第2話 宣戦布告は全生徒へ


 「えー、分からないことがあったらみんな助けてやってな」


 眼鏡を掛けた担任がクラスメイトに呼びかける。その担任の当たり前の行動に、俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。

 お前らよ、俺が手違いで高校生になったって知らんのー?それは流石にやばくない?本当に生徒として始まっちゃうの?


 父さんから、誤って生徒登録されたとしても、仕事さえ全うしてくれれば給料は通常通り振り込まれると聞いた。金が支払われるならば腹をくくるしかないと覚悟を決めて俺は高校1年生として、今この場に立っている。

 というか、本当にこいつら全員年下かよ。全く実感が湧かない。

 若いつらしてんなー


 俺が転職。いや転入して来た高校は、白皇はくおう高校だ。教室は普通の高校の大きさではなく、側面を彩るカーテンですら何やらすごい高級感を孕んでいる。綺麗すぎる校舎、汚れひとつない生徒達の机。それもそのはず、この学校ができたのは今年に入ってからのことで、生徒はまだ1年生しかいない。

 さらには白皇高校の生徒の7割が女子という圧倒的アウェー感。

 何より、この学校の最大の特徴。

 それは…


 超金持ちの子どもが集まる学校ということ。

 確か、この辺がIT関係のビジネスに向いている地域であり、金持ちが全国各地から寄って来る。

 となると、その子どもたちには学校が必要だ、だから作ってしまおう。ということでビジネスマン達が作ったのが、この白皇高校だ。

 『ついでにカラオケ行こーぜ』のテンションで学校作んなや!ムカつくな…


 「それじゃ、蔵沢くらさわくん、あそこの空いている席に座って」


 中年男性の担任が窓側の席に俺を促す。空席は俺が座ることになっている席とは他に4つあった。

 サボりもいんのか。人生舐めてんな。

 俺の高校時代なんて無欠席無遅刻でやり抜いたぞ。

 でも窓側か…ラッキー、いつも席は名簿順だったから窓側になることなんて無かったもんな。


 「男子って珍しい」「身長高いね」「結構イケメン?」「何か、なんでも知ってそう」「すごい大人っぽいよね」


 そりゃ20だからな!


 指定された席に向かう途中、そんな人を分析する失礼な声が幾度となく聞こえてきた。

 結局、席に着いてからも分析は続いた。

 お前らそんな分析するんだったら誰か1回くらい俺の戦闘力測ってみろよ、スカウターつけろよ


 スカウターが登場した日には、ずっと自分の戦闘力が知りたくて仕方なかった。その少年心を俺は成人を迎えても鮮明に覚えている。

 

 鞄を机の横についているフックにかけてから、不意に右横隣の生徒が視界に入る。その瞬間。一気に声が消えた気がした。


 実際には消えていなかったと思う。


 開けられた窓から入る6月の清澄せいちょうな空気を運ぶ風の音は、長い髪の毛を揺らし、その少女の花のような姿を引き立ててている。

長い艶やかな黒髪を耳にかけ、手には文庫本が開かれていて、そのページをずっと見ている横顔は、まるで絵画のようだった。

綺麗で細い指でめくられる文庫本のタイトルは何なのだろうか。そんな無駄なことを考えてしまうほどに…

 それくらい、彼女は美しかった。

 しかし、どっかで見たような顔だな。


 「あ、あの…」

 「はい?」

 「隣として、その、よろしくお願いします」


 思わず声をかけてしまい、慌てて口を両手で抑える。

 職場の関係以外で女子と話すなんて高校生以来の久しぶりのイベント。慎重に慎重を重ねて会話を紡がなければ関係はすぐに崩壊する。

 てか俺は何を考えている!こいつは年下だ、そもそもそんな感情は抱いてはいけない


 「そうね、お隣ですものね、けれどごめんなさい……嫌よ」


彼女の第一声は氷のように冷たく、その言葉通り、俺の体を脳みそから何まで凍らせてしまった。


 「は?」


 予想していなかった返しに意表を突かれ、俺は腹を立たせる暇もなかった。

 頭の中ではジャスティンのビーバーがずっと「わっどぅーゆーみん」と言っている。ええい、うるさい、お黙り。


 「あの…初対面なんですけど」

 「それも相まってよ。私、あまり男の人とは関わりたくないもの、それと、あなたのさっきの笑顔気持ち悪かった。」

 

 彼女は澄ました顔で長い髪を手で払い、俺の呆気に取られた顔を蔑視する。

 そんな生意気な顔にやっと腹を立たせた。


 「おい。」


 ——カチっ

 はい入っちゃったーブラック蒼太そうたのスイッチ入っちゃったー


 「てめーこの金持ちが…」


新しい転校生を分析した声も、その他のお喋り声も、すべての雑音が一気に取り払われる。


 「え?」


彼女だけじゃない。クラス全員が俺を見た。

俺は出来る限りの酸素を肺に補給し、溜まった怒りを放出させる。


 「すぐにそうやって人を見下しやがって、男が苦手だ?知るか!社交辞令ってもんがあるだろ!嘘でも『よろぴくー』とか言っとけやボケ、気持ち悪いだ?お前らの『らくして生きてますよ』感の方が何倍も気持ち悪いっつの!この成金クソ野郎め!金持ちなんか、大っ嫌いだ!」


この瞬間、止まるはずが無い時計の針が止まったかのような静寂。

やらかした。そう思った。

折角父さんが探してきた職場。ここに来るまでの引っ越し代はこの学校に出して貰い、遥々引っ越しまで就職した。葵にも学校を転校して貰ったのに、今の発言は家族を切り捨てらような発言。やばい。弁解しないと。


「……………………ってゆー夢を見たんだわ、うん、君はどんな夢を見たの?」

 

 何言ってんの、俺。


 「最低極まりない男ね」



 初日、俺の悪評は白皇高校で一瞬にして広がった。


 ———————————————————


 「えっと、勤務先は特別棟の三階か」


 放課後、スマホの画面に表示された地図を頼りに足を進める。

 その間も俺を見る生徒たちの目は酷いものだった。避ける生徒達によって出来上がったランナウェイと苛烈かれつな眼差しによる赤外線。インポッシブルなミッションでもやってるのかと錯覚してしまう。


 あの小娘にした宣戦布告は全生徒に対しての宣戦布告、つまりあいつがこの学校のトップなのかもしれない。


 「にしても、勤務先が学校で生徒会って意味わかんねーな」

 

 いや、納得はできるか…生徒会長やってたんだし。


 特別棟は3階まであってその最上階に生徒会室がある。

 3階まで登りきり、廊下で一番大きな扉の前に着く。黒い扉の上の金プレートには[生徒会]という文字が刻まれていた。


 「ここか」


 ——コンコンコン


「どうぞ」

 「失礼します」

 

 中から女の子の声が聞こえて来た。

 やっぱり女子が多い分、生徒会のメンバーの大半が女子なのかもしれない。


 「今日から転入して、ここで仕事を…す…る…」


 重たい扉を開けると、その光景に俺は思わず生唾を飲み込んでしまう。


 お茶が乗ったお盆を持つ少女

 艶やかな長い黒髪、身長は160センチほどだろうか。出るところは出ていてスタイルが良く、何より美人。そして凍てつく雰囲気と冷たい眼差し…


 「あ、あなた、さっきの最低最悪の男じゃない!」


 お盆を机の上に置き、その少女は俺に向かって指をさした。

その言葉に反論をする。


 「はー?てめーが最初に失礼なこと言ったのが問題だろ!あとその呼び方やめろ!」

 「う…確かに、最初に私は酷いことを言った、でもあそこまで普通言うかしら?」

 

 お互いにげきを飛ばす。そして睨み合う。2人の視線はぶつかり、火花を飛び散らした。


 「というか何の用よ!今から理事長の申し出で来てくれる“お手伝いの人”を迎え入れる準備をしなきゃいけないから早くして」

 「あーそーかい、なら早く用を済ませてここから出て行ってやる、俺は仕事で生徒会長に会いに…」


 「………」

 「………」


 「あなたが…」

 「お前が…」


 下ろした腕を再びあげ、人差し指を恐る恐る突き出す少女。

 別に何かに恐怖しているわけではないのに一歩下がり、少女に指を向ける蒼太。


 「お手伝いさん!?」「生徒会長!?」

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