第17話 ダンシングブレイド17


「なんで……! なんでここにいるんだよ!」


 混乱と敵意、予測と違った現実に戸惑いながら、ヒートは腰の双蛮刀を抜く。腕の鎖と柄頭を接続。ガキンという金属音が響く。


――仮面の男は……ダークじゃなかったのか!?


「――ぎぃぃぐるああああああッッッ!!」


 モザイクの仮面が腕を突き出す。腕には金属のディスクが円柱に見えるほどに無数に通してあった。その内の一枚が手首のスナップで手側に移動する。

 ヒュルリと風を切り、指先を中央の穴に引っ掛けて回す。一回転したと思った刹那、エメラルドグリーンの光と共に、急速に円環が拡大。


「なっ!!」


「来るぞ、ヒート」


 直径十五センチほどのディスクが、結晶構造に包まれて一メートルほどに巨大化。風切り音を立てて回転が更に加速。


「――ぐぅうああああああっっ!!」


 発射される円環=恐らくは暗器の一種であるチャクラム。馬車の残骸を派手に斬りとばしながら、ほぼ直線軌道でヒートへと迫る。


――やはりダークじゃない、俺を狙ってくる!!


「う、おお!」


 巨大チャクラムの切断、なんとか寸前で回避。背後の木々を斬りとばしてチャクラムが通り過ぎる。

 しかし息つく間もなく二枚目のチャクラムが迫る。


「こ、の!」


 左の振り下ろし、蛮刀の一撃が迎え撃つ。激しい衝突音と共に、結晶状の破片をバラまいてチャクラムが崩壊。


――いけるっ!


 チャクラムの速度はヒートでもなんとか捉えられる。迎撃で砕くことも可能。

 機を逃さず、ヒートがモザイクの仮面へ走る。


「うおおおおお!!」


「――いいおおおおおおおおおッッ!!」


 手首のスナップが強まる。チャクラムが一気に三枚ずつ移動。瞬時に拡大。今度は両手合わせて六連続。風切り音と共にいっせいに発射。


「ウソだろおおおおお!?」


 叫びながらも対応する。巨大チャクラムの群れ、まず先頭の一枚を叩き壊す。破片が空間に舞う。続いて二枚目を破壊。三枚目を屈んで回避、そのまま前進。何本かの髪が切断されて散る。


――見える!


 ゆっくりとさえ見えるチャクラムの軌道。眼前にはっきりと自らがどう進めば理想的にチャクラムを迎撃しつつ進めるか、そのラインが見えた。ダークの動きに比べればなんと緩やかなものか。凶牛鬼ミノタウロスとの一撃と比べれば遥かに鋭さが足りない。

 この短期間に重ねた経験がヒートを磨き上げ、その力を爆発的に引き伸ばしていた。力やスピードだけではない、強い敵と戦った戦闘の経験が、ヒートから無駄な動きと挙動を削ぎ落とし、直感性を研ぎ澄ませる。


 熱く、鋭く、そしてしなやかに、刃は目覚めていく。

 

「そこだッッ!」


 四枚目。投げつけた蛮刀に弾かれて軌道を変える。五枚目とぶつかり明後日の方向へ。ズレた五枚目と六枚目が接触。鋭い高音を立ててヒートの間近ギリギリを通り過ぎる。

 無傷のヒートが、石細工の仮面へ迫る。

 仮面が右手を伸ばした。チャクラムが手元へ。差し入れた指。回転が増していく。比例してチャクラムの面積が加速度的に増大。

 先ほどの比ではない、直径三メートルの超大型へ。


「――るぅいおおおおお!!」


 苦悶の叫びと共に放たれる死の円環。ヒートは重ねた蛮刀で真正面から受け止める。


「う、おおおおお!」


 火花を上げるエメラルドの巨大質量。しかしヒートはこれに耐えた。回転が止まる大型の円盤。


「テメエで食らえよおお!」


 そのまま蛮刀で打ち返す。崩壊しながら破片が飛び散る。散弾の如き礫弾の雨。

 反射的に上への跳躍で交わすモザイクの仮面。空中で懐から取り出すは前方へ大きく曲がったデザインのナイフ。厚めの刀身をもつククリナイフだ。これも一瞬でエメラルドの結晶に包まれ、仮面の巨体に似合うように巨大化する。


――なん、だ!? こいつ、剣を使わない……?


 脳裏をかすめる疑問。なぜあれほどの剣の使い手が、チャクラムやククリナイフなど暗器系の武器に今さら頼るのか。

 しかし、悩む暇はない。降下しながら襲いかかる巨人を迎撃しなくては。


「無駄だあっ!」


 もはや大ぶりの鉈と化したククリナイフと、ヒートの全力を込めた蛮刀がぶつかる。火花をあげて砕かれるナイフの刀身。勢いのまま、追い討ちに右から左への一閃。


「――るぅいあああああえっっ!!!」


 絶叫。石細工の仮面の緑青色の肌が切り裂かれ、腕と胴から赤い血がこぼれる。

 届く。かつて一蹴されたヒートの力は、今はこの化け物の皮を切り裂くほどに磨かれている。


「よしっ!! ……え」


 仮面の背後。真上から何かが来る。思わず反射的に後方へ避ける。眼前に巨大化したチャクラムが落下。馬車道を破壊し土煙が上がる。


「ちぃっ!」


 恐らく跳んだ際に体の後ろに隠してチャクラムを上に投げていたのだろう。自由落下による時間差の攻撃。

 土煙を切り裂いて巨体が動く。退いたヒート目掛け回し蹴りを放つ。しかしヒートもそれは読んでいる。蛮刀で受けて防御。逆に刃が脚にめり込み、出血。仮面の悲鳴が大きくなる。


「楽しんでいるのは結構だが、私を忘れるなよ?」


 背後の声に反応、的も定めずにバックブローを放つ仮面。しかし空ぶる。次の瞬間には闇を走る冷たい光が二閃。怪物の両肩から血飛沫が盛大に飛ぶ。


「――うぅうるあああああッッ!!」


「さあ、二対一のこの状況。お前はどうするのかな」


 もがく仮面の眼前に現れる背広スリーピース・スーツ姿の幽鬼。闇の中に、溶け込んだダークの声が響く。握られたステッキ=仕込み剣の刃が僅かに覗き、光る。

 その声は、今は味方であるヒートでさえも寒々しく聞こえた。

 直後、巨体が反転。大きく後方へ跳躍。夜の闇に舞い散る血。そのまま振り向いて走り出す。


「……に、逃げたぁ!?」


「なにをボケている。とっと追うぞヒート」 


 仮面の疾走に、二人も走り出す。


 △ △ △


――今の、仮面の男……見た目はあのままだったけど、


 走りながら、ヒートは思考する。あの仮面の怪物の姿は、たしかにダンジョンで見たそのものの姿。しかし、違う。


――オレは強くなってる……でも、ダンジョンで戦ったアイツは、もっと強かったはずだ。


 違和感。ダンジョンで戦った仮面の男と、今追跡している仮面の化け物とは何かが違う。


――ダンジョンの時は大剣を使っていた、でもさっきのやつはチャクラムやナイフだけ。


 戦い方が違う。動きも耐久性も違う。格好は同じだが、違う。確実に違う。

 前方を血を垂らしながら走る巨体。街道の木を足場に跳ぶ。ダークとヒートもその後ろを追って走る。


「想定と違う、という顔をしているなヒート」


 ピッタリとヒートの隣を走る紳士。上体を動かず、かなりのスピードを出しているというのに息切れ一つ起こさずに平然と喋る。正直不気味に見えた。


「大方、あの部屋にあった仮面・・を見て、正体が私だとでも勘違いしたんだろうこの頭の悪いバカ犬め」


 図星。反論したいが全力疾走中ではヒートでも喋れない。


――こいつ、手を抜きやがったな!


 一つ、気づいたことがある。ダークの剣撃ならば、あの仮面を戦闘不能さえできるはずだろう。それを斬りつけただけで逃がすとは。わざと加減したと見える。


「ふむ、私がわざとやつを撤退させたとようやく気づいたか」


 訝しむヒートの眼から思考を読んでいる。ダークは逃げる仮面がどこに逃げ込むかを探るつもりでいた。


「まあ、どこに逃げるか、大方は予測しているがな」



△ △ △


「こ、れは」


 破壊された壁。血飛沫が飛ぶ床。めちゃくちゃに砕かれて散乱する調度品。

 そして、切り裂かれた女の死体。

 つい先ほど前に見た面影はまるでない。

 

「ほほう、これはこれは」


 絶句するヒートに対し、やはりダークは変わらない。むしろ冷笑が強まったように見える。


 荒らされた部屋の中央にはアルバートがいた。皮鎧が所々損傷し、腕に傷がある。剣を床に突き立てて疲労困憊したように座り込んでいた。 

 そして、床には大量の血と共に手足がバラバラに転がる。細い女の物だ。肩口から斜めに切断された、上半身のみの死体。

 その死体に、ウォーベックが泣きながら跪いている。


「あ、ああ、こんな……ユーチィ、君がなぜこんなことに……」


 ユーチィと呼ばれていた、奴隷のメイド。つい十分ほど前まで、確かに生きていた彼女が、今は見る影もない死体となっている。


「な、なにが、あったんだよ、これ……」


 仮面を追って出くわした悲惨な地獄に、うまく言葉も出ないヒート。しかし、ダークだけは薄く嗤っていた。

 

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