例え数多の誹謗中傷だとしても、タケルさまの残滓を少しでも感じたかった。

 好奇心が恐怖に勝り、僕は息を飲みながら、手紙を開けて、最初の一文を読む。



『久しぶり、生鐘。手紙を貰って、嬉しかった』



 瞳が熱くなった。

 手で目を覆わなければ、危うく涙で大切な手紙を汚すとこだった。

 そして、何とか気持ちを落ち着かせて、流れるものを拭いながら、手紙の内容を見る。


『正直、突然手紙を貰った時は驚いたぞ。

 最近は全然会ってなかったから、生鐘は俺のことなんか忘れてしまったと思ってた』


 そんなことはない。貴方を忘れた日など一度もない。


『まぁ、生鐘が達者で良かった。どうやら学校では色んな奴と話しているみたいだけど、生鐘も成長したんだな。昔なんて、と言うほど昔じゃないけど、人見知りしていた生鐘からは想像もできないな』


 僕は貴方の真似をしただけです。自分自身はあの頃から何も成長なんかしてないです。

 ああ、でも、僕も、それほど月日が経っていないのに、本当に遥か昔のように感じる。

 それ以降の内容も当たり障りのない普通の、取り留めのない内容だった。

 自分が恐れていたことなど影もなく、時折自分を気遣っている言葉が嬉しかった。

 言葉遣いも昔とは変わって、字も変化したが、昔に見た名残はあった。

 間違いなくタケルさまだ。文字からでも伝わって来る優しさが、とても温かった。

 何度も読み返した後、僕はすぐに返事の手紙を書いて送ると、再びタケルさまから手紙が来て、それで再び僕は手紙を書いて送った。

 またもやタケルさまから手紙の返事がまた来て、いつの間にか文通することが当たり前のようになっていった。

 家に帰る時は急ぎ足になった。

 毎日、ポストを見て、手紙があるかを確認した。

 そこに自分宛のタケルさまからの手紙があれば、いつも心が躍った。本当に嬉しい。

 

 手紙のやり取りは続いた。

 年を越して、何度も季節を重ねて。


 相変わらず武術ことに関しては暈しながらも、タケルさまとの話題の為にそれ以外はどんな事も手紙に記した。

 花が綺麗だったこと。友人と話した些細なことまで。

 それに合わしてタケルさまも色んな事を手紙で教えてくれる。

 自分だけに選んで送ってくれる言葉。

 タケルさまが教えてくれる様々な出来事や心境は、僕自身の世界を彩っていった。


 だけど、何時からだろう。


 時折、嬉しいはずの手紙に、痛みを感じるようになった。


『──そういえば、この前、女の友達から少女漫画を借りたんだけど、結構人間描写がしっかりしていて面白かったぞ。タイトルは──』


「……これは、以前と話された方と同じですね」


 自然と言葉にしてしまい、はっ、と我に返った。

 いまのは、正真正銘の愚痴だ。

 認めてしまうならば、自分はタケルさまの周りにいると思わしき人物に嫉妬している。

 なんと身勝手なのだ。自分から離れておいて、タケルさまに近づく人間を毛嫌いするなど浅ましいのにも程がある。

 タケルさまの手紙の内容には、他の人間の話題もあった。

 これほど長いこと手紙のやり取りをしていたら、話題のために周りの人間のことを話すのは自然だろう。自分も同じ事をしている。

 だが、タケルさまの話の内容の中に、特定の人物が見え隠れしている。

 一通の手紙だけでは解らないが、前後の手紙などを見返すと、それが親しい女性ができたと把握できた。


 歳を経て、自分の気持ちがどんなものか明確になり、それを自覚している。


 しかし、だからと言って、嫉妬してしまうのはお門違いだろう。

 所詮自分達の関係は、良くて昔ながらの友人に過ぎない。タケルさまが誰と一緒に言おうが、自分には文句を言う権利など存在しないのだから。


「それに、タケルさまは楽しそうだ……」


 切なく思う反面、その事を語るタケルさまが楽しげなのは文面だけで伝わってくる。


 ならば、自分はタケルさまの幸せを祝福しよう。

 貴方が手に入れた物を無くさないように祈ろう。

 再び、貴方の大切な物を誰かが奪うのならば、自分が守ってみせる。


 それが自分にできる、何よりも大切な気持ちなのだから。


 また、月日が経った。


 タケルさまの護衛者ガーディアンが引退される話を聞き、真っ先に自分は後釜に立候補した。

 また、その際にどれだけ自分が他の者と比べて適任であるか主張し、根回しもしながら、役に務められるよう働きかけた。


 必死の思いが功を為したのか、自分は新たなタケルさまの護衛者ガーディアンに任命された。


 ああ、これで何も悔いはない。

 貴方の側で、貴方を守る。その願いが、ようやく果たされる。


 †


 二一二八年──四月 弦木本家屋敷、輝橋生鐘私室。


 生鐘は手紙を見ながら、タケルと出逢ってから今までの事を思い返し、嘆息する。

 護衛者ガーディアンに任命されて二日。

 タケルとの再会の喜びも束の間、彼女自身は心労を抱えていた。


「今の状況は、よろしくない」


 タケルは生鐘を昔以上に気遣ってくれている。

 主従関係よりも友人のように接してくれている。

 その事を彼女は嬉しく思うが、それ以上に複雑な思いをあった。

 

 園原そのはら天花あまか。生鐘から見ても、可愛らしい、白き少女。

 

 卑しい行為と自覚しつつも、彼女の事は軽く調べた。

 といっても、本当に名前をネットで検索した程度で見当がつく小さな内容だが、彼女にとっては恥ずべきことだった。

 天花はタケルとは違い、家は平凡な一般家庭。

 だが武術に関して全く縁のない一家にも関わらず、彼女は中学で全国中学総合武術大会女子個人戦、つまりは女子中学生の中で一番強い武術者は誰かと決める大会にて優勝を三年とも経験している。

 それ以外にも多くの武の大会で優勝を果たし、《白阿修羅》という異名まで持った。

 天花はタケルの弟子だと生鐘に告げた。

 生鐘と別れてから、どういった経過なのか彼女には想像もつかないが、再び剣を取ったタケルが天花に剣の教授をしたのだろう。

 幾らタケルに剣の才があり、天花自身もあったとしても、今まで武に関わって来なかった人間が、それほどの成果を上げることは容易ではない。

 

 どれほどの時間を共に過ごしたのだろう。

 

 生鐘の胸に痛みが走る。

 頭では間違いだと思いつつも、本心ではそれが気にくわないと感じていた。

 だが、自分のことは二の次だ。

 自分はタケルを守るために今まで頑張っていたのだ。

 それが自分のせいでタケルの大切なものを失うことになるのならば、見過ごすことは絶対にできない。

 生鐘から見ても、タケルと天花の関係はとても親しいものだ。

 物的証拠として、天花が所持している白い名刀、幼い頃にタケルが持っていた《陽光》が何よりの証だろう。信頼していない人間に、タケルはあの刀を渡さない。

 しかし、師弟関係、あるいは友人関係と言うよりも、二人の関係はもっと親密に感じる。


 少なくとも、天花がタケルに対して向ける目は、友人にする物とは違う。

 生鐘は確信している。


 タケルはどうだろうか? 優しくしている。親しい友人として付き合っているのは解るが、それ以上は解らない。

 彼女がタケルにとって、何よりも大切な存在ならば、自分はそれを守らないといけない。

 だって、あの人は多くの大切な物を失った。

 そして、新たに手に入れることができた大切な物を自分のせいで失う事になれば、生鐘は必ず自身を許せないだろう。

 タケルが自分を気遣ってくれているのは本当に嬉しい。

 でも、そのせいで今まで大切にしてきた者を失うことはさせたくない。

 蔑ろにしている訳ではないが、タケルが生鐘を気遣って、天花を疎かにしている時がある。これでは二人の関係が崩れてしまう恐れがある。

 しかし、具体的にどうしたらいいのか、生鐘には検討もつかなかった。


「せめて、二人の関係がもう少し解れば、良いのですが……」


 まさか本人達に直接訊く訳にもいかない。

 仮に聞いた場合余計な摩擦を生みだしかねないのだ。

 

 そうやって、生鐘がどうしたらいいかと悩んでいる時だった。

 

 ブルブル、と。机の端に置いてあった、マナーモードにしている生鐘の携帯が震えた。

 振動はすぐに収まったのでメールかと思いながら生鐘は手にとって、差出人の名前を確認し、一瞬、心臓が止まったかと思った。


「…………」


 彼女はそのままメールの内容を黙って読み、しばらく考えた後で、静かに外に出る身支度をした。


 †


 生鐘はタケルが寝静まったことを確認してから、使用人の管理する人間に了承を得て弦木邸から出る。

 時刻は深夜。季節は春だが、空気は肌寒く冷たい。

 両脇に二本の愛刀を差し、弦木邸を出た生鐘は、外灯のみしか明かりがない薄暗い夜道を歩きながら目的地を目指す。

 幼少の頃に過ごしたきりだが、この辺りの土地勘は失われていない。

 そもそも、予め護衛の任に就く際に周辺地域はほとんど頭に入れていた。

 生鐘は迷うことなく夜の住宅街を進む。

 しばらく歩いた先にあった大きな坂を上って行くと、周りからは家の景色がなくなって、雑木林が両端に広がっていた。

 妙な静けさを漂わせるものの、昔の生鐘ならば、一人でこんな所を日中ですらまともに歩けなったが彼女は恐れもなく、外灯もなくなった道を進んだ。

 そうして、道を進んだ先に、広々とした場所に生鐘は辿りつく。


「こんばんは」


 その場所がどんなものか生鐘が把握する前に、そこに居た人間が彼女に声をかけた。

 驚きはしない。その人物が自分を呼び出したのだから、こんな人気のまったくない場所に居ても不思議ではないのだ。

 そこは大きな駐車車だった。本来はキャンプ場などのレジャー施設を利用するために準備されたものだが、この季節、こんな街外れにこのような時間にこの場所に来るもなど、人目を避けたい人間だけだろう。

 そんな場所に彼女は待っていた。

 暗い夜空から零れる僅かな光でも、その容姿ははっきりと生鐘の目には解る。

 服装は長袖のブラウスにスカート。学校と見せた制服ではなく、私服を着た天花は腰のベルトに白い刀を差しながら、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら生鐘を見つめていた。


「こんばんは、園原さん。お待たせして申し訳ございません」

「いや、私の方こそこんな時間にこんな場所に呼び出してごめんね。迷惑だったよね?」

「いえ、構いません。それで、どういった御用件で?」


 生鐘は彼女がここに自分を呼んだ理由を聞いていない。

 あの時、自室でメールを見た後、何の用かと思ったが、生鐘自身タケル抜きで彼女とは会いたいと思っていた。

 生鐘と天花とは少し話をしたが、それはタケルの計らいのものだったので、込み合った話はお互いに意識してか話してない。

 生鐘自身は僅かでも彼女の人のなりを判断しようと思ったのだが、いつの間にかタケル談義になっていたので天花個人のことはそこまで解らなかった。ちなみにその時に連絡先の交換している。

 もっとも、天花個人のことがまったく解らなかったわけではない。

 少なくとも彼女自身はタケルに対して好意的な感情を持っている。

 気持ちがどの程度のものなのか生鐘は推し量れていないが、小さくないことは確かだ。

 天花がわざわざタケルの抜きにして、こんな夜更けに生鐘を呼び出した。そこまでさせるほど、彼女はタケルを強く思っている。

 更なる真意が如何なるものか見定めようと、生鐘が身構えた時、天花が一歩前に歩み寄った。

 覚悟を決めた天花が大きく息を吸い、その口を開く。


「私──────馬鹿なんだ」

「………………………………………………。左様ですか」

 

 突然の告白の後、それ以上何も言わなかった天花。

 だから生鐘は、長い沈黙の後でそれしか言えなかった。

 平坦な生鐘だったが、拍子抜けした様子を感じ取った天花が息を飲んで、彼女は見るからに慌て出す。


「はっ!? いや、ちょっと馬鹿は自分でも言い過ぎだったかな!

 えっと、本当に勉強は苦手なんだけどね? 一応これでも高校は入学できたし……、タケルくんに教えて貰ったから何とかだけど、自分でも頑張ったし、今日、というかもう昨日かな? 授業についていけるか正直不安だけど、赤点は取らないように努力はするよ!」

「はい、頑張ってください」

「うん、頑張る!」

「そして、深呼吸してください」

「え? は、はい。すぅ、はぁ、すぅ────」


 言われた通り、深呼吸をする天花。素直な子だと生鐘は思った。


「落ち着きましたか?」

「あ、うん」

「それは良かったです。して、園原さんがあまりお勉強を得意ではない事と本題は関係しているのでしょうか?」

「…………してません。ごめんなさい」


 オブラートに包んだ質問に天花は項垂れながら謝る。

 とても素直な子だと生鐘は思った。

 謝った天花は、そのまま黙っていては何もならないので、落とした気を頑張って上げながら、一生懸命語りかける。


「あの……見ての通り、私、あまり頭が良くなくてね。だから、今みたいな的外れなことを言っちゃったり、ここに園原さんを呼び出したことだって本当に思いつきで、たぶん自分でも馬鹿なんだろうな思うんだけど──」


 そうやって照れ笑いを浮かべていた天花の表情が変わる。


「でも、これは速くした方がいいて思ったから、私はあなたに会いたかったんだ」

「…………」


 真っ直ぐに相手を見る赤い瞳。生鐘はすごく綺麗な目だと感じた。

 何より、その眼差しは何処か、彼女が知る人間の物と少し似ていた。


「私ね、あなたに訊きたい事がいっぱいあるんだ」

「奇遇ですね。僕も園原さんには色々と訊きたいことがありました」

「そうなんだ……。私の場合はね、それを簡単に訊ねれない。ううん、本当は訊けば普通に教えてくれる事かも知れないけれど、何と言うか切っ掛けが欲しいんだよ」


 その気持ちは生鐘にはよく理解できる。

 何てことない。生鐘の場合は彼女とタケルの関係をより深く知り、天花自身がタケルのことをどう思っているかはっきりと解りたかった。

 

 いや、本当はもう解っている。でも、どうしても彼女自身の口から聴きたかった。

 

 しかし、それを訊ねるには少し勇気がいる。

 逆に自分が訊ねれば、それこそ天花は簡単に教えてくれるかもしれない。

 だが、それはどんな内容なのか、知りたくない気持ちもあった。

 前に進まないといけないと理解しながら、進む勇気を持てない。普段は悠然と振舞っているが、彼女の根にある臆病な部分は昔から残っているのだ。

 だから、甘えたことを言うならば、何か切っ掛けが欲しかった。前に進まなければならない状況。考えている時間はない状況を欲していた。

 その機会を天花が持ってきた。より正確に説明するならば、彼女もまた、後に引けない状況に追い込んで、前に進もうと願っていたのだ。

 天花は再び息を大きく吸った後、生鐘に提案する。


「────だから、私と手合わせして」



【あとがき】

刃物沙汰




小説家になろうでも別作品を投稿してます。よければどうぞ。

Grant ‐平凡な彼は前世で伝説だった存在たちと共同生活を始める‐

https://ncode.syosetu.com/n5147fg/

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