第20話 ダンシングブレイド20


 吹き上がる土煙。向こう側に見える折れた石像。芝生を濡らす鮮血。臑の半ばから切断された右足。切断面からのぞくは筋肉と骨。


――あ、脚、が!


 そして、眼前にはモザイクの異貌。


 反射的に片足で後方へ跳ねる。激痛というほどではない。しかし後にそれは襲ってくるだろう。今は目の前の相手が優先だ。

 距離を離したと思った瞬間、巨人の姿が消える。そしてまたしても、己の前へ。振りかぶる、大剣。


「ごっ!」


 空中から大剣を叩きつけられて転がるヒート。寸前で防御はできたが、勢いは殺せない。芝生に落ち、ゴミのように転がる。更に大剣を突き立てて能力を発動。ヒートの転がる後を結晶構造の槍が追うように生えていく。


「止めさせてください!」


 リャーベイはダークへ叫ぶ。もう見てはいられない。


「なにを、かね?」


 リャーベイを一瞥もせず、ダークは一点を見つめ続ける。


「な、なにをって……もう勝負はついてます! 片足が無いんですよ! このままじゃ殺されるだけです! 相手が使ってる魔導体オーバードだって普通のものじゃありません!」


「君は立ち会い人だ。片方が負けを認めるか決闘者の私かウォーベックが許可するか、あるいは確実に死亡したと認定するか。それしか止める方法はないのは知っているだろう? そして、私は止めない。やつが死んでもだ」


「そんな!」


 冷酷に言い放つ。ヒートが死ぬことも厭わないというのか。


「それにな、止めた所でまずあのバカ犬が納得せんだろ。やつはまだ戦えるというのに」


 ステッキで、未だ行われる死闘を指した。


「……え?」


 追いかけるクリスタルを踏み砕き、ヒートの体が大きく跳ねる。片足を失ってもなお、大きく跳ぶ。失った右足を補うように、蛮刀で地面を叩き反動で体を浮かす。


「――いいいおおおおおいいいおおおおおっっ!!」


 後を追う石細工の仮面。追撃の一撃。しかしこれを紙一重で回避。急激な軌道の変更、手から伸びる鎖を石像に引っ掛けて動きを変化させた。


「お、おおおおお!!」


 絶叫と共に空振りで体制を崩したアルバートへ、蛮刀を一撃。鈍い音と共に頭がきしむ。更にその場で一回転、追撃のかかと落としを見舞う。

 予測を上回る空中の連撃に今度は巨人が空を落ちる。


「わ、渡りあってる!?」


 驚愕するギルド受付嬢。通常ならば明らかな勝負ありと見なされる状況下で、ヒートは何一つ諦めてはいない。


「腕や脚の一本がどうした、殺してやると誓ったんだろう? 命を奪うんだ、己は何一つ差し出さないなどと、そんな甘い考えは最初から持ってはない――そうだろう、ヒート」


「おおおおお!」


 豪風と共に剣戟が走る。狂乱の太刀筋に、ヒートの双蛮刀がからみつく。重い仮面の一撃を、脚を失いながらもヒートは手足を機動力に使い避けていく。

 庭石を断ち割り、芝生を裏返し、破壊の線が空間を蹂躙する。互いが、互いを奪い合うために。


「――る、う、おおおおお!」


 アルバートの掲げた大剣が落下。ついにヒートをとらえた。とっさに双蛮刀を掲げて防御。しかし片足では踏みとどまれない。


「あ、れ……!」


 リャーベイの目が点となる。ヒートの右足が生えていた。銀色に染まる足が、抉れる芝生のあった土を強く踏みしめている。


「脚が……生えた!?」


「やっと目覚めたか、シャイアンの血よ」

 

 ダークが、嗤う。

 ごぼり、と音が聞こえる。ヒートの肌に流れる血が、盛大に沸騰。銀色の流体として溢れる。

 渦巻く銀色の奔流。唸る振動が空気を震わせる。それは鼓動。ヒートの心臓エンジンの鼓動だ。


 ごぼり ごぼり ごぼり


 溢れゆく銀色は、うねりながらヒートを包む。


「――手形の男ハンドマンから発見された血の手形には解析の結果、多量の金属が含まれていることが発見された。それも未知の金属。魔術による組成結合が組み込まれたこの地上に一切発見されたことのない特殊な金属だ」


「い、いきなりなんの解説ですか……?」


「なに、ちょっとした考古学と生物学の話だよ」


「――おおおおおおおああああああ!!!」


 仮面の狂戦士が怒号を放つ。受け止められた剣が膨張。膨大なクリスタルの塊へ変形。急激に膨らむ重量にヒートの体が押される。

 潰される、そう思えた瞬間、ヒートの体がぶれる。銀色の奔流と、黒髪をなびかせ獣が踊る。巨剣を受け流しながら、その側面を駆け上がった。


「その血液内の金属は、魔力を流すことにより周辺の物質を飲み込んで質量を増やし、同時に強固かつ柔軟な分子構造を構築する特性があった。私はこの金属こそが手形の男ハンドマンがダンジョンを制覇できた要因の一つ、そして彼の出身部族であるシャイアンの持つ得意な能力ではないかと仮説を立てた。私はこの金属を『万魔の銀デモニウム』と仮称する」


「か、仮説……? あのなんの話で……」


「骨格を持つ生物はカルシウムなどの無機物を骨の主成分とし、深海にいる貝の一種は金属の足を生み出す性質がある。有機生物が無機物をその体内に取り込み、身体構築の一部とすることはけしてレアケースではない。ましてや戦闘能力の向上を狙うならば当然の発想と進化の帰結と言える」


 剣の上を走るヒートの姿は、すでに膨大な液体金属に覆われていた。周辺のクリスタルの破片を飲み込み、更に質量が増える。

 やがて、それは一つの形を作り始めた。

 蠢く銀が、骨格を作る。引き延ばされた銀が、幾重にも重なり積層する筋肉を形成。生い茂る銀が、その構成物を急速に覆う。


「魔力……本人の意志と感覚で自在に操作できる血中金属だ。本来は肉体の内部から防御力や耐久性の向上、外傷の治癒などに使われているのだろうが、もしそれをフルに戦闘で生かすとしたらどのような形態になるのか、その答えが」


 結晶を踏みしめる、逆間接の脚。

 長く、そして大きく伸びる腕。

 膨れ上がった全身を包む、純銀の毛皮。

 そして、赤の眼光を光らせるは、吠える餓狼の顔と牙。


「これだ」


 それは人でもなく、獣でもない。それは人よりも強く、獣よりも獰猛な姿。

 それは人であり、獣である。それは人よりも鋭く、獣よりもしなやかに。

 それは人を超え、獣を超えたもの。

 白銀に赤のほむらを纏う人狼が、吠える。


「狼、の、獣人……!? ヒートに獣化ビーストライズ能力ちからがあったなんて」


 変貌したヒートの姿に唖然とするリャーベイ。本来獣化ビーストライズは魔術師の使う肉体を変貌させる術だ。ヒートに使えるとは思えなかった。


「いや、あれは獣化ビーストライズではない。本来は獣化は肉体そのものを獣に似た状態へ再構築する魔術だが、今のヒートは万魔の銀デモニウムを全身に纏い、第二の肉体として構築している。とりあえずは銀獣化メタライズと仮称しておくか」


 獣、いや獣人と化したヒートの咆哮。空間を震わせる闘争の声。結晶構造の巨剣を踏み割り、もはや狂戦士アルバートと並び立つほどに大きく構築した万魔の銀デモニウムの体を躍動させる。大振りだった双蛮刀は、もう小さく見えた。

 変身と共に発生する急激な熱量。爆発的な熱風が、夕闇迫る庭園に吹き荒れていく。

 跳ね上がる獣が、狂戦士に剣を振るう。



 △ △ △


――あ、つ、い……!!


 第二の体を構築したことによる熱に浮かされながら、ヒートの思考は研ぎ澄まされていく。まるで初めからそういうものだとでもいうふうに、体が動く。


―――熱い……熱い熱い熱い!!


 体ではなく、まるで魂の真芯を貫くような熱に悶え、そして激しい闘争本能に突き動かされヒートは戦う。自分がどう変わったかなど、何が起きたかなど、ヒートにはもう興味がない。ただ、目の前のアルバートを滅ぼさなければ、この熱は無くならない。そう思える。そう確信する。


△ △ △


 人狼ヒートの蛮刀が仮面の側頭部に当たる。しかし火花を上げて弾かれた。空中で一回転、回し蹴りで更に頭を踏みつけてヒートが後方へ跳ぶ。


「無理よ……いくら体が大きくなっても、肝心の武器はそのままじゃない! これじゃ」


「いや、なにも問題はない。ミスリャーベイ」


 受付嬢の焦りにも、紳士は動じることはない。


「問題はない。そのための不定なる刃ヴァルト・アンデルスだ」


『――使用者の身体構成の変化を確認。再最適化を開始』


 双蛮刀から響く無機質な声。青白い光を上げて、双蛮刀が変形。厚い刃が大きく、そして禍々しく伸びた。鎖はより太く伸びる。人狼と化したヒートに適応するため、その形を自動的に最適な物へ変えたのだ。もはやその形は蛮刀や鉈の類ではない。処刑台ギロチンの刃に柄をつけたような形状へとなり果てていた。

 ヒートの欲求に、答えるために。ヒートの成長に応じるために。ヒートの殺意を、叶えるために。剣は変わる。それは、そのための役目と宿命を背負う剣。


「――――――ッッッ!!!」


 もはや言葉にならない咆哮。風の如く、いやもはや嵐そのものとなったヒートが跳ぶ。迎撃に振り下ろされる狂戦士の剣。膨張するクリスタルの濁流は、一瞬で真っ二つにへし折られる。

 舞い散る結晶構造の破片。無数の宝石が、日暮れゆく赤の光を乱反射して、幻想的な光景を作り出していく。

 その美しさの中で、獣が二頭殺し合う。

 音速超える剣戟の応酬に、鳴り響く衝撃と打ち合う刃から発する火花が吹き荒れる。

 吹き飛ぶ芝生。倒壊する庭石。もはや姿を眼に捉えられず、そして破壊が顕現するのみ。


「目で、追いきれない……!」


 リャーベイとてかつては弓兵の冒険者。腕と目の良さには多少の覚えもあるが、この狂戦士アルバート人狼ヒートの高速の攻防をとらえきれない。一瞬で移動しながら殺し合う二体に圧倒されるのみ。


「こんな……こんな戦い……!」


「おっと」


 煌めく光の線。次の瞬間、眼前を真っ二つに割れた男性の石像が横切る。右向こうを芝生をめくり上げながら地面に激突。


「ひ、ひいい!」


 隣にはステッキを掲げるダーク。仕込み剣が光る。


「見届け人に死なれるわけにはいかんからな。さて、ヒートのやつももう少し加減をすればいいものを……まあそれもじきに終わるか」


 空中に、腕が飛んでいた。高速で回転し、地面へと落ちる。緑青色に覆われていた表皮が溶けて、急速に縮む。それは、男の無骨な腕。


 アルバートの、腕。


「――るおおおおおおおお!!」


 狂戦士の動きが止まる。左腕が欠損。強靭なはずの外皮は、所々がひび割れて血が垂れていた。

 そして、ヒートも並び立つ。まだ五体は揃っているが、全身には結晶構造の折れた刃が食い込んでいた。

 互いに満身創痍。決着は近い。


「現在の二人の身体能力はほぼ互角。しかし、二人には決定的な差がある。それがなにかわかるか、ミスリャーベイ」


 巨獣が、走る。狂戦士の巨大化させた剣先が、必殺の刺突を放つ。掲げた右蛮刀でそれを防ぐヒート。盛大に上がる火花。

 止めた剣先を左蛮刀で一撃。半ばで折れる剣。その場で回転、振り下ろされる乱撃に手首、腕、肩、頭を打たれる狂戦士。仮面の片側が割れる。

 苦しみながら、反撃に折れた剣を振るう。その手に、ヒートの顎が食い込む。


「アルバートは仮面の与える苦痛で、平常時の技や判断を正しく振るうことができない。しかし、ヒートはそれができる。その時点であの二人には決定的な差が生じている。生死をかける場において、それは十分致命的な差だ」


 手首を噛み締めながら、脚を払う。背負うような形で狂戦士の体が浮く。かつて、アルバートがヒートに教えた近接格闘の変形バージョン。獣となったヒートの中で、しっかりとそれは息づいているのだ。

 飛び上がるヒートの体が空中で回転。アルバートの体が後方へ投げ飛ばす。土煙を上げながら激突。


「ア、ル、バアアアアアトッッ!!」

 

 立ち上がるアルバートへ、絶叫を上げながらヒートが走る。振り下ろされる蛮刀ギロチン

 男の掲げた剣もろとも、その体を斜めに斬る。

 左肩へ食い込む刃は、体の半ばまで達していた。

 半壊していたアルバートの仮面が抜け落ち、同時にアルバートの変身も解ける。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 そして、銀狼の体が溶ける。血へと戻り、ヒートの体から流れさっていく。後には、少女の姿のヒートのみが残った。血と泥にまみれた黒髪が、靡く。


「限界か」


 ダークが呟く。これ以上はヒートの集中力と体力が持たない。


「勝っ、た、勝ったよ……リブラ……!?」


 元の姿に戻ったアルバート。明らかに致命傷を帯びながらも、その体はまだ動いている。虚ろな目で、それでも右腕が動く。


「ま、だか、まだやるのか!」


 力を振り絞り、まだ形が変わらない蛮刀を必死に振りかぶった。狙いは首。一撃でハネる。言うこと聞かない体に、無理やり指令を送る。


「動け、動けえええ!!」


 アルバートの手から、折れた剣が落ちた。伸ばされる腕は、ヒートの頭に伸びる。

 

 ゆっくりと、その黒髪を撫でた。極限の苦痛の中にあるはずの、男の眼は、どこかここではない、遥か遠い場所を見つめていた。静かに、優しく微笑みながら。


 解き放たれた蛮刀が、男の首をはねたのは、その一瞬後のことだった。

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