第9話 完璧お嬢様の悩みを屋上で
「よっ」
「おはよう
水曜日の朝、いつもと変わらない時間に登校して、
「そういえば可奈は何で昨日公園に?」
「ちょっと1人になりたかったのよ」
可奈の受け答えは昨日の公園でした会話とは打って変わって溶け出した氷をまた覆っているように見えた。
「ま、そーゆー時あるよな」
「ええ」
——キーンコーンカーンコーン
授業開始のチャイムが鳴った。
授業中の様子は昨日と変わらず、広い教室はすぐに喧騒に包まれた。だから今回も集中しようにもできない状況だった。
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やっと午前中の授業が終わり、昼休みに突入する。
席に座ったままの俺は自分で作った宝石箱をオープン。
少し質素だけど、一般的な弁当だと思う。白飯に梅干しが乗っかっていて、おかずは商店街から集めた野菜を天ぷらにしたりとアレンジを加えている。色合いに関しては申し分無い。
「それにしても…」
「あの人の弁当シャボ」「まじ貧乏くさい」「あの性格だから仕方ない」
周りからの視線が痛い。痛すぎて体に傷ができそうだ。できたら傷害罪で訴えてやる!
めちゃめちゃ腹立った。いつもの俺ならここで大論破をかましただろうけど、葵の姿に感銘を受けて俺は丸くなったのだ。言い返さないぞ!絶対に!
どうやら教室で食べるのは無理があるみたいなのでその場での食事は諦め、廊下に出る。
どこに行こうか迷っていると、特別棟の屋上が目に入った。
「屋上か、憧れるな」
前の学校では屋上が封鎖されていて青春を謳歌できなかった。俺も生徒会長として権力の限りを尽くしたのだが、『危ない』という一点張りで屋上の解放はできずじまいだった。
階段を登り、少し重い扉を開くと体を押し返すような風が一瞬吹く。
「おお、すげーな屋上」
雲ひとつない
広がる快晴に感嘆の言葉を漏らす。
理事長がいつの日か言っていたが、この屋上は生徒会のものらしく、一般生徒では立ち入ることが禁止されているらしい。
ま、俺は一般生徒じゃないから大丈夫ってわけだ。
「にしても
柵越しに見える学校の風景は、本当に金持ち学校という感じがした。
大きなグラウンドに大きな体育館、そして室内プール場にテニス場。ゴルフ場もあるじゃん。
それ以上見ていると成金病になってしまいそうだったので、柵からは離れて、入り口の近くのベンチに座り、そこで食べることにした。
「いただきます」
弁当を開け白飯に箸をつけたその瞬間。
ぐぅぅぅう。
「ん?」
音の方を見ると、ちょうど入り口の陰で見えなかったが、1人の女子生徒が座っていた。
「
その女子生徒は生徒会の一員の
「やあ、
俯いていた顔を上げ、右手を上げる
それを合図に俺は沙羅に近づき目の前に腰を下ろす。
てか年下に“ちゃん”付けされるのって居心地悪いな。
「何やってんだ、他のやつらはみんな教室で食ってるぞ」
「蒼ちゃんこそ教室で食べないの?」
意地悪な質問をしてくる。
「教室に俺の居場所なんて皆無なんだよ、てかその“蒼ちゃん”ってのやめろ」
「いいじゃない」
沙羅はほっぺを膨らます。そのあざとい行為に少しドキッとする。
それは、こいつの顔と仕草が妙に大人びていたからに違いない。
「まさかだけど弁当忘れたとか?」
「………」
少しの静寂が訪れ、2人の間を通過する屋上の
「図星か」
「なんで分かったのよ」
さっきめちゃめちゃでっかい音だしたからな、その腹から。なのに弁当持ってないって、忘れたか相当な食いしん坊の二択しかない。
「購買は?あ、今日休みか」
「そうなの」
「みんなから分けて貰えばいいじゃないか…まさかお前たちって実は仲悪い?」
意地悪な質問をされたお返しに、俺も性格の悪い質問をする。
上辺だけの付き合いの女子なんてごまんといる。
「そんなことないよ!すごく仲良い!」
沙羅は慌てた様子で両手をブンブンと回す。その様子は確かに慌てていたが、嘘はなさそうだ。
「じゃーなんでここにいんの」
「えっとね…それは…」
どんどんと沙羅の声量が
「…お弁当忘れたってみんなにバレるの。恥ずかしい…」
消えてしまいそうな声量でそう呟く。
「はあーー?」
全力の舐めきった顔をしていたと思う、多分俺がされたら殴ろうかと思っちゃうくらいの顔。
「そんくらいで1人で休み時間過ごすとか強者かよ」
「な、なによ!いいでしょ、私、ここでは完璧キャラなのよ、みんなのことが好きだからこそ、このキャラは崩せない」
だから小さなミスも自分の作り上げたキャラを貫くために隠す必要がある。
「……っぶ…ははははっ…」
そのセリフに声を上げて笑ってしまう。
「笑うとか酷いよ蒼ちゃん」
「いやいや、すまんすまん…まじ完璧キャラとかキツイよな、本当めっちゃ分かるわー」
「え…?」
沙羅は俺の顔を見て目をまん丸くしている。多分予想に反した回答に驚いているのだろう。
「ん?どうしたんだ?」
「いや、てっきり『そんなの下らない』って言うかと思った」
そして俺はくすくすと再び笑ってしまった。俺のイメージって本当に傲慢な性悪男なんだな、まあ間違ってねーけど
「下らないのは頑張ってるやつを見下すくせに自分は頑張らないやつだ」
笑いが収まった後に、少し真剣な眼差しでそう言った。
「でも、私のって本当の自分じゃないみたいで嫌じゃない?」
それはすごく分かる。
本当の自分の在り方が分からなくなるのは思春期独特の悩みであり、誰にでも起こりうること。けれど、俺の高校生時代や沙羅の様に偽りの自分を固めていくとその悩みはさらに増幅し、若さ故の悩みなんて可愛いものではなく、大きな悩みに変わってしまう。
「まー確かにそうだな、でも、気にすんな、いつか何も気にせずに本当の沙羅を晒け出せる相手が現れる」
「そう…かな」
「それまで完璧キャラを貫けるのなら貫いてみろ、それってすげー立派なことだ」
「なにそれ」と、沙羅は鼻で笑った。
「蒼ちゃんも完璧キャラだったの?」
「高校生の時は完璧キャラを貫いていたぞ」
ただ1人の前以外で。
「高校の時って今も高校生でしょ蒼ちゃん」
「あーそっか知らんのか、今年で俺21だぞ、あと蒼ちゃんやめい」
沙羅は動きを少し止めたが、じきに動き出した。
「はははっ何言ってんの蒼ちゃん」
沙羅は、小馬鹿にするような口調で笑いながら右手で俺の肩を叩く。少し痛い
「ガチだけど」
沙羅は次こそ完璧に動作を停止させた。
その姿は途中でスイッチの切られたロボットの様で笑いそうになってしまう。
「それ、本当?確かに大人びてる顔してるけど」
「…ほれっ」
制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出し沙羅に軽く投げる。それを受け取り開いた。そこには身分証明書が入っていて、それに沙羅は目を落とし急に正座になり
「そんな
「で、でも歳が5つも離れてると少しね…」
沙羅は正座を直すことなく、少しトーンを上げ苦笑する。
——ぐぅぅぅう。
そして再び沙羅の腹の虫が鳴いた。
「………」
沙羅の顔は次第に赤く染まってゆく。
「先輩後輩とか最近どうでも良くなってきてな、そんな年齢なんて数字くだらねーって思ってきた、だからその畏まった感じをやめろ、やめるというなら弁当をやる、もちろん周りには黙っとくぜ」
最初、この学校に来たときは年齢を
「じゃ、じゃあ辞める…」
「おし、じゃ、適当に食え、箸は口に付けてねーから。弁当は放課後返せよ、あと不味くても美味しかったって言えよ、わざわざ早起きして作ってんだから」
そう言って、俺は立ち上がり、弁当を沙羅の前に起き屋上を後にした。
後ろから「おいしっ」という沙羅の驚いた声を聞き、ガッツポーズをする。
俺も子どもだな
そう思えることが嬉しかった。
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