第21話 ダンシングブレイド21
「しょ、勝負あり! アルバート死亡により決着とします! 勝者、ヒート!」
片手を掲げ、
「『それは万人を癒やす奇跡。慈愛深き者』」
「え、あの……?」
「『それは死者さえも呼び戻す、因果への反逆』」
ダークが死闘の終わった場へと歩いていく。その片手には、ヒートの切断された右脚。
「『我は彼に至らず。我は彼に届かず。なればこそ、胸を張り偽りを語る。我こそは偽り。救いし偽りなり』」
ステッキが地面に突き刺さる。浅く息をする、気絶したままのヒート。そのそばへかがむダーク。右脚を切断面にぴったりと押し付けた。
「繋げ、『
幾何学紋様を描く光の奔流。集う先はダークの右手。凝縮し顕現する超情報。現れるは、黒曜石で製作されたと思われる小さな、それでいて細い造りのメスだった。
「まったく、手間のかかる犬だ」
繋げた場所を貫くように、メスがヒートの臑に深く突き刺さる。同時に、淡い光が登った。横断する傷口が塞がり、血液を断たれ土気色だった皮膚に赤みが差していく。
「これは使うと劣化する種類の魔剣でな。即座に怪我を治せて便利だが多用できん。脚を繋げるくらいはしてやる。他の場所は自力で治せ、バカ犬め」
ダークがメスを引き抜くと、そこに傷一つない脚があった。そして、メスの切っ先が、大きく欠けている。
「……だが、リブラの仇を取ったことだけは誉めてやる。お前はよくやった、ヒート」
意識の無いヒートの頬に、冷たいダークの手が優しく触れた。嫌みと皮肉しか喋らなかった彼が、初めてヒートへ賞賛を送る。
「さて、では今度は我々の番ではないかね、ウォーベック。楽しい楽しい殺し合いの時間だ」
立ち上がる紳士。圧力に揺らめく姿は、黄昏に浮かぶ死神。その背の向こうには、無言のままウォーベックが立つ。
「まだやる気ですか……?」
リャーベイの声には怯えがあった。今目の前で殺し合いが起こっている以上、次の決闘では死人が出ないとは思えない。
「やるとも。その理由が互いにあるものでね。やつも、私も、互いをブチ殺して死体を引きちぎって、薄汚い臓腑を犬の餌にしてやりたくて仕方がないのさ。そうだろウォーベック?」
「……そう、だな。私達には、その理由がある。その通りだよダーク。ひさしぶりにこれを引っ張り出してきたことだし、な」
白と朱色の服をウォーベックは纏っていた。東方大陸の武装符術師の一派、
「
「昔の名だよ。それに、準備はもっと
突如、足元に転がる石像の破片が浮かぶ。伸びる魔力が顕現化した赤の光。続けて浮かび上がる足、胴体、頭。バラバラになった残骸が一点に集中。歪な人型へ。
瞬間、火花が上がる。石像に刻まれる白い線。
「ほう」
感心したように声を上げるダーク。石像はダークの斬撃に耐えた。抜き放たれた仕込み剣は、その刃先を大きく損傷している。
内部に仕込まれた術符が表面へ単分子化術式を発動させている。次々と形を取り戻していく石像。砕かれた庭石も破片がつなぎ合わさり、人型になっていく。十数体の岩と石の巨人が、ダークを包囲していた。
「稼いだ金はこれにつぎ込んでいたのか。このレベルの操作符術を山ほど用意するのはさぞ金がかかったろうに」
「準備に手間と費用を惜しむものは先に死ぬ、そう若いころに習ったのさ。それに、娘を育てるのも金がかかるんだよ。西方大陸の名門辺りに入ってもらわなきゃいけない。貴族辺りでも婿に取れれば安泰なんだがね。なにぶん控えめな性格の子なんだよ。良い子だが、なにか才能がありそうというわけじゃない。早めに将来が楽になる道を決めてやりたくてねぇ。
年を食ってから初めて出来た子供というのもあるが、格別に我が子はかわいいものだよ」
好好爺の笑顔。娘を思う優しい父親の笑顔のまま、ウォーベックは突き出した手で呪印を紡ぐ。始動印から展開印へ。複雑に動く手先、熟練者の技。
「そして、もちろんこれだけではないな?」
「ああ、もちろんさダーク。武装符術師の三十五年のキャリア、舐めないでいただきたい」
欠けた仕込み剣を投げ捨てる。地面についた刹那。盛大な青の光を上げて爆発。
「……術符の地雷か丁寧なことだ」
呆れたようにダークはため息をついた。
「地雷だけではない。毒霧や石化、疑似毒蛇が飛び出す仕掛けもある。楽しんでくれたまえ。ああ、残念だが温泉旅行が当たるようなやつはないがね?」
「そうかね、だが問題はない。私はここから動く必要はないのでな。術符は、製作した符術師が死ねば無効化するここから動かずにお前を殺せばなにも問題はない」
「そうかね、大した自信だ。それは怖いな!」
「え、わ!」
ウォーベックの手元から飛び出す縄。一瞬でリャーベイをとらえ引き寄せる。
「な、にを、ウォーベックさん!」
「そりゃあ、盾になってもらうのさ。決闘とはいえ立ち会い人ごと相手を殺したとなってはギルドへの敵対行為とされるからね? ついでにそっちの奴隷も人質だ。お気に入りのようだしね」
ウォーベックが顎で指す先には、石像に取り押さえられた未だ気絶中のヒート。
「さあ、罠で死ぬか、石像に殴り殺されるか、好きな方を選んでいいよ」
「まったく、どいつもこいつも世の中には私の足を引っ張る無能か邪魔をする無能か不愉快な無能しかいないな……悲しみを通り越して感情が死にそうだ」
ゆらりと、ダークが動く。中腰の体勢。右半身を前に出し、左半身を後ろに置く。
左手は腰に。右手は脱力したようにその前の宙へ。
「『師に会っては師を殺す』」
言葉と同時に、解き放たれる膨大な魔力。空間を押しつぶすような超重圧と魔術干渉により、青白い火花を上げて次々と石像がもがく。数体が形状を保持できず崩壊。
「な!?」
驚愕するウォーベック。せいぜいが西方大陸から来た腕自慢程度としか思っていなかったが、あの黒紳士は想定を遥かに越えている。
「お、お前は…!!」
「『仏に会っては仏を殺す』」
更に倍増する魔力のプレッシャー。地面に埋められた符術が暴発。巻き起こる爆発。吹き上がる毒霧と、飛び出しながら分解消滅する疑似毒蛇。
「『鬼に会っては鬼を殺す。父祖に会っては父祖を殺す』」
暴風となった魔力を纏い、研ぎ澄まされた殺意をかざし、ダークの手には一振りの太刀が握られていた。
刀。極東の地で作られる、片刃の剣の総称。
「『世界に会っては世界を殺せ。
斬殺自在。剣然一如。――断てよ、
鞘に黄金の彫金が彩る、漆黒の太刀だ。九十センチほどの長さと、優雅な反り。そして、
「お、まえは、ま、さか……!」
ウォーベックの声が震える。見ただけでわかる。あの太刀はかなり上のレベルの
だとすれば、思い当たる人間は一人しかいない。
「大罪、英雄……! 強欲のアモル……!」
「悪いが、そんな下らぬ名前は知らん。私はダークだ。地獄に落ちてもその身に刻めウォーベック!」
解き放たれる剣。空間に、光が走る。いくつもの切断の光が、石像を、ウォーベックを、そしてリャーベイやヒートさえも縦横無尽に横断していく。魔剣という最高の武器によって、ダークの持つ超速の剣技が最大限に解放される。もはや光としか斬撃を認識できない。
石像が次々と崩れ落ちていく。バックリと割れた内部には、断ち切られた術符があった。もう動く石像は一体もいない。
「う、うわああああああ!!!」
叫びながら膝から座りこむリャーベイ。自らを自らの手で抱きしめ、形のいい胸をゆがませながら、恐怖に絶叫する。
確実に、斬られたという感覚があった。剣が体の中を通過した感触があったのだ。
しかし、
「え、あ……? いた、くない?」
体のどこも斬られてはいない。血の一滴も流れてはいなかった。
「この魔剣、刃沙羅村正の持つ能力は単純なものだ」
振り向いた先、呆然と立ち尽くすウォーベックがいる。虚ろな目。なにかブツブツと呟いている。
「こ、んな、こん、な こと、が」
「『使用者が斬ると定めた物を斬り、斬らないと定めたものは斬らない』。ただそれだけだが……こういう状況では便利なものだ。そうだろう、ウォーベック?」
ウォーベックが、二つに割れた。臓物と脳髄を撒き散らし、湯気を立てて左右から分かれた。地面についたと同時に、更に腰の部分からも分割。四ツ割りになったギルドマスター、自在符骸のウォーベックの死体。遅れて吹き出した血が、芝生を濡らしていく。
「ひ、ひいいい。し、死んで……」
「さて、立ち会い人殿。死亡確認も済んだようだし、決闘終了の宣誓をお願いできるかな?」
刀を消して、慇懃無礼にダークが問う。夕焼けはとうに無く、庭を闇が覆っていた。
そのただ中であっても、紳士は黒い。闇の深さよりも、ダークは黒い。
「しょ、しょう、勝者……ダーク・アローン……!」
「どうも、立ち会い人殿」
闇よりも暗き
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