D:ワケ

「機嫌悪くなるの承知で聞くけど、」

 白ワインを飲みながら、その話は始まった。

 きっかけとしては、カフェでのできごとは良いタイミングだった。

 桜蔵の元相棒・宇月――――相手は桜蔵なのだ。なぜあの桜蔵がこんなにも嫌っていて、なぜ宇月はあんなにも執着しているのか。

「宇月のこと聞いていい?」

 ワインが半分ほど空いたところで、珪が聞いた。

 桜蔵は、軽く笑ってから答えた。

「聞かれると思った」

「宇月とは昔からの仲間?4区の繋がりなんだよな?俺のことを外のヤツと、って言ってたし」

「そう。宇月も4区に住んでたみたい。出会ったのは、施設を出たあとだけどね。専門学校行ってたときに会ったの。あいつの方から声かけてきて、同じ4区の出身だってこととか、お金集めたいってこととか、共通点があったし、一緒に過ごすことがいつの間にか増えてて」

「そのころは、ドロボーしてたの?」

「まだ。技術がなかったからね。それを教えてくれたのが、宇月だったんだ」

 そもそも、桜蔵が専門学校に行ったのも、ドロボーのための準備だった。もちろん、表の仕事、グラフィックデザイナーのためでもあった。

 宇月とは、専科が違った。

 それでも、桜蔵は将来のドロボーのために、宇月は4区仲間として、ともに時を過ごしていた。

「専門学校を出てから、時々二人でお仕事することがあってね。いつの間にか、相棒みたいになってたんだよねー」

 桜蔵の言いようが、不本意だと語っている。

「ただ、ドロボーしてく上で、宇月の技術は便利だったから、なんとなく一緒にいたけど」

「なんで相棒を解消した?」

 桜蔵は、空になった2つのグラスにワインを注いだ。

「宇月は、生まれついてのドロボー。才能の塊だ。だから、仕事をする上では上手くいくよ?でも……合わないんだよねー……」

「でも、仕事じゃうまくいってたんだろ?」

「そう。だから、俺は別に構わなかったんだけど、取り戻すためには、仕方ないし。だけど、宇月はそれじゃだめだって、その時から気づいてた……」

 しかし、桜蔵が変わることはない。何故なら、ドロボーは失くしたものを取り戻すための手段なのだ。

「それで、宇月を怒らせたんだ。よく覚えてる」


―― 俺は、お前の駒でも道具でもねぇ!利用したいだけなら、俺は降りる!


 ワインを一口呑んで、桜蔵は続けた。

「俺は、宇月を相棒とすら思ってなかった。その時は、ただムカついただけだけど、時間が経つとね、じわじわくるんだよ、その時の言葉」

「……なるほど」

 桜蔵が失くしたもの、いや、奪われたもの――――それを知っている珪は、当時彼が必死に求めていたことを理解できた。

 すべてをそれに注ぎ込んでいたのだろう。

 そして、それ故に、相棒という関係を築けなかった。

「(やっぱり、桜蔵は、ずっと独りで戦ってたんだ……)」

 宇月は、桜蔵と相棒でいたいために、彼の態度が気に入らなかった。桜蔵の才能に、惚れていたから。おそらくは、その力強い瞳の輝きに。

「…………あれ?ならなんで、お前のほうが怒ってて、宇月はもう一度仕事したがってるの?」

「だから、気が合わないんだってば。才能は認めるけどね」

 心底嫌そうな顔をして、桜蔵が答えた。

「あいつは、ドロボーするためのドロボー。それ以上でもそれ以下でもない。それが悪いわけじゃないけど、俺とは合わないの」

「たしかに、それじゃあ4区もEYESROIDも、夢のまた夢ってヤツだな」

 珪の言葉に、桜蔵は軽く笑った。そして、お互いのグラスに酒を注ぎ足す。

「BUDDYに!」

 桜蔵がグラスを掲げると、珪も同じようにグラスを掲げる。

「BUDDYに」

 耳に心地よい高い音が、吹き抜けの室内に響く中、テーブルの脇で、クリスマスツリーが、静かな光を湛えていた。




*   *   *   *   *


 宇月とその相棒アリスに、カフェで遭遇してから、5日が経った。

 珪は、自室でノートパソコンを開いていた。ベッドに足を投げ出して座り、膝の上のパソコンを熱心に見つめる。

 画面上に、欲しい情報は出てこない。

 かれこれ、2時間こうしていた。

 大きなため息が出た。

「4区のことは、どこ探しても出てこない……。どういうことなんだ?極秘中の極秘?……ここからじゃ、無理なのか……」

 4区のあった場所、壊されて、その後――――――――そこまで考えて、珪は気がついた。

 4区には、相当数の住人たちが暮らしていたはずだ。そして、相当の広さがあり、閉鎖されて建物は取り壊された。

「(4区があった場所は、何かしらの開発がされている?)」

 桜蔵の話では、4区が閉鎖されたのは、彼が子どもの頃、およそ20年前だ。

「(その頃に、それほどの広さの土地を開発してるのは――――?)」

 桜蔵が追う国際政策機関と関連のある企業、もしかしたら、そこに何らかのデータが有るのではないか。珪は、調査を開始した。

 辿るのは約20年前――――公的な土地の開発に携わった企業だ。

「――――――――……あった」

 珪は、ベッドの上で座り直して姿勢を正す。

 画面上のデータと、実際の場所とを照らし合わせて、珪の手は止まった。

「ここって……そっか、だから…――――」

 4年前が、蘇る。

 あのとき、友人サクラをLABへ盗みに行ったとき、桜蔵はやけに慣れた調子であの人工の森を歩いていた。そして、正確に施設へとたどり着いたのだ。

「4区だったのか…………」

 あの広大な人工の森と、広大な施設――――4区の再開発結果なら、合点がいく。

「(つまりあいつは、同じ場所で、また同じように大切なものを奪われたわけか……)あー……」

 胸を渦巻く感情がわからない。ふさわしい言葉も見つからず、珪は天井を仰いだ。

「……ここにいたのが、宇月なら、もっとアイツの苦しみとか悲しみに寄り添ってやれたのかな」

「勘弁してよ」

 突然の桜蔵の声に、珪はビクッと驚きに体を震わせた。

 いつの間にか部屋の扉は開いていて、そこに桜蔵が立っていた。珪が驚きの眼差しで見つめると、桜蔵は愉快だと言うように笑った。

「アイツと思い出を語り合うとか、ないからね?」

「……だよな。起きてたのか、桜蔵」

「トイレ行こうとしたら、明かりが漏れてたから。何やってんの?」

 そう聞いて、桜蔵は部屋に入ってきた。珪のいるベッドに歩み寄り、傍らに腰掛けて、PCを覗く。

 そこに示されていた企業名と事業を見て、桜蔵は、珪の調べものが何なのか、すぐに見当がついた。

 何か言う前に、画面から珪に視線を移せば、彼は少し気まずそうに視線をそらした。

「今考えてる通りだよ。俺から大切なものを奪っていったその場所が、全部あそこなんだ」

 珪は、何かを言おうと顔を上げたが、それよりも先に桜蔵が言葉を続けた。

「でも、その先で出会ったのが、珪ちゃんでサクでアキなら、全くの不幸でもないよ」

 珪は、天井を仰いだ。

 桜蔵の言葉の意味を考える。奪われない未来があるなら、それが一番良かった。今は、手放しで喜べる幸せではない。

 それでも、自分たちの存在が、桜蔵の中に残った希望の一部であるのなら――――――――。

「それは……光栄だ」

「ふふっ、意外だね。珪ちゃんがこういうの気にするとか」

「そりゃ、気になるだろ?相棒のことだぞ」

 即答した珪の言葉に、桜蔵は、キョトンとしたあとで至極嬉しそうに笑った。

「そうだね、相棒だもんね」


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