ダイヤモンド-2

 それは、突然届いた知らせだった。

 新月から四日前、医者をしている友人、史那しなから電話があった。


『荷物が届いてるから、取りに来てくれ』


 史那宛ではない荷物が、史那の診療所に届いたらしい。

 診療所に届ける史那宛ではない荷物なんて、桜蔵と珪に思い当たるのは、今はいない二人だけ。

 行ってみると、受付に通じている事務室のテーブルに、小さなダンボールが置かれていた。表の宛名が、史那。すでに開いていた箱の中に、更に小さな箱が入っていて、そこにも宛名があった――――リュータ、珪様と書かれた送り状だ。 

 二人は、顔を見合わせてニヤリと笑った。

 こんな手間を掛けるのは、やはり、あの二人のどちらかだ。

「聞いてる?何か送るって」

「聞いてたら速攻で史那先生に話してるよ。ねぇ、珪ちゃん?」

 桜蔵の言葉に、珪はウンウンと頷いている。

「開けていい?」

 桜蔵は、プレゼントを貰った子どものように心を弾ませていた。

「二人宛だ。好きにしていいよ」

 許可を得て、桜蔵が箱を開ける。

 そこに入っていたのは、独特のカットを施した輝く石――――見たことのある大きさと形の石だった。

「バークビルのダイヤモンドそっくり」

 珪が言うと、桜蔵は送り状を確認した。

 送り主の欄には「コスモス」とだけ書かれていた。

「コスモス……」

「コスモス?」

 史那の言葉に、送り状を見つめていた桜蔵は顔を上げた。

「花だよ。コスモスって漢字だと『秋桜』。あきとさくら」

 三人は、顔を見合わせた。

 珪が、箱を見つめて微笑む。

「今回の盗みに必要なものってことか」

「だね。でも、偽物とすり替えるだけなら、別に……」

 史那が、楽しそうな顔をして、箱の中の石をつまみ出す。

「いや。ただの偽物じゃないだろう。あの二人のことだから」

「それはそうだよな」

 珪も史那の意見に同意した。

 史那はしばらく思案した後、ダイヤモンドと同じ形の石を、ぐっと引っ張った。それは小さな音を立てて二つに分かれた。

「わぁ!」

 桜蔵が覗き込むようにして、石を見つめた。

 割れた片方にUSBコネクターがついていた。

「もしかして!この中にデータが?」

「いやいや、そんな簡単ならあのメールは何?」

「それもそうか」

 残念そうな顔をして、桜蔵は変わったUSBが入っていた箱を両手に持って中を見た。すると、中に小さなメモ用紙が入っていた。

「アキからの手紙?」

 珪と史那も、桜蔵の手元を見つめた。

 桜蔵がメモに書かれているメッセージを読み上げた。

「今回の石を狙うのは、きっとお前たちだけじゃない。無事に勝ち取れることを祈って」

 そのメッセージを見て、桜蔵はすべてを理解した。

「気が利くね、アキ」

 PCに差し込んでみると、中はカラのように見えた。

 桜蔵は、ニヤリと悪戯な顔をして、ダイヤモンド型USBに思いの丈を詰め込んだ。

 そして、新月の日、それはバークビルのエントランスホールにある本物とすり替えられることになる。

 全ては、アキの掌の上。


 二組のドロボーのうち、本物を手に入れているのは――――――――。



*  *  *  *  *


 珪の徹夜週間が始まった。

 今回のデータは、アキが自分でUSBに入れたものだ。しかも、ダイヤモンドUSB。そうそうここからデータを盗っていこうと思う輩はいない。

 いないはずなのだ。

 なのに、それはダイヤモンドの中でがっちりガードされていた。

 珪は、デスクチェアにもたれかかり、天井を見上げた。

「当たりなのに、なんでこんな苦労してんのぉ?」

「コーヒーどうぞ、珪ちゃん」

 PCの置いてある作業台の端に、桜蔵はカップを置いた。

「大丈夫だよ、珪ちゃんの腕ならもう終わると思うなぁ」

「はーい、頑張りまーす」

 感情を込めずに返して、珪は、珈琲を口にした。

「美味しい」

 今度は、感情たっぷりにつぶやいて、息をつく。

「よしっ、やるか」

 気合を入れて、珪は作業に戻った。

 桜蔵の言うとおり、残りはあと少し。今日中には片付けられる。 

 桜蔵は、珪の作業の邪魔にならないように、ソファで自分の表の仕事を片付けている。

 仕事をしながら、桜蔵の頭には今日の夕飯のメニューが巡っていた。

「(えっと、唐揚げは昨日食べたから、確か、焼くだけ生姜焼きがあったはず。お味噌汁は、豆腐とワカメで)」

 徹夜週間になる前に、珪は、食材の下ごしらえを済ませている。簡単にできるように、というのが当初の目的だったが、桜蔵が作ってみたいと言い出してからは、彼が作りやすいようにして冷蔵やら冷凍やらをしてある。

「(はぁ……早く珪ちゃんの手作りが食べたい。なんで仕込みをしてるのは珪ちゃんなのに、あんなに味が違うんだろう?)」

「桜蔵ぁ」

 タイミングよく呼ばれた名前に、ドキッとしたことを隠しもしないで桜蔵は顔を上げた。

「な、なに?夕飯なら、作る!作るからね?!」

「何の話よ?」

 訳がわからないという顔をして、珪は桜蔵に応えた。

「あぁ、でも、夕飯なら久しぶりに俺が作れそう」

「え?!」

 桜蔵は、パッと表情を輝かせた。

「え、ホントに終わったの?!」

 作業の手を止めて、桜蔵は珪のいる作業台に駆け寄った。

「終わった」

 確かに、PC画面には途中まで色を付けたEyesroidの文字が並んでいた。

「宝物だったな。まさしく」

「すっごーい。さすが珪ちゃん!」

 相棒へ尊敬の眼差しを送った後、桜蔵は画面を見つめて喜びを噛み締めていた。微笑みが、こぼれ落ちる。

「増えたね、カラフルなところ」

 柔らかな桜蔵の声音に、珪は、彼を見上げてその幸せそうな顔を確認すると、伝染したようにやはり幸せそうに微笑んだ。

「ここまで集まるなんて、さすが桜蔵、だな」

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