第4話 五人五色
「あのーすみません」
「はい?あら
夕方の商店街は、夕飯の食材調達のために訪れる主婦や、店の前で売り込みをする店員の声で賑わっている。そんな商店街の中央あたりに構えられているパン屋さんに足を運び、慣れた調子で声をかけた。
パン屋のおばちゃんは俺の顔を見るなりニコニコしてカウンターの下を漁る。
「おばちゃん、パンの耳って余ってませんか?」
「来ると思って取っておいたわ」
おばちゃんは袋に入ったパンの耳をカウンターの下から取り出し、俺に渡した。
商店街は神の領域と言っても過言ではない。パンの耳、形の悪い野菜、少し傷がついて売れなくなった魚、果物。これらが無料で貰えるのだから。
形や傷くらいで売ることができないって本当に近頃の日本人は甘いぜ
胃袋に入ってしまえばどんな形の食材であれ同じだというのに。けれど、その妙なこだわりが日本人に無かったら、こうして俺は食材を無料で譲ってもらうことは当然ながらできなかった。
捨てられてしまう野菜、魚。彼らは泣いている。
そんな商店街のヒーローは間違いなく俺。
まだここに引っ越して来てから3日しか経っていないが、この商店街での俺の評判は
そう。捨てられる食材のヒーローとして好感度のパラメーターが非常に高いのだ。
「あのー…」
「おー、蒼太か!いやーいつもありがとな、売ることのできない野菜は捨てちまう。それは心が痛むから感謝してるぜ」
内容を言い切る前に八百屋のおじさんは大きな袋に野菜や果物を詰めて差し出してくれた。
「こちらこそいつも感謝してますよ、ありがとうございます」
おじさんの引き締まった腕から袋を受け取る。手にぶら下がる袋からは、ずっしりとした重みが伝わり食材の多さを教えてくれた。その重みに学校で下げまくったテンションを一気に上げる。
ここは蔵沢家の生命線だ。ここに売れない商品がなければ俺は自分から雑草…いや公園野菜を貪っていた。さらに、商店街の人たちはとても優しい。俺が極度の貧乏人だということを知りながらも、その話に触れたことは一切ない。いつも通りの対応で、売り物を買わないのに他の客とは変わらない接客をしてくれる。
「………」
不意に今朝の自分を思い出す。
年端の行かない高校生に、自分が見下されていると勝手に解釈して結構なことを言ってしまった自分と、ここの商店街の人達を比べると、自分の愚かさは顕著に現れてしまい、情けない気持ちに襲われた。
“強い人っていうのはね、許せるかどうかなのよ。強い人こそ許すのよ”
いつかの誰かの言葉が脳裏に蘇る。
「強い人ね…明日謝るか」
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「ただいまー」
「あ、お帰り、お兄ちゃん!わー、今日はたくさんもらったんだね!」
手に持った大量の袋を見て葵が両手を広げ全力で喜ぶ。惨めな立場なのに、こんなにも喜んでわがまま一つ言わないのだから、葵は強い子なんだと思う。本当はこんなに強くなくていいのに。
今年で葵は小学4年生になった。
周りの小学4年生はどうやって過ごしているのだろうか。何を買ってもらって、何を欲して、何を食べているのだろうか。
少なくとも商店街の売り物にならない野菜や果物、パンの耳では無いよな。
そう思うと申し訳ない気持ちに全身が覆われてしまい、心が痛んだ。
「葵、ごめ…」
「お兄ちゃんの作るご飯いつもおいしい!ほっぺおちちゃう!いつもありがとー」
葵は、にへらと笑い、小さな体で俺の体にしがみつく。
「……当たり前だろ。葵のお兄ちゃんは世界一のお兄ちゃんだら、何だってできるんだ」
「さすがお兄ちゃん!かっこいい!」
おそらく葵は俺に気を遣った。まだ10歳の小学4年生が20歳の兄に気遣いをする不気味な現実を俺はひたすら憎んだ。
行き場のない思いを身体中に巡らせている暇はない。守らねば。葵のことを
戻んなきゃな、仕事
「「ごちそうさまでした」」
両掌を合わせ、2人で食後の挨拶をする。
「葵、シャワー浴びたか?」
「うんあびたよ!今から宿題やる!」
「お、偉いぞ」
横にあった赤いランドセルからプリントとノートを取り出し、ペンケースから鉛筆を引き出す。その姿に関心して俺は葵の頭を少し乱暴気味に撫でる。俺の手に葵の頭がすっぽりと入った。
「お兄ちゃん、やめて」
うざったかったのか、葵の声は冷たい。
——プルルルルル
「父さんか」
狭い部屋だからか、電話機まですぐ来ることができる。全然待たせない。最速の男ここにあり。
「もしもし」
『もしもし、仕事はどうだった?』
「ま、まー順調」
『そうか、良かったよ』
「それで何の用?」
『近々お前の学校で林間学校があるだろ』
「あー確か朝に担任が言ってたよーな」
『そこで生徒会が主催でイベントごとをするらしい。だからそのイベントの企画を練って成功に導けと理事長から連絡があった』
「なるほどね、それで、林間学校っていつ?」
生徒会の仕事を任されているくらいだ。そんな連絡があってもおかしくはない。
『3週間後だ』
父さんのその言葉に、俺の頭の思考回路はショートする。
いや、どうやってあいつらの輪にこの3週間で入るんだよ。
企画云々より、あの5人の輪に入ることすら危うい。だからもしこのままだと100%失敗する。
「ん?ヶ月の間違いじゃなくて?」
『3週間後だ。ってことでよろしく』
「おい待てよ」
『何だよ大丈夫だろ、だってお前は高1から生徒会長やるっていう歴史に残る大役をやり切ったじゃねーか』
「そうだけど」
『大丈夫だ、じゃーな』
今度こそ本当に切れてしまい、これ以上の講義は許されなかった。
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【翌日】
「おはよう」
隣の席の少女は手に持った文庫本に目を落としたまま、必要最低限の挨拶をした。
まさかの挨拶に、少し驚く。
「おう、おはよ」
こいつ挨拶とか全部無視して来ると思ったのに、意外と礼儀正しいな。
それにしても、窓側の席というのは快適だ。涼しいし、何より視線を外に向けられる。室内を見れば…
「うわ、こっち見た」「やめなよ、見ちゃダメよ」「近寄らないで欲しいわ」「この学校じゃもう無理ね」
クラスメイト、主に女子生徒からの視線や言葉には
てめーら全員デスビームで頭蓋貫くぞコラッ…
「あっれー君は昨日の」
そんな俺にも気兼ねなく声をかけてきた少女は、昨日バスタオルで身を包んでいたエロ美人。
「………やだ」
俺何も言ってねーよなゲーマー
「あ、えっと…あ!
小動物のようなその子はポニーテールの少女の後ろに隠れて震えた声で言う。
名前覚えていてくれてありがと。
そして、できればそこの悪女に隠れながら言うのやめてくれないかな傷ついちゃう!
「なんだ、同じクラスだったんだ最悪」
昨日と同じ黒タイツ姿と、スマホをいじる姿勢。
おい悪女、ガム噛むのやめろ、最悪
てかこいつらおかしくないか?同じクラスなら昨日の俺の自己紹介を聞いたはず
「昨日自己紹介したはずだけど」
座ったままの俺が4人に向けて言う。隣の生徒会長は何故かため息をついている。
「あー私たちね」
「……きのう」
「そのですね学校を」
「東京から帰ってきたのが放課後だったから」
4人がそこまで言って
「朝はここにいなかったのよ、この4人は学校に間に合わないどころか、放課後にやっと来たのよ」
横の生徒会長が4人を睨むように見る。それに対して「ごめんねー」「…ごめん」「ごごめんなさい」「ごめそ」と返答は十人十色。いや、五人五色。個性の色強め。素晴らしい。ゆーとる場合か。
「逆にお前は何で行かなかったんだよ」
俺は隣を向くが、隣人は4人を見たまんまでこちらを見ようとはしない。
「行ったわよ、ただ寄り道をしなかっただけ」
「
「当たり前のことよ」
そう言って再び文庫本に目を落とす。
俺がこの時間に分かったことは2つ。
1つ目は、この生徒会長の名前が可奈ということ。
2つ目に分かったことは。こいつら相当…
舐めていやがる。人生を…!
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