第3話 生徒会室には豪華な飾り付けを


 「あなたが…」

 「お前が…」


 「お手伝いさん!?」「生徒会長!?」


窓の外から入り込む風は、俺とそいつの髪の毛を不規則に揺らす。

生徒会室は放課後独特の夕映えの中、他の空間とは違った異質の雰囲気を漂わせた。


 「なになにーどうしたのー?」


 入り口から見て右奥の扉が開き、そこから白い霧が侵入してくる。


 「ちょ、おま…」


 その扉から出て来たのは、バスローブ1枚で体を包み、谷間があらわになっている女。その肌は艶やかで、傷一つ無い。

別のタオルで肩くらいまである髪の毛を拭く仕草と、熱で赤く染まった顔。そのダブルパンチの妖艶ようえんさと、とても高校1年生とは思えない大人の女性の雰囲気と声色は、まさしくエロ美人!!!!てか風呂付ってどんな生徒会室だ!


 「うるさい、ふたりとも…」

 「おぉおっ!」


 部屋に入ったときは、最悪の再会に気を取られていたせいで、入り口に1番近いソファに人が座っていることに気がつかなかった。


 「ゲームに集中できない…」


 眠そうな声でブツブツ言っているその少女は最近発売されたゲーム機を手に持っていて、画面は一時停止されていた。

 そして胸元まで伸びた茶色い髪の毛を払ってから不機嫌そうに俺を睨む。目鼻立ちは良く、すらっとしたボディライン。子どものような仕草をするのに大人な部分もしっかりと付属。そして、ゲーム機がその耽美的たんびてきな雰囲気を瓦解がかいしていく様は、まさしくゲーマー美人。なんだそれ。


 「あのー、入ってもいいですか?」

 「おっおう!す、すまん」


 驚いて変な声を出してしまった。

 入り口の扉が開き、そこから顔だけをのぞかせ、許可を得てから入ってきたのは、ショートの桃色がかった茶髪の女の子。ぱっちりとした目と、長い睫毛。身長は150センチほどと低いく、小動物に感じてしまう。口調は明るく純粋さと幼さを孕んでいるのに、出るところはちゃんと出ていている。その姿からその子は、まさしく絶対良い子だ低身長美人。だからなんだそれ。


 「君って今日転校してきた最悪の人?」


 その子と一緒に入ってきた女は、俺を目に入れた瞬間にそう言った。

 スマホを操作しながら、風船ガムを膨らます。容赦の無い発言から伝わる性悪な印象とは相反する長いポニーテールには幼さを感じさせた。

すらっと伸びた長い足を黒タイツが包み制服の上からでも分かるボディラインが一体何人もの男子生徒を魅了したのだろうか。

 その姿はまさしく隠れ悪女美人…


 悪女美人のその一言に、俺のイメージが生徒会室に波及はきゅうしていく。

 そして、一同の目が俺の体を睨みつける。

 

 「あらー、噂の子かー、あんま関わりたくないなー」

 微笑みながら、バスタオルを体に巻いた女は辛辣な言葉をその場の誰でも無い俺に言う。微笑みながらの言葉ってこんなにも重いのね。というか服着ろ


 「ゲームの邪魔…嫌」

 すぐに視線をゲーム機に移したゲーマー美人はイヤホンをつけてゲームを再開した。

 

 「こ、怖い人は…その…」

 視線のやり場に困っているのか、キョロキョロした後、怯えた子犬のような眼差しを俺に向けた。

その表情、胸グサリとくるのでやめて下さい。


 「ま、この空間にあなたがいるのはおかしいわね、出て行きなさいよ」

 スマホは鞄に仕舞われたが、まだ風船ガムを膨らしたままこポニーテール野郎は手の甲を俺に向けてあっち行け、と手をひらひらさせた。


 「ということだから、あなたは歓迎されていないわ」


 最後に、その冷たい言葉を投げたのは、生徒会長だった。

黒い髪と高い身長。すでに凛として冷たさを感じさせる佇まいなのにさらに冷たいことを言うものだから、僕は冷凍庫に入れられているのでは無いかと錯覚したよ。


 このクソガキども……


 「あーいいぜ、こんなのやめだ。てか何で俺がエロ動画も見れないようなガキ相手にせなアカンのじゃ!お前ら生意気なやつらと仕事なんかできねーよ、じゃーな」


そして俺は、最後にそう言って勢いよく扉を開けた。


_________________________________________

 

 「出て来ちまった…」


 中庭のベンチに座り、これからのことを考える。もっといい切り返しは出来たのではないのだろうか。自分の方がよっぽど子どもじゃ無いかと心が痛む。

子ども相手に…何やってんだか。

何度も心中でそう思った。


 まず仕事の件だが、そもそもの仕事の内容がおかしいよな…

 

 「生徒会に入って、まともに運営させる手伝いと、この学校の金持ち生徒に人生の厳しさを教えるような活動を取り入れろ。か」


仕事内容を再度確認するかのように、いつの日か父に言われたことを復唱する。

 そもそも、俺には向いていないのだと思う。生徒会長と言う経験は確かに事実だ。だが、それは普通の学校での経験でしか無い。そして何より俺は貧乏だ。こんな金持ち学校で価値観の違うやつらと仕事をしろなんて無理難題だ。

金持ちしかいない空間の中に貧乏人という異分子が組み込まれれば、生徒が様々なことを学ぶかもしれない。なんてことを理事長は言っていたらしいが、何言ってんだよって思った。


 「無茶苦茶だよなー」


 会社も辞めちまったし、本当にどうしよう…新しい職場を探すしかないな。


 ——プルルルルル


 ポケットの中のスマホが鳴り、画面に表示されている番号を見る。


 ー蔵沢家ー

 

 「もしもし、あおいか、どうかしたか」

 『もしもしお兄ちゃん!お仕事じゅんちょー?』

 「もももも、もちろんだとも」


 ベンチから体を離し、咄嗟とっさに取り繕う。別にそんなことをしなくてもいいのに見栄を張ってしまうのは兄もとい俺の悪い癖だ。


 『よかったー、ねーね、しゃっきん無くなってお金貯まったら…』

 「ん?」

 『パパに会いにいこっ!』

 「………」

 

それは無理だ。なんて慈悲のないことはまだ小学4年生の妹の葵には言えなかった。


 『お兄ちゃん?』

 「ああ……任せとけ、すぐに会いに行けるぞ!お兄ちゃんを舐めんな!」


嘘をついてしまう。だが、仕方ない嘘だ。


 『わーい!お兄ちゃんさいきょー!』

 「だろ!あ、お兄ちゃんまだ仕事残ってるから電話切るな、ちゃんと宿題しろよ」

 『うん!がんばって!あおいもがんばる!』


 ——ピッ

仕事のこと…

 い

 い

 いえねー!!!!絶対に言えねー!

 「お兄ちゃん、ガキどもに初日から喝入れちまって仕事辞めちまった。てへ」言えるかー!!!!!こっちが喝入れられるわ!

 「お兄ちゃん、初日に“最低最悪男”って称号ゲットしちゃったから仕事やめるね。ニコ」って言えるかー!!!!!妹から“母が生んだゴミ”っていう称号を貰いかねない!!

 その瞬間俺は、中庭から特別棟に走って向かい、とんでもない速度で3階まで駆け上がった。

 あー何て言おう、何て言えば仕事を続けさせてもらえる?謝るしかないよな!当たり前だもんな!

ならば…社畜で鍛えられた謝り作法を特別に披露してやろう。

 そんなことを考えているうちに、あっという間に扉の前まで来ていた。

 

 「ゔゔん。あーあー。よし」


 ——ガチャン

 大きな扉を勢いよく開けて。


 「先程は失礼しました。さっきはその、虫の居所が悪かっただけで別に怒ってなんてないんだからね!」

 

 15歳に成人男性が謝罪をする。その複雑さに、俺の謝罪はツンデレ風になってしまった。


 「とりあえず先のことは謝る。だから仕事は続け…さ…あれ」


 誰もいない教室。夕方独特のオレンジ色の花が差し込んでいて、カラスの鳴き声が妙に響き、愁嘆場のような空気が流れる。


 「………帰ろ」

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