-Buddy-

A:ドロボー

 出会ったとき、桜蔵はすでにドロボーだった。これだけ人懐っこい性格なのに、たった1人で、大企業に侵入していた。

だから、桜蔵はずっと一人で戦っていたのだと、珪は思っていた。

 小柄な体躯で、端正な顔をして、よく目立たなかったものだと、感心する。

「(まぁ、ドロボーのときは真っ黒だし、ゴーグルも着けてるから、顔なんて見えないけど)」

 1階のリビングダイニング。1人がけのソファーに、桜蔵はいた。桜蔵は、今、ふんふんと鼻歌を歌いながら、テーブルの上を占領している人工のもみの木を飾り付けていた。小さいサイズを買ったはずだったが、枝を広げてみると、思いの外、場所を取る。

 珪は、ずっと、彼の正面に座って作業の様子を見つめていた。

 つい15分前に、買い物から戻ってきた。いつものように、2人一緒に。

 食材を買いに行ったBeansビルがクリスマス一色に染まっていて、毎年のことなのに、今年はなぜか、桜蔵がツリーの売り場で固まった。大きな目を、イルミネーションのごとくキラキラと輝かせて。


―― ……買う? ――


―― いいの?! ―― 


 そして、今に至る。

「珪ちゃん、楽しいっ!」

 もみの木越しに、桜蔵の満面の笑みが見える。珪は、可笑しくてたまらなかったが、盛大に笑うと桜蔵が怒ることは目に見えていたので、小さく笑った。

 表の仕事がひとつ終わった桜蔵は、季節も相まって機嫌がいい。

 珪は、飲み物を用意しようと、ソファーから立ち上がった。

「桜蔵、何飲みたい?」

「ココアー!」

 弾むように桜蔵が答えた。

 キッチンで用意をしながら、珪は再度聞いた。

「甘さは?」

「レベル2でお願いしまーす」

「りょーかい」

 小さな鍋とココアパウダーの入った缶、砂糖、牛乳を揃えて、甘さを調節をする。

 大きめのマグカップ2つを手に、くるりと振り返ると、桜蔵は立ち上がって、ツリーを眺めているところだった。

 ココアとともに、ソファーに戻る。

「終わったの?」

「んふふっ……」

 桜蔵は楽しげに笑った。

 珪が桜蔵分のココアをテーブルに置いて、ツリーを見ると、飾り付けは十分のようだった。

「あれ?てっぺんの星は?」

「メインイベントなので、残しといた」

 弾むような答えと、満面の笑み。

「お前、ホントこういうの好きだよな」

「はい、珪ちゃん」

 桜蔵は、両手でもみの木の頂上を飾る星を差し出した。丁寧に、大切なものでも持つようにして。

「え?俺?」

 目を丸くしている間も、桜蔵は差し出した手を引っ込めることなく、笑顔を向けていた。

 とりあえず受け取って、手のひらサイズの星を見つめる。

 珪にとって、ツリーは特別なものではなかった。この時期になれば、目に入ってくるだけのもの。

 片手に持っていたココアをテーブルに置いて、星をもみの木の頂上にそっと飾り付ける。

「おぉ~~」

 静かな興奮と喜びを表す桜蔵が、珪の目に映る。もみの木に視線を戻した珪は、自然と微笑んでいた。

「スイッチ、オーン!」

 桜蔵の軽快な声の後に、ピッと音がしてもみの木についている電飾が、カラフルに灯りだした。声に反応して電気が付く仕組みだ。

 静かに一定のリズムでついたり消えたりしている電飾は、思いの外、珪の胸を高鳴らせた。

 桜蔵は、自分の感情に素直だ。

 珪は、彼を見て自分の中の感情に気づく。小さいときから、はしゃくことも喜怒哀楽を表すことも、子どもみたいだとバカにしてきた自分に、それは宝なのだと、心地よいことなのだと教えてくれる。扱い方を、教えてくれる。

 今日も、ひとつ分かった。

 クリスマスは、はしゃぐと楽しい。

 生まれてくる感情を、何故、体の奥へと押し込めようとしてきたのか。珪は、感じたままに笑った。

 もみの木の向こうで、桜蔵も笑う。桜蔵は膝を抱えるようにしてソファーに座り、ココアをひと口飲んで息をついた。

「ねぇ、珪ちゃん」

穏やかな口調で、桜蔵が呼ぶ。

「んー?」

甘さ控えめのココアに口をつけながら、珪は応えた。幸せそうな響きの後に続く話題は、クリスマスだと予想して。

「クリスマスの前に、侵入先が決まったよ」

 ココアを両手で抱えて微笑む桜蔵の姿と、この台詞とにギャップがありすぎて、珪は、すぐには反応できなかった。

「…………え?何?」

「うん、T-mail受信しました」

「……マジかー」

「どこよ、今度は?」

 メールに記されているのは、数字と英文字、記号。

 それは、場所を示したものだった。

「アキのことに心奪われてて、まだ調べてなーい」

「あぁ、そう……」

 ケータイを受け取り、珪は、メールの文面を見た。いつもの通り、数字と英文字と記号が並んでいる。ココアを置いて、珪は、自分のケータイにメールの文面を打ち込む。

「でも、珪ちゃん、たぶん……」

「え?これって」

「うん、数日前までクライアント」

 地図に示された場所は、ビルの中だった。吹き出しの中に、情報が書かれている。

 バークビル――――桜蔵が最近出入りしていた場所だった。

 桜蔵が、ニコリと天使のような笑みを浮かべた。

「今は、ただの他人だけどね」

 ココアをひと口飲んで、桜蔵は立ち上がり、PCのある作業棚に行くと、愛用のノートPCを開いてファイルから情報を画面に映し出した。

「でーも、久しぶりに儲けが出そうなんだよねー、ここ」

 ニッと笑って、桜蔵は画面を見つめた後、ノートPCを片手に珪のところへ戻った。

 珪は、桜蔵からPCを受け取ると、そこにある情報に目を通した。

「欲を出すと……」

 そこまで言って顔を上げ、珪は、続きを諦めた。桜蔵は、ニコニコ笑っている。相変わらず、天使のように。

「ドロボーに欲出すななんて、今更でしょ。珪ちゃん」

「だよな……」

 桜蔵の、今の笑みは、後天的なものだ。

 以前に尋ねたことがあった。わかってやってるのか、と。珪のこの問に、桜蔵は何でもないような顔をして答えた。


――施設でね。初めて見たときは、気持ち悪くて仕方なかったんだけど、見てるうちに使えるなって思ってさ。


 それは、「取り戻す」ための手段のひとつ。


――やってみたら、思った通り使えるなぁって。あれでしょ?こっちの世界では、みんな使ってるんでしょ?


 こんなに有無を言わせない種類のものは、初めてだと言えば、桜蔵は、明るく笑い飛ばした。

 桜蔵のいた世界――――4区は、それほどに美しいものだったのか。

 そして、珪は気がついた。桜蔵は、それを意識してやっていることと、自分たちは、それを無意識にやっていることを。自分たちは、感じていないふりをして生きることを、スマートだと思っていた。

 気づいたときには、もう、そんな生き方が染み付いていて、どうしようもできない。

 それからだった。珪は、桜蔵の中に、本当は自分も感じているだろう喜怒哀楽を見つけては、取り戻していた。

 ただ、桜蔵の天使の微笑みに、勝てる術が見つからない。

「バークビル24Fね……」

「狙うのは、会社のデータそのものじゃないよ」

「みたいだな」

 桜蔵の集めた情報に、じっくり目を通しながら、珪は応えた。

「つーか、お前、ホントに仕事中にお仕事してんのな?」

「違うよ。趣味とお仕事の両立」

「趣味だったのか……」

「そう。裏が俺の本業」

「ん?そっち?」

「うん、そっちー。さぁ、次の新月は、お仕事だよ」

 新月は、自分たちを隠す――――――――。

 桜蔵は、はりきって告げた。

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