第13話 ダンシングブレイド13

「……て、わけで今オレはあのクモヒゲ野郎の戦闘奴隷ブレイドなんだ」


 うねった形状の岩に腰掛けながら、うつむいたままヒートが語りを終えた。

 アルバートは無言のまま、ヒートを見つめつづけている。軽装鎧につつまれた大柄な体と、元々寡黙だった性格からか、座っている岩と一体化しているように見えた。


「わかってるよ……オレが言ってることが怪しいってことぐらい、でも」


 言葉が詰まる。この世界ではダークの言っていたように主人を裏切る奴隷など珍しくはない。その奴隷が生き残るために嘘をつくことも当たり前だ。

 それでも、知っていた人間に疑われるのは辛いと思う。


「ああ、わかってる」


 岩が、口を開く。


「お前がリブラを殺してないことくらい、わかってる」


 アルバートの蒼い目は、ただ真っ直ぐにヒートを見つめていた。



 ▼ ▼ ▼


 アルバートとの出会いは五年ほど前にさかのぼる。普段はヒートと二人で潜ることが多いリブラが珍しく連れてきた冒険者だった。リブラとは古い馴染みだという。

 見たままずばり前衛の戦士として高い実力を誇るアルバートは、まだ拙い技術で剣を振り回すばかりだったヒートへ剣術の基礎を教えた人間でもある。こればかりは後衛専門のリブラにはできない仕事だった。

 南方出身の豪快なツェニキア人の性格そのままな大男。しかし冒険者としての長い経験と用心深さも併せ持つ。ヒートの思考と戦闘奴隷としての傾向に大きな影響を与えた存在だ。

 ここ一年は会うことが無くなったが、まさか再会できるとは。


 ▽ ▽ ▽


「話はなんとなくは他からも聞いている。お前が疑われていることもな。だが、お前が違うってことくらいは俺にもわかっているよ」


 アルバートに渡されたダンジョン探索用の携帯食糧――雑穀の粉と木の実とラードを練り合わせて蒸して乾燥させたもの、あまり美味しくはない――をかじりながら、ヒートは言葉に耳を傾ける。


「リブラとお前は本当に仲が良かったからな。まるで本当に家族みたいだった」


 男の目には、ヒートによりそうかつてのリブラの姿があった。


「お前が自分の家族を殺すわけがない。――家族は、大切にしなきゃいけないと、教えたのは俺だからな」


 昔を懐かしみ、静かに男は笑う。


「剣の扱い方から、組み討ち、冒険者同士での注意しなければならないこと、色々教えたな。……まあお前は戦うこと以外の飲み込みはやたら悪かったが」


「頭使うのは昔から苦手なんだよ! おっちゃんも知ってるだろ!」


 出来の悪い生徒ほど、かわいく見えるものなのだろう。アルバートは苦笑しながらも、懐かしさは消えない。


「――まあ、お前のことはとやかく言えんな。俺も今じゃこのザマだ。正直あまり力にはなれん。すまんな」


 首元を指す。ヒートと同じ奴隷の首輪が光る。


「なんで、おっちゃんが奴隷なんかに……? おっちゃんの腕なら奴隷になんか……」


シャイアの心臓病が悪化してな。どうしても早急に金が必要だったんだ。だから、最後の手段で身売りをしたのさ」


 アルバートには娘がいた。妻に先立たれたアルバートの唯一の家族。たしかヒートとそう変わらない年齢だったはず。アルバートが冒険者というリスキーな仕事をしているのも、娘の治療費を稼ぐためだ。


「そう、なのか……それで、シャイアは?」


「幸いにも窮地は脱したよ。今はゆっくり体力を戻してる。俺を買ってくれる人間がすぐに見つかったのも良かった。ギルド支部長マスターのウォーベックさんだ、即金で俺を買ってくれたよ」


 ウォーベック・ベッコォー。聞いたことがある名だ。この街の冒険者斡旋ギルドの責任者たるギルドマスターなら、たしかに金はあるだろう。


「主人と奴隷になっちまったが、ウォーベックさんには良くしてもらってる。お前のことは後で話してみるよ。うまくいけば何か動いてもらえるかもしれない」


「おっちゃん……」


「だから、お前もあの主人には気をつけろ。あの男は怪しい」


 それまで優しげだった男の目に、冒険者としての危機察知の勘が宿る。


「うん、そりゃ見たまんまそうだと思うけど……」


「違うぞヒート、見た目だからの話じゃない。やつはこの街に突然現れて、突然お前を買って家まで構えた。なにもかもが早急すぎる。普通は下見程度はやるもんだろ。それなのに今まであの男をこの街で見たやつは冒険者連中でもまずいない。あの見た目ならいやでも目立つはずだ。

金があるのはわかるが、行動が奇妙すぎる、この街に来た理由がまるでわからん」


「それは……」


 たしかにおかしい。たまたま偶然この街に来たとして、たまたま偶然売られていたヒートをその場で即決で買う。なにか出来過ぎている気がする。金に困っているわけでもなく、かといってなにか仕事をしようとしている風にも見えない。


「気をつけろ。わからないものには最大限の注意と観察を。俺が冒険者として初めにお前に教えたことだぞ」


 男の言葉に、ヒートは無言で頷いた。


「最悪なことに今のお前は、そいつに生き死にを握られている。そして、人間なんてものは噂を勝手に解釈して、好き勝手に話すもんだ。リブラの件で色々ちょっかいをかけてくるやつも――まあそんなやつはまず街に来たばかりの新入りだな――いるだろうが、今は無視しろ。お前が下手に暴れれば、あの男もなにをするかわからん。

今はこらえろ、ヒート」

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