第6話 ご馳走はいつも公園に


 「お兄ちゃん」

 「………」

 「お兄ちゃん!」

 「おぉ!びっくりした、なんだあおいか」


 商店街からかき集めたものの、節約しながらの生活のため、少なめのおかず。そして白飯。そんな贅沢なひと時に怒気を荒げた葵の声というスパイスが降りかかり、俺は心臓を跳ねさせた。


 「なんだってなによ」

 

 俺の失礼な返答に満足はしなかったようで、葵はむーっと頬っぺたを膨らます。


 「ご、ごめんって」

 

 茶碗と箸を置き、葵の頭を撫でる。葵はえへへへと笑い、機嫌を取り戻してくれた。チョロい。チョロすぎて心配になる。頼むから変な男には連れていかれるなよ!


 「でも、ぼーっとしてちゃいけないよ、ご飯中なんだし!」

 「わかった、悪かった、気をつけるよ」


 葵の叱責しっせきを受ける。

 こいつは俺の母ちゃんか。

 まあ、こんな状況でも我儘わがままひとつ言わずに頑張ってるもんな、母ちゃんくらい懐が大きいかも。

 そんな葵の姿を見ていると、今日の自分の姿を愚弄ぐろうしてしまう。


 「そういえば、さっきお父さんから電話が来て勇士ゆうしさんがおきゅうりょーいれたって」

 「ゆうし?誰それ」

 「たしか、りじちょう?だったよーな」


 あー理事長って勇士って名前なんだ。


 「いくら入ってんだろ」

「たくさん入ってるといいね」

「そうだな」


 白飯を口に運び咀嚼する。テレビはうちにはない。時計もない。だけどそれでも全然惨めな気持ちにならないのは家族がいるから。

 いや惨めだろ…これだけで贅沢とか惨めだろ…!!雑草よりはマシだけど


 「はぁ…」

 「ため息いちゃだめ幸せが逃げちゃう」

 「もうこの家の隙間から逃げてるよ」

 「ひねくれてる」

 「知ってる」


 これからの仕事のことを少し考えたい。

どうやってあいつら5人の輪に入るか。どうやって企画を成功に導くか。

 けれど、この狭い空間では妙案なんて浮かばないに決まっている。


 「俺ちょっと外歩いてくる、考え事したくて」


 夕飯を完食して食器を洗った後、玄関の扉を開ける。生徒会室の扉とは違って随分とサイズも暑さも重さも違う。


 「お兄ちゃんきをつけてね!」



——————————————————


外はすでに暗く、ジャージからは6月らしい肌寒い夜風が吹き抜けていく。

 こうやって俺が散歩に出るのは別に珍しいことではない。高校生のとき…いや、今も一応高校生だがな。

 高耶たかや高校の生徒だったとき、生徒会で行き詰まった時はアイディアが浮かぶまで散歩をしたもんだ。

 この作戦はうまくいく。おかげで高耶高校の生徒会長史としては名前が刻まれるほど活躍することができた。


 「過去の栄光ってやつか…」


 そんな憂愁ゆうしゅうに沈むような声音は、6月の澄んだ空気に溶けた。


 ぐぅぅぅう。


 腹の虫が鳴る。そういえば会社を辞めて給料が入らなくなってから腹一杯にご飯を食べていない。

 横からは眩しい光が差し込む。

 赤を基調とした色合いの城壁からはアットホームな暖かさを感じる。

 中からは弁当の山が目に入る。その横にはバラエティに富んだおにぎり。明らかに弁当よりは劣っているが、その雰囲気と手軽さから得ている人気はまさしく出藍しゅつらんほまれ

給料は入っている。下ろせば弁当は買えるだろう…


 ごく…

 思わず喉を鳴らしてしまう。


 「いや、ダメだっ!葵が我慢してる中、俺が食っててどうする!兄として恥ずかしくないのか!」


 自分に言い聞かせ、羨望の的となっているコンビニから目を逸らし足を進める。欲望とは不思議なもので、振り切ったはずなのにまだ足を掴んでいる。

そんな重たい足取りで数分歩いていると、寂れた公園に出る。撤去されたロープゥイの痕跡と、錆が目立つ滑り台。シーソーのボロボロの木の板は、今にも割れてしまいそうだ。誰が見てもあまりいい公園とは言えない。

けれど、まだこの地に来て時間は経っていない俺からしたら、そんな殺風景に対しても新鮮さを感じてしまいテンションが上がる。


 「少し座るか」


 公園のベンチに座り上を見上げる。

 満天の星空の眺望が開け、その美しさに思わず「おー」と感嘆の声を吐き出した。

そんなにも空を眺めていると首が痛くなるので応急処置として首を下にろし今日考えたかった内容に思考を巡らす。


 「ん…ん!?こ、これは…」


 ちょうど頭を下げたところにその姿は目に入って来た。その堂々たる姿勢はまるで王。

ド…ドクダミ様…

説明しよう!

 ドクダミとは5月〜7月の2ヶ月間が旬の雑草。お茶や天ぷらにして口に運ぶと、「雑草の王様やぁ〜」と口からビームを吐きながら言ってしまうレベルのおいしさ。湿気の多いところに生息するため、前住んでいた拓けた地域ではお目にかかることが早々ない代物だ。


 「こいつを家に持ち帰って天ぷらに…いや、ちょっと待てよ…」


 ドクダミは生で食べるのはあまりよろしくない。けれどドクダミ独特の苦味は、一線を超えて美味と言える。

ぐぅぅぅう。節約に節約を重ねた夕飯の副作用が今になって押し寄せてくる。猛烈な食欲はこの雑草の前ですら火を噴いてしまった。ざ、雑草なら…雑草なら葵も許してくれるはず。

実際、俺が雑草を食べていることを、家族は誰1人と知らない。葵に出来るだけ多くのご飯を食べさせるため、こうして俺が頑張るしか無いのだ。

 すまん…葵。ひとつだけ。ひとつだけ…

 ブチっ

 ドクダミをひとつ取り上げ口に近づける。


 「日本の全ての雑草に感謝を込めていただき…」

 

 「——あなた、何してるの」

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