Buddy-3
よほど嫌いか、歪んだ愛情の持ち主――――珪は、もしかしたら、と考えを巡らせていた。
あれから、あの謎の男は見かけない。
たまたま自分たちを見ていたか、本当に自分たちを見ていたか――――しかし、たまたま自分たちを見ていたにしては、視線に悪意を込めすぎだ。
珪は、あくびを一つして、吹き抜けの2階にあるラウンジのカウンターからビルの1階を見下ろした。今、桜蔵の表の仕事に付き合って、ビジネスビルに来ている。
背にしているカフェで買ったカフェオレを一口飲んで、深く息を吐く。
隣に、人が座った。ちらりと手元を見れば、仕事にしてはカジュアルな服の袖が見えた。自分と同じに、このビルに用がある相方を待っているのだろうと、珪は、再度、視線を1階のロビーへ移した。
「なぁ、あんたさぁ」
隣からの憎悪のこもった声がして、珪は、落としていた視線をあげた。
「リュータのなに?」
言われた名前に、ハッとなる。それは、桜蔵の本当の名前だ。4年前、
なぜ、元の名前を知っているのか――――珪は、動揺を隠して振り向いた。
「リュータの、なに?」
イラついた様子で、隣に座っていた男は、もう一度聞いてきた。
キャスケットから覗く、黒い短髪と黒い瞳。丸に近い、しかし闇を宿したような瞳には、覚えがあった。
「(デパ地下で、こっち見てたヤツだ)」
「聞いてんの?」
「……なに、って、何?」
「あいつと一緒にいただろう?」
男は、手のひらサイズの端末を二人の間に置いた。そこには、珪と桜蔵が街中で並んで歩く写真が写っていた。
「どういう関係?」
再度聞かれた問に、珪は、警戒して言葉を口に乗せた。
「あんたこそ、どういう関係?」
「あ?」
「調べたなら、わかるだろ?あいつは今、リュータって名乗ってない」
男が、得意げな顔でニヤリと笑った。
「俺は、あいつの相棒だ」
「相、棒?」
驚きに目を見開いて、珪は繰り返した。
桜蔵はずっと、ひとりで戦ってきたのだと、珪は勝手に思っていた。なぜなら、友だちは自分たちで全部だと言ってたからだ。
男は、ニヤリと笑ったまま続けた。
「あいつを開放してくんない?」
「開放?」
「っていうか、返してくれるか?」
「返すって……なんだ?」
訝しげに、珪は聞き返した。
「コッチ側の人間が、あいつと組むとか、何企んでる?気持ち悪いことしてんじゃねーよ」
コッチがわ――――それは、珪に一つの可能性を予感させた。つまり、この男は、元4区の人間。桜蔵と同じ出身。
男は、更に続けた。今度は、冷たい、悪意を込めた暗い表情をして。
「俺からなにか盗ろうなんて、百年早い」
その言葉に、聞き覚えがあった。LABに侵入したときに、桜蔵がミニアキに言った言葉だ。
心臓が、早鐘を打っていた。
「盗る……」
「あんたじゃ、あいつに釣り合わない」
「こら、
聞き慣れた艷やかな声が、後ろから不機嫌に降ってきた。
二人は、同時に振り返った。
桜蔵がそこに立っていた。むくれ顔をして、腕を組んで真っ直ぐに男を睨んでいる。
「桜蔵……」
珪は、自分がどんな顔をしているのか、わからなかった。
男が嬉しそうに笑った。
「リュータ!」
「絡まないでくれる?宇月」
リュータにしては珍しく、心底嫌そうな顔をしている。
「ホント、お前は顔に出るよなぁ。相変わらず?」
「余計なお世話!っていうか、ストーカーすんのやめて」
「だってさぁ、お前が一般人といると思ったから、声かけらんねーなぁって」
宇月は、珪のことなど見えていないような態度で、桜蔵と話していた。
「そしたら、どうやら一緒に“お仕事”してるみたいだし?」
宇月は、一呼吸間を置いて続けた。やはり、珪のことは、見えてないようにして。
「でもさぁ、釣り合わないだろ、お前には。お前の才能を活かせるのは、俺だけだ」
「宇月……」
低く暗い声音がして、カウンターに座っていた二人は、背筋が凍るのを感じた。その声を発しているのが桜蔵だと気づくまでに、二人とも、時間がかかった。
「今すぐ、目の前から消えろ……」
怯みながらも、宇月は、口元に笑みを浮かべた。
「……相棒に対して、ずいぶんだな」
「俺の相棒に失礼な口をきく知り合いなんて、俺にはいない」
しばらく、桜蔵は宇月を睨み付けていて、宇月も鋭い眼差しで、桜蔵をじっと見つめていた。
重い空気が、三人の間に流れていた。
先に口を開いたのは、諦めたようにため息をついた宇月だった。
「今日は帰る。でも、リュータ、ホントにいいのかよ?外のヤツと組んで」
「俺の生き方に、お前が口を出すな」
「あぁそう」
ため息と共に吐き出した後、宇月が、にっと笑った。
「気が変わったら連絡して。俺は、大歓迎」
桜蔵の片手を取り、そこにメモを握らせて、宇月はその場を後にした。
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