Buddy-2
この人の役に立つ――――そんなことを、桜蔵が考えるなんて、珪には想像できなかった。
確かに、桜蔵はストレートに人を誉めるし、スゴいと、尊敬している。
しかし、それは喜びで、不安だとは思わなかった。
「(なぜ……――――?)」
思い当たることはある。4区――――そこに、自分たちとの隔たりを感じている可能性はある。
「珪ちゃん、入んないの?」
桜蔵が、
室内に入ると、コーヒーの用意をしているようで、馴染んだ香りが二人の鼻腔をくすぐる。
桜蔵が、嬉しそうに微笑む。
「わぁ、この匂いは、あのコーヒーだ。さすが、ミニアキー」
ミニアキがいるキッチンへと駆けていき、作業をご機嫌で眺めている。
それを見つめながら、珪は、ソファーに座った。
「(桜蔵が、余計に幼く見える……)」
ミニアキは、あくまで冷静な表情と雰囲気で、トレーに乗せたコーヒーを運んでくる。そして、その横に、期待を裏切らないくらいに心躍らせている桜蔵がいる。
珪は、二人を見て小さく笑った。
「あー!ちょっと、珪ちゃん、何を笑ったのー!」
「何で自分が笑われたと思ったんだよ?」
実際、桜蔵を笑っていたわけだが、堂々と誤魔化すと、桜蔵は、言葉に詰まった。おとなしく珪の隣に腰を下ろす。
ミニアキが、手土産のスイーツの箱を開けている。それを見て、桜蔵は、思い出したように声を上げた。
「そういえば、珪ちゃん?Beansビルで珪ちゃんを見てた人って、キャスケット被ってて、丸い感じの目をした男の人?」
「え?」
「ショーケース越しに見えた。良く言えば諦めない、悪く言えば、しつこい雰囲気の人」
「まだいたのか」
「気づかなかったのも、無理ないよ。珪ちゃんのことじゃなくて、俺の方見てたからねー」
スイーツを皿に乗せて、ミニアキは二人に差し出しながら尋ねた。
「監視されてたんですか?」
答えたのは、桜蔵だった。
「監視っていうか、ストーキングっていうか」
桜蔵の言葉に、ミニアキは、少し考えた後で再度尋ねた。
「それって、この前、頼まれたものと関係ありますか?」
桜蔵は、それを聞いて嬉しそうにニコリと笑った。
「どうして、そう思うの?」
「盗んだ足跡に残されていたあの印は、持ち主へ向けたものではないように見えて」
「おぉ!!さすが、ミニアキ!」
ミニアキを見る桜蔵の目が、喜びに輝いている。まるで、我が子の天才ぶりに喜ぶ親のようだ。
「珪ちゃん、俺たちいい子と知り合ったねぇ」
珪は、黙ってコーヒーを口にした。変わらない味が、口に広がる。
「やっぱりあれは、俺たちへの挑戦状とみて間違いないね」
「桜蔵さんの、その根拠は何ですか?」
ミニアキの瞳は、まっすぐに桜蔵を見つめている。
「俺の金を盗んだから!」
力強い瞳、キリリとした表情、桜蔵は、真剣そのものだった、珪は、深くため息をついた。
「そもそも、お前のじゃないから……」
「なに言ってんの、珪ちゃん。狙った時点で、俺のもの!ドロボーの基本だよ?」
「……まぁ、
少年は、預かっていたスティックメモリーを珪へと差し出して、説明を始めた。
「同じように、足跡を残すデータ窃盗がないかをしらべました。最近、他地域で起こっているもののようです。主に、ESAですね。この地域、TOK地区では、10年以上前に、何件かあったようですけど」
外見からは想像できない口調と言葉遣いに違和感を覚えながら、珪は、戻ってきたスティックメモリーを手にして眺めた。
「10年以上前……」
独り言を呟いて、思い出してみる。その頃は、まだ、桜蔵とは出会っていない。ドロボーとは、真逆の世界にいた。
「10年ねぇ……」
桜蔵は、愉しげに呟いた。
「一応、同じ経路を辿る窃盗犯罪者をリストアップしてます」
ミニアキが、PCの棚へと移る。デスクトップPCにスイッチを入れて、ファイルを開くと、名前と犯罪歴を記した表があった。いくつかには、名前の横に顔写真がある。
珪も桜蔵もPCの棚へ歩み寄り、リストを少年の上から見下ろした。
「え、意外といる……」
嫌そうな顔をして、珪が呟く。
桜蔵は、やはり愉しげだ。
リストを眺めていた珪は、動きを止めた。そして、ゆっくりと右を見る。
「名前載ってない?」
「ねー?」
「お前、他地域でもやってたのか」
「昔ね」
「あれ?でも、名前が『桜蔵』になってる」
桜蔵のこの名前は、4年前に改名したものだ。同じ経路を辿る窃盗犯罪者なら、名前は昔のものになるはず。
ミニアキが、無表情のまま桜蔵を振り仰ぐ。
「桜蔵さんも、ドロボーなので。もしかしたら、と思ってリストに入れたんですが、やはり、同じ経路を辿っていましたか」
「俺は、取り戻すためならどこだって行くよ」
カマをかけられたことなど気にすることもなく、桜蔵はニコリと笑って返した。
「で、有力候補は?」
桜蔵の言葉に、少年は更に別のリストを開いた。やはり、名前と犯罪歴、写真があるものとないものといった一覧がある。先程より、数が少なくなった。片手で足りるほど。
じっとリストを見ていた桜蔵が、ニヤリと笑った。
「へーーーぇ……」
「知り合いでもいたか?」
珪が尋ねると、桜蔵が意味ありげな微笑みをそのままに振り向いた。
「嫌いな子はいた」
珪は、その言葉を驚きの表情で聞いていた。
「お前、嫌いなタイプがあったのか」
「そりゃあるよ。あるから、こうしてドロボーやってるの」
「いや、そこは知ってるし、嫌いなのもわかるけど」
ミニアキが、画面を見つめたまま、二人に忠告をする。
「あの画面が、お二人に向けたものなのだとしたら、よほど嫌いか、歪んだ愛情の持ち主のどちらかでしょうね」
それを聞いて、桜蔵が、げんなりした顔をする。
「え~~。こっちから願い下げなんだけどぉ」
「それも相手は、桜蔵さん、あなたがどこに侵入するかを予測しているはずです。今後は、外出時も気をつけてくださいね」
「はーい」
桜蔵は、渋々といった様子で答えた。
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