F:鍵
眼球型機械、
こっちの作業に集中しすぎて、監視チップのLABの締切を、もう過ぎている。
「まぁ、催促されてないし」
ただ、催促されない理由に、思い当たるフシがある。
それが、目の前に静かに鎮座するこの眼球。
先日、LABで調整をしているときに、最初に会ったあの男に、突然声をかけられた。
―― 面白いものを作っていますね ――
「さすが、軍人……ってことか?」
声をかけられるまで、まるで気づかなかった。集中していたのもあるが、物音ひとつしなかったように思う。
しかし、あれは、監視チップを見に来たのではない。確実に、このeyesroidを見に来たのだろう。わかっていて見に来た、そんな表情、そんな態度だった。
「すでに、監視してますって?」
監視チップの依頼を受けてから、サクラと協力して探しているものがある。
20年前に4区で行われていた、研究の資料だ。そこに、リュータにつながるデータがあれば、取り出して消去しておく必要がある。ここに、いられるうちに。
4区はアナログ世界だったとはいえ、研究をしていたのは、こちらの世界。おそらく、データはあるはず。あの若い男が、20年前の研究を知っていて、サクラの著書に興味を持ったというのなら、十分にあり得る。
「なぁ、リュータ?お前に、あそこは似合わない。自由でいてくれ」
できることなら、珪と共に。
「俺たちに、監視、なんて合わないだろ?」
始まりは、サクラの著書。LABに興味を示され、サクラの出入りから、恐らくは、自分の仕事が結びついた。そして、自分の存在は、同期の珪を引っ張って、サクラも自分も、身動き取れない。
eyesroidは、彼らに引き金をひくきっかけを与えてしまったのかもしれない。そもそも、これを世に出す気はないのだ。LABを知ってしまった、今の自分としては、なおのこと。
作り出したことに、後悔はない。悔やむのは、リュータのデータを見つける前だということ。
これ以上、あそこに長居をすれば、本当に抜けられなくなってしまう。
あと少し、時間がほしい。データを盗み出し、サクラを説得して、そして――――。
* * * * *
「えー、グロいぃ……」
嫌そうな顔と声音にもかかわらず、リュータは、
eyesroidを見せた時のサクラと同じリュータの反応に、
「グロいって割には、がっつり観察するんだな?」
「うっわぁ。目玉が浮かんでるぅ」
気持ち悪いと言いたげな顔のまま、角度を色々変えて、リュータは、観察を続けた。
彼のとなりで、好物の大福を片手に緑茶を飲む珪が、やや興味を示していた。
「これって、いつだったか、サクラと話してたアレ?」
「そう。まだ、完成じゃないけどな。サクラが名前つけてくれてさ」
「なに?」
「なに?」
珪とリュータの声が揃う。
「eyesroid。アイズとアンドロイドでeyesroid」
珪は、「へぇ」と呟いて、リュータから眼球型機械の入ったケースを受け取った。
「すっげー。良くできてるなぁ。目玉にしか見えない。いつの間に、っつーか、どこでつくってたんだよ?」
珪の問いに、
「LAB」
「マジか……」
半分呆れぎみに、珪は
LABは、政府機関だ。私的に使っていい場所ではない。そもそも、バレたら利用されるのがオチだ。
実際、サクラが今そんな状況なのだから。
「わかってるって」
「俺にも、色々考えがあんの」
そんな顔をされたら、珪も、何も言えなくなる。
「でさぁ、しばらく泊めてくれない?」
「なるほど、そのためのコレか……」
「アキ、泊まるの?!やったぁ!」
リュータは、単純に喜んでいるが、珪は、何かあるだろうと
「珪ちゃん、」
満面の笑みを浮かべて、正面に座る珪へ身を乗り出して、指の先でつまむいちごを差し出した。
「はい、口開けて」
「は?」
「は、じゃなくて、あー」
「あー?」
訝しげなまま、珪は聞き返す形で口を開いた。そこに、問答無用でさしこまれる、大福の中にあったいちご。
珪は口いっぱいになったいちごを、斜め上を向いてモグモグ噛み締めた。爽やかな甘さが、口の中に広がる。
「幸せの味。うまいだろ?」
「いーなー。アキ、俺もー」
「はいはい」
「あーん」
同じようにいちごを頬張らせてもらい、リュータは、とろけたような表情で味わっている。
珪が、それを見て小さく笑った。
「幸せの味、したか?」
「ものすっごく」
答えを聞くまでもなく、リュータは、「幸せ」を噛み締めているようだった。
ただ友だちのところへ遊びに来たわけではないことは、珪はわかっていた。それでも、それが、思うほど深刻ではないとも、珪は考えていた。
その日の夕食は、豪勢なものとなった。
珪が
友だちと一緒に過ごす時間が、積み重なっていく。大切な思い出が、増えていく。リュータには、それが嬉しくて、
夜中、
「珪ちゃんが甘くなるのが、分かる気がしてきた」
PCは起動していて、画面にはたくさんの記号がならぶ。珪の許しをもらい、
「アッキー、なにやってんの?」
「うわぁー!!」
突然、リュータが
振り返ると、
「タローちゃん、驚かさないでよ。心臓止まるかと思ったわ!」
「あはは。ごめーん。気づかれないように歩くの、俺得意なのー。ドロボーだからね」
言いながら、リュータは、
「寝てたんじゃなかったの?リューノスケくん?」
「だって、起きたら、アッキー、いないんだもん。これ、何のデータ?」
「おめめのプログラム」
「おめめ?って、昼間見せてくれたヤツ?」
「そう。色々ね、弄ってあげなきゃいけなくて」
「手のかかる子なんだねぇ」
「まぁねー。もうちょいやってるから、タローちゃん、寝てな?」
「……アキ、部屋に戻ってくる?」
「もちろん」
「おやすみ、アキ」
「おやすみ、リュータ」
リュータが、パタパタ足音をさせて2階へ戻っていく。それを少しの間見送って、
2階に戻ってきたリュータは、吹き抜けとの境の柵に両腕を預け、階下を見下ろしている珪を見つけた。彼は、戻ってきたリュータを笑顔で振り返ると、体を反転させた。
リュータが近づいていくと、やや乱暴に頭を撫でられた。
「安心しましたか?」
珪の問いに、リュータは、少しむくれ顔で答えた。
「しました……。起こして、ごめん」
「いいよ。おやすみ」
「ありがとう、珪ちゃん。おやすみ」
リュータは、自室ではなく客室へと入っていった。
それを見届けて、珪は、数分前を思い出して小さく笑った。
数分前、そっと1階に降りる前、リュータは、珪の部屋に忍び込んでいた。
眠っていた珪は、ぼんやりと目を開けて、あるはずのない隣からの寝息に、心底驚いて半身を起こしたのだ。見下ろした先にいたのは、枕を抱えて眠るリュータで、珪は、盛大にため息をついた。起こして訳を尋ねると――――。
―― アキがいない……。――
リュータは、眉尻を情けないくらいに下げて答えた。珪は、自室へ戻る際に、
―― 起きたらいないんだもん……。さみしー。ここで寝るぅ ――
―― 下行ってみろ。どうせ、PC使って作業中だ ――
いくらリュータが小柄とはいえ、狭いベッドに、大の大人、しかも男が2人は厳しいと、珪が
あくびをひとつ漏らして、珪は、一度1階を見下ろして、部屋に戻った。
ここでなければ、できない作業なんて、正直想像もしたくない。ただ、親友の行動を信じるしか、珪にはできなかった。
* * * * *
1階のソファーにうつ伏せに寝転がり、リュータが1人唸っている。
PCのスペースを
唸るリュータの手には、ケータイ。
なんとなく、珪にはその理由が思い当たる。
「唸っても、穴空くほど見つめても、画面は変わんないぞー?」
珪が、雑誌に視線を戻して指摘する。リュータは、さらに大きな不満の声をあげた。
「あー!サクの返信がなーいー!」
半ば拗ねているような、半べそのようなリュータの声に、
「あいつ忙しいと、プライベート忘れるからなぁ」
「えー?!忘れられてんのぉ?」
リュータの顔は、ますます泣きそうになっている。
そこへ、珪がだめ押しをする。
「優先順位は、下がってるかもな」
「サークぅ……」
項垂れて、ソファーに顔をうずめるリュータに、
「明後日、LABに行かなきゃいけないから、ついでにサクラに伝言してきてやるよ」
「……花束持って現れて、って言っといて」
「了解」
答えて、
とはいえ、
メッセージも見ていない。ウチには帰ってない。史那の診療所にも、行ってない。もちろん、遊びにも来ない。今まで、こんなことはなかった。
「(集中してるだけならいいけど、なんかあったか?)」
LABという場所を思えば、何があってもおかしくはない。
「(急いだ方がいいかもな……)」
考えていることがある。これからやろうと計画していることがある。
しかし、実現した時のこの2人を思うと、特に、リュータの気持ちを思うと、
「ねぇ、アキー」
ソファーに膝立ちになり、背に体を預けるようにして、リュータが
「んー?」
「LABって、どんなとこ?」
「なに?突然」
「だって、LABって、国際政策機関の研究施設なんでしょ?しかも、アキもサクも行き来できる距離。この辺に、そんなのあったかなぁ、って」
「不自然な中に、ひっそりとね」
「不自然な?なにー?なぞなぞー?」
「でも、真っ白なとこだから、好みは分かれるかもな」
「床も壁も真っ白?」
リュータは、ソファーの背を正面にぺたりと座り、背に顎を埋めた。
「んー。床は明るい色の木で、壁が白いの。でも、印象は、白」
「じゃあ、サクのいるとこも、そんな感じ?」
「あー。似たような感じ。俺、あんまり好きな空間じゃないんだよなぁ。あちこちにカメラあるし、扉には指紋やら静脈やら、網膜やらのセキュリティもあるし、鬱陶しいったらないの」
リュータは、
「アキ、サクに会いに行く度、毎回セキュリティをあちこちクリアしてんの?」
「近道教えてもらったから、そっち通ってる」
「……近道」
「構造、複雑でさ。いくつか入り口あるから、間違えると大変なんだよ。サクラに会う時は、先にそっち行くようにしてんの」
リュータは興味津々の顔をして、無邪気に聞いているが、向かいのソファーで雑誌を手にしたまま2人の様子を見ていた珪は、気づいていた。
「でも、そこもセキュリティはあるんでしょ?」
「外から入るのに、ナンバー入力いるけど、それだけだから。入っちゃえば、研究棟だしな」
それでも、構造は複雑だと、
「アキ、設計図とか得意だったよね?描いて、描いてー」
「今?」
「それ見て、サクのこと思うから。あ、アキの働く場所も忘れないでね」
「わかったよ。待ってろ」
「はーい」
ソファーに座り直すリュータを見て、珪は心の底から思った。
「(小悪魔……)」
正面にいるリュータは、満足げに笑っている。
テーブルに置いていた珪のケータイが、不意に光る。メッセージを受信したらしかった。
手にしてよく見れば、リュータからのメッセージ。
リュータに視線を戻すと、にっと悪戯な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
―― 珪ちゃん、お仕事でーす ――
―― そんな気がしてました ――
リュータのことが、だんだんとわかるようになっている自分がいる。珪は、そんな自分がおかしくて、愉しげに微笑んだ。
* * * * *
「LABなんて、儲かりそうにないけど、ホントに行くの?」
夜、珪はリュータの部屋にいた。部屋にある、一人がけのソファーに座り、膝にあるクッションをポンポンと弄ぶ。
昼間のメッセージを、再確認しに来たのだ。
リュータは、ベッドにあぐらをかいていて、枕を抱えている。
「行くよー。何のために、アキとあのやりとりしたと思ってんの?」
リュータは、当然といった顔をしていた。
「だって、LABでなに盗るの?」
「サク」
2人の間に生まれる沈黙。
珪は、少しして、口を開いた。
「え?なに?」
「サ、ク、ラ」
「サクラ?」
「そう。お医者してる、俺たちの親友。只今、LAB勤務」
リュータが冗談を言っているようには、とても見えない。しかし、「サクラを盗む」が、珪には上手く理解できない。
「…………お金とかじゃなくて?」
リュータが、眉尻を下げて珪を見る。
「儲けがないと、イヤ?珪ちゃん、やりたくない?」
「そうじゃないけど」
「サク、全然顔見せないし……史那のとこにも行ってないんでしょ?メッセージ返って来ないし。俺、嫌な予感するんだもん。サクを取り戻したい」
「俺も、心配はしてたけど……そうか、それがあったか……」
珪は、最後は、独り言のように呟いた。
「珪ちゃん?」
リュータが、小首をかしげて珪を見る。
珪は、晴れやかな笑みを浮かべた。
「そうだな。取り戻そう、サクラを」
珪の言葉に、リュータの表情が、パッと輝いた。
「うんっ」
「お前が行けば、なんか大丈夫な気がする」
「俺、ホント、珪ちゃんと出会えて嬉しい!」
リュータの顔が、嬉しさであふれる。
「珪ちゃん、ありがとう。ホント、珪ちゃんすきー」
「お前、本当にストレートだな……」
「あはは。これからもよろしくー」
「はーい」
LABへの侵入となると、慎重に情報を集めなければならない。今までより、確実に盗めるように。
しかし、相手は政府特別研究所。そう簡単に行くわけがない。珪は、そう思っていたが、なぜか、リュータは余裕の表情だった。
翌日から、珪は、システム系の情報を探し始めた。幸い、
「リュータは、あぁ言ってたけど……」
珪は、サクラを盗むと決めた夜の、リュータとの会話を思い出していた。
―― どこを当たれば、情報盗れるかな?極秘だろ?あんなとこ ――
―― 珪ちゃん、俺が今までどんなとこに侵入してたと思ってんの? ――
ニヤリと笑うリュータを見て、珪は、すごいという言葉しか出てこなかった。
「(あいつの情報網は、何なの?)」
調べれば調べるほど、そう思う。
確かに、今まで大企業を狙うことが多かった。ただ、それは、裏利益を上げている企業という共通点だけでなく、そのすべてが、国際政策機関との繋がりを持っていた。
リュータは、かつて珪に話していた。自分がドロボーをしている訳を。
それは、サクラにも話していた、あのセリフ。
―― 俺は、俺たちを見捨てた奴らから、取り戻してるだけ ――
リビングダイニングの端、PC作業棚を前に、珪は、デスクチェアに凭れかかり、感嘆を漏らした。
「そういうことか、あいつ……」
リュータは、今、表の仕事のためにでかけていた。
今はいない彼の姿を、視線の先に浮かべる。
「またひとつ、あいつが分かった気がする」
珪は、嬉しそうに微笑んだ。
そこからの仕事は早かった。
企業を調べ上げ、何において、国際政策機関と繋がりがあるのか。過去に侵入した場所からデータを集めるのは、珪にとって、造作もないことだった。
そこから、LABに関係のあるモノだけを選別していく。最新の情報、今のLABを集めていく。
1/3の企業を調べ終わった珪は、休憩をしようと手を止めた。
固まっていた体を伸ばして、首もほぐす。
「おつかれー」
背中からした声に、珪は、デスクチェアに座ったまま、首を後ろへ倒して、声の主・
「おかえり、アキ」
「えー。なんで、そんな普通なの?」
珪は、体をもとに戻して、デスクチェアを回転させ、
「リューノスケで慣れた」
珪の答えに、
「俺、夜中に、マジで心臓飛び出るかと思ったことあるわ」
「はははっ。だろ?」
笑って、珪は、デスクチェアから立ち上がった。キッチンからよい香りを漂わせているコーヒーを、カップ2つに注ぐ。豆は、もちろん、以前サクラにもらったものと同じ豆。
ひとつを、ソファーに座る
「珪ちゃんに、お願いがあるんだけど」
「ん?」
聞き返して、珪は、立ったままでコーヒーを一口喉に流した。
「LABから、盗ってきてほしいものがあるんだ」
「それ、俺じゃなくて、リュータに言ったほうがよくないか?」
「リューノスケじゃだめ」
真剣な表情が返されて、珪はコーヒーを飲むのをやめて、
「なに?システム系?」
「盗ってきてほしいっていうか、消してきてほしいっていうか……」
「20年前の研究のデータ、なんだけど」
「20年前?」
「探してるんだけど、見つからなくて。残ってると、マズいんだ、俺たちにとって」
「俺たちって、俺やリュータ含め?そんなものが、なんでLABにあるんだよ」
「…………頼む。何も聞かないで、20年前のデータを消してきてほしい。珪ちゃんにしか、頼めないんだ」
縋るような表情を見て、珪は、小さくため息をついた。
「わかったよ。で?20年前の、何のデータ?それがわかんなきゃ、探せないし消せないんだけど?」
少し間をおいて、
「20年前に、生命の神秘に手を加えた、そのデータだよ」
「(20年前……生命の神秘……?)…………消しておけばいいの?」
「うん」
「わかった。任せといて」
「ありがと!珪ちゃん」
「高くつくけどな?」
「……はい」
珪は、コーヒー片手に、PC棚に戻る。
20年前――――。
生命の神秘に手を加えた――――。
考えないほうがいいような気がして、珪は、コーヒーを一口飲んで、そのことを忘れるように、止めていた作業を再開した。
そこへ、左後ろから、スッと小さなカードが作業台に置かれた。珪は、手を止め、それに視線をやった。
「LABに侵入する時に使って。カギになるから」
珪は、
「……何考えてる?」
「俺たちの愉しい未来」
珪は、少しばかり不満げな顔をした。
「信じるからな?」
そして、ソファーに戻っていき、入れてもらったコーヒーに口をつける。
「任せといて。ちゃんと、護るから」
* * * * *
LABでの時間が、生活の殆どになって、どれくらいが立つのだろう――――サクラは、自分の研究室の天井を見上げて、ため息をついた。
ここに来て、リュータの過去についての仮説に気づいたり、親友・
自分が、ここから抜け出せなくなっている理由を、次々と頭に浮かべて、片腕で、両目を覆う。奥歯を噛み締めて、こみ上げるものを必死に堪えた。
ここにいると、覚悟したのは自分。
「(帰りたい…………)」
目頭が熱くなる。
白衣の袖が、少しだけ涙に濡れた。
ピコンと、PCがメールの受信を知らせて、音を立てた。見れば、それは、親友からのメールだった。
「……アキ。今日、こっちに来るのか……って、もうすぐ来る時間?!」
発信元は、彼のケータイらしかった。サクラは、慌てて返信を送る。
―― 見せたいものがあるから、先にこっちに来てくれる?あと、来るならもっと早く言って ――
すぐに、
―― はーい。あと2、3分かな? ――
サクラは、慌てて研究室を片付けた。
と言っても、書類はほとんどない。すべては、PCかタブレットの中にある。片付けるのは、散らばっている食事と衣類だ。
コンコン――――。
扉を叩く音がして、サクラが廊下を見れば、透明なアクリル板の向こうで、
自然と笑みが溢れた。
嬉しさを抑えて、扉を開ける。
「いらっしゃい、アキ」
「お邪魔しまーす」
「花束は手渡せそうか?」
リュータが
「ヘコむからやめて……。っていうか、わかってて聞かないで」
サクラが、コーヒーを入れる。珪とリュータのお土産に持っていったものと同じ豆から淹れたコーヒーだ。
「お前の仕事に、終わりとかあるの?」
「さぁ?俺がいなくても進むようになったら、終わるんじゃない?あとは、俺より優秀な人が来たら」
「しばらくは、こき使われそうだな」
サクラからコーヒーをもらって、早速口をつける。
「サクラ、ここからは、真剣に聞いてほしいんだけど、」
サクラは、デスクチェアに腰を下ろしてコーヒーをひと口飲むと、室内を見回した。
「ここで、真剣な話って……」
カメラもあれば、盗聴もされているだろう。サクラは、不安そうな顔をしている。
しかし、
「カメラまでは弄れなかったけど、盗聴は、弄っといた。話は聞かれないよ」
そこまでするのは、サクラが親友だからということもある。監視ばかりされているのは、親友としてどうにかしたかった。
もちろん、それだけではない。
「サクラ……俺、しばらく姿くらますわ」
サクラの表情が、驚きで固まる。
「なん、の……話?」
「Eyesroidは、俺とサクラの頭の中を具現化した宝物で、それ以上はない。お金にするつもりも、もちろん、世に出すつもりもない。でも、知られた以上、放っておくとは思えない」
「この宝物と一緒に、俺は、しばらくいなくなる」
「……アキ」
「それで、サクラに提案なんだけど……一緒にどう?」
サクラの中で、喜ぶ本能とそれを押し留める理性とが、ぐるぐる渦巻いていた。
「隠れる算段はつけてるし、ここから抜け出す方法も、ちゃんと考えてる。20年前のデータに関しては、珪ちゃんに任せた。俺はともかく、お前、これ以上ここにいたら、本当に危ないだろ。抜け出せなくなるし、要らなくなったら……」
サクラは、泣きそうな顔で笑った。
「……わかってる。ここは、極秘の研究施設。しかも、重要な研究を任されてるということは、要らなくなれば、間違いなく消されるよね。情報が漏れる恐れがあるんだから」
「だから、」
「でも、アキ、俺は……まだ、ここにいなきゃいけないんだよ。まだ、もう少し……」
サクラは、デスクチェアから立ち上がった。そして、儚げな笑みを浮かべる。
「見せたいものがあるって言っただろ?ついてきて」
LABに関わるようになって、どれくらいが経つのか、複雑な構造だという感想は、
「あの、サクラ?ここの先で、俺に見せたいものって……」
ここは、医療関係の設備がある場所だ。LABの中にある、つまりは病院だ。
サクラは、
周りは、やがて、小児病棟のようになってきた。
サクラが、一つの部屋の前で立ち止まる。
そこは、廊下に面して、透明なアクリル板が嵌められた、広めの部屋。小さなベッドが並べられている。中では、ヒト型のアンドロイドが、ベッドにいる赤ん坊の世話をしていた。
「ここ」
サクラが、ようやく
サクラの視線の先を見て、
「え??マジ?何あれ」
「今のところ、順調に、スクスクと」
「いや、スクスクっていうか、すげーな。俺のちっさいときそっくり!」
「サンプル、ありがとうね。おかげで形になりました」
それは、サクラの研究の成果だった。
「あの子が、俺がここにいる理由。もう少し、あの子を見ていたい」
「……サクラだもんなぁ」
「ありがとね、アキ」
「方法は、伝えとく。出る時期が来たら、まともに出ようとしないで、それを使えよ?」
「わかった」
「タローちゃん、まだ花束待ってるからさ」
Eyesroidも、この人工生命体も、あの頃、2人でした冗談のような話。それは、ただの好奇心。ただの、遊び心。
人生を、変えてしまうなんて、思いもしなかった――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます