E:大切


 人工の森を歩いていくと、たどり着く場所がある。その道は、招待された者にしか示されない。入り口は、無数にあった。

 屋根が緑化されている、半球状の建物。

 それが、アキの今日の目的地・LABだった。

「中に、入ってていいんだよな?」

 入り口で戸惑っていると、扉が自動で開いた。

「よくお越しくださいました」

 黒いスーツ姿の若い男が、開いた扉の向こう側で微笑んでいた。

 アキは、彼に案内されて、施設内を歩いた。経路は複雑だったが、なんとか覚えていられる。

 案内されたのは、白い扇状の前室を持つ、その奥の部屋だった。同じような、白を基調とした部屋で、テーブルと1人がけのソファーが対面して置いてある。それぞれが、それぞれに座る。

「で?依頼というのは?」

 アキは、先に話を切り出した。あくまで、こちらがお願いされている側なのだと、印象付けるために。

「今、我々が開発しようとしているものについて、アキ博士にご協力いただきたいものがあるんです」

「博士なんて、心にもないこと言わなくていいですよ?一介のプログラマーに、なんの協力ができるんですか?」

 笑顔を浮かべて牽制する。

 しかし、男が動じる様子は見られなかった。

「ヒトに埋め込んでも支障がなく、尚且つ、個人の情報を書き込めて、監視ができるもの」

「監視?」

 訝しむ心をそのまま顔に出して、アキは、聞き返した。

「監視、というと聞こえが悪いですね。ただ管理するだけです。社会登録番号と、同じです」

 男の顔をじっと見据えたまま、アキは、思案した。言い方を変えようと、要するに、「監視」なのだろう。

「また、なんで、監視なんか?」

「聞きますか?後戻り、できなくなりますよ?」

 アキは、眉間にシワを寄せて小さく唸った。

「まぁ、アキ博士に断られることも、予測済みなので、構いませんよ?もう一人、有能な方がいらっしゃいます。貴方のご友人に」

 アキの表情が、凍りついた。

「国際警備捜査機構で同期の、珪さんです」

 心臓を掴まれた気がした。

 瞬間、浮かんだのは、あのときのリュータの笑顔だった。


―― あのとき失ったけど、みんなは、やっとできた、俺の大切な繋がりなんだよ ――


 リュータから、珪だけは引き離すわけにはいかない。信頼してくれている彼を、裏切りたくはない。リュータにとって自分たちが、どれだけかけがえのない存在なのか、知ってしまったから。

 アキは、強気に笑った。

「求めているものなら、俺のほうが得意ですよ。監視の理由を聞かせてくれたら、お引き受けしましょう」

 男は、アキの答えに、深い笑みを浮かべた。

「分かりました」

 男が話したのは、昔話だった。

「4区というのは、ご存知ですか?」

 その言葉から始まった昔話は、アキに一つの可能性を予感させた。

 内容は、こうだった。

 4区には、20年ほど前、人工生命体を生み出す実験施設があった。4区には、社会登録ナンバーがない。世界的には、存在しない人々が暮らしている。その人々に、役割を与えるという名目で、実験に協力してもらっていた。その細胞を、体を、差し出してもらっていた。

 しかし、命はなかなか都合よく育ってはくれない。

 そんなとき、実験体の1人が、施設を抜け出したのだ。

 4区は、他とは違い、入り組んでいる上に、アナログ世界。人口も、決して少なくない。探しはしたが、ついには見つけられなかった。

 極秘で行われていた実験は、終わりを迎え、施設も今はない。

「さて、アキ博士。私たちの依頼を、引き受けていただけますか?」

 そう話を締めくくった男を、アキは、強気に見つめ返した。

「約束なんで」

 連絡先を聞いて、アキは、その部屋を1人後にした。

 アキの頭に過るのは、誕生日の日のリュータの話。リュータは、あのとき、「物心ついたときには、親はいなかった」と話していた。そして、4区に実験施設があったのが、約20年前。

「(もしかして、実験は、成功していたんじゃないのか?たった、1人だけ。そして、リュータが生まれた……?)」

 足を止め、大きくため息をついた。

「(そんな偶然あるか?)」

 だとしたら、彼が、サクラと出会ったことは、ある意味運命だったのか、と、そこまで考えて、アキはアホらしいと小さく笑った。

 ふと、立ち止まる。浮かぶのは、悪戯な笑み。

「え?俺、何を素直に帰ろうとしてんの。見学していこー」

 歩く先に、右に曲がる通路が見える。

 そこまで行って覗いてみると、3メートルほど先に、半透明の扉が見えた。

「ここは、行き止まり……?」

「アキ?」

 後ろから声がして、体がビクッと小さく跳ねた。

 振り返り、声の主を確認する。そして、見知った人物の姿に、ホッと息をついた。

「サクラ……」

「何やってんの、こんなところで?」

 白衣を着て、薄いガラスのような透明なタブレットを持っている。

「仕事の依頼を受けたから」

「……LABから?」

 サクラは、表情を曇らせた。

「そう。今、打ち合わせが終わったから、ちょっと見学していこうかと思って」

 アキが笑うと、サクラは、表情はそのままに深いため息をついた。

「研究室に案内するよ。来て」

 サクラは、アキが覗いていた先の半透明の扉へ歩き出した。

 左の壁面の一部に、長方形に枠がはめ込まれていた。そこだけが、よく見ると、白ではなく、扉と同じ、半透明色だった。

 サクラが、そこに左手を当てると、赤く光を発した後、ピピッと音がして扉が静かに開いた。

 しばらく歩くと、廊下の片側に、透明なアクリル板をはめ込まれた部屋が、ぽつりぽつりと見えてきた。間隔はまばらで距離もとってあり、それぞれが独立していた。全てに研究者がいるというわけではないようで、未使用の部屋も幾つか見られた。使用されているところには、ネームプレートがつけられている。

 「SA」とプレートに刻まれた扉の前で、サクラは止まった。

 扉の横には、先程の扉と同じように、手をかざす場所があり、それがセキュリティ解除となっているようだった。

 扉を開けて、サクラはアキを振り返った。

「どうぞ。狭いけど」

 笑うサクラの顔は、どこか儚げだった。

「お邪魔します」

 扉の向こうは研究室の設えだった。サクラの研究室らしく、きちんと片付けられている。

「コーヒー?」

「他にあるの?」

「炭酸系のものなら」

「じゃあ、ジンジャーエール」

 テーブルの下に、小さな冷蔵庫が置いてあった。そこから、サクラはジンジャーエールのボトルを取り出すと、カップ2つを用意して、それぞれに注ぎ入れる。

 アキは、折りたたみ式の椅子を見つけ、適当な場所に広げて座った。サクラにお礼を言ってから、入れてくれたジンジャーエールに口をつける。

「アキ、もし、まだ断ることができるなら、断ってくれないかな。その依頼」

 自分のデスクチェアに座るサクラは、真剣な表情、真剣な声音。

「意外と、金になるんだけど?」

「アキ!」

 暗い顔を明るく変えようと言った言葉は、しっかりサクラを怒らせていた。

「ごめん、ごめん」

「戻れなくなったら、どうするの?」

「お前が言うか?っていうか、悪ィ。もう断れないんだよ」

「アーキー……」

 サクラが、困り顔で少し身を乗り出した。

「ちょっと、交換条件で。体に埋め込めて、監視できるチップを作れって言われてさ、何で監視なんだって思うでしょ?そんなもの作れって言われたら」

「交換条件って、何言ったんだよぉ……」

 サクラは、頭を抱えていた。

「だからさ、監視の理由だよ。どうやら、4区と関係あるらしくてさ。昔、4区で人工生命体の研究してたとき、1人逃げ出したやつがいたんだって。結局そいつは逃げ切って、捕まっていない」

 アキは、笑みを消した。

「つまり、その実験体が女だったとして、体の中で、命を育てていたのだとしたら、だよ。その命が生まれていても、それが、生命の神秘に手を加えられた存在だとしても、誰にもわからない。もしかしたら、リュータって……って、思ったの、俺」

 アキの話を聞いていて、サクラは、目を丸くした。

「お前のそれも、4区で昔やってたことの、リベンジって感じなんだろ?上は、今度は逃げ出すなんてことのないように、チップ入れて監視したいみたい」

 話し終わると、アキは、ジンジャーエールを喉に流した。

「確かに、4区に研究施設があったのは20年くらい前だから、可能性はあるけど、でも、4区にいた子どもだって、1人や2人じゃないだろうし」

「児童養護施設ができて、そこに問答無用で入れられたっていうのもさ、もしかして、探してたんじゃないかって、今日の話を聞いて思ったんだよな。でも、タローちゃん、抜け出してたって言ってたから、上手くすり抜けてたっていうか……」

「…………だとしたら、護らなきゃ」

 サクラの言葉を聞いて、アキは、優しい笑みを浮かべた。

「だな。大切な繋がりだから、俺たち」


*  *  *  *  *


 快適な部屋のソファーに膝を立てて座り、クッションを抱え込んで、リュータは先程からずっと、不貞腐れていた。

 1週間後には、お仕事がある。表のではなく、裏の方の。準備は順調だ。原因は、それではない。

 1階のフロアには、今、リュータしかいない。珪は、只今入浴中。今日も、美味しいご飯を作ってくれた。それも、原因ではない。

 階段下にある、脱衣場兼洗面所との境の布が、静かにめくられ、珪がため息とともに戻ってきた。

 髪をしっかり乾かして、カットソーにスウェットのパンツという、ラフな恰好。冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、一口飲んでから、ソファーへ歩み寄ってくる。

「なに?その不満そうな顔は?メニューがご不満でしたか?」

「最高に美味しかったです。俺、太りそう」

 返された言葉は、幸せを表現するはずなのだが、響きも表情も、ずっとむくれている。

「先に、風呂に入りたかった?」

「先に行っていいって言ったの、俺」

「あとはー……」

「ねぇ、珪ちゃん!」

「はい」

「サクやアキと遊びたい」

 むくれ顔で、前をグッと見つめて、リュータは実に不満そうにそう言った。

「は?」

「サクにもアキにも、最近全然会ってなーいー。史那のとこに行っても、入れ違いだし、アキのとこに行っても留守だし」

 珪は、リュータの不満を聞きながら、持っていたペットボトルを開けて、喉の乾きを潤した。

 リュータの言っていることは、もっともだった。確かに、最近、めっきり遊びに来なくなった上に、行ってもいないことが増えた気がする、と珪も思い出していた。

 珪は、テーブルに置いたままだった自分のケータイを取り、アキへメッセージを送った。その間も、リュータは、2人に会えない寂しさを訴え続けていた。


――明日、ウチにいる?――

――明日?――

――リュータが、サクラやアキに会ってないって、ダダこねてるから――

――お前は、おとーさんか(笑)――

――うるせーよ。言われて、そういえば会ってないって思ったんだよ!――

――明日なら、ウチにいる。サクラはいないけど、遊びに来いよ――

――りょーかい――


ケータイから顔をあげると、リュータは、すっかり悲しみと寂しさに沈んでいた。抱き締めるクッションに、頬と顎とを埋めている。眉尻も、情けないくらいに下がっていた。

それを見て、珪は、小さく笑った。

「明日、アキんとこ行くぞ」

「え?!」

リュータの顔が、パッと輝く。しかし、すぐに悲しみに戻った。

「行ってもいないかもしれないし……」

「明日はいるってさ。遊びに行く?」

今度こそ、リュータの表情が喜びに輝いた。

「行くー!!」

 ぎゅっと抱きしめていたクッションを、隣のソファーに置いて、リュータは立ち上がった。

「お風呂入って、早く寝よー」

 先程までの不満はきれいになくなり、リュータの表情は喜々としていた。パジャマを取りに、足取り軽く、階段を登っていく。

 2階まで行って、リュータは、吹き抜けの1階を見下ろし、ソファーで水を飲んでいる珪を呼んだ。

「珪ちゃん!明日、起こしてね?」

「素直に起きろよ?(アキの目覚まし、どこ行った?)」

「はーい」

声と共に、リュータは自室へ消えていき、またすぐに現れて、楽しげに風呂場へ消えていった。

リュータの喜怒哀楽は、見ていて面白いと、珪は思っていた。喜怒哀楽を素直に表すリュータを見ていると、自分の中にある感情に気づかされる。まるで、心の内を見せられているようだ。

今も、アキやサクラに会っていないことや、その寂しさに、不貞腐れていたリュータを見ていて気がついた。

勝手に大人ぶる自分を、適度にほぐしてくれる。

「起きないんだろうなぁ……明日」

 ため息と一緒に、笑いが溢れた。


*  *  *  *  *


 珪の予想通り、起きるのを渋ったリュータをいつものように起こして、いつものように、朝食を食べる。いつも通り、リュータは幸せそうに朝食を頬張っていた。

「スクランブルエッグと、サラダと、ベーコンに、コーンスープ」

 今日のメニューを挙げながら、ひとつづつ口にしていく。

「ロールパンまで作れるなんて、珪ちゃん、ホント天才!おいしー」

「早く食べてもらえると、嬉しいんですけど」

 珪のプレートは、もう1/3ほどだが、リュータのプレートは、2/3が残っている。

「あ、俺さぁ、アキに持ってくものあるんだぁ」

 企んだ子どものような笑みを浮かべて、リュータは、よく焼けたベーコンを頬張った。そして、また、「おいしー」と、うっとりした顔をしている。

「持ってくもの?」

「うんっ。珪ちゃんにも、行く前に見せてあげるね」

 昨日の夜、同じ場所で不貞腐れていたのと、同じ人物とは思えないくらいの上機嫌。

 彼の正面に座る珪は、リュータの単純さと素直さに笑みをこぼした。

「で、早く食べろよ?」

「はーい」

 今は梅雨。外は、しとしと雨が降っている。

 明日は晴れの予報が出ていた。洗濯は明日に回そうと考えながら、珪は、コーヒーに口をつけた。サクラが、最初に来たときにお土産にくれたコーヒー豆と同じものだ。珪もリュータも気に入っていて、同じものを継続して購入している。

 食後の後片付けは、いつもリュータがしている。おまかせをして、珪は、コーヒーのおかわりをいただくのだ。

「見て、珪ちゃん。俺の自慢の作品」

「アキに持ってくって言ってたやつ?」

「そう」

「へぇ。いつの間に?」

「アキ、喜んでくれるかなぁ?」

「これは、リアクションが楽しみだわ」

 それから、出かける支度をして、まだしとしとと続く雨の中を、アキの家へと歩く。途中、ハンバーガー店でフライドポテトを買った。アキが、好きな味付けだ。冷めないうちにと、少し急ぎ足になる。

 アキの家の玄関扉も、珪の家の扉のセキュリティを作り変えたときに、同じものに付け替えている。 

インターホンを押そうと、リュータは手を伸ばして、ボタンに触れ、そこで彼の動きは止まった。

 押してみて、また、いなかったら――――それを考えると、インターホンを押すことをためらう。

 と、そこへ、隣から腕が伸び、リュータの指に重ねるようにして置かれ、そのまま、インターホンを押した。

「珪ちゃん!」

 指の主に文句をつけるが、当の珪は、ニヤリと笑っていた。 

「いるって。昨日、確かめてんだから」

 彼の言うとおり、すぐに中からの声が聞こえた。

「そんなとこでコントしてないで、入ってこーい」

 リュータの表情が、一気に輝いた。

「いる!!」

 リュータが、勢いよく引き戸を開けて、嬉しそうに駆け寄っていく。

「アッキー!」

「久しぶりー」

 アキが、作業台の前、デスクチェアに座って笑っている。

 珪は、やれやれという顔で、2人を見つめた。2人は、作業台の前で、持ってきたポテトを覗き込み、独特の匂いを楽しんでいる。

 そのまま匂いだけ楽しむ気なのか、ポテトを中心にした話題は尽きなさそうだった。そこへ、珪が割って入る。

「お仕事中?」

 1階中央に置かれたソファーへ歩いて行く間に、アキから「まぁね」と答えが返された。

 珪が、そのままソファーに腰を下ろそうとすると、それを止めるかのように、アキからリクエストが飛んできた。

「珪ちゃん、コーヒー」

 珪は、座ろうとしていた動きを止めて、不服げに彼を見やった。

「俺、客なんだけど?」

「客はコーヒー淹れないなんてルール、ウチにはありませーん。っていうか、珪ちゃんが淹れると、美味しいんだよな」

「コーヒーメーカーなんだけど?」

 文句を言いつつも、珪は、コーヒーを淹れに行った。

 リュータは、久しぶりに見るこの光景を、楽しげに眺めながら二人掛けのソファーに座った。

「アキ、忙しいの?」

 まだ作業を続けるアキを、リュータは、心配そうに見つめた。

「まぁね。ん~、でも、忙しいっていうか、プレッシャー?」

 コーヒーを淹れるいい香りが、ソファーと作業台の辺りにも漂っていた。

 珪は、キッチンからアキを見て、少し笑って見せた。

「アキがプレッシャー?一体、クライアントはどこの誰?」

「まぁ、あれよ。言えない人たち」

 アキは、そう言って笑うが、珪にもリュータにも、彼の現状は理解できた。ただ、まだこのときは、笑っていられた。この話題でも、笑っていられたのだ。

 アキがソファーへやってくると、リュータは、ポテトの入った袋を破って広げ、「どうぞ」と差し出した。

「アキへのプレゼントだから、いっぱい食べて?」

「あーもう、こういうジャンキーなもの食べたかったんだよなぁ!ありがたい」

 早速ポテトを数本取って食べ始める姿を、リュータは、幸せそうに見つめていた。

「あと、もう一つ、アキにプレゼント。はい」

 リュータが、紙袋をひとつ、アキに差し出した。小さめの紙袋だった。

 ポテトと一緒にナイロンの手提げ袋に入っていた紙ナプキン。アキは、油に汚れた指を、それで丁寧に拭いてから受け取った。

 紙袋の中を見て、アキの顔に浮かんだのは、不思議そうな表情だった。

「本?」

 リュータの顔は、子どものような悪戯な笑み。

「フォトブック。俺のお手製」 

 青い表紙のフォトブックを、アキがペラペラとめくる。出会ってからこれまでの自分たちが、そこにいた。そういえば、とアキは、思い出していた。リュータが、時々、カメラを持って、自分たちを撮っていたこと。

 出会ってから、4人で過ごしてきた賑やかな時。喜怒哀楽の様子が、フォトブックの中にある。

 アキは、フォトブックから目を離せなくなっていた。

 リュータの声が、テーブルの向こうから届く。

「俺の、自慢の作品。俺の宝物」

 その声は、とてもあたたかく、とても柔らかで、幸せに満ちていた。

 今のアキにとって、それは胸の奥にジンと響く声だった。アキは、泣きそうな顔で笑った。

「(やべ……泣きそう)もらっていいの、これ」

「うんっ」

「っていうか、何でこの中にタローちゃんがいないわけ?」

「俺が撮ってるからに決まってるでしょ。みんなの顔が撮りたかったんだー」

「なら、サクラと俺の仕事が終わったら、4人で、写真撮ろう。ちゃんと、4人写ってる写真」

 リュータの顔が、喜びに輝く。

「うん!あ、写真撮ったら、そこの裏表紙に貼ろうね」

「いいね!」

 アキとリュータが盛り上がるそこへ、キッチンの方から、コーヒーの匂いが届いた。珪が、トレーにカップを3つ乗せて戻ってきた。

「珪ちゃん、今度、4人で写真撮ろう!」

 リュータの喜びは、全身から溢れていた。

「聞こえてた。なら、サクラに催促するか?」

「催促?」

「3人で写真撮って、あいつに送ってやろう」

 珪の提案に、アキがケラケラ笑った。

「珪ちゃん、オニー。でも、そういうの好き。やろ、やろ!」

 それから、ポテトを食べながらの撮影大会が始まった。3人それぞれのケータイを使って、3人一緒に写っているものや、一人ずつ写るもの、変な顔をしているものやクールな表情、爆笑中のもの、賑やかな今を、たくさん撮った。

 すぐに、アキが、PCからサクラへ、写真を添付したメールを送った。

 一言、「待ってる」と言葉を添えて。

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