第19話 ダンシングブレイド19


「決闘……だと?」


 張り詰める圧力に屈せず、ウォーベックは口を開く。リブラ・イリニッヒの友と名乗るこの男、仇を取るというのか。


「そうだ。ギルド法にて明記される同ギルドに登録する冒険者同士での、決闘制度を使用する。貴様も一応は冒険者だったならば知っているだろう?

――ここに、リブラが生前コリンズギルド西方大陸本部と境界大陸政府に送る予定だった貴様の調査書と告発文がある」


 懐から取り出される書簡のケース。

 

「それは!」


「今、私を殺せばこの告発文も調査書も奪って焼き捨てることができるぞ。ギルド法でギルドの正式所属員が職権を不正使用した場合はどうなるか・・・・・、お前も知らんわけではあるまい?」


 ウォーベックの表情に浮かぶ一瞬の怯え。それだけは避けたい、という感情が見えた。

 境界大陸において、ギルド組織は複数、それも数十以上存在する。そのどれもが外国からの民間ギルドである。

 他勢力からの大規模な介入が厳禁である境界大陸において、ギルドとは大抵民間ギルドを指す。そして、境界大陸の秩序維持と主権確立はこの多数のギルドが担っている。それゆえに、境界大陸のギルド法は他の大陸に比べ極端に――あまりに極端に厳しい。自らの軍隊を持つ他国に比べ、ギルドにその戦力や国内治安維持を頼る性質のため、ギルドの暴走を抑える方向性があるのだ。ギルドに権利を与え、同時に強い責務を与える。それがこの国の方針。

 民主主義とギルド合議制、この二つの政治主権が存在し両立することがこの境界大陸の特徴の一つである。


「――受けよう、その決闘」


 初老の男には、覚悟があった。「知るもの全てを皆殺しにするしかない」、全てを切り捨てることを決意する意志がある。


「よろしい。では立ち会い人だが、法律では正式なギルド構成員を指名するようになっている。私の使えない奴隷に今その人間を呼びに行かせている途中……」


 鍵を吹き飛ばし、強引に扉が開く。


「わっりい! 遅れたか!」


 黒髪をなびかせて何かを担ぐ姿。壊れかけた室内に響く、少女の大声。右肩には、スーツ姿の女性、の形の良いヒップ。


「ちょ、ちょっと! ヒート! なに? なんなの? ここギルドマスターの家でしょ! 降ろして! とりあえず降ろして!」


 ヒートの肩に載せられて、後ろを向いたままじたばたとするスーツ姿のギルド受付嬢=リャーベイ。ヒートが唯一の顔見知りのギルド構成員。


「よし、間に合った!」


「……私は、決闘の立ち会い人になるギルド構成員を連れてこいといった。誰が無理やりさらって担いでこいと言った?」


 空気をぶち壊すヒートの声に、ダークは苦々しく呟いた。



 △ △ △


「あの私、こういう決闘の立ち会いとか引き受けってあんまりやったことないんですけど。いいんですかギルドマスター?」


「かまわんよ。君はルールに則りジャッジをしてくれればいい」


 困惑が消えないリャーベイ。いつもの好好爺とした顔のでウォーベックが答える。


「それでは……決闘の条件を設定します。まず代理決闘と直接決闘から選択をできます。代理決闘は双方の選んだ代理者を立てて行われます、この場合は奴隷でも可能です。直接決闘は決闘申請者同士のみで行われ代理者と申請者との決闘は行えません……」


「両方だ」


「は?」


 説明の途中、いきなりのダークの発言にリャーベイの言葉が止まる。


「両方だ。代理決闘と直接決闘を両方行う。代理はヒートとアルバートを、そして直接決闘は私とウォーベック氏で行う」


「き、規則ではどちらか一方ということで」


「いいではないですか、リャーベイ君」


「う、ウォーベックさん」


「では、ダーク氏の言うとおりまずは代理決闘から行いましょう。そしてその決着に納得が行かなければ、直接決闘を行うということで。よろしいですね」


「ああ、それでいい」


 静かな、紳士二人の間にある針のような緊張感がリャーベイを刺す。よくはわからないが、この二人は殺し合いをしなければならない理由があるらしい。


「あの、規則では互いの決闘にいたる理由を聞かなければならないのですが、お教え頂けますか?」


 それを知るべきか、知らざるべきか。だが聞かねばなるまい。それが彼女の仕事だ。


「――尊厳のため、己の誇りのため、というところかな」


「ダーク氏と同じく」


 あやふやな、どうとでも取れる理由。しかしそこには、二人が殺し合うための決定的な理由があるのだろう。

 彼女が出来ることは、ヒートが死なずにすむ結果を祈ることのみ。


「では、これより十分後に代理決闘を始めます。それぞれの代理人……戦闘奴隷ブレイドヒートと戦闘奴隷ブレイドアルバート・トルバに準備するように通達を」



 △ △ △


「なあ、おっちゃん」


 庭園の中に、二人は立つ。夕暮れの淡い赤の光が、手入れされた芝生と屹立する石の彫像を染める。

 ヒートの体に、軽装の革鎧を纏っていた。腰にはいつもの双蛮刀ヴァルト・アンデルス。両腕には巻かれた鎖。

 アルバートも全身に簡素な鎧を纏う。手には使い古された大ぶりのブロードソード。肩や腰にはナイフ。

 両者とも、これから殺し合いを行うための装備。


「おっちゃんが、リブラを殺したのか……? あの時、おっちゃんは『わかってる』って、いった。信じてるとかそんな言葉じゃなくて、『わかってる』って、言った。――知ってたからなのか、殺したのは自分だから、俺が殺したんじゃないって、わかってたから! なんで、なんでだよ!」


 ヒートは問う。これだけは聞かなければならない。これだけはアルバートの口から真実を聞きたかった。


「……お前は、いつもそうだったな」


 庭の彫刻と一体化して見える、岩のような男は、まるで岩が喋るように声を出す。その眼は、いつものように優しかった。


「わからないことはすぐ聞こうとする。迷った時、理解出来ない時、お前はいつもリブラや俺にそうやって聞きにきた。考えることもせず、判断することもしない。そうすれば答えが得られると学んでしまったからだろうな。それをリブラの奴は可愛らしいとでも考えていたようだが。

俺には正直鬱陶しかったよ。どうにも苛立って仕方なかった。お前は、いつまでもそのままなんだな。もう俺はお前に何かを教えるのは疲れたよ、お前に教えても、何も生まれない」


「お、おっちゃん……?」


 吐露されるアルバートの心情。ヒートには読めなかった彼の心。


「ヒート。俺とお前は、戦闘奴隷ブレイドだ。それが刃を持って向かい合っている。それが全てなんだ。それが結果なんだよ。もうここからは言葉は意味が無い。それとも、お前は俺が納得のいくことを言えば首をくれるとでもいうのか? リブラのように無様に俺に首を切られてくれるのかヒート?」


「……! アルバァァトッ!!」


 言葉に、ヒートの理性が飛びかける。腰に伸びる手。双蛮刀と腕の鎖が連結。金属音を立てる。引き抜かれるヒートの牙。

 アルバートも又、無言で剣を構える。


「そうだ、それでいい」


 いつの間にか、アルバートの後ろにはウォーベックがいた。


「お前はお前の仕事をしろ。それで全て終わる」


主よ、イエスあなたのマイ心のままにマスター


 無感情に、奴隷はつぶやく。


「テメェ!」


 ウォーベックの姿に、ヒートの激情がより燃え上がる。決闘のことが意識から消えかけた。


「このバカ犬が、相手を間違うな。お前の相手はリブラを直接殺したあの剣士だ」


 背後より声。重圧のある気配。あの男が、いる。


「さて、お膳立ては整った。ヒート、お前に命令を下す」


 渦巻く殺気は、ヒートとは対称的に冷たく、どこまでも鋭利だ。主人ダークの言葉に、ヒートはただ耳を傾ける。

 今最も望む、強く、ただ強く欲したその命令を。


「リブラの仇を取ってこい。命を捨ててでも、必ず勝て」


「――主よイエスあなたの命はマイ果たされるマスターッッ!!」


 少女は、高らかに吠えた。


 △ △ △


「おおおおおおお!!」


 大剣の横凪ぎをかわし、低姿勢からの切り上げを見舞うヒート。芝生が宙を散る。鎧にかすりながらもアルバートは紙一重で避ける。

 波打つ黒髪、上昇するヒートの体。アルバートの肩を踏み駆け上がる。空中で捻りを加えて半回転。逆さまの体勢から双蛮刀を振るいアルバートの頭を挟み込む。これも屈んで回避する岩の男。見た目以上の敏捷性。


「隙だらけだなヒート!」


 空中、無防備なヒートへ真横からの剣撃が迫る。しかし、同時にヒートも半回転。迫る剣を蹴り上げ、真横に飛ぶ。瞬間、蛮刀を握る右手が動いた。


「ぐっ!」


 同士にうなり声を出すアルバート。その首には鎖。投げつけられた蛮刀を紙一重で回避できたが、絡みつく鎖までは避けられなかった。


「る、おおおおおおお!!」


 着地と同時に、全力を込めて鎖を引く。抉れる芝生。抗うアルバートの力と拮抗。

 アルバートの剣先に淡い光が灯る。中級魔術である爆裂術式ヴァーストが発動。ヒートとアルバートの間に光球が発生。ヒートめがけて進む。


「やっべ!!」


 即座に反応したヒート。投げつけたもう片方の蛮刀に光球が潰された瞬間、眼前を覆い尽くす爆風が吹き荒れる。


「く!!」


 視界を塞がれる。手元の操作で蛮刀を引き寄せてキャッチ。すでにアルバートの首からは鎖は外れていた。

 一流並みの剣術と体術、それに一部使える中級魔術とを組み合わせた高度な戦闘大系。それがアルバートの強さ。アルバートの教えを受けたヒートでも、それは彼の持つ能力の一部を知っているだけなのだと痛感する。


 しかし、ヒートもまた、アルバートが知っていたころのヒートではない。


 煙を破り、ナイフが正面より飛来する。それを一瞥しただけで放置し、ヒートは背後を切り裂いた。


「ぐぁ!」


 うめき声を上げてアルバートが飛び退く。肩口の鎧がひしゃげ、血が零れる。


「光学魔術の幻影なんざ利くかよアルバート!」


 中級魔術の一種、幻影投射術式ミラージュによるナイフの幻影だ。煙に影が写っていないことを一瞬で見抜く。

 退くアルバートを逃さないとばかりに、ヒートが飛び込む。勢いに足元の芝生が吹き飛ぶ。

 弾丸のように飛び込むヒート。振られた蛮刀に合わせアルバートの突きがぶつかる。激しい金属音と共に弾かれたのは岩の男の方。


――ば、かな!


 体重が二倍近くあるアルバートに、ヒートが完全に当たり勝っている。体勢を崩す男に、少女の咆哮が響く。


「お、おおおおおおおッッ!!」


 全力の左振り下ろしが肩鎧を粉砕。追撃の右振り下ろしはかろうじて剣で防ぐも、飛んできた回し蹴りが防御をすり抜けて男の顔面を打つ。


「ぐ、あ、おお!」


 なんとか意識を保つ。反撃に放つ右拳。しかし、易々とヒートはこれを掴む。ダークと比べればアルバートの動きは遅すぎる。


「こ、のおおおおお!!」


「お、おお、!?」


 そのまま足払い。豪快に浮き上がるアルバートの体。見事な片手での一本背負い。そのまま男の体を庭石に投げつけた。近接格闘時の投げ技は、かつてアルバートがヒートに教えた技術だ。

 アルバートの体重とヒートのパワーに、庭石が耐えきれず割れる。間髪入れずに跳ぶヒート。追い討ちの蛮刀の振り下ろしはアルバートの頭部へ。


「――まったく、こんなことになるならあれこれ教えるもんじゃなかったよ」

 

 鈍い音を立てて、頭の後ろにある庭石が砕けた。寸前で頭を曲げて避けていた。追い込まれながらも、アルバートの顔にどこか昔を懐かしむような表情がある。


「お前が教えたもので、お前を殺してやる!!」


 高ぶる殺意のまま、ヒートが蛮刀を振りかぶる。


「それは」


 アルバートの懐から取り出される石細工モザイク


「ごめんこうむるな」


 狂戦士の仮面ウルブヘジンが、アルバートに取り付く。


「――――ああああいいいおおおおおおおおおおッッ!!」


「ッ!?」


 激痛の叫び。吹き上げるエメラルド・グリーン。砕け、なお生える結晶構造の乱舞。

 目の前に、巨大な翡翠の水晶が屹立する。その中に見える、狂気の戦士。

 そして水晶が爆砕する。中からは、生まれ変わったアルバートの姿。

 

 盛り上がる筋肉の巨躯。

 緑青色の鈍く光る表皮。

 より大きく巨大化した剣。

 そして、虚無を叫ぶ石細工の仮面ウルブヘジン


「――あ、ああ、あああああいいいいいあああああッッ!!!」


 リブラを殺した、あの怪物の姿。


「ア、ル、バアアアアアトッッ!!」


 獣二頭の怒号が重なる。ヒートは全力で蛮刀の一撃を放つ。しかし易々と剣が受け止める。

 効かない。いくら力を上げても、この状態のアルバートにはヒートはまだ届かない。


「殺してやる! 必ず殺してやるアルバート!!」


 しかし、そんなことは戦いを止める理由にはならない。今勝たねば、リブラの仇は一生取れない。

 反撃の剣撃。それを紙一重で避けながらヒートは懐に飛び込む。巨大化した体躯を逆手に取る。

 胸元への切り上げ。しかし、火花を上げようと外皮に傷は付くが貫通はしない。見た目は同じでもユーチィの変身したものとは能力が違いすぎる。

 ならば何度でも当てる。姿勢を低く、振りを小さくしながら、幾度も斬りつける。


「――あああああいいえええええ!!」


 絶叫。仮面の男が跳ぶ。真上への巨大な跳躍。打ちあがる巨体を呆然と見上げるヒート。空中で光を上げる狂戦士。

 剣先から大量の翡翠水晶クリスタルが発生。真下のヒートめがけ巨大質量が突き刺さる。


「ぬ、おおおおお!!」


 たまらずに回避。全力で後方へ跳ぶ。移動した瞬間、巨大クリスタルが眼前の光景を押しつぶす。

 勢いのまま地面を転がる。芝生に衝撃を吸収させながら減速。


「こ、の、野郎……!」


 頭上から、何かが振ってくる。それが何か理解するより早く、衝撃。

 目の前に、仮面の男がいた。ヒートの回避する場所めがけ、落ちてきたのだ。


「ヒート!!」


 リャーベイの、悲鳴が聞こえた。

 吹き上がる、鮮烈な赤が、夕日の光よりも燃え上がる。

 視界の端にある、転がるブーツを履いた脚。


――あ、こ、れ。


 ヒートは、己の右足が切断されていることを知った。

 

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