第6話 学園生活


 入学式が終えた教室。

 朝の騒動で活躍をした輝橋かがやばし生鐘うがねは、多くの人間から注目を浴びていた。



「へぇ──! 輝橋君って、弦木つるぎ君って子の護衛者ガーディアンなんだね!」

「だから、あんなに強かったんだぁ!」

「未だ修行の身でございますが、そう言ってくださるのは嬉しいですね」


 賛辞を贈る女生徒たちに生鐘は爽やかな笑顔で返答する。

 それが益々周りの女生徒達の好感を上げた。

 自慢するわけでもなく、特に卑下し過ぎる訳でもない。

 自分達の褒め言葉を素直に受け取ってくれる姿を見て、言った女子たちも嬉しくなった。

 

「いいなぁ……。私もこんなかっこいい人に守ってもらいたいな」

「私も。ボディーガードなんて厳つい人ばっかりで少し怖いんだよね」

「いいじゃない。私は自分専用の護衛なんていませんよ?」

「四六日中厳ついおっさんに囲まれたい?」

「いや、それは勘弁です」

「あ~あ、私の護衛者ガーディアンも輝橋くんみたいな人だったらなぁ……」


 そんな彼女たちの好き勝手な嘆きに対しても、生鐘は笑顔のまま応対する。


「僕には仕えるべき主君が既に居ますので、誰か別の人間に仕えることはできませんが、有事の際にはクラスメートである皆さまを守ってみせますよ☆」

『キャ─────! 輝橋君、かっこいい!!』


 拝啓、親愛なるお父様、お母様。

 そちらでは如何お過ごしでしょうか?

 私、弦木タケルといえば最近、再会した友人がタラシになって困惑しているところです。

 人間変わらないとは思いましたが、変わる事は変わるのだと学びました。

 と、黄色い声援を浴びながらアイドルのような笑顔を浮かべている生鐘を見て、タケルは自分の席に座りながら、軽くトリップする。

 何なのだ、あれは? あれは本当に生鐘なのだろうか?

 いや、間違いなく生鐘であり、丁寧な物腰は変わらずだが、何処となく胡散臭いものをタケルは感じた。

 まるで深夜の特別番組で出るようなホストでも見ているような気分である。

 生鐘は少女であるのだが、護衛者ガーディアンの役目の為に男子生徒として振舞っている。

 その整った容姿も伴い、麗しき若き武人として女子からの興味を抱かれたのだ。

 では、主であるタケルも同じように注目を浴びるのかとなれば、そうでもない。

 生鐘はタケルのことは必要最低限のことだけを述べて、詮索するような素振りがあれば自分の言葉で遮りを入れている。

 自分だけならばともかく、仕えるべき主にも余計な注目を浴びせないために行った彼女なりの配慮だろう。

 そして、柔らかな物腰や当たり障りのない言動によって、自身に集中するように仕向けながら、話の内容は彼女たちの話に応対している。

 無暗矢鱈に自身の情報を誇示せず、相手が話やすい話題を振り、その応対には丁寧な言動で返答をする。

 元来、女というものは話したがりが多い。

 それはどの歳でも変わらず、学生でも喫茶店で何時間か語るだけで時間を過ごしたり、主婦達も近所の無駄話でつり花を咲かせてしたりしまうことはよくあることだ。

 そういった意味で生鐘は聞き上手でもあったため、周りの女生徒達の好感度の上昇は止まらない。

 大したものだ、とタケルは思う。

 昔はあんなに人見知りが激しがった友人の様変わりに、過ぎ去った時間を感じられずにはいられない。

 別れてから今まで直接会ったことはなかったが、手紙のやり取りはしていた。

 だが、その内容からは生鐘があのような素振りを完璧にこなせるようになった事など何処にも書かれてなかったので、タケルからしてみればまるで狐にでもつままれたかのような気分だった。

 突然の再会。自分の護衛者ガーディアンになること。男子生徒として入学する。朝の立ち振る舞い。

 そして今の会話といい、タケルは生鐘に驚かされてばかりである。


「輝橋──君、すごいね」


 と、隣で椅子をずらす音と共に、聞き覚えのある声が聞こえた。


「……それはお前もだろ。で、そっちは解放されたわけか?」

「うん。私はほんの数人に声をかけられたくらいだから……」


 そうやって、もう一人の話題の人物、園原そのはら天花あまかは赤い瞳を細めて、にっこりと笑った。

 彼女も朝の騒動で活躍した一人であり、先程のまで彼女も数人に質問攻めに合っていた。

 もっとも、彼女が絡まれた人数は生鐘のそれと比べて少ない。

 だが、それは彼女が生鐘に比べて見劣りするわけでもなく、単に女子と男子との差だろう。最も、生鐘も本当は女の子なのだが。

 天花は雪のように白く長い髪に赤い瞳のアルビノの美少女。日本では珍しい外見だ。

 朝の騒動がなければ、その容姿だけ多くの男子生徒から今でも質問攻めだったり声をかけたりしているだろう。

 だが、天花は朝の騒動の一件によって、周囲に強い武人であることを知らしめた。

 生半端な覚悟で彼女に近づけば、自分も吹き飛ばされた男のようになるのではないのかと思う恐怖心で声をかけられずいる男子は多い。

 最も、彼女は誰それ構わず剣を振るう人間ではないのだ。

 天花は無遠慮な人間には容赦ないが、人並み以上の正義感もあって心が優しい。

 そのどちらも朝の一件を見れば、多少の人間ならば察することができるはずだ。

 天花に声をかけた人間の中には、その時に見たものに惹かれた者も少なくないだろう。

 そんな彼女に対して、友人であるタケルは気後れすることなく語りかける。


「人気者には変わらないだろ。武術系の部活から勧誘も多かったんじゃないか?」

「うん。私は剣士なんだけど、槍術やら弓術、柔術からも声かけられたよ。普通の運動部からにも声かけられたね」


 照れ臭そうに話す天花。そんな彼女に微笑みながらタケルは更に質問を繰り返す。


「なら、解放されたということは、どっかの部活に入るとか決まったのか? あるいはもう決めているのか?」

「その件はそろそろHRホームルームも始まるし、放課後改めて話すことで一旦お開きになったよ。

 何処にも入部する気は無いけど、みんな真剣に頼んで来たからここで簡単に断るのも尾ひれがつきそうだし、後でじっくりお話をするつもり」

「そっか。態々、時間を取るなんて優しいな、天花は」

「真剣な相手には真剣で対峙する、という教えですから」


 誰かの声真似のように喋った天花に対して、タケルは頬をつきながら明後日の方に顔を逸らす。

 そして視線を逸らしたまま、呆れた声を零した。


「誰なんですかね、そんな古臭いこと教えたの」

「さぁ? 誰だったかな?」


 そうやって、にまにまと天花は笑う。タケルは明後日の方に顔逸らしたままだ。

 そんな彼を天花は可笑しそうに眺めながら、ぽつりと思ったことを口にする。


「ふふ──そういえば、初めて同じクラスになったね」

「ん? ああ、そういえばそうだったな……」


 そこで再びタケルは、天花の方へと顔を向けた。

 二人の出逢いは、タケルが生鐘と離れ離れになってからしばらくしての頃、彼等が小学四年生の時だった。

 ある一件によって二人は出逢い、今の今まで交流を深めた。

 だが、先程の天花の言葉通り、小中共に同じ学校へ通っていた二人なのだが、同じクラスになったことは今まで一度もなかったのである。


「まぁ、結構な付き合いになるけど、同じクラスにならないことの方が当たり前かもな。学校側も全員の交流関係を考慮しているわけでもないだろうし」

「うん! だから、同じクラスになって嬉しいよ────」


 にこやかな天花はぽそり、とその後にも言葉を呟いた。

 本人としても無意識な声であり、その声にもならい言葉は周りの残響に覆いかぶさる。

 そんな普通では聞き逃す言葉を、隣にいたタケルの耳はしっかりと聞き拾っていた。


「って。お前、同じクラスで隣の席になるのにお参りしたの?」

「え──」


 まるで思考が停止したよう天花は呆然となり、次の瞬間白い肌を一気に赤くさせた。


「!? え!? わ、私、喋っちゃったの!?」


 天花は顔を赤らめながら手を前でわたわたと動かし、誰が見ても解る狼狽をする。

 遠巻きで彼女を眺めていた男子生徒の多くは、自分達にとって不穏な空気を感じとり、嫉妬の目線をタケルに向けるが、向けられた本人は完全に無視して天花を宥めようとする。


「落ち着け。まぁ、小さい声だったから、無意識だったとは思うけど……」

「聞き逃してよ! そこは難聴とかで聞き流してよ! ち、違うんだよ!」


 恥ずかしそうに顔を赤くしながら、天花は必死で言い訳を述べた。


「わ、態々、行ったわけじゃなくてジョギングのついでに神社を見かけたからだけであってさっきも言った様にずっと違うクラスだったし頑張ってタケルくんの同じ学校に通えるようになったんだからどうせなら同じクラスで同じ席だったら心強いなぁとかそんな軽いつもりでお願いしただけで! でもタケルくんが私にとって軽い存在だとかそんな訳じゃあ絶対になくて──」

「もう、いいから落ち着け。あんま騒ぐと周りに変な目で見られるぞ」

「あっ、う、うん……」


 勢いで立ち上がりそうな天花は、消沈したように机の上に項垂れる。

 まだ顔が赤いままの天花を見て、タケルは呆れるように溜息を吐く。

 そして、再び明後日の方へと顔を逸らしてから彼は言った。


「まぁ、俺も天花と同じクラスで席が隣なのは嬉しかったけどな……」

「!?」


 独り言の様に呟いたその言葉に反応し、天花は勢い良く置き上がってタケルを見つめる。

 タケルは一向に顔を見せないが、天花は彼の傾けた後頭部から見える耳が微かに赤いのに気づき、思わずはにかむ。


「なに、笑ってるんだよ……」


 己にとって不穏なものを感じたのか、タケルは顔を逸らしたままそんな事を言った。

 それが可笑しくて、天花は益々顔を緩めてしまう。


「ええ、笑ってないよ。顔も見えてないのに解らないでしょ?」

「見なくても解んだよ」

「そんなことないよ。ほらほら、こっちに顔向けて確認したら?」

「面倒だからいい……」


 くすくすと、笑い声を耳にしながらタケルは自身を憐れむが如く溜息を吐く。

 同時に、そろそろ重要な話題を振ることを決意した。

 タケルは自分達とは離れた位置に居る生鐘の姿を確認する。

 生鐘は未だに他の女子のクラスメート達に囲まれており、先程から移動してない。

 それを確かめたタケルは、頬を乗せた手を退けて、改めて、タケルは隣の天花を見た。


「あのさ」

「うん?」


 まだ笑いの余韻が抜けてないのか、天花はにこやか顔で首を傾げた。

 少しだけ気おくれするものの、タケルは彼女に訊ねる。


「何で生鐘に俺の弟子って名乗ったんだ?」

「よーし、皆、席をつけ!」


 思わず、タケルは声をした方を本気で睨みかけて──止めた。

 やって来た担任らしきスーツの男性を忌々しく思いつつ、ちらりと天花を見る。

 そこに映るのは困惑、戸惑い、罪悪感。

 とてもではないが、明るいものなど感じ取れない顔だ。

 さっきまで笑っていたことを思うと胸の奥が痛むが、タケルは気を取り直すように語りかける。


「まぁ、それは後でな。別に責めるわけじゃないから、時間ができた時に」

「あっ──」

「おーい、もう私語は慎めよ!!」


 何か言いかけた天花の言葉を担任の声が遮る。

 ほんの一瞬、天花は何かを迷った素振りをしたが、諦めたかのように彼女は前を向いた。

 その様子を確認したタケルは、周りに悟られぬよう次に生鐘を改めて確認する。

 席を一つ挟んだ列の席には、流石に女生徒たちから解放された生鐘は座っていた。その視線は真っ直ぐ担任の方へ向いている。

 だが、その意識が自分、正確には自分と天花に注がれているのをタケルは感じ取った。

 気まずい気持ちの中、自分も一先ずは担任の言葉に集中ようにする。

 しかし、難しい話など何一つなかったというのに、後になって内容が頭にちゃんと入っているのか不安になるタケルであった。


 †


 本日の内容は顔合わせのみで、連絡事項が終わった後、HRは終了した。

 本格的な授業は明日からとなる。

 解放された生徒たちは終了の声が終わると共に各々騒ぎ出した。

 近辺に座っていた者たちと親睦を深める者。あるいは新たな交友関係を自分の脚で探し求めたり、既に約束を交わして別の場所に移動をしようとしたり、その行動は様々だった。

 そして、二人の少女も行動を開始しようとしたが、本人たちが動くよりも先に別の人間に阻害された。


「園原さん、さっきの話の続きいいかな!?」

「輝橋君、これから予定ある!? これから皆で一緒に遊びに行かない!?」


 天花と生鐘はそれぞれタケルの元に行こうとした矢先にクラスの人間、中には終る直前を狙っていたのか別のクラスの人間すらやって来て、生鐘と天花の周りを取り囲んだ。

 直前でタケルに声をかけようとした天花は困惑気味で、生鐘も周りの女生徒達へにこやかな対応しているが、内心は定かではない。

 そんな二人の様子を見てから、タケルは携帯を取り出して、素早く文章を入力するとそのままメールを送信した。

 直後、周りに声をかけられながら、タケルの方を見ていた天花がピクリと反応する。


「あっ、ごめん。メール来たみたいだから、見てもいいですか?」

「なになに、もしかして園原さんの彼氏?」

「え!? やっ、そんなんじゃないですよ」

「動揺する方があやしい~」

「だから、そんなんじゃないです──」


 上級生も中には居るので天花は丁寧な言葉で対応する。

 周りに否定しながら、天花は携帯を取り出して操作し届いたメールの内容を確認した。

 思わず、タケルの方を見ようとしたが圧し留まりながら、天花はその口を綻ばせる。


「なになに、マジで彼氏さん?」

「だから違いますよ。ちょっとした用があったて、その件です」

「あれ? じゃあ、帰らないといけない?」

「いえ、少しだけなら時間がありますので、その間なら」

「なら、教室で話すのも他の人に悪いし、ここの食堂は広々としているみたいだから、そこでじっくり話し合わない?

 もちろん、話しを聞いてもらう園原さんは奢らせてもらうわ。他の皆もそれでいい?」

「構わないわ」

「私も!」


 熱心な目線を向けて女子生徒が提案し、周りも其れに同意した。

 その態度から、天花を自身の部活へ介入させたい人間だと解る。

 もっとも、彼女以外にも天花の周りに集まっている人間のほとんどが思惑を同じにしているのだが、天花は少し迷った後で頷いた。


「はい。それでいいですよ」

「よし決まりね。なら、案内するからついて来て」


 そうやって天花は多くの生徒に囲まれながら、教室を退室する

 タケルがそれを見送っていると、手に持っていた自分の携帯が振動した。

 確認すると天花からメールがやって着ていた。

 件名なしの内容には一言、「ありがとう」という文字。

 大した内容でもないのに律義にメールを返信してきてくれる、とタケルは僅かに微笑む。

 自分はただ「さっきの件は後でいいから、まずは周りの人たちの話を終わらせたらどうだ?」というメールを送っただけだというのに。

 タケルは胸の奥にくすぐったいものを感じながら、次に生鐘の様子を窺う。

 先程よりも人が増えている。しかも殆どが女子生徒。入学初日にして大した人気だ。

 話題の内容は未だ雑談に近いものだが、遠巻きで生鐘たちの様子をタイミングでも測る様に窺っている人間も増えている。天花と同様、部活への介入を考えている生徒たちかもしれない。

 タケルが荷物をまとめてから立ち上がり生鐘たちに近づくと、真っ先に反応したのはやはりと言ううべきか生鐘だった。


「タケルさま!」

「ああ、そのままでいいぞ」


 タケルは周りとの話を中断し、立ち上がってそのまま此方に近づこうとした生鐘を制止ながら、再度周囲を見渡す。

 皆、急に態度が変貌した生鐘を改めて見てから、タケルに視線を集中させる。


「えっと、もしかして輝橋くんの御主人さま?」

「まぁ、その通りだな」


 誰かが訊ねた言葉にタケルは軽く頷く。


「話の腰を折って悪いな。それと随分とうちの護衛に仲良くしてもらっているようで助かるよ。俺から言うのも、個人的に何だとは思うが、よろしく頼む」

「いや、こちらこそ」


 タケルが礼を述べると、再び誰かが自ずと返した。

 そして、そのままタケルは生鐘に目を向ける。


「生鐘、俺は図書館で時間でも潰しているから、話が終わった後でも迎えに来てくれ」

「なっ──」

「ええ、別に弦木くんも一緒に話したらいいじゃない? ねぇ?」

「うん、別にいいと思うよ」

「賛成!」


 生鐘が顔色を変えて何かを言う前に、彼女の周りの女子たちがわいわいとタケルも話に混ざるようにと誘い出した。

 タケルは心の中で嘆息してから、顔色は変えずに首を振った。


「いや、せっかくの誘いだが辞退しとくよ」

「ええ、なんで?」

「楽しいお喋りだけならば参加してもいいが、ここには生鐘を自分の部活に誘いたい奴だっているだろ?」

「それは、そうだけど……」


 タケルは周囲を見渡して訊ねると、肯定しつつやや困惑気味な表情を浮かべる人間がちらほらいた。

 困惑の理由はタケルが話に参加しないこと生鐘の部活勧誘との関係性だろう。

 その合致する理由をタケルは簡単に説明する。


「主人である俺がいると生鐘は俺に遠慮してどんな勧誘でも断ってしまうだろう。

 それに納得しない奴がいたとして、後日再びてのもお互いに面倒だ。

 だから、俺がいない内に生鐘個人をしっかりと話し合っておけ、てこと」


 タケルのその説明で周囲はなるほどと納得した。

 そのままタケルは微妙な顔を浮かべたままの生鐘を見据える。


「つうわけで生鐘はしっかりと話し合って、ついでに親睦も深めとけ。どうせこっちに同い年の知り合いなんて少ないだろうから良い機会だろ」

「しかし、私事でタケルさまにご迷惑をかけるわけには」

「その気遣いが遠慮なんだよ。というか、お前は俺言葉が聞けないのか?」


 あまり好きな言葉廻しではないが、うだうだと口論しても拉致が開かないのでタケルは命令口調で生鐘に言う。

 すると生鐘はほんの一瞬、タケルにしか解らない程度だが、拗ねたように顔を曇らせてから、平然とした振る舞いに戻り、タケルに向かって頭を下げる。


「解りました。タケルさまの御言葉に従います。お気遣い、感謝いたします」

「おう。俺は図書館に行ってる。場所が分からないなら生徒手帳に書いてあるからな」

「ねぇねぇ、弦木くん待って!」


 そうやってタケルが教室を出ようとすると、一人の女子生徒が彼を呼び止めた。

 怪訝しながらタケルは鞄を持ち直し、呼び止めた女子生徒へ振り向く。


「……なんだ?」

「あのさ、弦木くんは部活とか興味ないの? 運動部とか武術部系? それなら一緒に話をしても問題ないんじゃない?」


 陽気に訊ねてくる彼女の言葉に、タケルは一瞬でにこやかな笑みを浮かべた。

 タケル自身に興味を持ったか、あるいは主人であるタケルを勧誘できれば芋づる式で生鐘も部活に引き込めるという魂胆なのかもしれないが、どちらにせよタケルの言葉は決まっている。


「悪いな。俺、体力ないから肉体系の部活は無理なんだ」


 そう言い残してタケルは相手の反応を見ず、今度こそ教室を出て行った。


「なんだ、弦木くんて運動苦手なんだ。だから護衛が必要なんだよね──」


 そうやって、女子生徒がタケルを見送ると──体が凍りついたように硬直した。

 だが、その一種の金縛りのような状態は一瞬で、慌てて後ろを振り返ると生鐘を中心に会話が再開している。


「はい。先程のお話の続きですよね。あれは──」


 柔和な微笑みで周りと話をする生鐘を見てから、彼女は気のせいかとほっと胸を撫で下ろす。そして、自身も会話に参加するであった。


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