第5話 思った以上に俺は嫌われていた。

 

 机にノートと教科書を広げ、女の先生が黒板に板書したものをつらつらと書き写す。

前の学校では、目指した大学もあったため勉強にはかなりの熱を入れていた。けれど、今はその熱が入らない。なぜなら今俺は全く授業に集中できていないから…というか俺以外の奴らがそうさせてくれないのだ。


 うるさすぎる…


 四方八方お喋りに興じているお嬢様方で教室内は埋め尽くされ、男子は諦めたかのように惰眠を貪っている。広い教室なのにこの喧騒っぷりには呆れと今時の高校生に対する憎悪の感情が芽生えた。

もちろんあの生徒会の5人…いやあのゲーマーは机の下でスマホゲームしてんな。他の4人はペチャクチャペチャクチャ喋って…

そう思い、周りを見渡すと、可奈だけは俺と同じように真剣に授業に取り組んでいた。


 「お前、本当に真面目なんだな」

 「お前じゃない、私の名前は赤嶺あかみね可奈かなよ」

 「お、おう」


 可奈は大きな黒板に目を向け、時より細い指で握られたシャーペンをスラスラと動かす。

俺が話しかけると冷たい声音で返すものだから、前回のあのことをかなり根に持っているに違いない。そう思った。

騒がしくはあるが、教師の声は一応聞こえるため、可奈はこうして真面目に受けれるのだろう。だからそんな姿を見習い妥協をきてシャーペンを握るが、この空間はあまりにも勉強に向いてなさすぎて俺が集中することを許してくれない。


 「可奈、なんでこんなに騒がしいんだ」

 

 先生が嫌われていて、生徒が授業を聞かない所謂いわゆるボイコット的なやつなのかもしれない。


 「…………」


可奈は何も言わず、俺の質問を無視する。

 あ、ボイコットされてるの俺の方でした

 っておい!こいつマジで俺のこと嫌って嫌がる。


 「あのー可奈さん?聞こえています?」

 「…………」

 「あ、あのー!」

 「授業中は静かにしなさい」

 「はい。」


 5つ下のガキにこんなことを言われるなんて人生で予想してだろうか。いや、微塵もしていなかった。

結局授業中はロクに話さなかった。できれば昨日のことを謝罪して生徒会の仕事を続けたかったのだが、可奈は謝る隙を与えてくれなかった。


_________________________________________


 「えーと、あと3週間ほどで林間学校が始まる。もう聞いていると思うが、生徒会は、そこでみんなを楽しませるようなイベントを3日間分主催しなければいけない、であるからして」


 その話を遮る雑談。


 「美雨みうーそのお菓子とってー」

 このボブの子は白郷はくごう沙羅さら。昨日風呂から出てきたエロいやつ。そして俺のことが嫌いだ。

 

 「これゆうの…ダメ」

 この胸元まである長い髪の子は黒川くろかわゆう。無口のどうしようもないゲーマーだ。そして俺のことが嫌いだ。


 「ちょ、ちょっと2人とも分け合ってください!」

 このショートカットで背の低い子は緑園りょくえん奈緒なお。おどおど系だけどいい子、俺からの印象はこの中で一番いい方向に向かっている。しかし、以下同文。


 「お菓子くらい買ってきなさいよ」

 このポニーテールの子は黄崎きさき美雨みう。態度が悪くて性格悪い子。以下同文。

 

 「静かにしなさいよ…というか何であなたがここにいるのよ」

 このロングで紅茶を飲んでいる子は赤嶺あかみね可奈かな。俺がこんなに嫌われ者になってしまった元凶だ。そして以下同文


 よし、ばっちしみんなの顔と名前を先生覚えちゃいました!

 

 「っておーーーーい!お前ら聞いているのか!林間学校までもう時間はないんだぞ!」

 

 俺は怒気を荒げ、後ろのホワイトボードを叩く、そこには【林間学校でのイベント案】という見出しが書かれているだけで、あとは無記となっている。


 「別にそんなのよくない?だるいし面倒臭いの私嫌いだなー」

 

 やっとお菓子をもらえたのか、ポッキーを口にくわえたまま沙羅は少し満足げに言った。

 

 「よくないぞ沙羅、そんなんではこの学校をまとめる生徒会なんて作れんぞ」


 「誰も思ってない…」

 「こら、会議中はゲームしません」


 俺に背を向けスマホゲームをポチポチしている優を注意するが辞める気配は一向にしない。


 「というかあなた昨日、やらないって出て行ったじゃない。どういう風の吹きまわし?」

 

 可奈は紅茶に口をつける。

 借金…母さんのこと…できるだけ家の事情は言いたくない。


 「えっと、まーそれはなんだ、あれだよ…ええい仕事だ仕事!」


結局いい言い訳は見つからず投げやりな返答になってしまう。

 

 「誰も君と仕事してないなんて思ってないし出てきなよ」


美雨は、スマホをいじりながら俺の顔を見ることなく淡々と酷いことを言った。

 こいつら年上に対する礼儀も知らんのか…

 ちきしょう、敵が多すぎる。なら、せめて真面目な奈緒なら味方になってくれるかもしれない!

 

 「お、おい、奈…」

 「すー。すー…もう食べられません」


 ダメだこいつ…


_________________________________________



 結局話がまとまることは無く、切羽詰まった状況に追いやられた俺は中庭のベンチで途方に暮れていた。

  

 「おや、おーい!蒼太君!」

 「は、はい?」


 遠くから大声で呼ぶ誰かさんの方を見ると、スーツ姿でだいぶダンディーな男前が小走りで近づいてきた。近くに来ると分かるがその男はかなりの高身長で177センチの俺を見下ろす。

 

 「これはいきなりすまなかったね、私はここの理事長だよ」

 「あっ理事長でしたか。すみません、挨拶も行けずに。」

 

 俺はすかさず頭を下げる。


 「いいのさ!君のお父さんとは竹馬の友でね、君には期待しているよ」

 「期待に応えられるように励みます」


 愛想笑いとともに、俺は再び頭を垂れる。

 社畜という言葉が似合うその光景は会社での上司とのやりとりを彷彿させた。


 「そうだ、いい機会だし風呂でも入らんかね」

 「ふ、風呂ですか?この辺に風呂屋なんてありますか?」


 できれば入りたくない。お金も手元には200円しかないからだ。

 というか一緒に入るとか気まずい。


 「あー、まだ知らんのか、この学校にはね……」


 ——カランッ


 「ま、まさか、この学校に大浴場が付いているなんて思いませんでした。しかも男子生徒少ないのにこの広さって…金の無駄じゃないですか?」


 白く濁った気持ちの良い湯。浴場独特の暖かい香りは体に癒しを与え、心の傷が平癒するかのような気分になる。そんな中で、俺と理事長は肩を並べて浸かっていた。

 けれど、そんな癒しのひと時は、俺にとって厳しいものだ。問題はこの空間。理事長と裸の付き合いをしているのが本当にきつい…

上の人間と2人きりになるのは会社に勤めていた頃から苦手だった。

笑えないギャグやぐさりと心にくる嫌味。その他諸々をいちいち愛想笑いで返さなければいけない辛さは尋常じゃない。


 「職員も入るからね」

 「それでもこの広さか…」


 俺は愛想笑いを浮かべたあと周りを見渡す。学校の中に設置されている風呂は、下手したらそこらの銭湯よりも大きいかもしれない。

浴槽はひとつだけでなく、いろんな効能のある湯がいくつもあった。


 「これからはいくらでも使っていいからね」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「生徒だしね」

「ミスして生徒登録をしたのは理事長でしょ」


裸の付き合いというのは不思議なもので、まだ入って数分しか経っていないのに理事長に対して少し生意気なことを言ってしまう。

 その生意気な俺の言葉に理事長は大きく笑い「すまんすまん」と数回頭を垂れた。

このやり取りを機に、だんだんと2人の距離は近いた気がする。

 それにしても気持ちがいい。

 家に風呂は無くてシャワーしかない。だからお湯に浸かるなんて…夢のようだぜ。何と言っても無料という言葉が最高すぎる。


 「どうかね、生徒会のメンバーは」


 喜んでいる俺の隣で理事長は落ち着いた声音で聞く。


 「それが、少し苦戦してまして…」

 「そうか、林間学校も急に決めちゃったからね、時間がないってのもあるだろう、すまなかったね」

 

 理事長は優しい声音で謝罪をする。


 「で、でも林間学校はなんとかします」


 この仕事は俺の家庭がかかっている。理事長にまで見離されてはもう後がないなのだ。

 俺は自分を自分でフォローする。


 「ははは頼もしいよ、あの子達は心を開くことは滅多に無いから少し大変だよね」


 理事長はまるで、今まで5人を昔から見てきたかのような様子だった。


 「でも、なんであんなに殻にこもるんですかね」

 「まー、家庭事情ってやつかな」

 

 そう言って理事長は誰もいない大浴場の周辺を見渡す。


「蒼太君は生徒会と向き合わなきゃいけないわけだし、多少は教えとくね」


誰もいないことを確認した理事長は再び親を顔に打ち付ける。その一連の動作は気持ちを固めたような、そんな風に受け取れた。


 「あの子達はね…」

 

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