ドロボー-2
バークビルにある、システム関連会社。
桜蔵と珪が狙うのは、会社のデータではない。その中にいる、いち社員の持つデータ。
いつものように、珪は、侵入をサポートしている。いつもなら、システムを弄れる場所にいるのだが、今回は、桜蔵と共に狙いのオフィスにいた。
会社そのものが持つデータなら、システムに侵入さえできれば遠くからでもサポートが可能だが、完全に個人のものなら、その全てから遮断されているだろう。
ドロボーは、桜蔵の本業で専門。桜蔵なら、なんとかなるかもしれない――――時間があれば。
しかし、敵地で悠長に解除しているヒマはない。
ゴーグル姿の桜蔵が、目的地の前で立ち止まり、振り返った。
「何?」
「……珪ちゃん、デカイ」
ゴーグル姿で表情は見えないが、声音は明らかに不満を表している。
「標準なんだけど?」
唯一見えている口元が、あからさまな不服を示す。口を尖らせて、ゴーグル越しに睨み上げられているのが、珪にはわかった。
「ドロボー界では、俺が標準ですぅ!」
「ハイハイ」
「もー!黒いと余計でかく見える!」
言い捨てて、桜蔵は、オフィスに入っていった。
珪は、黙ってその後ろについて行った。
並ぶデスクの端にある、全てを見渡せる位置。桜蔵は、デスクのPCを見下ろして、ニヤリと笑った。
「取り戻す資金が、目の前」
桜蔵の声が弾んでいる。
かつて、
「さぁて、いただきまーす」
カタカタとPCを操作する音が、深夜のオフィスに響き――――――――2分後、珪が、桜蔵の肩にぽんと手を置いた。
振り返る桜蔵の口が、再び不満に尖っている。
「交代の時間ですよ?」
ニヤリと笑う珪を、きっちり睨みあげて、桜蔵は、場所を譲った。
「悔しいけど……珪ちゃん連れてきてて良かった」
珪がPCを操作して、30秒後、彼は、不意に手を止めた。
「わぁ、さすが珪ちゃん。もう終わり?」
「…………なぁ、お前、今回儲けがあるって言ったよな?」
「言ったよ?ボロ儲けしてるもん、この人。世界のエラい人たちから」
「そんなデータはない。っていうか、盗られたアトだ」
カチリと音をさせて、珪は、ひとつの画面を桜蔵に見せた。桜蔵は、ゴーグルを上げて、ありえないと声を上げた。
「俺の金ー!!」
「盗るまでは、このデスクの人のモノ……」
食い入るように画面を見つめる桜蔵に、珪は、呆れたような視線を送った。
しかし、すぐ隣にある桜蔵の表情は、驚きで固まっていた。
「……桜蔵?」
「なに、このセンスのなさ。あり得ない」
画面に表示されているひとつの小窓、そこには、海賊旗が風になびく画像が映し出されていた。
「いや、そういう問題?」
「あーもー!」
珪には応えず、桜蔵は、不満を思い切り吐き出した。
「せっかくのクリスマスプレゼント!」
「まぁ、今回は、データだけで我慢しろ」
「あーい……。じゃあ、撤収ぅ」
桜蔵が、やる気なくそう言ったのを合図に、珪は、PCを元に戻した。全てを侵入前のように戻して、落胆とデータとを抱えて、二人は帰路についた。
二人が盗み出したデータ、それが、今回の目的だ。
Eyesroid――――二人の天才が作り出した、眼球型のスーパーコンピュータ。
医者で研究者のサクラと、科学者でプログラマーの
サクラも
いなくなったのも、そこと関係がある――――おそらくは。
しかし、Eyesroidは世間一般どころか、政策機関にも、出入りしていた研究施設・LABにも知らせていない。
4年前、
それから届き始めたTのメールと、そこから盗り出したデータが、きっと、彼らに繋がる唯一の手がかりだ。
今日、あのビルから盗み出したものも、そのひとつ。大切な友の、大切な宝物。
当初の目的は、果たしている――――――――が。
桜蔵は、やはり、むくれている。1Fのソファーでクッションを抱えて、何もない宙を睨みつけていた。
シャワーを浴びて出てきたところで、珪がやれやれとため息をついた。
「むくれてても、変わんないだろ。今日は寝ろ」
「明日の朝は、フレンチトーストが食べたいです」
むくれ顔のままで、桜蔵がねだる。
「起きたらな」
「起こしてくれたら、起きる」
* * * * *
次の朝、桜蔵の願い通り、家の中はフレンチトーストの良い香りが満ちていた。
1Fのキッチンで、フライパンがバターを溶かして音を立てていて、そのすぐそばで、コーヒーメーカーが更なる朝の香りをさせている。
桜蔵は、いつもの通り、起きていない。
フレンチトーストが、できあがる。珪は、コーヒーを注ぐ前に、桜蔵を起こしに2Fに上がった。
2Fの上がり口からすぐそばにある桜蔵の部屋。ノックをしても、もちろん起きてはこない。返事もない。扉を開けると、青いカーテンは閉まったままだ。
今日も桜蔵は、きれいな寝相を見せている。
「おい、桜蔵!起きろ」
珪が、桜蔵の体を揺する。
「……ムリ」
「フレンチトーストできてるぞ」
「あー……甘い匂いがするー……しあわせ~~。このしあわせに包まれて、もう少し眠りたい……」
「いや、起きろー」
「体が動かないー……」
「この手は使いたくなかった……でも、仕方ない。桜蔵、いちご付きなんだけど?」
「…………イチゴ?」
桜蔵の大きな目が、パチリと開いた。
「起きた?」
「起きた」
まだボンヤリしている桜蔵が、ベッドから出てくる。彼がそのまま部屋を出るのを確認して、珪もあとに続いた。先日、いつものように彼を起こして先に降りたところ、途中でUターンしたのだ。それからは、先に降りてもらうようにしている。
「忘れてるだろうから、言うけど……」
階段を降りる桜蔵の背中に、珪は、声をかけた。
「朝ごはんの後は、ミニアキのとこ行くんだからな?」
「あっ!」
思い出した、と、桜蔵が声を上げた。
途端に、彼の姿は弾みだした。
「そーだったぁ。起こしてくれてありがとう、珪ちゃん」
階段を降りる音が、リズミカルな音に変わる。
最後の1段をぴょんと飛び降りて、桜蔵は、洗面室に消えていった。
「アキの目覚ましより、イチゴとミニアキで起きるのか……」
ここにはいない親友に、申し訳なく思いつつ、珪は呟いた。
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