F:ダイヤモンド

 美しいダイヤモンドを前にして、二組のドロボーが頭を悩ませていた。

 この中にあるだろう大切な宝物を、どうやって取り出すのか。

 どちらかが本物で、どちらかは偽物。



 始まりは、新月の日――――――――。


 桜蔵はあの日、いつもの上下黒い服ではなく、作業着を身にまとっていた。

「帽子と眼鏡とー、カラコンとー」

「なんでそれでバレないの?」

 変装をしている桜蔵は、どこから見ても「桜蔵」だ。得意げな顔で鏡に映る自分を見つめているが、印象深いその瞳の輝きはそのままだ。カラーコンタクトレンズをしていても変わらない。

 桜蔵は、得意げな顔を珪へと向けた。

「それはねぇ、俺がドロボーだから」

わかるようなわからないような答えに、珪の頭には「?」しか浮かばない。

「なるほど?」

「さぁ、お仕事だよ、珪ちゃん」

 上着を羽織ってバークビルまで行き、地下の駐車場へ向かう。そこには、一台のバンが停まっていた。桜蔵と同じデザインの作業着を着た男が、荷室の扉を開けて用意をしている。

「戻りました。遅くなってすみません」

 申し訳なさそうな顔で、今戻ったように桜蔵は声をかけた。

 人の良さそうな顔で、作業員は振り返った。

「そこの用意お願いします」

「はい」

 その頃、珪は、同じフロアのシステム管理室にいた。

 そして、桜蔵のイヤホンに語りかける。

『さーくら。準備できたよ』

 桜蔵は、もうひとりの作業員に気づかれないよう、小さな声で答えた。

「さすが、珪ちゃん。頼りになるねぇ」

『あとは頼んだ』

「任せといてー」

 桜蔵と作業員は、警備室で受付を済ませるとエントランスホールに向かった。

 二人で手分けをして、エントランスホールの植物をメンテナンスしていく。ダイヤモンドの展示エリアに入ると、桜蔵は、珪から教えられた通りの道筋を作業しながら歩いていく。

 ダイヤモンドは台座から数センチの高さで浮かんでいた。

 桜蔵は周囲をそっと確認して、誰もこちらに注目していないことがわかると、ダイヤモンドに狙いを定めた。

「終わりましたか?」

 作業員が桜蔵に声をかけた。

 桜蔵は、メンテナンス道具一式を手に、笑顔で振り返った。

「はい。すべて」

「では、行きましょうか」

 それから、別フロアの作業をし、近所数件のビルへと移動して日が落ちるより早く解散となった。

 バークビル向かいの珈琲店で珪と落ち合い、自宅近くの商店街で夕飯の買い出しを済ませる。

「コロッケ!コロッケ買おう、珪ちゃん」

「はいはい」

 桜蔵は上機嫌だ。

 今日は新月。

 ドロボーが動くには、最適な夜。

「ほんとに今日動く?」

 買い物を済ませて自宅へと歩きながら、珪は桜蔵に訪ねた。

「俺をスカウトしたことを考えても、方法は10年まえとそんなに変わってないよ。それに、あの店で話をしてから準備ができて一番最適な夜が、今日」

 珪は感嘆のため息を付いた。桜蔵は上機嫌だ。

「事実を知ったときのあいつの顔が目に浮かぶ」

「楽しそうだな」

「珪ちゃんに失礼な口をきくからだよ」

「まだ根に持ってたのか……」

「俺を怒らせたらどうなるか、知らない宇月じゃないと思ったんだけどねー」

 ダイヤモンドを手に入れた今夜は、祝杯だ。

 


*  *  *  *  *


 ダイヤモンドに加工の痕跡を探して、アリスは真剣に輝く石を見つめていた。息をするのも憚られるほどに、じっと静かに。

 幼い頃に遊んでいたあの子なら、どんなことをするだろう。

 そもそも―――――――。

 アリスは、大きく息を吐いて、天井を見上げた。

「あいつが、こんなもので見つけられる程度の加工をするとは思えない。あの頃から成長しているなら、なおさらだ」

 お手上げだという様子のアリスを眺めたあとで、宇月は、アリスからダイヤモンドを受け取った。

「そんな天才?」

「面白いくらいに頭がいい。発想力っていうやつかな」

「ふーん」

 宇月は手の中のダイヤモンドを、部屋の中の光に晒した。

「そんな天才が、この中に……」

 光の中から手の中へ戻すと、少し眺めたあとで、真ん中で半分になるように力を込めて引っ張った。

「ウヅキ?!」

 目を丸くしたアリスの前で、ダイヤモンドは半分になった。

 宇月はニヤリと得意げに笑う。

「みーつけた」

 二つに分かれたダイヤモンドの断面の片方は、USBコネクターになっていた。

「なんてもったいない加工を……」

 その価値を知るアリスは、ため息を付いて頭を抱えた。



*  *  *  *  *


 ダイヤモンドの持ち主を知った桜蔵と珪は、改めてソファに座り、この石に隠された何かを探し出そうとしていた。

「きれいな石だよねー。サンキャッチャーみたい」

「ダイヤのサンキャッチャー?豪華だな」

「アキもどうせなら、どういうふうに加工したとか、どういうふうにデータを入れたとか、教えてくれればいいのにさぁ」

「謎が解けたときのスッキリした感じは好きだけど?」

「まぁね」

 桜蔵は、身を乗り出すようにして、テーブルの上のダイヤモンドを見つめた。

「答えは、案外単純なものなんだよね、きっと。もうすでに、答えを知ってるかもしれないし」

「答えを知ってる?気づいてないだけでってこと?」

「そう……」

 桜蔵がダイヤモンドを手に取る。そして、じっと見つめた後、何も言わずにグッと引っ張った。

 小さな音を立てて、ダイヤモンドは二つに分かれた。

 二つに分かれたダイヤモンドの断面の片方は、USBコネクターになっていた。

「ほら、答えを教えてくれてた」

 桜蔵が、ダイヤモンドにも負けない美しい笑みを浮かべた。

「なるほど」

 つぶやいて、珪はニヤリと笑った。

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