第9話 武天一刀流
私立
良家の子息たちが利用することも想定しているため、その内装も凝らしている。
まるで洒落た喫茶店のよう空間。大きな窓からは中庭の景色が広がり、差し込む陽光がその場を僅かに輝かせる。アンティークの調度品や心が安らぐ曲を厳選した背景音楽に囲まれたその場所は、慣れぬ人間ではここが学園内だと忘れてしまうだろう。
収容人数が多い為、満席でない限り他の利用者とも間を取れるので快適。
そんな落ち着いて時間を過ごすにも打ってつけな場所にて、
「じゃあ、結局、園原さんはまだ自分の剣の修行を優先したいから、何処にも部活動には参加しないってことだね?」
「うん。話を聞いて何処の部活にも興味できだけど、やっぱり私は師匠からまだ教わる事があるからね。ごめんね」
天花は多数の生徒に囲まれながら謝るものの、元から誰も気を悪くしてはいない。むしろ、逆に気を使わせてしまったことで皆がばつが悪そうに苦笑するほどだった。
「別にいいよ、謝らなくて」
明るい声で一人の女子生徒が言う。
もっとも落胆は隠せなかった。そうやって彼女は相手が気に病まない程度に残念は気持ちを吐露する。
「まぁ、正直、園原さんあの《
「ううん、その名前は好きじゃないんだけどなぁ」
今度は天花が苦笑いを浮かべる番だった。しかも、先程周りの苦笑と比べて心底嫌そうな感情を表している。
天花は以前に中学生が集まる大きな武術の大会に出場した。
個人での参加。更に彼女は誰も聞いた事のない無名流派であったため、誰も最初は天花に見向きをしなかった。
だが、直ぐに認識を改めていることになる。
多くの有名校からの参加者、歴史ある流派を学んだ武術者が競い合う中、彼女は刀を手にして勝ち続けたのだ。
本戦までに勝ち進んだ頃には最早天花を注目しない人間はいなかった。
当時は無名の流派であったことや、その頃には既に人を惹き付けるような容姿を持っていたため、彼女の関心は増えるばかり。
誰も知らなかった少女は、多くの若き武人たちを倒し続ける。
日本国内の女子中学生の中で、誰が一番強い者を決める大会にてついに優勝した彼女の名は武術界に刻まれることになった。
白き髪を靡かせた修羅如き女剣士。
通称、《
別に有名になることはいいと、天花は思う。
だが、誰が最初につけたのか知らないが《白阿修羅》という通り名を、彼女自身は好きではなかった。むしろ毛嫌いしている。
当たり前だ。自分は女の子である。
可愛いとまでは言わないが、もう少し綺麗な名前はなかったのだろうか?
だが、彼女の不満は余所に既に広まってしまったモノを訂正することは難しい。結局は訂正を求めることを天花は諦めた。
今では多少は不満を抑えることができるが、名付けられた頃の彼女は、それこそ顔には出さずとも修羅如き怒りを発していただろう。
そんな天花の内情を知らず、女子生徒たちは気軽に雑談を続ける。
確かに名の知れた実力者を勧誘することには失敗したが、話しているうちに天花の人柄を気に入ったのだ。
部活とは別にしてでも、個人的に親しくなりたい気持ちが各々芽生えていたのである。
「実際、自分が習う流派の教えを優先したい人も多いからね。気が向いたら遊びにもきてね。ついでに稽古に付き合ってくれたら嬉しいな」
「わかった。時間があればお邪魔させてもらうね!」
「その時は歓迎させてもらうわ。それはそれとしてさ、園原さんの先生──師匠さん、てどんな人? 秘密にしても、どんな人柄くらいかは教えてくれてもいいじゃないかな?」
周りもその話題には興味がある。
天花を自身の部活に勧誘するだけあって、彼女たちも武術に精通していた。
《白阿修羅》と呼ばれるまで至った彼女を鍛えた存在。武術に携わるものなら興味が芽生えても不思議ではないだろう。
有名なった天花を取り上げる雑誌やテレビの取材にでも、彼女はその存在を外部に公表していないので、どんな人物なのか世間は知らない。
その秘密をここで全て暴露するまでとはいかなくとも、僅かでもその正体に触れることを彼女たちは期待する。
「えっと……うん、いいよ」
そんな周りの視線を受けて、天花は少々迷いながらも頷いた。
色々と面倒事があるため、自分の正体は秘密するように天花は師匠である人物から言われているが、人柄を教えるくらいならきっと許してくれるだろう。
そう思いながら、彼女は自分の師匠である『少年』のことを思い浮かべる。
──感の良い人間は、その顔だけで彼女がその人物に対して、どんな感情を抱いているか察する事ができただろう。
それ程までに、天花の顔は淡い内心を曝け出すほど無防備だった。見ている側の方が羞恥してしまいかもしれないほど、とても甘い表情。
咲き誇る春桜にも負けない満面の笑顔で、天花は答える。
「私の師匠は──頑張り屋さんで、温かくなるくらい優しくて、すっごく強いんだよ!」
†
「タケルさまッ!!」
しかし、彼女が駆けつけた時には、既に勝敗は決していた。
タケルが放った刺突は、刀身の刃先を
槍の突きは最小の動きで素早く放つ。見た瞬間に動いてから遅い。
予測してから対処しなければ間に合わない。
しかし、タケルはそれを後出しで迎え討ち、成し遂げたのだ。
突きと、呼ぶにはあまりにも速すぎる。
突いたよりはいつの間にかその形、いや最初からその形であったと錯覚させるような、無駄のない最高の動作。その動きが最大限の力を発揮した。
理想の超速突き。螺旋を生みだす槍撃との激突は閃光の如き火花で空間を振動させた。
相打ちとも見える刹那の激突だが、互角でないことは明白。
力量、技に置いてタケルが一彦よりも遥か先に居るのは解明しなくとも事実だろう。
だが、一つだけ一彦が勝るモノが存在した。
すなわち武器。一彦の槍は最高品質の業物であったが、タケルの武器は借り物である。粗悪品ではないが、一彦の槍と比べるもなく数段劣る武器。
現象はすぐに起こった。
ビシッと、タケルが持つ刀の刀身に亀裂が入る。
それは刀自体が一彦の螺旋槍、そして、タケルの力量に耐え切れなかったからである。
次の瞬間にはタケルの刀は砕かれ、渦巻く槍が彼の体を貫いてしまうと誰かが想像した。
侮るなかれ。
タケルの力は一彦よりも遥か先だと示した。
ならばその力量は、例え手に持つ物が枝切れだったとしても覆せない!
タケルの刀が砕けた。
だが同時に、一彦の両腕が槍ごと爆発にでも巻き込まれてように大きく弾ける。
「っ!!」
ここまま腕が引き千切られるような激痛を感じながら一彦は驚愕した。
何という威力だッ!?
己の槍を超える刺突。相手に相応しい武器であったのならば、砕けていたのは自分の槍かもしれない。
これは引き分け、か……。
一彦がそう思ったが、すぐに己の考えが間違いであったと悟る。
勝敗は決していた。
すなわち其れは、明白に勝者と敗者が定まったことを示す言葉。
間合いがある。本来ならタケルの位置では一彦に届かない。
既に刃は砕けた。
だが、それがどうした?
届かぬと言うならば、届かせばいいだけのこと。
既に──否、初めからタケルは踏み迫っていた。
「!?」
一彦が知覚した時、既にタケルは砕けた刀身で一彦の胸部を穿っていた。
「が─────!!!!」
今まで体感したことのない衝撃。
脚裏が床から離される。燃え焦がされるかのような痛みに一彦の意識が焼かれた。
一彦が覚えているのはここまで。後はそれを眺めていた者の光景だ。
意識がなくなり白眼を向いた一彦は、強烈な刺突を受けたことによってそのまま体を飛ばされて背中から天井近くの壁に激突させる。
人が飛んだ光景は朝の一件を連想するかもしれないが、どちらがより凄まじいものだったか言うまででもないだろう。
「く、葛馬さん!!」
ようやく、事態を理解した者が声を上げて、ズルズルと壁から落ちてくる一彦に駆け寄り、残る者も慌てて続く。
人を殺さないための不殺外装も、取り付けた刀身ごと砕かれたのならば意味がない。
最悪の事態を想定しながら、彼等は一彦の容態を揃って確かめた。
「ふう────」
そんな彼等を余所に、タケルは砕けた刀を手放して深呼吸をした。
文句なし一方的な勝利であったが、タケルの全身からは悲壮が漂っている。
額に大量の汗が浮かんでいる。顔の血色も、今だに意識を覚醒させていない一彦同様に悪かった。
「タケルさま……」
そんなタケルの元に生鐘が静かに近づく。
今にも倒れてしまいそうなタケルに手を伸ばしたい腕を弄びながら、何を言っていいか分からないような顔で彼女はタケルを見つめた。
「生鐘……、来てなんだな」
生鐘の存在に気づいたタケルは、何故か申し訳なさそうな顔で彼女を窺う。
そんな主の問い掛けに、生鐘は小さく頷く。
「はい、先程参りました。それで、この状況は────」
「くぅ!!」
「葛馬さん!! よかった、生きてたんすね!」
生鐘が状況の説明をタケルに求めよとした瞬間、意識を失った一彦が目を覚ました。
彼は周りものに抱きかかえられながら、周囲を見渡してからタケルに顔を向ける。
「俺は、負けたのだな」
「ああ、そうだな」
「ふっ、宣言通り、一太刀か。いやはや、俺が想像するよりも武の力は凄まじいらしい」
そうやって苦笑する一彦がふと、タケルの傍らに立つ生鐘に気づく。
「もしかすると、お前が輝橋か?」
「……はい」
「人が入って来るのに気づかぬほど熱中していたということか。これも未熟の証だな。
……すまない。このような格好で謝罪するべきではないが、お前の主人に自分本位の願いを申し出て、要らぬ世話をかけてしまった」
「…………」
未だ状況を把握していない生鐘は黙ったまま、タケルに一度視線を向けてから、一彦に改めて向かい首を横に振るう。
「何があったかは存じませんが、我が主が必要と思ってした事。何であっても主は別にして、僕にまで謝罪する必要はございません」
「そうか。お前とも試合たかったが、この
疲れた様に一彦は項垂れて、そのまま渇いた笑い声をその場に響かせた。
「────まさに井戸中の蛙よ。何が弱者であることを払拭するだ。俺も弱者であろうに」
一彦は自虐するに彼の周りにいる者がは何とか言おうするものの、言葉が見つからず沈黙を保つ。
「先輩は弱者じゃないでしょう。俺の剣に体が耐えられたのが証拠だ」
そんな一彦の言葉を否定したのは、未だ息を乱すタケルだった。
確かにタケルの刺突に耐えられたのは一彦の鍛えた体があってのことだろう。
それを見越して遠慮なくタケルは自身の技を放ったのだが、それは一彦にとって慰めにならなかった。
「それは勝者が敗者に言う事か?」
「ああ、俺は勝者で先輩が敗者。それは事実でしょうね」
認めつつも、タケルは言葉を続ける。
「だが、敗者が必ずしも弱者じゃないでしょ?」
タケルのその言葉に一彦、そして彼を抱えている人間が大きく眼を見開く。
まるで大きな夕日でも目の当たりしたように、言葉をした人間の姿を眺めていた。
「そりゃあ、勝ち負けで誰が誰かと比べて、強い弱いが決まる世界だよ、武術は」
武術は力を生み出すものである以上、その優劣は強いか弱いかでしか判断されない。
それを解っていながら、タケルは別の言葉も口にした。
「でもさ、だからって、負けた人間の努力が無かったことになるわけじゃない。
何回も負けたところで、手に入れたモノは絶対に失われないのだからさ」
それは所詮綺麗事だろう。
勝敗が絶対であるならば、過程が如何に苦難で満ちていようが、結果を出さなければ意味がない。
しかし、それでも。自分がこれまで頑張ったことがなかったことになるわけはない。
「ようは敗北を糧にするか、投げ出すかの気持ち次第。それは先輩だって解るでしょう?」
「…………。あぁ、確かにそうだな……」
タケルの問い掛けを、一彦は静かに認める。
一彦の敗北はこれが初めてというわけではない。
敗北は何度もあった。
だが、その度に槍を振るい続けて、今に至るのだ。
それまで鍛えたモノは、たた一度の敗北では簡単に無くならないだろう。
無くなるとしたら、それは自分で捨ててしまった時だけである。
その事を改めて認識した一彦に、タケルはまたも励みになる言葉を贈った。
「武術部の悪評に関しても気にする必要ないでしょう。
ここの人たちは皆まともな体と心がある。ならば、あっという間に悪い評価なんて蹴散らせるさ。小細工抜きで正々堂々とね」
それはタケル個人の願いでもあり、希望であった。
だが、根拠がない訳でもない。
精一杯の努力で武術に打つ込む人間や、一彦が見せた意地はけして幻ではなく本物だ。綺麗な輝きがあるならば、僅かな汚れなど打ち消せるだろう。
そんな自分の想いを口にしたタケルは、これ以上話す必要はないとばかり、一彦達に背を向ける。
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰らしてもらいますね。壊れた刀の請求は後でしてください。
生鐘、行こうか」
「……・はい、かしこまりました」
「んじゃあ、先輩。さよなら。また会う事あるなら、今後ともよろしく」
そう言い残し、タケルは生鐘と共に去っていった。
彼等が去った後も出口をしばらく見つめていた一彦は、笑みを溢す。
今度は自虐でなく、少しだけ晴れやかな感情が滲み出た顔だった。
†
「ああ、疲れた!」
しばらく歩くとタケルは空いたベンチに、ドカリと腰を下ろした。
「あの、タケルさま……・。お疲れのところ申し訳ございませんが、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか……・?」
そんなタケルにここまで黙ってついてきた生鐘が傍で立ったままで恐る恐る訊ねてきた。
「ん、なんだ?」
どんな質問が来るかと予想していながら、タケルは顔だけ向けて生鐘を見る。
「剣……・お辞めになられたのはなかったのですか?」
予想通りの質問にタケルは仰向けでしばらく青い空を見つめた後でぽつりと語り出す。
「辞めようと思ったよ。だって、こんな体じゃあプロになんてなれない。戦場に立てない。意味なんてない、って、結構前まで思ってたんだけどなぁ……」
そう言いながらタケルは照れ臭そうに、あるいは己を憐れむように顔を歪めた。
「でもさ、嫌いになることなんてなかった。他人が武術すると羨ましくて仕方ないほど、剣が好きなままだった」
だから、遠くなった光りに手を伸ばす様に、彼は再びそれを手にする。
手にせずにはいられなかったのだ。
「もう一度剣を握ってみた。最初は夢の残滓でも掴むような感覚で、改めて剣を握った」
タケルはまるで空にある刀にでも掴むように手を伸ばしながら語り続ける。
「精々、全力で戦えるのは二分が限度だけどな。お前の泣かせた時よりかは無茶してないから、安心してほしいんだけど駄目かな?」
苦虫でも噛んだような顔でタケルは生鐘に訊ねる。
一度、タケルが剣の道を諦めたのは、無茶をするタケルに生鐘が泣いたからだ。
しかし、結局、タケルは剣を掴んだ。
生鐘からすれば、自分が離れた隙にまた無茶をしたかと思われたかもしない。
多少の苦言は覚悟していたが、タケルの心中とは余所に生鐘はその場で膝をつき、下からタケルを見上げる。
「タケルさま、手に……触れてもよろしいでしょうか?」
「え? いいけど……」
思わず了承したタケルの左手を生鐘は両手で包みこむようにして握る。
生鐘は宝物でも包み込んでいる様に優しく握りなら、潤んだ瞳でタケルを見上げた。
「タケルさま。貴方が謝る事は何もありません」
当然の如く、彼女は言った。
そして、懺悔する如く言葉を重ねる。
「むしろ僕の方が貴方に謝らないといけないことがたくさんあるのです。タケルさまが再び剣を手にしたのならば、それを一度止めてしまった僕が謝るべきでしょう」
「いや、そんなことはない。我ながらあの時は無茶をした。あのままだったら、もう一度剣どころか、手に入れたモノまでなくして、体すら動けなくなったかもしれない」
これは事実だ。
再び剣を握ろうと躍起していたタケルのことを泣きながら生鐘が止めなければ、今のタケルはこの場にはいなかっただろう。
その後でタケルがもう一度剣を振るい、今の実力を得た。
昔に得た知識と現状の自分に照らし合わせて、研鑽し、実践した結果だ。
体に極力無理をさせずに、考え抜いた産物だとも言える。
冷静にならず闇雲な鍛錬ならば今の状態は愚か、日常生活すら危うかった。
それを防いでくれたのは目の前の少女が泣きながら自分を止めてくれたからだろう。
だから、タケルはこの気持ちを伝える。
ずっとある少女に直接言いたかった、言葉の一つ。
「生鐘が俺を守ってくれた、俺はもう一度剣を握れたよ。ありがとうな」
タケルの言葉を耳にし、益々生鐘の瞳が潤む。
そんな、何かの拍子があればそのまま泣きだしてしまいそうな顔で彼女は微笑んだ。
「タケルさま……。そんな、滅相もありません。僕のほうこそ、幾度も貴方に守って頂きました。そんな貴方を守りたいと願ったのに、初日で貴方に御迷惑を」
「別に怪我をしてないし、俺が勝手にしたことだから気にするな。まぁ、でもさ、まだ無茶をするかもしれないから、そん時はまたよろしく頼む」
「ふふふ、それでは
生鐘は笑いながら、タケルに貰った言葉を胸に刻みながら、大きく頷く。
「でも……タケルさまに頼まれたら断れません。喜んで、御役目引き受けます」
「ああ。改めてよろしくな」
「はい!」
笑い合う二人。
朝は忙しかったため落ち着いて再会の喜びを感じられなかったが、ようやく遠い日に別れた友人と再会できた気がした。
「時にタケルさま……」
「ん?」
胸に温もりを感じながら、タケルは首を傾げる。
「何故、あの先輩と戦うことになったのですか?」
「…………」
ニコニコとした顔で訊ねた生鐘に対して、タケルが最初に返したのは沈黙だった。
それはあの先輩が君と戦いたくて、そうしたら君が怪我をするかもしれないから。
それを想像したらちょっと嫌になったからです、などとは口を避けても言いたくなかったタケルは、ギリギリと明後日の方向を見る。
「ああ、そういえば喉渇いたなぁ……」
一気に微妙な空気が流れた。
完全棒読みのタケルに対して、生鐘は笑顔のまま対応する。
「まったくもって話が綺麗にそれていませんが、御飲み物が欲しいのでしたら買ってきますね。少しばかりお待ちください」
「お、おう。悪いな」
「いえいえ。その後でゆっくりと先程の件を御話くださいね」
「お、おう……・」
さて、どうやって自分が戦った動機を隠して説明するか。
タケルは飲み物を買いに行った生鐘を見送りなら頭を悩ませるのだった。
†
幸いにも、近くに自販機があったので、生鐘はタケルの好みの飲み物を手早く買う。
そして、取り出し口から飲み物を取り出し、思わず胸元で抱きしめる。
「タケルさま……・。貴方が剣をお辞めにならなかったのならば」
タケルが上級生と戦った経緯を知りたいのは事実だ。
だが、それ以上に彼女は気になる事があった。
それを自分からはどうしても訊ねるのが怖くて、どうしても聞きたい大事な事。
思い出すのは朝の一件。
白髪の美しい少女が握っていた白い刀。
生鐘はその白い刀に見覚えがあったのだ。
「何故、彼女が、貴方の刀を持っているのですか?」
あの刀の名は《
あれは間違いなく幼い頃、子供にして十全に扱っていたタケルの刀。
「何故、彼女は貴方とあんなにも親しいのですか?」
親しく話合う二人の記憶が蘇る。
生鐘は他の者たちと話していた時でも、ずっと二人を意識していたのだ。
あの白い少女は、自分はタケルの弟子なのだと生鐘に言った。
タケルが剣をまだ握れるなら、ば経緯はどうあれ誰かに剣を指南したとしてもそこまで不思議ではないだろう。
だが、二人の関係は傍から見ても師弟関係というよりは、仲の良い友人、あるいはそれ以上の関係に見える。少なくとも生鐘にはそう見えてしまった。
嫌な気持ちが募る。
同時に、そんな自分に生鐘は更に嫌気がさした。
自分はタケルにとって
親しくしても貰うだけでも幸せである。傍にいるだけでも嬉しいのだ。
例えこの胸にそれ以上の気持ちが宿っていても、関係ない。
そう、例えば彼女があの人にとって、大切な存在であり、既に二人は──。
「っ」
いけない。まだ、余分なことを考えてしまったと生鐘は反省した。
「どんな関係であろうと、自分には関係ないことなのに」
自分はタケルの傍に居る。ずっと彼を守る。
それだけで十分だと、願ったはずだ。決めたはずだ。
余計なことを考える暇があれば、速く、タケルさまに御飲み物を渡さなければ。
少女は主の元に戻る。その胸に痛みを抱えながら。
†
夜、街外れの場所で、その少年たちが血まみれだった。
彼等は朝、とある事情で自身が所属する学園の新入生二人に叩きのめさている。
それは自業自得なのだが、鬱憤が溜まった彼等にそんな理屈は通じない。
彼等はその憂さ晴らしのために、人目のつかない野外までに脚を運んだのである。
そうして見つけた、獲物。
老人だ。まるで何処から逃げてきたかのようなボロボロのみすぼらしい格好だった。
本当は若い女に自分達の欲望をぶつけたかったが、最初はこの老父遊ぶのもいいだろう。
そう決めた彼等は、仲間と共に武器を持って老父に近づく。
この国では武器の所持を認められているが、当然ながら無暗な殺生は禁じられている。
だが、そんなモノはどうやってでも誤魔化すことは可能だ。
一目が無い場所ならば、向こうが襲ってきたので返り討ちにしたと説明すればよく、万が一は自分達の家は資産家なので金の力で解決するだけである。
何度もやってきたことだ。暇があれば何度も彼等は犯してきた。今回だって同じはずだ。
ドシュ! と、肉が斬れる音。
鮮血が薄汚れた瞬時に空間を染め上げる。
そうやって彼等は、そのまま首を跳ねられて、全員が死んでしまった。
少年たちの顔は揃いも揃って何が起こったのか解らないまま、呆けた笑みのまま転がっている。
「弱い」
彼等が殺そうとしうた老人、逆に彼等を殺し、つまらなそうに嘆きを呟いた。
もはや老人は彼等に興味などない。無作為に奪った彼等の一人が持っていた刀をその場で投げ捨てる。
そうして老人は自分が殺した少年たちの死体には眼にもくれず、その場を後にした。
「ああ、弱い。だが……」
再び嘆きの言葉を出そうとした時、老人の顔がにたりと嗤った。
狂喜の顔で頬を緩めながら、老人はその名を口にする。
「そちはきっと強くなってるだろ? のう、弦木タケルよ」
■あとがき■
とりあえず、第一章終わりな感じ。
ライトノベル一冊分は続きますので、よろしくお願いします。
感想待ってます。
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