第4話 欠落


 弦木タケルが護衛者ガーディアンの輝橋生鐘と屋敷から飛び出した、約数分後。


「ぜぇぇ、ぜぇぇ、ぜぇぇ……」

「タケルさま、少しお休みになられますか?」


 しばらく走って息切れを起こしたタケルを後ろから着いて来た生鐘が心配そうに声をかけた。

 タケルは優秀な武人の血を引いていながら、人並み以下の体力しか持ち合わせていない。

 それがタケルの『欠落』している部分。

 体力がなければ満足に力を振るえない。武人と名乗るには、その欠落は致命的だった。

 これが理由で他の有力な武家の人間から馬鹿にされることはよくあった。

 タケルは鉛のように重い自身の体に嫌気をさしながら、生鐘に向かって首を横に振るう。


「い、いい……。それじゃあ、走った意味なくなるだろ……」

「ですが……」

「歩いて内に、ぜぇ……収まるから、……心配するな……はぁ」

「……タケルさまがそう仰るのでしたら」


 そう口にするものの、生鐘はタケルの一歩下がった位置で不安げな表情を変えない。

 無理もないだろう。

 タケルの顔色は誰から見ても悪い。心配するなという言葉は、意地を張っているにしか見えない。

 これが対等な立場や、それ以上の関係ならば無理矢理でもタケルを休めるところかもしれないが、あくまで生鐘はタケルの下だと本人は思っている。タケル自身が見栄を張るならば、それに従うのは当然であった。

 だからといって身を按ずる気持ちは止められない。

 押し黙って自分を心配する彼女の心境を、タケルは理解していた。

 悪いとは思う。だが、見栄を張らずともここで休んでしまっては、急いだ意味がなくなるのも事実である。

 タケルは呼吸を整えつつ、後ろで暗い顔の生鐘へと声をかけた。


「まぁ、このとおり、今も俺は貧弱体質なわけだ──」

「…………」


 生鐘はその言葉に何も返さず、苦悶の顔を俯かせるが、タケルはそのまま言葉を繋げた。


「──正直、護衛者ガーディアンはいたほうがいいし、気心知れた相手だと俺も助かる。

 だから、これからもよろしくな」

「!?」


 その言葉で生鐘は俯いた顔を勢いよく上げた。


「僕が、タケルさまの護衛者ガーディアンになることを認めてくれるのですか?」

「何を今更。そう仕向けたのはそっちだろ?」

「確かにタケルさまに対して騙し討ちのような姑息な手段を行ってしまったのは事実ですので、如何なる罰は覚悟の上ですし、タケルさまが不要というのでしたら──」

「ストップ。それ以上先はくだらないことを言いかねないから、続きは喋るなよ?」

「……申し訳ありません」


 素直に謝罪する生鐘を見て、タケルは呆れたように息を吐き捨てる。


「案の定かよ。まぁ、俺の護衛者護衛者ガーディアンに関しては兄さんのことだし、どの道に新しくつけることになっただろうな」


 あの兄は何かと過保護だ。仮にタケルが生鐘を護衛者ガーディアンとして認めなかったところで、すぐに新しい護衛者ガーディアンを準備するに違いない。


「だから、さっきも言った様に初対面の相手よりかは昔馴染みの生鐘でよかったと思うし、護衛者ガーディアンの件を別にすれば、生鐘と過ごせることは正直嬉しい」

「!? た、タケルさま!!」


 生鐘は先程のまでのあった暗雲な表情が消し飛ばし、タケルに歩み寄りながら眩しいまでに輝いた笑顔を見せる。


「僕もタケルさまと共に過ごせることをとても、とても嬉しいです!

 それに、タケルさまからも嬉しいというお言葉を頂けるなんて、感無量ですっ!!」

「大袈裟だな、お前は……」


 口調は呆れ気味のタケルだったが、生鐘の満面の笑みに感化されたかのように自身も苦笑を浮かべていた。

 そんな彼に生鐘は改めて、今後の挨拶をする。


「未だ修行の身で到らないことも多い身ですが、そこはタケルさまに対する忠誠心で補い、全身全霊を持って御役目を真っ当する所存です。不束者ですが、宜しくお願い致しますね」


 後半の台詞が何やら別の意味でも聴こえなくもないが、タケルも頷き返事をした。


「こちらこそ。改めて、よろしく」

「はい!」

「で、それはそれとしてだな──」

「?」


 タケルは傍で歩く生鐘の全身を改めて見渡す。

 そんな視線を受けた生鐘は、ぽっと頬を染めた。


「タケルさま。そんなにじろじろと見られたら恥ずかしいです」

「っと、悪い──」

「でも、タケルさまが見たいのなら存分に見てもくださってもかまいませんよ。むしろ、見て欲しいです!」

「どっちだよ!? ていうか、俺が言いたいのは、本気でその格好で学校に通うのか?」


 何度も言うが生鐘は女の子であり、彼女が着ているのは男子生徒用の制服だ。

 彼女の素性を知るタケルから見れば、違和感は拭いきれない。

 そんなタケルの胸中を余所に、生鐘は平然とした態度で首を傾げる。


「何を仰るのですか? 学校側で指定された制服を着るのは当然でございましょう?」

「いや、お前、女の子。なんで男の制服を着てるのかを訊いているんだよ、俺は。

 つうかワザとだろ?」

「いえいえ、とんでもない。さて、僕が男子生徒の制服を着ているわけですよね」


 ジト目のタケルに対し、そのまま生鐘は笑顔で説明を始めた。


「簡単に言ってしまえば、都合が良かったからですね」


 何の都合が良いのか。疑問に思うタケルの前で、生鐘は説明を続ける。


「同じ男子生徒ならば、一緒に行動しても周りから奇異な視線を向けられません。

 それに、恥ずかし屋さんのタケルさまも周りから女性に警護されていると思われるよりかは、同年代の男性に警護されていると思われたほうが、心苦しくはないでしょう?」

「誰が恥ずかしがり屋だ。というか、それくらいの理由でお前が男子生徒として通うって、お前にとって結構な負担だろ」


 女が男に混じるリスクは多い。相当苦しい思いをしなければならないはずだ。

 逆にタケルが同じ立場なら、何とかして状況を脱することを試みるだろう。


「俺の体裁は気にしなくていいから、今からでも普通に通う手続きをしたほうがいいんじゃないか?」


 確かにタケルとしても同い年の女の子に守ってもらっているのは恥ずかしい気分になるし、周りからそう見られるのは気持ちいいものでもない。

 だが、これから自分達が通う学校はセレブも多く通う場所であり、中には自分より年下の異性に警護してもらっている生徒がいても可笑しくは無いのだ。

 それを考えなくとも、大切な友人に難題を押し付けるくらいならば、多少の醜態などタケルは簡単に耐えられる。

 そうやってタケルが気遣う視線を向けるが、生鐘は笑みのまま首を横に振るった。


「お優しいタケルさまが気にかける事など何もございません。一種の修行だと思えばよいだけですし、男として振舞うこと自体何も苦に感じることはありません」


 そう言いながら生鐘は嬉しそうに微笑む。

 不安を感じるどころか、これから起こることが嬉しくて堪らないという顔だ。


「むしろ、男子生徒であれば男女の隔たりもなく常にお傍でお世話もできるので僕としても嬉しいですよ」

「世話って……お前が俺の護衛者ガーディアンであって、世話役じゃないぞ」


 仏頂面になるタケルに対して、生鐘は笑みを浮かべたまま語る。


「僕はタケルさまに仕える立場ですので、役職が何であろうと御傍にいれば身の周りの世話を全て真っ当するのは当然ですね」

「おい、何だか仰々しいぞ。お前は何処までするつもりなんだ?」

「全部です。タケルさまが朝目覚めてから夜寝るまで、御側で力になります。永遠に」

「過剰過ぎる!!」


 あまりにも過保護にタケルは叫ばずにはいられなかった。

 そんなタケルを余所に生鐘は笑みを浮かべたまま、当然のことを様に、またもや仰々しい言葉を、平然とした態度で言う。


「そんなことはありません。僕はただタケルさまを見守りたいと願っているだけですよ」

「本当に仰々しいなぁ……。あと、世話や護衛とは別にして、生鐘が普通の男として本当に振る舞えるのかも心配なんだけど」


 今は『僕』という一人称を使っているが、昔の生鐘の一人称は『私』であり格好も普通に女の子らしい服装であった。

 そして、生鐘がタケルを恥ずかしがり屋と称したが、タケルからすれば昔の生鐘は自分よりも恥ずかしがり屋だったし、人見知りも激しかった。

 今日もタケルが触れたり、見ていたりしただけで恥ずかしそうにしている。

 多少は見知っている相手にすらこの態度ならば、他の異性に対して過度な反応をするのではないかとタケルは不安を隠せないでいた。

 そんな心配をするタケルに、生鐘は安心させるよう平然な態度を崩さす、宣言する。


「心配無用です。タケルさまの不安を綺麗に消し去る振る舞いを、御覧に入れましょう」

「ああ、そうかよ。なら、よろしく頼むわ」


 もはや何を言っても無駄だと悟ったタケルは諦めたようにそう言った。

 万が一、何あれば自分がフォローをしよう。

 そんな少年の覚悟を察しているのかいないのか、生鐘は満面の笑みで頷いた。


「はい。お任せください、タケルさま!」

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